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2006年08月27日

【メルマガ】大黒宏:ノースブレインファーム再訪

<講演に行けない議員の身>
 8月27日、私は20数年振りにオホーツク海に近い興部町の大黒さんの酪農場再訪しました。20年ほど前、真冬の猛吹雪の中、女満別空港から数時間かけて訪問して以来のことです。再訪というと正確ではないかもしれません。その当時は、加工場も食堂もお店もなかったからです。2003年国会議員になってからは、講演にはほとんど出かけず、行くとなると同僚議員の応援のための講演で、なかなか私を本当に求める人(つまり私の本を読み、私の農業論・農政論に興味を持ち、講演に来てほしいという人)の所には行けませんでした。今回も、親友松木謙公議員の要請にもとづいて、農業関係者の会合をハシゴして民主党農政を説明して歩く旅の間の一時でした。

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紋別での農業講演

<松木謙公議員の粋なはからい>
 松木さんは、藤波孝生元官房長官の秘書を長年勤めており、かゆい所に手が届く気配りのできる人で、一般の民主党議員には欠けている大切な資質を持った人です。1泊2日で5会場回る中の一つに、20年来の付き合いの同志大黒さんの家の野外パーティーを組み込んでくれました。私は、大黒さんが立派な酪農経営をされていることを目の当たりにして、本当に嬉しいかぎりでした。ビールもソーセージも何もかもどこのものよりもおいしく感じられました。

<チーズもソーセージもなかった道東>
 私には、全国各地に講演・本を通じた同志的友人がいますが、大黒さんはその1人です。私の記憶が正しければ、大黒さんは、私の講演の中のへらず口をきっかけに乳製品の加工工場を作り、今や80人の従業員を抱える興部町一の企業体のトップを勤めるまでになりました。「農業の先行きが暗い」という、いつもの泣き言に対し、私は「北海道、特に道東は畜産王国、酪農王国といいながら、地域特産物にチーズもソーセージもないじゃないか、フランスでは村々にチーズがあり、ドイツにはソーセージがある」とけしかけました。それに発奮して、農林水産省に仲間と乗り込んできて、加工原材料乳の補給金をもらいつつ自ら加工できる途を切り開きました。
 その後、年賀状のやりとり、東京あるいは北海道での講演等の付き合いが続きました。大黒さんは2003年の私の突然の衆議院選立候補の折には、長野まで応援にかけつけてくれました。おいしい牛乳の陣中見舞いもいただきました。
 チーズ・ヨーグルト・バターの加工場はそれはきれいで管理が行き届いていました。まわりに花が植えられ、食堂の周りも花だらけでした。食欲がわくのはあたり前です。学校給食に牛乳も提供しています。そして、全国にファンがいるようになりました。見事という他はありません。「篠原さんと会わなかったら、僕は酪農をやめていた。小さくてもできる、と本や講演で励まされたから今がある」というお世辞には涙が出る思いでした。いろいろ気が滅入ることが多い昨今、久し振りに心が晴ればれとする再会でした。

大黒さん達と記念撮影.jpg
大黒さん達と記念撮影

<故田原高文さんの展示>
 もう一つ胸にじーんとくることがありました。2003年若くして逝ってしまった畏友・田原高文さんを偲ぶ展示が行われていたのです。田原さんは、畜産のプロで、畜産局を中心に農林水産省の中枢を担う人でしたが、BSE問題の最中に食道がんに犯され、あっという間に我々の前からいなくなってしまいました。
 それより10数年前、私が田原さんを大黒さんに紹介し、田原さんと大黒さんの交流が始まっていました。牛乳・乳製品行政のプロである田原さんは、大黒さんの相談相手となり、逆に田原さんは大黒さんを通じて現場を知っていたはずです。
 土産物屋の2階に、田原さんの短い一生のパネルが作られ、遺品も展示されていました。大黒さんと田原さんの友情がいかに深かったか展示をみれば一目瞭然です。一役人と一酪農家のかくも美しい交流を私は知りません。

<統一地方選に向けて>
 今回の北海道講演の旅は、26日菅直人代表代行とともに鳩山由紀夫元代表の地元の農業者の車座集会から始まりました。紋別でも訓子符でも私の10数年前の講演を覚えていてくれる人がいたのも嬉しい限りでした。「農的小日本主義の勧め」を持ってくる人もいました。
 松木さんの人柄が関係者の皆さんに受け入れられ、徐々に支持を拡大しているのがよくわかりました。ただ、羨ましいのは、6人もの民主党県議会議員が松木さんを支えてくれていることでした。私の選挙では倉田竜彦県議1人。それに加えて、強力な北海道農民連盟も支えてくれています。これが2005年の総選挙で武部自民党幹事長を相手に2万票も得票を増やした要因です。
 私も来年の統一地方選に向けて数多くの同志を県議会に、そして市町村議会に送りこまなければと決意を新たにしました。

