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2008年04月30日

外交官を給与で援護射撃し(今回)、外務省人事を真正面から爆撃する。(次回)08.04.30

前回に引き続き、外務委員会での質問(その2)をお送りします。

<偏りすぎの在米総領事館>
 外務省より出てきた資料を見て、なぜこんなにアメリカに領事館が多いのだろうと不思議に思えました。ワシントンの日本大使館は、100名の大使館員が勤務しています。以下、NY、LAをはじめとしてその他全部で14箇所(191名)もあり、フランス10、イギリス7(領事館を含めると10)、韓国9と比べ、日本の総領事館数の多さが目立ちます。また、アメリカ側からは、東京の大使館に232名、領事館は5つでたった28名しかいません。異様なアンバランスです。
 もちろん、日米関係が日本外交にとって非常に重要なものであり、また、日本と違い広大な面積でもあります。しかし、交通手段や通信手段は世界一発達している国なのです。
 もっと、それらさえままならないアフリカや発展途上国に重視して配属させるべきではないかと問い質しました。

<偏りすぎの外務省人事>
 次に外務省の管理職以上の略歴を一覧表にしてみました。現在の管理職の偏りがあまりにも顕著に出てしまう状況であったためか、他の委員や答弁者がそのページを開いた瞬間に、おやっという顔をしたのが分かりました。それもそのはずです、留学は米英中心、韓・露・中等の留学組みは見当たりません。勤務地では、アフリカの勤務をしたことのある人は奥田 中東アフリカ局長たった一人しかおらず、発展途上国への勤務経験者など、ほとんどいないのです。本人が悪いというわけではありませんが、河相総合政策局長と齋木アジア太平洋局長は、それぞれシンガポール、ジュネーブ代表部を勤務しただけで、他はずっとアメリカ勤務と二カ国しか知りません。もちろん、アメリカのスペシャリストをつくるという意図での人事もあろうかと思いますが、他の幹部も欧米に偏りすぎています。こんなところにお公家様集団と呼ばれる理由があるのかもしれません。

 また、外交官ならば、外に出ていっぱい仕事をして、日本でその経験を生かすべきなのですが、彼らの本省勤務は管理職以降だけでも15年間程度もの長期になっています。林官房長官が答弁で本省勤務を不健康地勤務とポロリと言いましたが、外国との時差もあり本省勤務は激務ですが、これまた片寄りすぎです。その蔭でほとんど本省勤務をさせてもらえず、大使館勤務ばかりしている人もいるのです。
内閣人事庁が一般採用して、あちこちの省庁に行かせて、幅の広い官僚を育てようという議論が行なわれている中で、あまりに閉鎖的な人事と言わざるをえません。


 外交官とはいえ、どうしても、自分の勤務した国をひいき目に見てしまうことはあると思います。ところが、欧米勤務経験者に偏った局長ばかりになっている今、誰が発展途上国のために骨を折るというのでしょうか。ODAの現場を知らない幹部ばかりなのです。たとえば、再び増やさんとしているODAについて、だれが親身になって財務省との折衝を行なうのでしょうか。それはおろか、知らない発展途上国の問題点や情勢を正確に大臣に進言することができないのではないでしょうか。そして、大臣も、現場とかけ離れた進言の中から、どうやって外交判断を下すのでしょうか。

 例の外交機密費の不正流用が何年も放置されたのは、一部のグループのみが枢要ポストを独占し続けていたからなのです。その後、そうした人事が改善されたと思いきや、同じなのです。今でもアメリカ、条約局勤務者が幅を効かせ過ぎているようです。これでは多様な人材が育つはずがなく、同じ穴の狢ばかりでは大胆な外交戦略などできるはずがありません。

<必要な大局的人事>
 これは明らかに人事上の問題ではないかと思います。今のままでは、欧米勤務からはずれ、途上国勤務になった外交官たちは、自分の将来は閉ざされたと思わざるをえません。その上、彼らの途上国勤務の貴重な経験は外交判断に活かされなくなりかねません。

 高村外相には、もっとバラエティに富んだ人材を育成するためにも、前途のある人材に若いうちに途上国勤務をさせ、その後に欧米勤務とするなどの、人事の工夫が必要なのではないかと訴えました。
外相の答弁は、私が言ったような方向でこれからの人事を進める。既に次官に指示をしたところだという前向きなものでした。すぐにでも実行してもらいたいものです。

2008年04月28日

外交官を給与で援護射撃し(今回)、外務省人事を真正面から爆撃する。(次回)(その1)-08.04.28-

 外務委員会での質問が続いています。ガソリン暫定税率の期限切れをきっかけに、なかなか進まなかった国会審議も、堰を切ったように始まり、今月三回目の外務委員会での質問登板になりました。「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部を改正する法律案」という非常に長い名前の法案の審議で、50分間、外交官手当てや外務省人事のあり方等について質しました。今回はまず手当について報告します。

<安すぎるのではないか?大使の価値>
 私は、農林水産省から出向で、OECDの政府代表部参事官としてパリに勤務したことがあります。その時の、私を含む日本の外交官達が悪戦苦闘する様子を「花の都パリ『外交赤書』」(講談社+α文庫)として出版し、一部登場人物を除き(?)好評を頂いております。
 そんな経緯もあり、昨年5月ドイツ黒い森視察の際に古巣のパリのOECD代表部を訪ね、北島信一大使とお会いしてきました。その際の大使の話に手当てが大幅に削減させていて大変だなどと聞いておりましたので、例によって資料要求して調べてみました。
 15年前、私の役職は参事官(本省の課長になりたてと同じ)で、在外勤務手当ては71万3千円でした。ところが今は、大使の手当てが74万円(93年 大使は124万円)と当事の参事官クラスにまで下がっているのです。手当ての下げ幅は当時比で大使は-40%(公使-30%、参事官-20%)で、一国の特命全権委任大使の手当がバーゲンセールになってしまっていたのです。
 これは01年に起こった外交機密費流用問題に端を発し、外交官の手当てが減額された名残ですが、大使や公使は、赴任地でいろいろな付き合いをすることこそ外交でもあるのです。一罰百戒でケチなことをせずに、今の何倍もどんと出して、後は領収書も何もとらずに自由に使ってもらったほうがいいのではないかと提案しました。その代わりに、目に見える外交成果を上げてもらわなければなりません。

