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2009年01月29日

区の新年会挨拶集-09.1.24-

壁田(長丘171戸)
 今年は、9月までに必ず解散総選挙があります。私は2度比例復活でして、今度こそ3度目の正直で小選挙区で当選させていただきたいと思っています。
 私は何も民主党が絶対で、自民党は全く駄目だとは思っていません、ただ、自民党がグダグダとずっと政権与党でいるよりも軽やかに政権交代をしたほうがいいと言っているだけです。アメリカでは、47才の黒人大統領が誕生しました。日本は未曾有の経済危機だから選挙などやっていられないと選挙が先延ばしにされています。本当はアメリカこそ責任があるのですから、大統領選など先送りにして、対策を講ずるべきかもしれませんが、1年以上かけて大統領選をやりました。アメリカのダイナミズム、民主主義を思い知らされました。日本でも是非頑張ってほしいと思います。

厚貝(長丘80戸)
 私、あちらこちらの新年会に出させていただいておりますが、小さいながらも厚貝は団結力の強さを感じます。政治の世界では「団結する少数は団結しない大多数より強い」ということが言われます。これは政治の世界だけではなく他のことにも当てはまると思います。壁田より田麦より小さい厚貝ですが、山岸市会議員のおかげもありまとまって農地・水・環境対策を実施しています。飯山等では数多くやっているのに旧中野市ではたった1地区です。これが、先程の吉家区長のいうホタルの飛び交うビオトープにつながっていると思います。

岩船(平野560戸)
 ご存じない方もおられると思いますが、私は中野平中学校卒で、ここに出席している武田文雄君や理容ミヤハタのよし子さんは私の同級生です。ですから、岩船の辺りで道草を食ってそこそこの悪さをしたこともあります(笑)。
 昨日午後から今日にかけて支持者訪問をさせていただき、既にご挨拶がすんだ方もおられますが、私は岩船の変貌振りに驚かされました。たくさんのアパートが建てられ、ほとんど満室でした。長野は空室も見られますが、岩船は違いました、700戸を越える区は、西条に次ぐ大きさと思います。区長さんは大きな区をまとめるのは大変かとは思いますが、頑張っていただきたいと思います。

西江部(平野383戸)
 地方分権が叫ばれていますが、その原点は私は末端の区にあると思います。小沢一郎民主党代表はどういう国にするのかという問いに対し、「消防団の組める地域社会が日本の礎」と答えています。つまり、こうして新年会に楽しい酒をくみかわし、いろいろな所で助け合う区こそ大切だという事です。私はこの考え方には全く同感です。皆さんのお蔭で国会議員にさせていただいてから6年目に入っておりますが、今年は皆さんに混じって地域社会の声をお聞かせいただければと思います。

2009年01月20日

民主党長野県連新年交歓会あいさつ-長野県全5区の小選挙区で勝利で、政権交代に花を添える-09.01.20

 皆さん、改めましてあけましておめでとうございます。
 この会場いっぱいのテーブル、私、国会議員になって5年、いろいろな会合に出てまいりましたが、これだけ盛会な会合はなかったかと思います。
 講演会では、昨年10月10日の私の総決起集会にゲストの田中真紀子さん目当てに、ホテル史上最多の方々においでいただきましたが、席のある会合では今日は記録を更新したと思います。
 それというのも、皆さんの民主党への期待がいやがおうにも高まっているからだと思います。
今、私は手元に5年前の参加者名簿を持っております。
 恥ずかしながら 5年前は私の事務所からは24名、その内、地元の中野から12名、高校の同級生7名、一般の方は僅か5名でした。
 それが、今年は3倍の80名に達し、申し込みをお断りして叱られる始末でした。
私への支援も各地に広がりました。皆さんの今日のこの熱気は、まさに政権交代前夜の趣があります。

 さて今年は政権奪取、政権交代の年です。
 我が長野県は五つの選挙区にすべて候補を立てております。先に話がありましたとおり、羽田さん、北沢さんが政権交代をめざして自民党を飛び出されて16年、その実現は目前に迫っております。
 選挙の予測ではまず滋賀県が全4区で勝利すると伝えられており、それに新潟、北海道が続くといわれております。
 しかし忘れてはなりません。我が長野県も全5区を小選挙区で勝利する可能性が十二分にあります。
政権交代の芽は長野から始まりました。羽田さん、北沢さんの一途な政治信念に敬意を表しつつ、政権交代に花を添えるべく、全5区で小選挙区で勝利させて頂きたいと思います。皆様の絶大なるご支援をお願いして私の決意表明とさせていただきます。