2006年08月25日

長野県倫理法人会10周年・2000社達成記念式典での挨拶

ご紹介いただきました民主党衆議院議員の篠原孝です。
前のほうの席の方は全国各地からおいでになっておられご存知ない方もおられると思いますが、
代理でも、秘書でもありません。貫禄はありませんが、本人ですのでお間違えのない様お願いします。(会場→笑)【注】国会議員本人の出席は私だけであり、来賓紹介は代理・秘書の肩書説明がないまま、来賓祝辞の一番手、小坂大臣秘書伊藤さんが代理で挨拶した後を受けての挨拶でした。

私先ほど桜井幹事長の大きなお声を聞いて、例えが悪いかもしれませんが20数年前の自民党 農林部会のハマコーさんを思い出しました。大声で米価値上げを要求されておられました。又 桜井さんの話し方はユ-モアに溢れ、渡辺美智雄さんを思い出し、聞き惚れていました。(笑)
2000社達成という偉業には 私の事務所も参加し、貢献させていただきました。
私の事務所は小坂さんの事務所とは違い極小で、事業所登録をしなくて良いのですが
一応 小さい法人のトップということで入会しました。国会議員になりますと この会・あの会に入ってほしいと山ほどお誘いがあります。 私には先立つものがなくほとんどお断りしていますが、倫理法人会は、日本社会に欠けている倫理を大切にする立派な会ということに確信を持って入会させていただきました。(拍手)
最近新聞紙上を賑わせました、福井日銀総裁、ホリエモン、村上氏もこの会に入っていたらあの様な不始末をしでかさなかったと思います。どうせ入っていなかったでしょうが(笑)。
私は 今年の年初から会合での挨拶の中で日本社会・地域社会の絆が緩んでいると述べさしていただいています。恐ろしいことに 小泉・竹中・ホリエモン路線の下、企業が地域社会と離れつつあります。長野商工会議所・青年会議所がありますが、そのメンバーが全国展開の大企業の支店長が増つつあリます。それでは地域の活性化が失われます。
政治の世界でも、地域社会にまったく縁のないマドンナ刺客が送り込まれ、比例復活で当選していますが、これでは地域の生の声を政治に反映できません。
今行われている甲子園の高校野球大会も、有力校はリトルリーグ時代から優秀な子を全国から集めていますが、これでは都道府県代表とは言えません。それに対して創立100年・創部55年の松代高校はそのあたり普通の野球少年が集まったまさに地域の代表です。今度小坂文部科学大臣に会ったら、優秀な選手を集めるにしても、都道府県代表なのだから 県内に限定すべきだと進言するつもりです。(笑)
今日は2000社達成の大事な大会ではありますが、松代高校の試合のほうが大事だと甲子園に行っているメンバーの方もおられると思います(笑)。私はその方のほうが立派だと思います。
10周年・2000社達成のお祝いを申し上げ私の挨拶とさせていただきます。
本日はおめでとうございます。

松代高校の健闘を称える

松代高校は、長野県勢としては久し振りに鳥取北高校に1回戦で勝ち、2回戦では同じく初出場の八重山商工に惜しくも5対3で敗れてしまいました。
決勝戦の駒大苫小牧と早実の引き分け再試合が大きくクローズアップされましたが、ごく普通の高校の野球部の善戦は小粒でもキラリと光るものがあります。
わが事務所でも坂口秘書の生まれ育ったところが松代でいてもたってもいられず、OB車に乗り込んで2回戦の応援に行き、興奮して帰ってきました。
創立100周年の快挙、長く語り継がれることは間違いありません。暑い夏、いろいろ気が滅入ることの多い昨今、本当にさわやかな涼風をくれた松代高校でした。ご苦労様と声をかけねばなりません。

2006年08月06日

【メルマガ】地域社会と甲子園代表 -松代高校の甲子園初出場によせて-

私は、今年の年頭に地元紙北信ローカルで「過剰流動性が日本を狂わせている」という記事を書いて、地域の紐帯が壊れてきているのを指摘した。
http://www.shinohara21.com/katudo_log/katudo_060106kajyou.html

地元の商店街が廃れ、郊外の国道沿いには大手資本のスーパーや外食チェーンばかりが並んでいる。商工会議所なども地元企業が減り大企業の支店長が増えつつある。極めつけは昨年の総選挙での「刺客候補」である。地域と縁のない落下傘候補がどんどんと当選した。
今の日本は地域に根ざした商店や産業が薄れ、人さえも地域に生まれ育った人がその地域で活躍することが難しくなっている。