<安すぎるのではないか?配偶者の価値>
 政治家の中には、配偶者の人気でやっと当選する人もいます。同様に、配偶者のサポートが重要な仕事の一つが外交官です。夫婦同伴での招待が多々あるだけでなく、奥さんのつながりで外交がうまく行くなどということもあり、配偶者も立派な外交官でもあるのです。ところが、最近は赴任地に奥さんを連れて行く人が減ったと聞いています。もちろん、男女共同参画社会でもあり簡単に仕事はやめることは出来ないでしょうし、夫唱婦随が正しいこととは思いませんが、その問題点が手当てであるならば考慮はするべきです。
 かつて40%あった配偶者への赴任手当が、現在20%に減額されているのです。しかし、再就職が可能な欧米先進国ならまだしも、今の仕事をやめて、子どもの教育環境の悪化が懸念される、発展途上国への赴任に20%の手当でついてきてくれるという奥さんや家族はどれくらいいるのでしょうか。
 私は、高村外相に、先の大使の手当や配偶者手当を、もっと大胆に上げる改革をやってもいいのではと提案しました。高村外相からは、ポピュラリズムに流されない私の提案に賛成しつつ、国民の理解が得られず、民主党も賛成しないので難しいとの答弁でした。外務省は財務省とこのくらいの国内交渉も出来ずに、欧米の手練れた外交官との外交交渉なんか出来はしないと思いました。

<近藤元次元農林水産大臣(宮沢内閣の官房副長官)>
 この点は、今はなき近藤大臣(近藤基彦議員の父)の主張を追悼の意味でぶつけたのです。
 上記の拙書は少々歪んだ編集方針の下、私や同僚のドジ話ばかりの本にさせられてしまいましたが、原稿にはほのぼのとしたいい話がたくさんありました。その一つが近藤大臣の暖かい配慮と鋭い指摘でした。パリが好きで、大臣になる前にも何度かこられ、私が在パリ中に最も多く訪問された政治家でした。その大臣が「お前らだけではなく、日頃迷惑かけている女房たちを連れて来ればごちそうする」と言い出されたのです。そこで、農林水産省から出向していた私たちカップルも恩恵にあずかりました。
 その席で、大臣はまず女房たちをねぎらいました。そこで例の配偶者手当の増額こそ時代の流れに沿うものと指摘されたのです。 その返す刀で「逆もある。俺なんかパリが好きでよく来ているが、あんた方は立派なダンナを持ったおかげで、3年もパリにいられるんだから感謝しなくちゃね。」といって両方をたててくれたのです。私は女房たちが聞こえないように「そう言われてみるとそうね、大したたことないダンナだけど」と言っているのを聞いていました。

<少なくなった味のある政治家>
 何人かの農林族の中に私を特に目をかけて(?)くれた方がおられ、近藤さんはまぎれもなくその一人でした。そのパリで「宮澤内閣ができたら、宏池会には俺みたいな党人はいないから、官房副長官になって支えなくちゃならない」と言い出されました。私は、「大臣経験がないのは藤波さんぐらいじゃないですか」といいかけたが、「そうしないと、内閣はもたない」と話さえ切られました。そして、その通り官房副長官になられ、私の帰国前に亡くなられてしまいました。
 私はお世話になった近藤さんに敬意を表して、高村外相に質問したのです。
(その2へ続く)

2008年04月27日

― 山口2区平岡秀夫候補の応援 ―08.04.25

08.04.25
【最終盤での応援】
 今月に入ってから週二回のペースで質問していたので、山口2区補選の畏友平岡秀夫候補の応援には残念ながら一度も行ってませんでした。質問を断り、どんづまりになって、今週、馳せ参じました。その前に地元事務所の秘書2人を光市事務所に派遣してあり,私も4月23日から行く事にしました。民主党三幹部揃い踏みが23日とは聞いてましたが、私の行く日と重なりました。数ヶ所で三役が揃い踏みするのだと思ったら、光市だけでした。雨にも関わらず、3000~4000人集まっていたのではないかと思います。

