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2006年06月22日

「衆議院議員篠原孝全国後援会国政報告会」のご案内

通常国会も閉幕いたしましたが、篠原孝議員も今国会では、質問回数も国会議員の中でトップクラスを誇り、また民主党提出の農政改革基本法案の提出者になるなど、ベテラン議員に負けない充実した議員活動を行っているようです。
 皆様におかれましても常日頃からいろいろな形でおささえいただいているとは存じますが、皆様から「篠原議員の国会での活動をゆっくり聞きたい」という要望も多く、今回通常国会後の国政報告会を企画いたしました。
時節柄、何かとご多忙中のところ万障繰り合わせのうえ、友人知人お誘いいただきご参集賜りますようご案内申し上げます。

      日時:2006年7月18日(火)  18:30~
      場所:虎ノ門パストラル
             
              〒105-0001 東京都港区虎ノ門4-1-1
                       TEL.03-3432-7261(代)
      会費:1万円
      内容:18:30~ 篠原孝国政報告
          19:30~ 懇親会(終了予定20:30)

       
 お申し込みは、
      篠原孝国会事務所  tel 03-3508-7268  fax 03-3508-3538
                                g06958@shugiin.go.jp

2006年06月21日

【メルマガ】第164回国会 事後報告その3:農業政策と07年参議院選挙

【完全に同列審議】
我々の農政改革基本法案は、農林水産委員会で政府の担い手経営新法と完全に同列に扱われ、30数時間議論されました。こんなことは前代未聞です。私の30年間の農林水産省の勤務中にはありませんでした。巨大与党の余裕かもしれませんが、自民党の国対なり農林水産委員会の理事の寛大な方針には感謝せざるをえません。
5月17日、我々の法案は否決されました。同じ日、厚生労働委員会では、同じように同列審議されていた医療制度改革法は強行採決されましたが、我が方は粛々と採決されました。採決時、自民党の鳩山郁夫議員が「民主党案のほうがいいぞ」と言いながら与党案に賛成して立ち上がっていたのが印象に残りました。

【25時間の答弁】
 私は、答弁者として25時間答弁に立ちました。外務委員会、環境委員会の質問と合わせ、週3回という週が3度もありました。自分が最初から最後までかかわった法案であり、正直、答弁に立つのが一番楽で、外務委の条約や環境委の様々な法律の質問のほうが準備に時間がかかり大変でした。

【直接支払という新政策】
 詳細は、衆議院のビデオライブラリーを見ていただくしかありませんが、簡単に内容を述べると以下のとおりです。
*これまで、農産物の価格を補填する役割だった補助金を、農家の所得を補償する制度(直接所得補償)へと転換するという点は、政府案と民主党案も盛り込んでいます。
*ただ、政府案は大規模農家(耕地面積が本州内は4ha以上、北海道で10ha以上)の農家にしか補償しないのに対し、民主党案はすべての販売農家を対象としています。
 農業は、水路の管理など農村が一体となって営まれてきましたので、一部の大規模農家だけを優遇することは、農村の崩壊につながると民主党は主張しました。
*民主党案は、補償の対象とする作物を食料自給率の向上に資する米・小麦・大豆・菜種などとし、例えば消費者の要望の強い国産小麦を増産して自給率を向上しようと計画していますが、政府案では小麦の生産量をほぼ現状維持と計画するなど、自給率向上に対する姿勢に欠けています。

【小沢代表と農政】
 一方、小沢代表は、「27から29に増える1人区が08年参院選の鍵を握り、そのうち20を勝つ。そして、その際、農政の違いをぶつけていく」方針です。そのため、農政についての発言が急に増え、「食料を100%自給、自由化してもガタガタする必要はない、直接支払いも1兆円でなく、もっと増やしてもよい」と威勢のよい発言が続きます。かつてのベトコン議員(死語となりましたが、米価値上げを要求した農村を地盤とする議員)の小沢代表は、昔の農政はしっかり頭に入っています。ところが、最近のものは少々ご無沙汰のようで、今いろいろと勉強していただいているところです。

【2→13→20】
 2002年は、小泉・真紀子フィーバーで、27の1人区のうち非自民は2、自民25の大敗でした。2005年は、菅さんが農業再生プランで戦う方針を立て、岡田代表に代わりましたが、その方針を踏襲し、1人区は13対14となり、全体では50対49で初めて自民党に勝ちました。
 従って、08年に自民党が15議席失うと、参議院の与野党が逆転し、法案が通らなくなってしまいます。つまり、政権交代につながるのです。
 民主党農政の一翼を担う一人として、気の抜けない日が続きます。