2009年01月08日

林業関連育成による100万人雇用創出-究極の雇用創出は農山漁村で(その2)-09.01.08

<東国原知事のひやかし>
 2007年5月、私は菅直人代表代行と、山田正彦さんと三人でドイツのシュワルツバルトに行った。当時、検討を重ねてきた林業再生プランの追い込み時期に来ており、林業先進国のドイツの現状を見て歩くためであった。その成果が「森と里の再生プラン」であり、そこに100万人雇用創出という項目が書かれている。ちらっと見たテレビ番組で、東国原知事が民主党の参議院選挙のマニフェストの中で一番気がひけるのは林業による100万人の雇用創出だと言っていたことを覚えている。宮崎県は紛れも無い林業県だからである。東国原知事のいい振りはとてもできないけど、それが本当に実現出来るならといった、やや冷やかし半分の発言であったと記憶している。

<山村に戻ろう>
 しかし、そのプランを創りあげた私はそんな軽い気持ちで100万人雇用を打ち上げたのではない。数字を考えればすぐ分かることであるが、日本には30年前40年前に1500万人ぐらいが農林漁業に従事していた。各地の過疎山村にも今の二倍~三倍の人達が住んでいたのである。かつて住めて今は住めないということはない。前回のメルマガでも書いたが、見ず知らずなところに出ていったり、戦地に出ていくより、生まれ故郷に戻るのはずっと簡単なことなのだ。

<人工林放置は罰が当たる>
 今、都市部で人が溢れ仕事がなくなりつつある。だからといって輸出依存型の第二次産業でこれ以上雇用を拡大することは無理である。この人たちの働き場所として農産漁村しか無いことは前回のブログで述べたとおりである。この雇用を吸収する地域として一番可能性があるのは山村である。我々の祖父母の時代から戦後荒れた山をなんとかしなければということで、山のてっぺんまで木を植えてくれている。しかし、残念ながら切っても二束三文にしかならないということで間伐もされてきていない。

<作業道の建設が鍵>
 やる方法はいくらでもある。なぜ出来ないかというと、ドイツと比べれば一目瞭然である。作業道が足りないためである。林道予算はつけられたけど、悪名高いスーパー林道などに予算が行き、間伐したり切り出す肝心の道路が造られていない。ドイツでは1ha.あたり100メートル強の道路が造られているのに対し、日本はわずか16メートルである。


 京都議定書の約束では日本のCO2の排出のうち3.8%を森林が吸収しなければならないといわれている。都市部のCO2を出すところがお金を出して山村をバックアップしても何らおかしくない。EUではとっくの昔に固定買取制度が導入されており、廃材やおがくずや枝で発電した電力は、電力会社が通常の電力料金の6倍の値段で買われている。環境政策を通じた地域産業政策である。つまり、都市で便利な生活をしている人たちが山村をバックアップする制度が政策に埋め込まれているのである。日本もそのような政策を講じればよいということになる。
 昨年、原油高、食料高が懸念されていた。実はそれよりも3年~4年前から木材の価格は高騰している。そういう意味では木材こそ国際価格に近づき、国産材が使われてもよい状況が生まれつつある。
ネックは作業道である。日本の林業は山地ばかりで木が切れないというのは南ドイツも同じであった。違いは、道路がちゃんと作ってあり、大型のハーベスターが入れるか入れないかの差だけである。作業道を造る財源は道路特定財源である。税の世界にGood減税、Bad課税という大原則がある。CO2の排出で悪いことをしているのは何か?それは道路であり、車である。5兆円に及ぶ道路特定財源があり、余りかけている。一兆円ぐらいはよいことをしている森林・林業に向けられてもなんら文句は言えまい。形をかえた環境税である。地方の人たちがいっぱい払っている道路特定財源であり、地方に還元されてしかるべきであるという考え方もなりたつ。

<ウッドマイレージは少なく>
 かつて山村に人が住めたのは山の木が使われたからである。いくら農業を振興してももともと条件が悪い地域であり限度がある。山の木に昔並みの価値を与えれば中山間地域はたちどころに甦るはずである。そして、日本の森も緑も守れるのだ。裏山の木を切って家を造るよりも、米材や北欧材で家を造ったほうが安いといった愚かな政策を続けているのは日本だけである。木こそ地産地消でなければならない。なにしろかさみ、重いものであり、遠くから運んで来るとCO2をそれだけ出すことになる。ウッドマイレージを少なくしなければならない。

<中山間地域は林業で活性化>
 何も山の労働だけで100万人といっているのではない。建設業も公共事業費が削られ、アップアップである。しかし、地方でも家は造られている。その家も外材によるツーバイフォーなどという安直な作り方でなく、地域材を使って地域にあった建物を造るということになれば、地域の建設業も仕事が増えるにちがいない。木材関連産業で100万人の雇用創出というのは、何も絵空事ではなく、ちょっと政策的な転換をすれば実現できることである。