【電話作戦のお小言】
 夜は電話作戦をしまして、長野からわざわざ応援にきていることを強調して、支持者名簿に従って投票依頼をしました。ほとんどが頑張ってという激励の声でしたが、時たま小言を言われる方に出くわしました。「三幹部揃い踏みの応援に行ったけれど、顔が全く見えなかった」と言うお叱りです。私もさっぱり幹部の近くに行けないほど二重三重に人が取り囲んでいました。ところが、小沢さんの有権者の目線で話をするという方針が貫かれ、ビール箱の上の街宣なのです。雨で傘を差さざるを得ず、ますます顔は見えなくなります、かくして、せっかくめったに見れない大物幹部の顔を見に集まった聴衆はイライラするばかりでした。
【顔を見に来た有権者】
 後で、光市事務所の皆さんもがっかりしていました。彼らが本部から言われたのは、とにかく人を集めるということで、一杯あちこちに電話したりポスティングをしたそうです。  しかし、予想以上に関心が高く、動員した人たちをはるかに凌ぐ一般の有権者がたくさん集まってしまったのです。ここに、本部と地元のミスマッチが重なります。
 地元はちゃんと台をつけて欲しいと言ったにもかかわらず、本部の方は、人集めは地元、どのように進行するかは本部で決めるということで、顔が見れないという状態になってしまいました。私は始まる準備のところに着きましたが、三幹部はもみくちゃで、終わったあともいつまでも顔を見たさの握手が続きました。人口5万人の田舎町の人たちは、直に顔を見たいという有権者の切なる願いに対する配慮のはなはだしい欠如です。いま一つ大衆の人気を吸収できない民主党の理由がこの辺にあるような気がします。良く見れば2~300人あるいはもっと多くの人達は声しか聞こえず、おこって帰ってしまいました。そして、その何人かに私も電話して、お叱りを受ける事になってしまったのです。
【相変わらずの硬直的対応】
 かわいそうなのは、これを担当してきた地元A県会議員で、翌24日は奥さんともどもお詫びの挨拶回りをしていたそうです。
 昨年の参議員選挙の折に小沢代表は1人区だけしか回りませんでした。各県庁所在地の人が多くいるところでは一切街宣はやらずに田舎へ直行し、ビール箱の上で農家の皆さんと同じ目線で話しをしました。それを都市部でもそのままやっているわけです。どうも応用動作がきかない民主党の硬直的な対応が、このような面にも現れているようです。
 地元の光事務所の人たちに代わり、党本部と岩国の本部に意見を伝えることになりました。嫌われ役で損な役回りでしたが、私しかこの件を伝える人はいないので仕方ありません。
 政策的にも言えることですが、もっと柔軟に対応していかないと民意は離れていきます。
【気のきいた女性助っ人】
 こうした中でひとつだけ、ほっとするようなことがありました、私も、一応前のほうに行こうとしたけれども、押しのけていくのをやめました。入口の橋のたもとで傘を差してボーと立っていると、一人の女性がアレッといって近づいてきました、「こんなところにいないで、中に入って下さい」と言って、私の手は引っ張ってくれませんでしたけれど、人を掻き分けて中心に押し出してくれました。
 私にはとても出来ないことでしたが、黄色い服を着たその女性担当者は鮮やかにやってのけました。私はおかげ様で小沢代表の演説の最後半には間に合い、翌日の山口新聞の写真にはしっかりと小沢さんの後ろに載っておりました。私の顔を知っていたのか国会議員バッチに気づいたのかどうか知りませんが、まさに臨機応変の対応でした。
【本人不在の大演説会】
 三人の大演説会を聞きましたが、三人とも政策の話が中心で平岡さんの紹介や持ち上げがあまりありませんでした。
 驚いた事に平岡さん自身もこの場に来ていなかったのです。別の地区で集会がセットされており、日程を変更して光市には来れなかったのが実情のようです。
【走って握手の平岡さんの頑張り】
 その翌日、平岡さんが光市に街宣に来ました。私も電話以外にそれほどすることがないので、街宣につきあうこととなり、前座を務めました。あちこちの住宅街をゆっくり街宣し、手を振ったり、表に出てきた人がいると候補者が走って握手をし、運動員がビラを渡すというオーソドックスなやり方です。数箇所は何人かが集まり待ってました。平岡さんの頑張りにはほとほと感心しました。
【入念な街宣ルート設定に脱帽】
 もう一つ、街宣の先導の見事さには感激しました。支持者の地図落としをした地図をじっくり見て支持者の多い場所を通るようにし、何回も下見運転をして、街宣の時間を計算して、組み立てているそうです。平岡さんが頑張りすぎて遅れると、適当に省いたり、臨機応変で20時にはピタリと柳井市の境で街宣が終わりました。
 私の2回の選挙はただ大きな通りをさっと通るだけの街宣でして、私はほとんど乗りませんでした、しかし、光市の街宣のようにスポット的にマイクを握って話をし、ゆっくり反応をみて握手して歩くのなら私もやってもよいと思いました。
 岩手の平野達男参議院議員選挙の応援の時も同じ経験をしました。秘書に長野でもそのような街宣ルートを作ることを命じてあり、次回は同じような街宣をしようと思っています。
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        山口新聞4/24朝刊 左側の背の高いのが私(篠原孝)

― 平岡秀夫候補のよいしょ前座 ―08.04.27

08.4.25.
<渡部恒三節を真似る>
 民主党の中で話のうまい人はたくさんいます。「人を攻撃するには菅直人、人を笑わせるのは渡部恒三、率直にわかりやすく話すのは山岡賢次」とは、2月23日に山岡さんに長野の自治体議員研修会に来ていただいたときの紹介です。
 「山岡さんは、要するに失言しやすいことを別の言い回しで言ってるだけじゃないか」という口の悪い同行記者もいましたが、私は笑って答えませんでした。渡部恒三さんは、議員の応援演説もユーモアを交えて盛り上げます。私もその方法を真似ています。
 平岡さんは、財務省(旧大蔵省)出身、内閣法制局にも出向し、弁護士資格もあり、極めて有能な人です。前座なので、せいぜい2~3分ですが、いろいろ紹介しましたので、1つの話にして平岡さんを紹介してみます。

<政権担当の要の一人>
 平岡さんは、民主党になくてはならない人です。ですから昨日(4/23)、民主党の幹部が揃って光市に来たのです。こんなことは前代未聞です。世上よく言われているとおり、政局を左右する大切な補選ということもありますが、政策に強い平岡さんがいかに重要な議員かという証左です。
 私は、平岡さんより1期下ですが、同じように役所出身です。平岡さんは役所中の役所大蔵省、私はチビた農林水産省。自民党には役所出身が多いのですが、我が党は、年齢順に、1に藤井裕久さん(引退宣言されています)、2に福岡の古賀一成さん、そして3番目は私、4番目が平岡さん、5番目が岡田克也さん、あとは役所の経験も中途半端なちょっと未熟な方々ばかりです。
 民主党は、あとちょっとで政権をとれるかもしれません。しかし、小沢代表は、ポロリと政権担当能力に疑問があると、あまり言ってはならないことを言ってしまいました。こうした状況を心配したのかもしれませんが、大丈夫です。平岡さんがいます。そして、不肖私もおります。我々に安心してお任せください。

<五言居士>
 せっかくの機会ですので、民主党内の平岡さんの働き振りを紹介いたします。
昨年1年は、私は平岡NC法務大臣と週1回閣議で一緒になりました。皆さん、ほとんどご存知ないと思いますが、民主党にはNC大臣というのがあり、私も農林水産大臣をやらせていただいておりました。その席で、平岡さんは必ず発言していました。世の中一言居士という言葉がありますが、私が勝手に秘かにつけた渾名が五言居士。平岡さんに一言居士は過小評価で失礼です。
それだけあれこれ言うと、ろくでもない意見が多いのですが、平岡さんの場合は3つか4つは的を射ているのです。それだけ理論的で、誰もきちんと反論できないのです。