【メルマガ】第164回国会 事後報告その2:環境委員会

【環境委員会は環境行政の応援団】
心ある政治家は皆、環境問題に関心を持っています。環境委員会に所属する議員は、最も政治家らしい政治家たちの集団ではないかと、私自身も含めて自負しています。
私の質問は、環境問題解決のための提案型の質問です。予算の権限を持つ財務省、外交の権限を持つ外務省、実際に環境規制のできる他の経済官庁などに向け、正論かつ具体的な提案を行うことで、環境行政の後押しをすることができます。
 今国会の環境委員会では、環境保全の基本施策、地球温暖化対策法、鳥獣の保護法の質疑で計4回(2006/2/24、4/28、5/12、5/30)質問に立ちました。質問の要旨を紹介します。

1.【地球環境問題に対応するには、国際的な人材育成を】
地球環境問題から発している問題が今一番大きな問題ですが、環境省の対応体制は遅れています。私は、他の省庁に比べて、環境省の留学や国際機関への派遣が非常に少ないことを指摘し、改善を求めるとともに、外務省には、地球環境問題の専門家の養成の必要性を指摘しました。

2.【省庁横断的に環境問題に取り組む】
議定書の目標達成は、現在の対策では非常に困難な見通しです。社会経済システムの転換を伴う地球温暖化対策には、経済、教育、地方を含めた省庁横断的な大運動の実施が必要です。
また、産業振興法や構造調整法を立法するときには環境にやさしいという観点を検討し、環境規制を必ず加えることを常に環境省が各省協議で要求することを確認しました。
具体的な対策としては、地方における公共交通機関の復活、再生資源であるバイオマスエネルギーや地元の材木等の利用の推進を促しました。便利や安価ではあっても、環境に負荷をかけるものは拒否するという意味で、3R(Reduce, Reuse, Recycle)だけではなく、四つ目、五つ目のR、Refuse, Reject(拒否する)の考えが重要です。

3.【すべての国を地球温暖化防止に参加させる】
私は、CO2排出量と魚の資源管理とを対比させ、京都議定書の問題点や排出量取引や、アメリカ・インド・中国等が入っていないことや、途上国に削減の義務がないこと等の問題を指摘しました。そして、具体的な方法をあげ、あらゆる分野の外交をリンクさせることによって、日本が主導的に、京都議定書にすべての国が取り組むよう交渉するよう主張しました。

4.【鳥獣保護法】
中山間地域では鳥獣による被害が深刻で、耕作放棄につながるため、環境省と農林水産省が連携をとって中山間地域対策の一環として、対策にあたるよう求めました。
この法律には、生物の多様性の確保というのが目的にあります。環境省は、これを念頭に入れて、環境を破壊するようないかがわしい公共事業のチェック等を行うなど行政に口を挟むべきであり、地球環境を守るため、環境省にはもっともっと前面に押し出していって、全力を挙げて取り組んでいくよう促しました。詳しくは、別項で紹介します。

私の質問は、衆議院のホームページから中継(生・録画)でご覧いただけます。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.cfm

【メルマガ】第164回国会 事後報告その1:外務委員会

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1.【06年3月15日 外務省の機構改革について】
1991~94年の3年間、パリのOECD代表部に勤務した経験から、外務省の組織のあり方について、提案型の以下の質問をしました。
① 語学研修は、英語は共通語であることから、仏・独・西語(2年)にも英語の研修を与え、逆に英語にはヒンズー語・スワヒリ語との特殊外国語を義務付ける(露・中・アラビア・韓については、2年の研修の他に1年の英語研修あり)
② 20歳代ないし30歳代前半までに、小国の大使館を経験させ、大使館全体の動きを学ばせる(エリートは、大国ばかりに片寄りがち。農水省には田舎の市町村との若手(入省3年目)の2年間の人事交流があり、市町村行政の全体を学んでいる)
③ 語学ないし国別のプロの他に、貿易問題・地球環境問題・軍事問題等項目ごとのプロも育成し、かつWTO・UNEP等の国際機関にも進んで出向させ、プロを作る。そしてその中から国際機関のトップを勝ちとる(UNESCOの松浦事務局長に続け)
④ 各省から大使館への出向は、定員を差し出さなくとももっと自由に認め、外務省は全体を取り仕切る事に全力を傾注すべき。