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シーズン真っ只中の夏の高校野球に関しても、近年甲子園を沸かせる強豪校は、私立高が多く、中学校のリーグで活躍した者を全国から集め、地元出身者がほとんどいない高校もある。これで果たして都道府県代表と呼べるのか、と疑問に思う。
野球留学は、親元を離れ自立心を養われるし、一つの事すなわち野球に専心するのは悪いことではない。しかし、高校卒業くらいまでは親元を離れず地域に溶け込んで暮らすのが常識ではないだろうか。夏の高校野球大会は都道府県代表なのだから、出身県以外の選手の登録数を制限するなどの策を講じて、各地区代表が戦う本来の高校野球の姿に戻すべきではないだろうか。

その点、長野県代表として学校創立100周年、創部55周年の節目の年に見事初出場を果たした松代高校の快挙は、大変喜ばしいことである。
まず、選手は近隣の中学校から進学した野球好きの部員ばかりである。そして、部長としてやはりごく普通の地元の公立高校である長野商業高校を春の甲子園出場させた経験のある丸井多賀彦監督は、情熱を持った地元出身の指導者であり、かつての高校球児である。県内各地から優秀な選手を集めた私立の強豪校などを倒して県代表となったのは、あっぱれというしかない。
先日早速松代高校にお祝いにかけつけたところ、監督のお母さんが私と同じ中野市田麦の出身とわかり、なおさら親近感を覚えた。

信州の夏も昼は暑いが夜になると、スーと涼しくなる。信州球児は関西のベトッとした暑さは未経験である。私は京都で学生生活を送ったが、夏休みを終えて京都に行って、あまりの暑さに逃げ帰ったこともある。松代高校ナインは暑さに負けず、長野県の真の代表として堂々とした戦い振りを期待したいものである。

2006年08月04日

【メルマガ】外務委員会で質問しました

【閉会中審査】
国会は現在閉会中ですが、重大な問題が生じた場合、閉会中審査といって、委員会を開いたり視察を行ったりする事ができます。
6月の閉会以降、北朝鮮のミサイル発射問題・イラクからの自衛隊の撤退・米国産牛肉の輸入再開問題等、外交分野で重要な事象が起こりましたので、8月2日に外務委員会を開会することになりました。
7月27日に民主党のBSE問題対策本部の会合が開かれ、私も出席しましたが、その席で外務委員会の武正公一理事から、「委員会で米国産牛肉の輸入再開問題を質問してほしい」と依頼されました。15分という短い時間ですが、引き受けました。

【順序が逆の輸入再開合意】
今回の輸入再開の決定は、またしてもおかしな点がありました。厚生労働省 と農林水産省の担当者が米国の牛肉処理施設の査察を行い、安全性を確認してから輸入再開を決定するのならば、まだ理解できるのですが、査察を行う前に、小泉総理がブッシュ大統領との首脳会談の手土産のために、輸入再開を決定してしまっています。
プレスリーの故郷を訪ねる見返りに、国民の食の安全を引き渡したことにな ります。
「これでは交渉の順序が逆ではないか」と質問をしましたが、厚労省の赤松 副大臣は、「そう見えるかもしれないが、あくまで日本と米国との間で輸入 再開の合意が認識できていたから決定した」と答弁しました。

【日本の立場を毅然と主張すべき】
前回輸入再開が決定する過程で、2004年に日米局長級会合が行われた際、アメリカのペン農務次官は「外務省の佐々江局長のおかげで輸入再開の合意が素早くなされた」と感謝までしています。これではどこの国の外交官かわかりません。アメリカ側は、USTR(通商代表部)や国務省は出ていな いのに、日本は通商問題ととらえ外務省がしゃしゃり出て、早くまとめようとしていたのです。
アメリカ国内でさえクリークストーン社など一部の牛肉加工施設は、自分の会社の負担で全頭検査をするから認めてくれと、農務省に訴えていますが、農務省は許可していません。
しかし、このようにアメリカ国内でさえ、安全性に関する日本の懸念に応えようとしているのに、日本政府は、日本の安全性をアメリカ側に理解してもらうよう努力しているのか疑問です。
「最大の輸入国である日本は、安全性についてルールを作り上げて、世界に感謝されるポジションにある」という私の指摘に対して、麻生大臣は、「科学的な判断と外交交渉とは別の次元であり、両者が一致していないと難しい。」といったすれ違い答弁しかしませんでした。
ただ、前に質問した松本政調会長と武正理事の質問時間が延びたため、質問時間がわずか11分になっていまい、資料を十分準備して臨んだのですが、つっこんだ議論にならず、残念でした。
しかし、今後も機会をとらえて、この問題を取り上げていきたいと思います。

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