<何でも活性化する異能>
 委員会でも同じです。法務委員会の野党筆頭理事として、自説を主張してテコでも動きません。厚生労働委員会と並んで最も敵対的委員会になりました。もちろん共謀罪とか問題の法律がありましたが、平岡さんが1人で引っ掻き回していたといっても過言ではありません。今年は内閣委員会に移りましたが、今度は内閣委員会が同じようになり、平岡さんの行くところどこでも議論が活性化します。その延長線上で、日本の活性化も平岡さんの手にかかればすぐできるかもしれないのです。平岡さんは、それだけパワフルな方です。

<嫌われない得な性分>
 ところが、人柄がそうさせるのか、あれこれ言っても、自分のいい加減な政策に文句を言われた同僚NC大臣からも叩かれどおしの与党自民党議員からも、それほど嫌われないのです。エリート官僚出身なのに、飄々として飾らない性格で誰からも好かれています。同僚としてこんな頼もしい議員はなく、民主党だけではなく、国会になくてはならない人なのです。ですから、すぐにでも国会に戻していただかなければなりません。

<意外なユーモアのセンス>
 平岡さんは、ユーモアのセンスもある人です。私は、同僚議員の励ます会に行くとちょうど夕飯時なので、必ずきちんと食べることにしています。他の議員は、どこかへ飲みに行ったりするのでしょうが、私は議員会館に戻って仕事をするので腹ごしらえします。ところが、平岡さんはそれをしっかり見ていて、私が「一番よく食べている議員だ」というのです。たいへんな、嫌らしい観察眼です。そして続けます、「議員同士は招待で我々は2万円払ってないのだから食べる資格ないのに、食べちゃダメじゃないですか」。もちろん、冗談でつっかかっているのです。私は「このケチな財務省の主査みたいなこと言って」と反論していますが・・・。

<平岡当選で政治の流れを変える>
 このように平岡さんは人間的にもたいへん味のある魅力的な人物です。もうちょっとすれば、民主党に平岡ありと世に知られていく人です。そして、民主党が政権をとったら、すぐに法務大臣、そしてゆくゆくは財務大臣です。
 この選挙区では、佐藤信二運輸大臣、通産大臣、吹田晃自治大臣以降、大臣を出していないんじゃないですか。早く大臣を出すためにも、平岡さんを当選させて、政治の流れを変え、民主党政権を実現させようではありませんか。これが光市のため国民のためです。

 とまあ、こんな風に細切れに紹介しました。確かに大物議員が多数応援に駆け付け、どこも私の出る幕などありませんでした。それでも平岡さんは、「3幹部以外ではめったにマイクを握れないのに、篠原さんは握った」とか冗談を言っていました。
 4月28日からまた同僚議員になってもらわなければなりません。

2008年04月18日

道路特定財源・森林環境税化再論- 一般財源化礼賛は疑問 -08.04.18

― 道路特定財源はGood減税・Bad課税の原則にのっとり、大半を納める地方に還元する森林環境に改めるべき―

(60対30の数字の意味)
福田総理の、道路特定財源の一般財源化は一つの進捗である。全体をみると現実的であり、踏み込んでおり、捨て身の提案になったのではないかと思われる。「政治を動かすのは国民だ」この言葉に嘘はない。よくよく考えてみたら、国民が一般財源化を求めている。つまり、一般財源化を求めているというよりも、道路ばかりに使われるのはよくないという評価を下したのではないかと思われる。読売新聞の世論調査によると国民の58%が賛成、反対が28%。ガソリンの価格が下がったことは56%が賛成、31%が反対。面白いことに、60と30という数字がいろんな所に出てくる。3分の2の再可決には57%が反対、27%が賛成している。内閣の支持率は28%、不支持が58%。民主党の今回の対応に対しても評価が30%、評価しないが59%。


(大人の対応をすべき民主党)
 この総理の提案を遅すぎたとか、自民党の中にも反対があるし、民主党は暫定税率の廃止を相当優先しているので、どのみち実現出来ないといって、否定的な見方をする人が多い。しかし、私は、ここで民主党も大局的、暫定税率の廃止は実現したのであり、今後はもう少し大人の対応をしていくべきではないかと思う。国民は政権与党になれるかどうかじっと見ているのであり、日銀総裁人事を含め、硬直的すぎる対応に疑問を感じているはずである。政府の深追いはやめる必要がある。その代わり、びた一文変えない、2009年以降しか修正はしないという福田首相の先延ばしとしたしかとれない頑な態度は改めてもらわなければならない。

(納税者に配慮)
私はこの福田提案、それなりに評価するが、福田総理自信が述べているように、納税者の理解を得るには少々無理があるように思えてならない。石油ユーザーや自動車関係業界がいきなりの一般財源化には反発している。また、税の公平、中立、簡素という事からすると、圧倒的に収入が少ない地方の人たちが税金を払っており、それがいきなり一般財源化されるのには少々問題がある。もう少し考えると、減税・Bad課税の原則にのっとること、そして、貧しい地方の人が集めた税金は地方に戻すという事が必要ではないかと思われる。
非常に荒っぽい提案だが、政治が動いているプロセスの中の出来事であり。頭を柔軟にしていろいろな要求に応える案を考えていかなければいけないのではないか。

(1年間は暫定税率はなし)
自民党あるいは政府の立場だったら、一年間はこのままにしておいて、来年から改定するのが穏便である。しかし、今、参議院の民主党の勝利によって、参議院で政府案が通らず、暫定税率が撤廃され、ガソリンの価格が下がっている。これは6割以上の国民が支持している。地方は、食料費も上がり困っているのだ。政府与党もこの現実を厳しく受けとめる必要がある。福田総理は4月に暫定税率が廃止されたら大混乱に陥ると言われていたが、再可決でガソリンの価格を上げたらそれこそ混乱する。従って09年の税制改正までの一年間は、暫定税率は廃止しておき、その後の議論で復活を含め決めればよいのではないか。
自民党内にも一旦下げた揮発油税を再可決によって上げるのは、乱暴すぎるという声もあるし、とりあえず一年間は仕方ないということですます以外にないのではないか。そうすれば、60%が支持しているわけで、それを福田総理が追認することにより、国民の声にも応えることになる。