ただ、これは大物OBが査察官として、OECD代表部に来られたおりに、ペーパーの提出が義務付けられ、帰国後民主的な外務省が主任課長会議(局の筆頭課長会議)で「外から見た外務省の改革」についての意見を求められた折に意見したものです。
残念ながら、聞くまではかなり開明的(例えば、農水省など他省庁の役人の意見など聞くはずもありません)でしたが、実行がなされていないので、今度は外務委員会委員として改革を迫りました。さて、どこが改善されるか見物です。

2.【06年3月29日 マレーシアとのEPA(経済連携協定)について】
私のかねてからの持論の農的小日本主義を振りかざして、麻生大臣と哲学論争を繰り広げました。渡部恒三国対委員長は、私が見本とした石橋湛山の信奉者で、政治活動も早大時代に石橋湛山の選挙運動を手伝ったのが最初とのことで、私の質疑を傍聴しに来てくれました。
びっくりしたのは、麻生外務大臣でして、私ばかりでなく大臣も緊張して答弁していました。
詳しくは、過去の「最近の活動」のページの、3月29日「外務委員会質問」で述べています。
http://www.shinohara21.com/katudo_log/katudo_060329.html

3.【06年4月10日 日韓刑事共助条約】
またまた専門的な条約でした。日米に同様の条約があり、国際犯罪ないし犯罪人が相手国人なり、相手国に逃げていった場合の協力の基本を定めた条約です。韓国が既に14カ国と結んでいるのに、日本は2カ国目。経済がらみになると何でも喰いついてやろうとするのに、人的法の負の部分については、受け身となり遅れがちな理由を質し、中国や東南アジア諸国さらにはブラジル等関係の深い国と早期に条約を締結するよう促しました。

4.【06年5月10日 日英・日印租税条約】
外務委は、他の委員会が法律案の審議なのに対し、ありとあらゆる条約を審議する所です。ところが、EPAが経済産業委や農水委、刑事共助条約は法務委、今回の租税条約は財務金融委に深く関わり、内容がかなり専門的です。
①それを外務委が委員ばかりで議論するのは片手落ちで、それぞれの委員会も絡ませるべき。
②条約の審議も大事だが、竹島・東シナ海ガス開発、日韓・日中外交、米軍再編等、現下の一般外交問題の議論にこそ時間を割くべきと注文をつけました。

条約本体については、地方の工場の閉鎖を、長野県を例に挙げ、また新規土地立地の停滞も指摘して、海外投資をあまりにも優遇するのはいかがと問題提起しました。そして、仮に海外投資を優遇するとしても、日本の地方の工場を閉鎖する企業には適用すべきではないとかみついておきました。

5.【06年5月19日 一般質疑】
私は、2005年に再選してから外務委員会所属となりましたが、これまで条約の質疑ばかりでしたが、ようやく国勢情勢一般を審議する機会が回ってきました。
韓国と現在領有をめぐって争いのある竹島問題を引き合いに出し、日本も国境付近の離島に人を住まわせるための政策手段を講じるべきでないかと麻生大臣に質問しましたが、さすがにポスト小泉に名を連ねるだけあり、国境線の重大さを認識されており、「大事なことだ」との認識を示されました。
また、海洋法条約に基づき、漁業資源は私が水産庁企画課長時代に「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律」等を整備しましたが、海底の天然資源の探査・開発やそれを実施する法整備が遅れていると指摘しました。

6.【06年5月26日 公海漁業協定】
今回も海洋・漁業に関する質問になりました。
公海上での漁業の包括的なルールである、公海漁業協定の審議の質問者となりました。
私は、水産庁企画課長を務めるなど水産庁には8年間在籍し、海洋法条約の批准、200海里排他的経済水域の設定、TAC法(魚の獲り過ぎを抑える法律)の制定等に取組みましたので、その経験から質問しました。
日本は、大漁業国であり、水産物の大輸入国です。だからこそ、水産に関するルールを日本から発信すべきではないかと指摘しました。具体的には、IUU漁業(イリーガル・アンレポーテッド・アンレギュレーテッド・フィッシャリー:違法・無報告・無規制で行う漁業)を行う国からは漁業資源を輸入しないよう徹底すべきではないかと指摘しました。ルールはできているのですが、厳密に輸入商社に守らせるためにしっかりすべきだと水産庁に要求しました。
日本人はマグロ好きですが、世界中の海から冷凍されたマグロが空輸されてきます。これは、私の持論である、地産地消に反するものであり、環境NGO等からも非難され始めています。確かに、環境NGOには過激な団体もあるのですが、それはしっかり取り締るとして、日本としてもマグロ等の漁業資源の管理に力を注ぐべきであるとも指摘しました。
最後に、日本がリーダーシップをとって日本海で200海里内も含めて、日・中・韓3国が協力して漁業管理機関を作るべきではないかと提言しました。
これについては、資源管理の重要性を3国とも認識しており、徐々にでもそのような方向に持っていくことは有用である、と塩崎外務副大臣も答弁していました。

