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2007年10月16日

真田十万石祭りでの間違い挨拶07.10.16

                                   10月8日記

 来賓挨拶はいつも緊張します。私は、どんな会合でもそれなりに挨拶します。しかし、考えていたことの7割話せれば成功と思っています。今まで、数々の失敗はあれど、大きな間違いはありませんでしたが、今回は、1分間で済まそうと思い慌てて、失敗してしまいました。

せっかくのお祭りに政治家の下手な挨拶はないほうがましですが、何しろ私の相手方小坂さんと比べて顔が知られていないので、招待されたらなるべく出席して喋らせてもらうことにしております。
 ところが、今回は若林農相も小坂さんも遅刻し、一時は私に二人の到着まで長々と話しをしてくれという勝手な要請がなされるくらいでした。そこで、1分間スピーチを仕切り直さなくてはならなくなりました。が、小坂さんが到着。先にやられ、それが終わる頃、若林農相が到着、私は予定通り一番後になり、明らかに聴衆は飽きているのがわかりました。
 私はありきたりの美辞麗句ばかりでなく、一つ二つ気の効いたこと(本人がそう思うこと?)を入れることにしています。
 風林火山で脚光を浴びており、誰でも知っている謙信と信玄が相見える「三太刀七太刀」の場面が演じられました。それをもじりつつ、以下のように話をしました。

 “川中島の戦いは、日本人なら誰でも知っています。今日の三太刀七太刀の場面も有名ですが、もう一つは「敵に塩を送る」(戦国時代、上杉謙信が敵将武田信玄の領国の甲斐が塩の不足に苦しんでいるのを知り、塩を送らせた故事から敵の弱みにつけこまず、逆にその苦境から救うという話)という言い回しが生まれました。
 今、インド洋では、〝敵(?)〟に油をタダで送ることが問題になっています。国会でも問題にされていますが、今回はそういうことは忘れ、1日真田十万石祭りを楽しみましょう。”

 ところが、小坂さんから「〝敵〟じゃないぞ、〝味方〟だぞ」と野次が飛びました。そうです私は、〝味方〟というべきところを間違えて〝敵〟と言ってしまったのです。大失敗でした。おめでたい席にきわどい政治問題は出さない方が無難と思い知りました。

菅さん・真紀子さんからの応援要請07.10.16

                                  10月12日記
<農政の有識者になった菅代表代行>
 自民党の総裁選で3週間損をした臨時国会もやっと論戦が始まりました。
10月10日(木)には、菅さんの質問時間に応援に行きました。本人から直接「農政問題もやる。大体わかっているが、必要な時にメモを入れて欲しい」と要請があったからです。しかし、菅さんは本当に勉強家で、勘もよく、何も必要がないくらいの農林行政の有識者になっています。政府の品目横断的経営安定対策(例:4ha以上の認定農業者しか直接支払いの対象にしないという小規模農家の切捨て農政)の矛盾を突き、我々がドイツまで視察に行きまとめた林政の提言(路網を整備して国産材を活用)を行い全く危なげないものでした。

若林農相が直接支払い以外は小規模も対象にしていると言訳したのに対して、「直接支払いこそ事のつまりセイフティ・ネットで規模の差を入れるのはおかしいと反論すべし」と一応メモを入れました。
もちろん、テロ特措法については、福田官房長官当時の給油量の間違いを指摘し、緊張が走りました。福田総理が、事務方のあげたのを言っただけと逃げると、すかさず噛み付く辺りは、ケンカ屋菅さんの面目躍如です。

<第2次角福戦争応援>
 10月12日(金)には、これもTV入りの決算行政監視委員会が開催されましたが、田中真紀子事務所から「自民党から野次が飛ぶはずですから野次を返してほしい」と、これまた応援要請がありました。本当は木曜日の夜に長野に戻り、地元回りの準備をしたかったのですが、真紀子さんのたっての希いなので、応援にかけつけました。マスコミは前日から第2次角福戦争などと騒ぎ立てていました。
 福田総理の低姿勢と皮肉まじりの逃げの答弁で、それほど湧くことはありませんでしたが、痛烈な真紀子節は健全でした。
外相と官房長官で揉めたこともあり、拉致問題の質問は、核心を突いていましたが、老獪に逃げられてしまいました。
<田中真紀子さんの特別要請の理由>
私を呼んだ理由がもう一つあることがすぐわかりました。種が外国製ばかりだと農政問題で切り出し、カーギルやインターコンチの穀物商社問題、4ha問題を次々と取り上げたからです。そして、最後の安倍康夫内閣でなく、困っている農村に思い切った予算の重点配分をせよと迫ったのです。
 農政に担当時間を費やしたのにマスコミは、政治部ばかりが担当し、何処の新聞もこうした内容は報じていませんが、まさに図星の提案です。こちらも政治勘の良さは、やはり父親譲りです。