(環境税、地球温暖化防止税の導入議論を先取り)
ここで、民主党と自民党の両方の顔あるいは福田首相の顔を立てなければならない。その案として、私は、元の提案(道路特定財源を森林環境税に(篠原試案)08.2.27)に戻るが、将来的には全体でもいいが、少なくとも暫定税率分は森林環境税へのシフトがベストだと思われる。理由は上記の一般財源化の欠陥を補うからである。CO2を車が一杯出している。それを吸収しているのが森林だ。納税者も納得する理由が存在する。
洞爺湖施サミットがあり、環境税、地球温暖化税にことも考えるべきでという声もある。ただ、それが工場廃液の超過とか、騒音の防止とか、都市部の環境対策に使われたのでは地方は納得しない。地方に戻すべく、森林環境税というのは一番合点がいく。
森林は疲弊し金にならず。地方は困っている。320万haに及ぶ不在村地主の民有林もあり、荒れている。それをなんとかしなければならない。それには、この道路特定財源を使うのはちょうどいいのではないか、地方に多くある森林が活性化すれば、地方が活性化するということである。

(2.6兆円の穴埋めは埋蔵金で)
最後に、福田総理の問題視する2兆6千億の穴の開いた財源はどうするのかに応えなければならない。節約して捻出するというのでは国民も有識者も納得しない。これには埋蔵金を今年限りの緊急措置ということで使うしかないのではないか。財務省の財政融資資金特別会計は既に他用途に使われている。今まで国土交通省に握られていた道路特定財源が自らの手にくるのだから、そのぐらい出血しても罰は当たらない。

(ボールを政府自民党に投げ返す)
 政府自民党は、民主党が修正協議を拒んでいると嘘をついている。遅ればせながら協議をしようと正式に申し込んだが、遅すぎてあまり報道されなかった。民主党がきちんと対応していることを国民に向け明確に示すためにも、ボールを投げ返さなければならない。政府と自民党の間にはかなり溝があるはずだし、簡単にはまとまりそうにないが、民主党が小沢3原則だけで何ら具体的提案をしないのは許されない。政治を動かす為には、民主党が動かなければならない。

2008年04月17日

最初で最後の直接支払い質問08.04.17

2008年4月8日
農林水産委員会
<手塩にかけた法律>
私は、今国会では農林水産委員ではありませんが、4月8日(火)「農業者戸別所得補償法案」を審議する最後に質問させてもらいました。
この法案は、私が04年1月から手がけてきた「農林漁業再生プラン」がもとになっています。06年には、私が提案者の1人となり、衆議院で「農政改革基本法案(食料の国内生産及び安全性の確保等のための農政等の改革に関する基本法案)」として提出し、政府案(担い手経営安定新法)と同列に審議されたものの、多勢に無勢で否決されました。(ブログ参照: 06年4月27日菅元代表、農政で熱弁をふるう06年6月21日第164回国会 事後報告その3:農業政策と07年参議院選挙)今回の「農業者戸別所得補償法案」は、07年秋の臨時国会で、与野党が逆転した参議院に提出され、可決され衆議院に送られてきていました。従って、この法案は、私が民主党に参画して以来、それこそ手塩にかけて育んできた愛しい子供のようなものです。

<若林農水大臣との初対決>
こうしたことから、私は、現幹部に2時間の質問時間がほしいと頼んできましたが、質問時間は各政党の議席数によって配分され、今回は与党が質問するため、野党に割当が少なく、55分となりました。通常は当選回数が上の者が先に質問しますが、私が委員でないことから遠慮して、民主党最後の質問者となりました。ところが、前の2人の民主党議員が時間超過したため、さらに短くせざるをえませんでした。どうも民主党の皆さんは、ルールを守らず、また、諸所の配慮に欠ける人が多くてため息が出ます。
若林農林水産大臣は、農林水産省の先輩であり、郷土の大先輩でもあります。地元も初の対決ということで注目していました。環境大臣のときに質問したことがありますが、農林水産大臣としては始めての質問で、胸を借りるというか耳を借りて質問しました。

<直接支払いの意義>
一般の農業補助金は、地方自治体や農協、農業団体などが実施する事業費の一定の割合を補助するもので、施設の建設費や資材の購入費に当てられます。政府は長らくこうした補助事業を続けてきましたが、農業は衰退、農村は疲弊し、自給率は下がる一方です。一方、直接支払い(戸別所得補償)は、農業者が農業を続けることができるように、農業生産していることに対して直接補助金を支払うというものです。
EUでは、かなり前から条件不利地域、環境に加え、価格低下による損失を補償するための代償的措置を理由とした直接支払いが行われてきました。日本では、2000年に中山間地域の集落を対象にした直接支払いを始めたのみで、一般の農業生産に対する導入には否定的でしたが、政府は、昨年から、認定農業者等を対象とした直接支払いを始めました。これは、民主党案に対抗したものですが、大規模農家と集落営農のみを対象としたもので、現場に混乱をもたらしています。政府は、もう何十年も、規模拡大を進める農業政策をとってきましたが、農業生産は減少し、自給率は下がる一方です。

<2002年に生産振興をやめた政策ミス>
政府は、2000年の食料・農業・農村基本計画で、麦・大豆・飼料作物の生産を増やし、食料自給率を1997年(基準年)の41%から目標年の2010年には45%にするという目標を立てていました。しかし、自給率は上がるどころか、2006年には39%に下がってしまいました。
実は、小麦は2002年、大豆は2000年に目標(小麦12%、大豆5%)を達成していたのです。ところが、政府はそこで小麦・大豆の生産振興をやめてしまいました。もし、そのまま生産を増やしていれば、今頃は自給率目標も達成できていたかもしれません。