2006年06月19日

「民主党長野県連大会」のご案内

毎年恒例の民主党長野県連大会が開催されます。
今年は、民主党長野県連政治スクールの開校に合わせて、
菅直人民主党代表代行の講演が実現しました。
参加申し込みはどなた様も自由です。
しのはら孝事務所までお申し込み下さい。

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  日時:2006年7月2日(日) 13:00~
  会場:ホテルメトロポリタン長野(長野駅前)
  会費:無料(事前にお申し込み下さい)
      
  内容:13:00~ 民主党長野県連大会
      14:00~ 記念講演  菅 直人 民主党代表代行 
                    いずれもご自由にご参加下さい

  しのはら孝長野事務所   tel 026-229-5777  fax 026-229-5727
        t-sino@dia.janis.or.jp

2006年06月15日

長野市後町小学校の皆さんが議員会館にやってきました

長野市立後町小学校の皆さんが、修学旅行で国会見学にやってきました。
国会議事堂内を見学する前に、私の議員会館を訪問してくれました。

私が委員会で質問しているビデオを見てもらい、国会での仕事ぶりなどを話しました。
私の話に熱心にメモをとっているなど、真面目な訪問者の皆さんでした。

2006年06月14日

米国産牛肉の輸入再開に反対する集会の司会をしました

6月13日午後4時から、国会議事堂の直ぐ近くの憲政記念館で、「拙速な米国産牛肉の輸入を止める国民大集会」が野党4党の協力で開催されました。標準語をキチンと喋れない私が司会をおおせつかりました。講演は長野弁でも許されても、700人もの参加者には失礼に当たるのではないかと少々緊張しました。

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事前の打合せで長野高校の後輩とわかった金子清俊東京医科大学教授(元食品安全委員会プリオン調査会委員)、もう牛肉を食べても安全かの著者福岡伸一青山学院大学教授、和田正江主婦連合会参与の三人から、今再び慌てて輸入再開することいかに危険かを各々の専門的立場から述べていただきました。BSE市民ネットワークが牛に扮した寸劇で花をそえてくれました。
その後生産者、消費者、流通販売業者の代表に切実な訴えをしていただき、更に小沢、志位の二人の党首をはじめ四人の政党代表にご挨拶をいただき、拙速な米国産牛肉の輸入再開を阻止する決議文を全員の拍手で承認して会を終えました。
見え見えの政治的判断による動きです。こんな屈辱的な外交は前代未聞です。日本人の食の安全が小泉・ブッシュ日米首脳会談の土産でないがしろにされてはたまりません。
このメールは翌14日食のりすくコミュニケーションの会場で、輸入再開大反対の声が渦まく中、携帯から初めてメールマガジンをお送りします。

2006年06月12日

民主党パーティ前進2006

 私は、政治資金集めのパーティ(いわゆる「励ます会」)は開いたことがありま
せん。
高校時代の友人が総支配人を務める東京・錦糸町ロッテ会館で二度、内輪の国政報
告会パーティを会費(5千円)で開いただけです。全国後援会として会費3000円で
支 えていただいているのがあるくらいです。野党議員も1期生でも政治資金集めのパ
ーティを開いている者もいますが、私は、とりあえず、歳費と政党助成金、そし
て、自 主的なカンパでやってみようと思っています。

 しかし、民主党の資金集めのパーティには、20枚(すなわち40万円)のチケット
を売 ることが義務づけられます。昨年は10枚で、今後当選回数を重ねる度に増えていき
ます。押鐘全国後援会副会長はじめ、東京の友人・知人の皆様に購入していただ
き、 やっとノルマを果たしましたが、そもそも自分のパーティをしていないので、いつ
も四苦 八苦しています。

 ただ、嬉しいことに、偽メール事件があり民主党はあれだけゴタゴタしたのに、
昨年 を上回る多数の方に出席していただき、熱気が満ち溢れていました。新生民主党に
対する期待の表れだと思います。

