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危機打開の幻のしのはらシナリオ(?)-09.04.03-

 私はこの問題が起きてからすぐ、この突発的な難問をどうやって乗り切るかということを考え、頭の整理のために一枚紙を作成した。タイトルは「攻勢防禦のための小沢代表辞任」サブタイトルは“代表は置かず、菅代表代行が小沢代表復帰まで代表を続ける”というものである。遅すぎたかもしれないが、以下に紹介しておく。今後の民主党の対応とだぶってくるからである。

<一旦辞任>
 解説をすると、遅くとも3月24日の大久保秘書の拘留期間の切れる日、つまり起訴を決める日前には代表をひとまず辞任。(この点では残念ながら最初の辞め時を失っている)。こうすることにより、政権入りしている二階、山口、加納の3名の辞任は必至となり、更に、森、尾身、藤井といった自民党議員にも矛先が向けられるようになる。もうすでに新聞報道されているが、二階ルートにも検察の手が伸びている。

<代表代行ですます>
 但し代表は置かない。菅代表代行が文字どおり代表代行を務める。つまり、小沢代表を実質的なトップとするが体制は維持し、大久保秘書が無罪となった場合は小沢代表に復帰する。

<結審を急ぎ、総選挙は結審後>
 連座制が適用される政治家の犯罪は、百日裁判としてさっさと審議される。性格は異なるが、次期総理とならんとする政治家の秘書の案件で、日本の政治に大きな影響を与えることであり、同じようにスピード審議してもらわなければならない。この点はマスコミこそが司法界に対して注文をつけるべきではないかと思う。これがグダグダしていては、検察ののぼせ上がった対応は、総理にならんとする野党の党首を痛めつけて、政治の流れを逆戻りさせ、自民党政治を延命させただけで終わってしまう。繰り言を言っても始まらない。傷を少なくするため、白黒の決着は早くつけなければならない。もっと言えば、裁判の決着をつけなければ選挙をやるべきでなく、司法界は、モラルを持って対応すべきである。

<代表選はせず>
 代表選をやらないということは極めて大事になってくる。民主党はそれほどがたついているわけではない。しかし、マスコミはいつものワンパターンで、また民主党のお家芸の内輪揉めが始まったとはやしたてる。こうした状況の中で、代表選をやったりするとあれこれすったもんだする。
 ただ、代表がいないまま総選挙というのはよくないかもしれず、暫定的な代表を、つまり菅代表代行をひとまず代表にして総選挙をやりぬくということが考えられる。いずれにしても、マスコミの誘いに乗らずに、がたがたするような代表選挙はやらないことである。

<事情聴取に積極的に応ずる>
 もう一つは非常に大切なことであるが、小沢代表が検察の事情聴取にも、必要であれば国会の喚問にも積極的に応じると明言し、それをやりぬくことである(検察は24日の起訴の段階で、小沢代表の事情聴取は断念した)。もっと言えば、そういったことに時間を割かれるために代表の任務が疎かになるため、菅代表代行に代表をやってもらい、代表としての肩書きは小沢さん用にとっておくということである。

<しのはらシナリオのメリット>
 このように小沢代表の党内外の影響力を残せるとともに、復帰もあるということで睨みを利かせられる。小沢の説明は不十分であると怒っている有権者国民に対して、ある程度けじめをつけることになる。小沢代表が辞めたことで、自民党に攻勢を仕掛けることが出来る。あるいは代表選による党内の混乱を避けることが出来たはずである。
 しかし、こういった穏やかでないペーパーを配ったりするのはさすがに控え、信頼できる幹部1人だけに口頭で相談した。