<緑提灯運動>
 自給率向上は地産地消が基本です。私の国会の事務所には、地場産品応援の店と書かれた緑提灯がかかっています。私の古い友人の丸山清明さん(独立行政法人・農研機構中央農業総合研究センター所長)が、北海道にいたときに発案したものです(緑提灯ホームページhttp://midori-chouchin.jp/)。私が、地場産品応援だけではなく、反対側に地産地消応援も入れてほしいと言っていたところ、この質問当日の朝、その改定提灯が送られてきました。せっかくなので、質疑で紹介し、途中から質問席のマイクのそばに下げたままにしておきました。

<循環社会の代表 菜種>
農業は、食料生産だけではなく、環境や地域社会の維持など、多面的な機能を持っています。食料・農業・農村基本計画には、菜種の個別目標がありませんが、民主党案では、菜種も主要な対象作物としてあげています。菜種油はカロリーが高く食料自給率の向上に役立ちます。また、揚げ物に使った後、回収してバイオディーゼルに再生して車の燃料に利用できるなど、CO2排出量削減にもなる循環作物の代表です。また、景観植物でもあります。私は、国会の周りに菜の花を植えていることを紹介しました(ブログ参照: 06年6月1日国会を黄色に染めよう!私の「菜の花プロジェクト」)。

<農業は政策次第で変わる>
自給率を高めるなんて無理だという指摘があります。しかし、EUでは、1960年大豆・菜種・ひまわり等の油糧種子は輸入自由化により、安楽死状態でしたが、政策変更により大復活を遂げています。つまり、農業は政策次第でどうにでもなるのです。実現できるかどうかは、国民のコンセンサスが得られるかどうかにかかっています。農産物価格は、発展途上国の価格が基準になります。国内の農業生産を維持するためには、農家の所得補償が必要で、多くの先進国が取り入れています。日本の食料自給率向上には、直接支払いが大きな役割を果たすはずです。

2008年04月16日

思いやり予算改め、悪女の深情け予算08.04.16

4月2日と4日の外務委員会で、「在日米軍駐留経費負担特別協定」いわゆる思いやり予算について質問しました。
<金丸信の口癖>
私は、私自身の頭の整理の意味も含め、この思いやり予算の経緯を一覧表にまとめてみました。
そもそも、ことの始まりは、ベトナム戦争と経済不振で双子の赤字を抱えたアメリカの経費負担を少しでも軽減しようと、時の防衛庁長官 金丸信の「思いやりというものがあっていい」(88年 衆議院内閣委員会)という発言からネーミングされたものです。国会議事録検索システムで、金丸信発言の“思いやり”という言葉を検索すると、それ以前にも“思いやり”という発言がかなりの数でヒットします。金丸信は地方のダム建設も、電話交換手の退職金も “思いやりを持って”と言い、口癖の一つではなかったのではないかと思います。

<なし崩し的経費負担>
時代背景を考えると、確かに、円高ドル安の影響が多大にあり、米軍将校の給料より、米軍基地の警備員のほうが高くなるという事態が起こるなど、その時は本当に思いやりが必要な時であったのかもしれません。導入当初は、労務費のごく一部のみ暫定的に負担するほんの小さな思いやりに過ぎなかったのです。(87年 62億、88年 280億)ところが、なし崩し的にその思いやりの範囲が広がっていきました。81年には日米地位協定外の特別協定となり、住居手当・退職金を負担(1096億)、91年には、労務費の基本給や光熱水料まで負担(1776億)、96年には移転訓練費の負担を始め最高額(2735億)もの負担をすることになり、安保条約とは逆の義務的条約のようになったのです。

<日本を守るのは自衛隊>
私はこれらの経緯を踏まえ、高村外相に、金丸信の時とは事情が違う、アメリカが全体の米軍再編の動き、良くも悪くもテロ特措法・イラク人道支援措置法が出来、日本自身の安全保障に対するスタンスが大きく変わっている、それにも係わらず、この経費負担だけが余り変わらない、と指摘しました。高村外相は、安全保障面のみとりあげ、北朝鮮が核実験をやり駐留米軍経費を削減する状況にはないとの答弁でした。そそれを認めるとしても、日本を守るのは米軍ではなく自衛隊ではないかとすぐ反論しました。

<国際比較できない外務省>
日米地位協定は2001年以降ターニングポイントを迎え、光熱水料も地域外は対象外、人数上限も現状維持、経費節約規定を盛り込むなどようやく節約の方向に動きだしました。
協議を行なう際に参考にするのは、国際比較です。各国の協定内容の一覧を外務省に資料要求したところ、なんと、諸外国と米国との協定の状況は把握していないとの驚くべき回答が返ってきました。外務省が外務省なら、防衛省も防衛省です。米軍の施設内の住宅に電気・水料のメーターはあるのかと聞いてみたところ、把握していないとの答えでした。しらばっくれてるのか、さぼっているのかよくわかりませんが、無責任なことは間違いありません。

<節約の実行性なし>
私の妻もそうですが、世の主婦は、なけなしの家計費から、少しでも安くてよいものを買い、節約するため、スーパーのチラシ広告を見て、わざわざお店を回り、商品の相場価格を掴んだ上でやっと買い求めています。また、毎月の光熱・水料を確認し、使わない電気は消し、お風呂の水を洗濯に回します。これこそが節約というものなのではないでしょうか。相場価格を知らないで交渉する外務省は、どうやって節約の交渉をしているのでしょうか。また、戸別のメーターも無いのにどうやって節約がわかるのでしょうか。

<各国比較の異常数値>
何を言っても資料は出てこないので、私自身で様々な資料を取り寄せ、各国の地位協定との比較一覧表を作成することにしました。結果は驚き以外の何物でもありませんでした。基地の中には米国軍人以外に基地を維持していく上で必要な従業員がいます。エンジニアや管理専門職などの専門的なものはいいとして、カウンターアテンダント、バー関連、ボーリング関連、映画映写技師など娯楽施設の従業員まであり、すべて日本の負担で賄われています。
また、驚くべきはその人数で、駐日米軍兵33,453人に対し、従業員は25,403人。つまり、米軍兵100人に対し、従業員76名ということになります。韓国47人、ドイツ31人、イタリア43人に比べ多すぎることは間違いありません。世界中の駐留米兵の総数の17%しかいない日本が総負担額の53%と半分以上を負担しています、アメリカ政府に「世界一気前のいい同盟国」と揶揄されていてもいたしかたなしと言わざるを得ません。