 長野から望月秘書が偶然参加しました。他にも思いがけない人にも会い、二次会
で は、お世話になった方に義理を果たすことができ、ほっとしました。
 5月29日からの週は、珍しく5月30日(火)の環境委員会しか質問がなく、私も久
しぶ りにゆったりした気持ちになれました。今国会は延長もないようで、あと2週間
余、気を 引き締めてきちんと対応しようと思います。


ホームページをリニューアル


 私が衆議院議員に立候補した2003年の10月から使用していたホームページを、
全面更新することにしました。

http://www.shinohara21.com/ これまでのホームページにリンク又はブックマークされている方は、お手数ですが
上記URLに変更してください。
※携帯電話からも同じURLでアクセスできます。

 私の携帯からもホームページの活動記録を更新できるようになりますので、もっ
と 頻繁に活動の様子もお知らせしたいと思っています。
 どうぞよろしくお願い致します。

2006年06月09日

【メルマガ】政治家と年齢

【50人対10人未満】
 自民党の総裁選に関連して、5月1日の各紙に50歳以上で当選した遅咲きの自民
党有志議員でつくる「知命立志会」(クローニンの会)が、福田康夫会長の下に開
催 されたと報じていました。前回に比べ約30人から約50人に増えたそうです。民主党
の衆議院議員はとみると、私の同期議員が都市部の50代の人を中心に、約半分が
落選し、激減してしまいましたので、10人もいないはずです。それだけ民主党は若
く から国会議員になっているのです。

【頑張る団塊の世代】 
『国会議員要覧』の生まれ年表でみると面白いことがわかります。前回は違った
の に、何と国会でも団塊の世代が幅をきかしているのです。
 生まれ年で1番多いのが昭和23年24人、2番目が昭和22年の19人、3番目が昭和
24年の17人なのです。なお、3位は、昭和19年、20年、27年、28年、33年と6年次
が ありますが、上位3年で括ると、24+19+17で計60人と団塊の世代が最多なのです。
くしくも人口構成を反映していることになります。

【すぐ役立つ50代議員】
 私のかつての同期は60人で、45歳以上で「二希会」というのを作って意見交換会
(ただの飲み会)を開いていました。同じ世代で意見が合ったからです。最初は、
50 代以上のみの「一希会」で始めたのですが、45歳以上も入れてくれという要請があ
り、「二希会」は20人近くの会合となりました。菅代表代行(当時の代表)は、
「民主 党は若手の松下政経塾ばかりの政党ではない。いろいろな分野で実績を上げ、そ
れを引っさげて民主党入りしてくれた実力派も多くいる。すぐに政権をとれる準備が整った」と持ちあげてくれました。ただのお世辞ではなく、本当にそう思っており、私のちょっとした
後援 会の会合では、「すぐに役立つ新人の筆頭が篠原さんで、2番目が・・・」と余計
なことまで言ってくれ、同僚議員の嫉妬を受けました。
 ところが、前述のとおり、ドサッと人数が減って「二希会」は中止しました。

【自分の分野を持った人が必要】
 国会議員になってから、何をしたらいいか迷っている人もいます。私は、自分が
55 歳で国会議員になったから言うのか、といわれると困りますが、社会で20年ぐらい
は 働いて、それを引っさげて国政の場に出てもらうのがいいような気がします。逆を
言う と、政治しか知らない職業政治家は、危ういということです。
 その点、安心できるというか、さすがと思ったのは、地元の中野市議会議員選挙
です。最年少が47歳です。近くの人の眼は確かで厳しく、そう簡単に市議にはなれ
ないのです。そうしてみると、国会議員は安直になれ過ぎるような気がしてなりま
せん。

【公募犬は訓練を経てモンキードッグに】
 5月30日、環境委員会で鳥獣保護法改正案の審議で質問に立ちました。
 例によって、冗談を入れながらの50分でしたが、大町市で導入され、小布施の黒
岩 さんもやり始めた「モンキードック」を紹介しました。訓練した犬に猿を追い払わ
せるの です。モンキードックが公募されていたので、私は、「政治家だけでなく、犬も
公募 されている」と笑いを誘いました。ただ、「候補者が突然当選して政治家になって
しま うのに対し、犬は数ヶ月じっくり訓練されるので、すぐ役立つが政治家はどうも・・・」と続ける予定でしたが、 環境委員の中には、小泉チルドレンが多く、かつその皆さんのうちの何人かが私の質問に賛成のヤ ジを飛ばしてくれるのに敬意を表し、嫌味はやめました。