2009年01月07日

日本の再生は向都離村から向村離都で-究極の雇用創出は農山漁村で(その1)-09.01.07

<異様な都市への人口集中>
 明治以降日本は向都離村(都に向かって、村を離れる)状況がずっと続いた。江戸時代の静止人口3000万人のうち、当時でも世界一の大都市江戸には100万人が八百八町に住んでいた。それでも全人口のわずか30分の1である。それに対し、今、日本の総人口1億2千600万人のうち、1300万人、10分の1が東京都に住み、千葉、埼玉、神奈川の周辺の衛星都市を含めると、約3千800万人、4分の1以上が東京の近くに住んでいる。異様な都市への集中である。先進国でこれだけ異様な都市集中をしている国はない。

<人口調整してきた農山漁村>
 これは明治以降、特に戦後の日本の産業構造の転換の賜物である。特に高度経済成長期は外需依存が高まり、輸出型産業が幅を効かす太平洋ベルト地帯へ人口が大移動し、日本海側、あるいは農山漁村はいずれも急激に過疎が進行した。それより前に日本の田舎は兵隊の供給源になり、戦後は金の卵とやらで工場労働者の供給源となった。ただ、戦争中、あるいは戦争後に二度農村が都市部の人を受け入れたことがある。一つは学童疎開であり、もう一つは戦後の引揚者700万人の大半が田舎に住み着いた。
まさに人口調整弁として機能したのである。

<二度目の高度成長はなし>
 今、アメリカのサブプライムローン問題に端を発する世界的同時不況で、輸出産業も大打撃を受けている。急激な円高の為、輸出がままならず、世界のソニーも正規職員8000人を含む、1万6000人を解雇しなければならないと言われており、トヨタも赤字転落している。そして派遣切りとやらで、失業者が大量に出ている。つまり、急激に増えた太平洋ベルト地帯で人あまりになってきているのだ。雇用調整助成金を増やせとか、非正規社員を正規社員にするとかいろんな対策が講じられているが、私はこのような弥縫策では本来の解決にはならないと思っている。そもそも何度も言ってきたけれども日本が世界から輸入し世界に輸出しまくる時代はとっくに過ぎているのであり、もっと内需中心の穏やかな国に変えていかなければいけなかったのである。21世紀は何かにつけ循環社会にしていかなければならないのだ。

<人が足りない農山漁村・シャッター通り>
 人手が不足しているのはどこであるか考えたら究極の解決は何かというと簡単に答えが出る。すぐに分かることである。一に農山漁村であり、二に地方のシャッター通りとなった商店街である。農山漁村は工業優先、都市優先で、生活できなくなりお年寄りしかいなくなっており、商店街も大店舗に押され若者はいない。10年もすればズタズタになってしまうのは目に見えている。
 農山村はいまや瀕死の状態であり、山村に至ってはもう死に掛かっていると言ってもよい。この五年・十年で昭和一桁台の農業者もやれなくなると、遊休農地も39万ha.どころではすまなくなる。農山村は人手が必要なのである。ここに戻ってもらえば済むことである。

<生まれ故郷に戻る>
 今、医者不足で田舎で生まれて育って都会でお医者さんをやっている人たちに、地元の両親、あるいは友人知人のつてを辿って、地元に戻ってきてくれないかというアプローチが行われている。これは足りなくなったお医者さんに故郷へ戻ってもらう政策であるが、これを農家にあてはめればいいということである。

<直接所得補償で維持し>
 ただし、生活が成り立たないからすぐにはいかないであろう。それを食べていけるようにするにはどうすればいいか。所得補償である。両親が住んでいる家があるが耕す人はいない。例えば、意を決して40台のカップルが2人の子供をつれてふるさとに戻るといった場合、10年間200万円の直接所得補償を約束したら一つのインセンティブになるのではないかと思う。今、定額給付金で二兆円使われようとしているが、それについては国民の80%が反対している。やれ福祉だ、やれ中小企業対策だ、やれ医療だといろいろ他に使えという声がある。しかし、定額給付金の考え方に近いものでいえば、このような人たちこそ、つまり農山漁村に住む人たちこそセーフティネットというべき最低限の所得補償をして帰ってもらうということが考えられるのではないかと思う。
 こうして、向都離村に代わって、21世紀は向村離都(村に向かって都を離れる)人口移動があってもしかるべきでないかと思う。こういうことを政策として大胆に後押しするのである。これが政策である。生まれ育ったこともない都会へ送り出すより、命を落とすかもしれない戦地に送り出すよりずっと簡単なことである。

