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― 山口2区平岡秀夫候補の応援 ―08.04.25

08.04.25
【最終盤での応援】
 今月に入ってから週二回のペースで質問していたので、山口2区補選の畏友平岡秀夫候補の応援には残念ながら一度も行ってませんでした。質問を断り、どんづまりになって、今週、馳せ参じました。その前に地元事務所の秘書2人を光市事務所に派遣してあり,私も4月23日から行く事にしました。民主党三幹部揃い踏みが23日とは聞いてましたが、私の行く日と重なりました。数ヶ所で三役が揃い踏みするのだと思ったら、光市だけでした。雨にも関わらず、3000~4000人集まっていたのではないかと思います。

【電話作戦のお小言】
 夜は電話作戦をしまして、長野からわざわざ応援にきていることを強調して、支持者名簿に従って投票依頼をしました。ほとんどが頑張ってという激励の声でしたが、時たま小言を言われる方に出くわしました。「三幹部揃い踏みの応援に行ったけれど、顔が全く見えなかった」と言うお叱りです。私もさっぱり幹部の近くに行けないほど二重三重に人が取り囲んでいました。ところが、小沢さんの有権者の目線で話をするという方針が貫かれ、ビール箱の上の街宣なのです。雨で傘を差さざるを得ず、ますます顔は見えなくなります、かくして、せっかくめったに見れない大物幹部の顔を見に集まった聴衆はイライラするばかりでした。
【顔を見に来た有権者】
 後で、光市事務所の皆さんもがっかりしていました。彼らが本部から言われたのは、とにかく人を集めるということで、一杯あちこちに電話したりポスティングをしたそうです。  しかし、予想以上に関心が高く、動員した人たちをはるかに凌ぐ一般の有権者がたくさん集まってしまったのです。ここに、本部と地元のミスマッチが重なります。
 地元はちゃんと台をつけて欲しいと言ったにもかかわらず、本部の方は、人集めは地元、どのように進行するかは本部で決めるということで、顔が見れないという状態になってしまいました。私は始まる準備のところに着きましたが、三幹部はもみくちゃで、終わったあともいつまでも顔を見たさの握手が続きました。人口5万人の田舎町の人たちは、直に顔を見たいという有権者の切なる願いに対する配慮のはなはだしい欠如です。いま一つ大衆の人気を吸収できない民主党の理由がこの辺にあるような気がします。良く見れば2~300人あるいはもっと多くの人達は声しか聞こえず、おこって帰ってしまいました。そして、その何人かに私も電話して、お叱りを受ける事になってしまったのです。
【相変わらずの硬直的対応】
 かわいそうなのは、これを担当してきた地元A県会議員で、翌24日は奥さんともどもお詫びの挨拶回りをしていたそうです。
 昨年の参議員選挙の折に小沢代表は1人区だけしか回りませんでした。各県庁所在地の人が多くいるところでは一切街宣はやらずに田舎へ直行し、ビール箱の上で農家の皆さんと同じ目線で話しをしました。それを都市部でもそのままやっているわけです。どうも応用動作がきかない民主党の硬直的な対応が、このような面にも現れているようです。
 地元の光事務所の人たちに代わり、党本部と岩国の本部に意見を伝えることになりました。嫌われ役で損な役回りでしたが、私しかこの件を伝える人はいないので仕方ありません。
 政策的にも言えることですが、もっと柔軟に対応していかないと民意は離れていきます。
【気のきいた女性助っ人】
 こうした中でひとつだけ、ほっとするようなことがありました、私も、一応前のほうに行こうとしたけれども、押しのけていくのをやめました。入口の橋のたもとで傘を差してボーと立っていると、一人の女性がアレッといって近づいてきました、「こんなところにいないで、中に入って下さい」と言って、私の手は引っ張ってくれませんでしたけれど、人を掻き分けて中心に押し出してくれました。
 私にはとても出来ないことでしたが、黄色い服を着たその女性担当者は鮮やかにやってのけました。私はおかげ様で小沢代表の演説の最後半には間に合い、翌日の山口新聞の写真にはしっかりと小沢さんの後ろに載っておりました。私の顔を知っていたのか国会議員バッチに気づいたのかどうか知りませんが、まさに臨機応変の対応でした。
【本人不在の大演説会】
 三人の大演説会を聞きましたが、三人とも政策の話が中心で平岡さんの紹介や持ち上げがあまりありませんでした。
 驚いた事に平岡さん自身もこの場に来ていなかったのです。別の地区で集会がセットされており、日程を変更して光市には来れなかったのが実情のようです。
【走って握手の平岡さんの頑張り】
 その翌日、平岡さんが光市に街宣に来ました。私も電話以外にそれほどすることがないので、街宣につきあうこととなり、前座を務めました。あちこちの住宅街をゆっくり街宣し、手を振ったり、表に出てきた人がいると候補者が走って握手をし、運動員がビラを渡すというオーソドックスなやり方です。数箇所は何人かが集まり待ってました。平岡さんの頑張りにはほとほと感心しました。
【入念な街宣ルート設定に脱帽】
 もう一つ、街宣の先導の見事さには感激しました。支持者の地図落としをした地図をじっくり見て支持者の多い場所を通るようにし、何回も下見運転をして、街宣の時間を計算して、組み立てているそうです。平岡さんが頑張りすぎて遅れると、適当に省いたり、臨機応変で20時にはピタリと柳井市の境で街宣が終わりました。
 私の2回の選挙はただ大きな通りをさっと通るだけの街宣でして、私はほとんど乗りませんでした、しかし、光市の街宣のようにスポット的にマイクを握って話をし、ゆっくり反応をみて握手して歩くのなら私もやってもよいと思いました。
 岩手の平野達男参議院議員選挙の応援の時も同じ経験をしました。秘書に長野でもそのような街宣ルートを作ることを命じてあり、次回は同じような街宣をしようと思っています。
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        山口新聞4/24朝刊 左側の背の高いのが私(篠原孝)