【年齢制限より在職年齢制限】
 政治家は年齢ではなく、モチベーションであり、年齢制限を導入するなら、むし
ろ在職年数制限こそ先だと思います。なぜかというと、社会経験もなく、ただただ長く
やってい る人には、どうも「政策より政局」のいい加減な政治家が多いような気
がする からです。
 政治家と年齢、昨今の一連の騒ぎで「若ければよい」という風潮だけはなくなり、少し
ずつまともになっているようです。私は民主党の公募はこういう分野の人を必要としていると
いって 公募していくべきだと提言したところ、それが少々受け入れられています。これらも改善されていて喜ばしい限りです。

2006年06月01日

【メルマガ】国会を黄色に染めよう!私の「菜の花プロジェクト」

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昔は春の風物詩として菜の花畑がどこでも見られ、日本人にとっての原風景でした。また菜種は、ナタネ油の搾りかすは肥料や飼料に・廃食油は軽油に代わる代替燃料(BDF)に使われるなど、循環社会の象徴でもあります。
国会には、循環社会を考えようと、菜の花議員連盟というのが2002年7月にできています。

私は、菜種の見直しを図るために、さらに国会の周辺を菜の花で埋め尽くそうと考えました。そこで、昨年の夏に、秘書と一緒に菜種を採りに行きました。
国会の議員会館の裏手には空き地が点在しているのですが、その中で私が予てから目をつけていた、菜の花が群生している所がありましたので、そこで菜種を採取しました。この地域を巡回しているお巡りさんもびっくり、怪訝そうな顔をしながらも「ご苦労様」と言って立ち去っていきました。
しかし、間の悪いことに採取を終えて、塀を乗り越えて出ようとしているところを旧知の政治評論家の鈴木棟一氏に見つかってしまい、さっそく夕刊フジ(首都圏の駅などで販売されている夕刊紙)のコラムに取り上げられてしまいました。
その後、しばらく事務所に置いて乾燥させていました。しばらく事務所の中は、草刈後のような匂いが漂い、来客の皆さんも不思議そうな顔をするので、袋いっぱいの菜の花を見せながら説明をしていました。

秋の総選挙の後、再選を果たせたので、会館を管理する事務局に承諾を求めました。
秘書が電話をして「議員会館の周りに菜の花を植えようと思うのですが、よろしいですか?」「菜の花ですか?」と事務局でも戸惑い、課長さんが事務所に飛んできました。そこで、菜の花は循環社会の象徴であり、会館の周辺の景観にもよいからぜひ蒔かせてほしいと話したのですが、「前例がない」ということで難色を示しました。
いろいろ交渉した結果、「こちらは勝手に蒔く、それについて止めはしないが協力もしない」ということで決着?をみました。

そこで、11月18日の夕刻目立たなくなってから、秘書とこれまたこっそり会館の周りの土手に蒔きました。しかし、緑地帯は崖になった急斜面上がほとんどなので、土を掘って埋めることが難しかったので、止む無く、斜面の上から蒔くしかありませんでした。ただ、一部平地などもありましたから、土を掘って埋めたりしました。

そしてこの春、私のいる第1議員会館の会議室棟からは、きれいな黄色の花を付けた菜の花がびっしり生えてきました。残念ながら、土を掘らなかったので、種が斜面上を流れたため、崖の下のほうに偏ってしまいましたが、それでもしっかり咲いています。また、土地が痩せているのか、陽はよくあたるのですが、茎も細いか弱い菜の花でした。
それでも会議室からの眺めはなかなかのものです。やはり景観にもとっても効果のある花です。
民主党の農政改革基本法案が本会議に上程された時には仲野博子議員が、私が会館の周りに菜種を蒔いた話を紹介しました。農水委員会では私が答弁に立った日にも紹介しました。また、環境部門会議が終わった後に、皆さんが菜の花を眺めながら、盛んにこの取組みをほめてくれました。
「もっと大勢で菜種を収穫して、来年はもっと大大的に菜種を植えましょう!」とも言ってくれて協力を申し出てくれている同僚議員も現れました。
皆さんも春に国会裏の議員会館を訪れる時があれば、辺りを見回してください。きっと黄色の小さな花を付けた菜の花がいっぱいになっている光景を目にすることでしょう。

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