<菜の花の結ぶ縁>
 質問終了後、以前から頼まれている菜種の種を議員会館の田中事務所に持って行きました。私が第1議員会館周辺に蒔いた菜種を愛でてくれた一人なのです。本物の菜種の種と一回蒔いたらずっと咲き続けるカラシナの種をあげました。自宅(目白御殿)に蒔くそうです。
 ついでにもう一つ頼まれてしまいました。小学校4年の時にランドセルを背負って新潟から目白御殿に来た時は、庭には彼岸花が多くありきれいだったそうです。ところが、父親つまり田中角栄さんが縁起が悪いと全部引っこ抜いてしまったそうです。それもついでに復活したいのだそうです。

<いつか真紀子首相も?>
 恐そうな田中真紀子先生も根は花の大好きな普通の女性なのです。そこそこ身近にいると、その魅力が私にはよくわかり、最初の二世宰相になるべきは福田総理ではなく、真紀子さんだという気になります。ただ、暴走をコントロールできる名伯楽が必要不可欠であることは間違いありません。

2007年10月01日

小沢民主党の後を追う福田自民党、挙党一致体制のぶつかり合い07.10.01

9月25日記

 今日の福田さんの人事をみて、前原体制から小沢体制へのバトンタッチを思い出しました。
 <前任の人事をほぼ踏襲>
 2006年4月、前原さんの辞任表明を受け、4月7日菅さんを破り代表になった小沢さんは、意外な人事をしたのです。国対の一部を除き、全員留任というアット驚く人事にしたのです。
 今回の安倍さんの突然の辞任表明を受けた福田内閣もほぼ同じ手法をとりました。党役員は交替させたものの、ほとんど一緒の布陣でした。

求心力を保つため、人事に関しては黙り、期待を抱かせておいて、ほとんど留任させたあたりは、なかなかのものです。下手に趣味を出せば、不満が続出しただろうものを、安倍さんの人事を引き継いだと言い訳できます。勿論大義名分は臨時国会の乗り切りですが、まだ1ヶ月もたたず、実際は何もしていない内閣ですから交替したところで国会審議に何の影響もないはずです。見事といわねばなりません。
 <自民党化する民主党>
 民主党07年9月人事は、当選回数4期生以上しかNC大臣にせず、理事も当選回数で決めました。当選5回以上が大臣の条件という古い自民党と同じになりました。党の役員人事では、代表経験者を皆幹部入りさせ、山岡国対委員長、川端筆頭議運理事等と重布陣です。自民党が党の4役を派閥の領袖で決めたのは、これと同じです。
 派閥政治の復活と我が党も含めて批判しますが、私はそうではないと思います。海千山千のうるさいお歴々が多い自民党です。若い執行部では、こういう緊急事態は乗り切れません。当然の布陣です。
 <閣僚人事は自民党が上>
 閣僚は、政策通であれば、当選回数や党内への睨みなど不要です。だから、石破、舛添、増田と言った若手や中堅で、華をみせています。こちらは、民主党がNC大臣すら4期生以上にして、新鮮味が全く感じられないのと好対照で、福田人事に軍配を上げます。
 <総力戦に突入した二大政党>
 43歳から65歳に交替した民主党、53歳から71歳に交替した自民党。
 安倍の前原化もそっくりなら、トップのベテランへの交代、人事の丸受け(?)挙党一致体制と二大政党が時期はちょっとズレるもののそっくりな歩みをしています。
小泉さんの登場で、政治がワイドショー化しすぎてしまいした。
国民は、若手の頼りない政治に飽きているようで、このベテラン配置は、意外にすんなり受け入れられてしまうかもしれません。つまり、前原、安倍の未熟な仲良しグループ体制は、国民的人気ばかりに気をとられた小泉ワイドショー政治に決別して、本格的挙党一致体制へ移行するために必要なプロセスだったともいえます。
 さて、政権交代を目指す民主党は、今後どう振舞っていくか、私も真剣に考え行動していくつもりです。


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