<駐留米軍三分の理もなし>
ここまではまだ何らかの理由があり、仕方なしという部分もあるのかもしれませんが、最も理解が出来ないのが、米軍再編に伴う駐沖縄海兵隊のグアム移転経費の負担です。今までは、守っていてやるからお金を出せということだったのでしょう。ところが、今度は、出て行ってやるからまたお金を出せといっているのです。どう考えても理屈に合いません。泥棒にも三分の理ということわざがありますが、駐留米軍には三分の理もなさそうです。
政府側からは、あくまでも日米間の総合的負担バランスであるという言葉しか得られませんでしたが、逆にそのバランスこそ取り戻してほしいという思いで一杯です。
質疑の最後には、これはもはや思いやり予算ではなく、思いやり過ぎ、感謝もされない、「悪女の深情け予算」、「アッシー君の貢物予算」ではないかと皮肉りました。

疲弊し切り捨てられると悲鳴を上げる地方や、医療保険料が上がり、病院に満足に行くことが出来ないと嘆くお年寄りたちへの思いやりは減少の一途を辿る中、駐留米軍のためだけは超思いやる、バランスを欠いているのが政府なのは明らかです。

2008年04月03日

チベット騒動と日本の役割08.04.03

2008.3.26記
3月26日(水)、やっと国会審議が始まり、外務委員会で30分間質問しました。
 一般質疑で、私は対中国外交に絞って、①東シナ海資源開発問題②中国産毒ギョーザ事件③チベット騒動について、日本の対応のあるべき姿を質問しました。
③のチベット騒動について、日本はほとんど目立った行動もせず、発言をしていません。世界の先進諸国では異例です。

<チベットと中国の違い>
 チベットは、1951年突然 毛沢東中国に侵略され、自治区になっています。
 毛沢東がチベットに侵攻してすぐに取り組んだのが、道路建設です。インドを通って侵攻し、それが中印の国境紛争の原因の一つにもなっています。つまり交流する道もなかったのですから、チベットが中国の一部というのはおかしな話です。
 1959年に暴動が起き、それを鎮圧して出世の突破口としたのが、今の胡錦涛主席です。
その胡主席が人民代でご満悦の時に、ラサで暴動が起きました。まさに歴史の皮肉です。

<胡耀邦と江沢民の違い>
 毛沢東は、言語を強制しませんでした。また。もう1人の胡、胡耀邦は、80年代にチベットを訪問し共産党の失敗も認め、開明的態度をとりました。その胡耀邦は、日本の青年3000人を招くなど、日本との友好関係も大切にし、中国の民主化、自由化を推進しました。中曽根康弘首相は靖国参拝し、それを恒常化しようとしましたが、胡総書記の立場を悪くしてはいけないからと思いとどまったとも言われています。今と違い、首脳同士の信頼関係があったのです。
 ところが、その胡総書記は、守旧派に追われて87年失脚、89年死亡、それを悼むデモが天安門事件につながりました。
これに対し日本に対しても、チベットに対しても強硬な態度をとったのが江沢民です。日本に対しては、歴史認識問題、教科書問題を取り上げ、国民の反日感情をあおりました。01年にチベット独立防止の方針を示しました。どうも、胡主席は江沢民につながるようです。つまり、一事が万事なのです。

<ダライ・ラマ14世と会う各国首脳>
 政府首脳が誰一人、ダライ・ラマ14世と会っていません。アメリカは2007年、議会が最高栄誉である黄金章を与え、ブッシュ大統領夫妻がホワイトハウスに招きました。会うのは4回目だそうですし、当然、中国はお冠ですが、大国アメリカは意に介しません。

 ところが日本は昨年の来日時には民主党の鳩山由起夫幹事長が会ったくらいです。
アメリカは、タイミングよく偶然ペロシ下院前議長がダルムサラ(インド北部、チベット亡命政府)を訪問し、ダライ・ラマ14世と会談しました。民主党の人権擁護派の重鎮で、①国境なき記者の受け入れ、②中国とダライ・ラマ14世の直接対話等で合意に達しました。5月にはダライ・ラマ14世が訪英し、ブラウン首相に会談します。もちろん、中国は会わないでほしいと要請していますが、イギリス政府も聞く耳を持ちません。

<腰が引けている日本>
 いずれの国も一つの中国を支持しており、チベットの独立を認めているわけではありませんが、会ったからといって中米関係や中英関係が揺らぐものではないと平然としています。中国の人権状況の改善を求める無言のプレッシャーになります。ブッシュは信仰の自由を認めた方が中国にとっても良いと嘯いています。ダライ・ラマ14世も中国の批判をいつものことだと一笑に付しています。イラク派兵、インド洋の給油に見られるようにアメリカが言ったら何でも盲目的に追随する日本が、こうしたいいことは何も見習おうとしないは大きな疑問です。腰が引けすぎています。

<オリンピック前に警告を>
 中国はダライ・ラマを国家分離主義者とののしり、ダライ・ラマは、高度な自治を要求しているだけだと反論しています。中国は、今威信をかけた北京オリンピックの前なので、世界の世論を気にしていますが、それが過ぎるともう耳をかさなくなる怖れがあります。この点をよくわかっているのがアメリカです。ぺロシ下院議長は、「チベット問題は世界の良心への挑戦」と述べ、中国に自制を促すとともに、人権状況の改善を強く求めています。当然のことです。

<対中人権外交ではアメリカを見習わず>
こうしたことを受け、外務委員会では高村外務大臣に対し、「アメリカが中国の暴走を押えんとしていろいろ動いている。それにもかかわらず、常日頃イラク派兵問題やアフガニスタン問題でアメリカに追従する日本がこうしたいいことをしているときに従えないのは、おかしいのではないか」と問いただしました。特に具体的な例として、ダライ・ラマ14世と我が国の首脳はほとんど会おうとしないのはいかがなものか、臆病すぎるのではないかとも問い質しました。ブッシュ大統領は前述の通り、四回も会っています。他の首脳も会っています。それに対して、わが国の首相はちっとも会っておりません。それに対して高村外相は、「日本は何も対米追従の外交をしているわけではない」などと高飛車な答弁をしてましたが、本当のところは中国に気兼ねして、ダライ・ラマと会えないという及び腰であることは明らかです。