<足して二で割ることをしない小沢手法>
 問題点は四つほどある。一番は(そしてこれがために実現できないということであるが)小沢代表はこのような、自分が一旦代表を退いてというような、足して二で割るやり方はとらない。例えば、小沢代表は党を作るときも独断専行、その上、勝手に党も解党する。そして自自公で政権入りしたかと思うとさっさと解消。大連立でもさっさと決め、それに従わなかったらプッツンして辞めたと言い出す。この点がネックとなり実現は難しかっただろう。上記の幹部は、小沢代表が妥協点を探る政治家ならとっくに政権に就いていると嘆いた。
 しかし、ここは小沢代表も自ら変わらなければならないと言っているのであり、代表の究極の目標である政権交代のために少々妥協してもらってもいいのかなと思う。
 暫定代表のままでというのはマスコミから、見せ掛けの布陣だとか院政だとかいってお叱りを受けるだろう。
党内がおさまらない怖れもあったが、代表にとどまってもおさまっている。

<菅代表辞任との比較>
 今回の対応を考えるにつけ、2004年の菅代表下ろしのことを思い出させずにはおれない。私はまだ政治家になって半年もたっていなかった。信じがたい愚かな菅下ろしに、私は唖然呆然であった。今回と違うのは、菅代表の場合は一緒に農村行脚を続けており、一期生議員ながら菅さんに直接的に言える親しい間柄であった。いろいろ僭越なアドバイスをしたが、いつも手遅れだった。
 菅さんの時こそ、全く辞める必要がなかったのは明白である。三週間後、岩見 隆夫さんが菅さんすみませんでしたとコラムを書いている通り、菅さんは厚生大臣のとき8ヶ月、年金が給料保険料から引かれているものと思ったものが引かれてなかっただけの話なのだ。菅さんが保険料を意図的に支払わなかったのではない。厚生省の秘書課がミスし、出鱈目な社会保険料が8ヶ月未納であったと通告しなかっただけである。

<成長した民主党議員>
 今、小沢下ろしの声はごく僅かの人たちからしか聞かれなくなった。自民党は麻生内閣の支持率が20%を割り、相当がたついても、麻生首相に面と向かって辞めるべきだという人はそれほど多くはない。やはり成熟した党なのであり、我が党はそういう点ではまだまだ未成熟な党であるといわざるを得ない。TVの前や決定機関でない所で遠吠えして「内紛」批判に加勢している議員がいるのだ。
 自民党が政権維持のためにだけ、ありとあらゆる妥協を重ねると言われている。気がつかれてはいないが、幸い民主党も政権が目の前となり、5年前と比べれば、そのために団結しようという心構えが生まれている。その点では喜ばしいことなのだ。

<批判に対して謙虚に振舞う>
 世間の非難は受ける。私の前回のブログ・メルマガに対し、賛成と反対が半々であったし、厳しい叱責をいただいている。国民世論も冷たい視線を浴びせている。例えば、6割から7割の人たちは続投すべきではないが、小沢続投を是とするのはわずか3割である。こうした批判に対して謙虚に振舞わないとならない。これを契機に政治とカネの問題に一つ区切りをつける方向を打ち出さなければならない。
 ただ、民主党は外には絶対ガタガタしているそぶりを見せてはならない。いつもは、民主党はまとまりがないとか言われ、せっかく小沢続投でまとまって行こうとしていると、言論の自由がないと言われている。マスコミはどっちにしろ逆のことを言ってあげつらう。私など、珍しくまとまっているとほめてよいと思うのだが、マスコミはまずは批判が使命なので仕方がない。どうせなら、検察にも批判の目を向けてほしいのだが、それがほとんどないのが不思議である。

<政権運営の事前勉強ととらえる>
 われわれは昨年の9月どの対抗馬も出さずに無投票で小沢代表を選んだ。自民党が麻生総理を選んだ責任があるのと同様、我々は小沢代表を選んだ責任がある。相当なことがない限り小沢代表を支えることが選んだ我々党員の責任でもある。
 私が民主党入りしてから、任期を全うして退いた党首はいない。総理が1年で替わると批判しているが、あまり大きな声では言えない立場にある。この際、ぐっとこらえて総選挙を勝ち抜いていくしかない。かつての自民党なら、あうんの呼吸で退陣の環境を整える人がいたし、次を決める裁定者もいたが、今は自民党にもいないし、民主党にも見当たらない。今は小沢代表に任せるしかないのではないか。
 政権を取ったらこれと同じような危機が何度も訪れるだろう。これぐらいでガタついては政権運営はできまい。