<意外な支援>
 こうしたことを政府首脳で考えている人がいないだろうなと諦めていたら、変わったところからこれに近い考え方が出てきた。鳩山総務大臣が昔から蝶が好きでエコロジスト・ナチュラリストと称しているけれども、農山漁村に恩返しをするために、地域創造プランというのを作ったと新聞で報道された。数百人の地域興し協力隊を創設し、都市の若い者を報酬付で農山漁村に派遣して、農林漁業や地域活性化に従事させるというプランである。

<一石五鳥のバラ色プラン>
 数百人では足りないし、いきなり仕事にあぶれた人たちが行ってもそう簡単にはいくまい。それよりもまずはそこの土地で生まれ育ったけれどもとても農業では食べていけない、やむをえず都会に出てきた人たちに声をかけ、ふるさとに戻ってもらうのが一番手っ取り早い方法である。つまり、ソフトランディングである。田舎のおじいちゃんおばあちゃんも喜ぶし、小学校も廃校にならずに済む。200万円の直接支払いがその田舎で使われるということで、地域経済の活性化につながることは確実であり、この政策を民主党が政権を獲ったら私が声を大にし大々的に進めたいと思っている。

2009年01月06日

日本に必要なグリーン・ニューディール 09.0106

<北信ローカル新春号掲載文より>
 海の向こうアメリカでは、未曾有の経済危機に際し政権交代し、経験の浅い黒人の新大統領に国の舵取りを託している。それに対し、日本は大変な時だから、選挙など先送りして今の自・公政権でなんとか凌いでいこうという引っ込んだ姿勢である。サブプライムローン問題で世界の景気を悪くしたアメリカこそ大統領選など後回しにして対策を講じなくてはならないのに、1年以上かけて大統領選をしてきた。彼我の対応の差である。
 そのオバマ次期大統領は、グリーン・ニューディール政策という耳慣れない言葉を掲げている。その一部はもう始まっており、トウモロコシから燃料が作られ、穀物価格が高騰し、中西部の穀物農家は、史上最高の所得を得ているといわれている。こうした環境政策を大胆に実行し、景気を良くしていこうというものである。一方、日本では、雇用情勢が悪化し、トヨタ、ソニーといった日本を代表する企業がリストラし始めており、大問題になりつつある。外需に依存する体質を改めなかったツケが回ってきたのである。

 私は、農業再生プランを2004年に作成して以降、2006年から林業再生プランの作成に入り、07年夏、「森と里の再生プラン」をまとめた。長野1区内のほとんどの製材会社に、この提言冊子を自ら持ち歩いた。しかし、そこで、予想した以上の惨状を目の当たりにした。ほとんどの製材会社が製材をやめ、単なる木材流通業者になっていたのである。
 もともと、製材所など、原産地、つまり木材を切り出す近くにある。なぜならば、遠くに材木を持って行って製材すると輸送コストがかかり、採算が合わなくなるからだ。しかし、日本の木が切られなくなり、それがままならなくなっていた。我々の祖先が一所懸命植えた木が放置され、そのままになっており、裏山の木で我が家を建てようとしても、金がかかりすぎ、やむを得ず外材で建てざるを得ないというトンチンカンな事態になっている。政治の貧困以外のなにものでもない。70年代は、日本とドイツの林業は同じ状況であったが、ドイツは林業にてこ入れしたのに対し、日本は輸入に任せ無策が続いた。その結果、ドイツは木材の輸出国になり、日本は自給率20%に下がってしまった。環境の世紀の今、日本にこそグリーン・ニューディール政策が必要である。
 私が、15年前、OECD貿易と環境委員会でさんざん議論をたたかわせたD・エスティが今やアメリカのエール大学の環境法の教授となり、オバマ次期大統領の環境問題のスタッフ入りしていた。彼の著書「Green to Gold」は日本でも密かに読まれている。つまり、緑に関わることがお金になるというという話である。
 それに寄与しつつあるのが、我々のまとめた林業再生プランである。大きく出て百万人の雇用拡大というのを目標に掲げている。つまり、輸出産業のために働いた人たちも田舎に戻って山の整備をしましょう、そして、治山を国の政策としてやっていくべきだということである。このような思い切ったことをしなければ、日本の山は再生できないし、今の雇用状勢の悪化は是正できないであろう。財源は、CO2を出すガソリン、車、道路にかかわる道路特定財源である。CO2を森林が吸収してくれるのだから、理屈もつく。
 内需拡大といった場合、その中心になるのは、農業、林業、漁業等第一次産業である。太平洋ベルト地帯に移動した人口をなだらかにまた元に戻さなければこの国は再生しない。要は、極めて大胆な政策をとらない限り、日本の再生はない。日本もアメリカ以上のチェンジが必要である。

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