どこの国に対しても、あげつらいような態度に出るべきではありません。しかし、中国側が変な大国意識を持ち出してきたときにはその点をきちんと問いただすべきです。例えば、あまり大きく報じられておりませんけれども、昨年の5月、キーテング米太平洋司令長官が訪中した折、中国海軍幹部が、ハワイの東側海域はアメリカ、西側海域は中国が治めると述べたと上院公聴会で証言しています。唖然とするしかありません、国として上り坂で高揚感が先に立つのはわかりますが、こんな時こそ冷静な忠告がお互いの為です。
<ダライ・ラマ14世来日をとらえず>
こうした折、ダライ・ラマ14世が来日するとも伝えられています。アメリカに対しては駐留米軍経費で「思いやり予算」とやらで調子よく振る舞い、中国に対してもおどおどとした態度ではいただけません。
日本もしっかりとした姿勢を示していく絶好機ですが、どうも外交の福田とか言われているのに少しもパッとしません。後者については4月2日の外務委員会で、質すことにしています。

中国食品の全面輸入禁止が必要08.04.03

<バラエティ番組 「太田総理 秘書田中」に出演>
 子どもからはTVのバラエティ番組には出るなと注意されましたが、有権者はTVに出てほしいといいますし、先日2~3時間収録で5秒しか放送されないという番組に出ました。正直のところ、なれておりません。
ただ、その太田総理の提案が「食料の全面輸入ストップ」で、私は賛成に回りまし。途中ディレクターから反対してくれる専門家として出席していただくつもりだったと嘆かれましたが、めでたく(?)主張を通せました。全面輸入禁止はともかく、中国食品は一旦、全面輸入禁止してよいと思います。

<中国製品の輸入禁止>
07年には対中教鞭派と人権擁護派の全く異なる2つのグループがペットフード、タイヤ、玩具の安全性の危惧から中国製品がリコールされたり、輸入禁止になっている。タイヤが走行中の接地面がはがれやすく、二人が死亡したことから、アメリカの輸入業者は中国製タイヤ45万本の回収をせざるをえなくなりました。玩具と装飾品では鉛が検出されたため、アメリカ消費者製品安全委員会(CPSC)が輸入品のリコールを要請し、回収が進みました。輸入攻勢が激しいという面もあるのでしょうが、アメリカ国民の74%がMade in Chinaの産品は健康や生命に問題があるとして非常に神経質な反応をし始めています。その中でもひときわ際だっているのが玩具機関車トーマスのケースです。ペンキに含まれる鉛の規制がアメリカでは昔から始まっていました。この現具に塗られた色鮮やかなペンキに鉛が含まれていて、4歳児が一人死亡したことから、07年の6月、7月だけで250万個の回収が行われています。アメリカ政府がコスト減らしのために中国に生産地を移転し手抜きをしてきたことが問題になりました。


これは日本の企業にも当てはまりますが安易なアウトソーシングの問題点がまさに浮き彫りにされています。これはJTフーズの毒ギョーザ事件にも全く当てはまることではないかと思います。ただ、中国はこのことを非常に気にしており、食品医薬品監督部門の前任者を賄賂をもらったということで、死刑判決を下し、一ヶ月もしないうちに、刑を執行しています。きりっとした処置しないのは、一人日本だけなのです。
そもそも衛生観念の少ない中国に、労賃が安いからといって食品工場を作り、安全性のチェックを怠ったJTフーズの責任は重大です。雪印食品は・・で社会から葬られましたが、私は、タバコ会社が多角化で食品輸入にまで手を広げ不始末をしでかしたのですから、厳しく断罪されてしかるべきだと思います。
同じく安全を売り物にしながら安い中国食品に走った生協は猛省すべきであり、学校給食に輸入冷凍食品を平然と使っていた学校の責任者は本来なら処分されます。

<アメリカの素早い現実的対応>
アメリカでは、民主党のクロバッカー上院議員とダービン上院議員が共同で、中国製玩具に輸入税を導入する法案を提出しています。輸入税を徴収してその税金を安全性の検査する財源にあてるということです。日本でいえば、中国の加工食品に特別の輸入税を掛け、そしてその税金を中国製品の水際の検査にあてるという極めて合理的な案です。アメリカではすぐそのような対応がとられようとします。対中強行派と知られる共和党のローラバッカー下院議員と民主党の人権擁護派のウォーターズ議員が、下院で、人権政策を改めなければ北京オリンピックを全面的にボイコットするという決議案を提出しています。
中国政府は北京オリンピックを国威発揚の場と考えています。2010年の上海万博もその延長線上にあります。これは1936年のベルリンのオリンピックをナチスヒットラーが国際的な認知に利用したことをふまえて、中国政府が北京オリンピックを政治的に誤用しないよう警告を発しているわけです。日本もこうしたアメリカの態度を見習わなければいけません。

<中国からの食品輸入は一時的に禁止すべき>
 BSEからうつる可能性のある変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は潜伏期間8年~20年といわれ、日本では1人しか発病していません。それでもBSE発生の知れた後は、牛肉は全て焼却処分しましたし、アメリカにBSEが発生するや、すぐ輸入を禁止しました。
 民主党米国BSE調査団の一員として06年1月末に訪米し、ジョハンズ農務長官ともわたり合いましたが、同長官は、たった・・で全面輸入禁止はおかしい。その工場やその企業だけにとどめるべきだと盛んに主張しました。
それを10人の人が塗炭の苦しみを味わい、不調を訴えた人も多くいるというのに、断固たる措置が講じられないのは均衡を失っています。

こうした中では、安全のチェックがルーズな中国食料の輸入を一時的に禁止して反省を求めるのも一手法です。中川昭一さんが私の外務委の質問(3/26)の一日前に地方の講演で同じ事を主張したようですが、全く同感です。

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