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河村たかし名古屋総理(?)の行末-09.06.12-

衆議院第一議員会館538号室の隣が、河村たかし先輩代議士の部屋だった。同い齢、名前も一緒、共通の友人がいる偶然がすぐわかった。
 騒さい隣人はすぐ「おみゃぁ、国会議員年金廃止議員連盟に入らんといかんぞ」と用紙を持って訪れた。年金問題を巡り、既に週刊誌等マスメディアで報じられており、私もよく承知していたので、すぐ二つ返事で「いいですよ」とサインした。

<議員年金廃止の言いだしっぺ>
 「おみゃぁえらい、なんもよう聞かんとすぐサインをしたのははじめてじゃ」(何分、変な名古屋弁なので、正確ではないかもしれないが、まあこんな言い回しだった。)
 それからは、気に入ったとかで初対面の私に5回連続当選するための秘訣とやらを延々と1時間以上のたまわった。自転車に旗を立てての選挙運動、バス旅行での有権者との語らい等押し売り説教であり、TVタックルの乗りそのものであった。もうキャラクターとして定着してしまっているのだろう。

それ以来、行ったり来たり交遊が続いた。坂ばかりの長野では自転車は無理だというと「車の後ろに積んでいって、集落が近づいたら降りて行けばいい」とか、それはしつこかった。親切なのか、自分の趣味を押し付けているのか不明だが、面倒なので、2005年の衆議院選では私の地元の栄村にも来てもらった。「日本も広いなぁ、いろいろあることがわかったよ」とようやく納得してくれた。
 TVマスコミ中心に千客万来、隣の部屋はいつもにぎやかだった。そしてその後も「総理を狙う男」、赤坂議員宿舎反対と自己流を貫き通した。

<河村たかしを1度でいいから代表選に出す会の会長>
 私はいつしか「河村たかしを一度でいいから代表選に出す会」の会長だと冗談をいい始めた。皆に愛され、あらゆるところに応援に行っているにもかかわらず、20人の推薦人が集まらないのだ。一時、18人集まり、あとちょっとになったと本人は言っていたが、口さがない同僚議員は「19人と言わないところがどうも怪しい。19人だとあと一人で出れてしまうから」と茶化した。それからひどい時は、私ともう一人という時もあった。そして、とうとう一度も代表選に出れずに辞職となった。
 TVタックル等のTV出演で十分有名だが、やはり代表選に出馬するのは意味が違う。民主党の層の広さをアピールするためにも心残りである。ただ、逆から言えばやはり代表にはもっとしかるべき人をということなのだろう。私も同僚議員には「投票しなくてともいいから推薦人にだけは名を連ねてくれ」と冗談半分に依頼していた。その場合、得票数が20票を下回ることも予想された。

<赤坂議員宿舎問題>
 河村さんは議員年金のあと話題を提供したのが、赤坂議員宿舎問題である。わざと千駄木にアパートを借り、そこから国会に出勤した。私もその近くに下宿していたこともあり、2.3度飲みに行った。しかし、私はとても賛成できなかった。
 私は、九段宿舎だったが、赤坂に移り大分体が楽になった。よく知らなかったが夜の受付の人に言わせると私が議員会館で一番遅くまで仕事をしている議員だそうだ。ボランティア秘書の妻に言わせると、効率が悪いだけとのことだが、夜中の1時だろうと歩いて帰れる。
 議員宿舎もJRのフリーパスと同様もともとタダだったのである。こっちのほうが理にかなっている。地方を選挙区とする議員は家賃の高い東京でどうやって家を確保するのか考えてみるとわかる。選挙で金と家が必要になったり、いらなくなったりする。議員宿舎がなかったらその手間と金が大変である。

<同僚議員を叩いて人気を博す>
 他に格好をつけて委員長手当てももらわなかったが、これも賛成しかねる。ヒラ委員は、出れない時は一応差し替えを用意しなければらないが、それほどきちんとしていない。ちょこちょこ席も空けている。しかし、委員長はそうはいかない。手当てが1日6000円である。こんなものを拒否しても何にもならない。いってみれば新入社員と役員給与の差にすぎない。
 どうも同僚議員の悪口を言って、自分が人気を博しているところが一般の同僚議員にはしっくりいかなかったのだろう。私は、「兼業国会議員」とあだなをつけ、国会議員本来の仕事をするように注意し続けた。代表選に出るなら、議員年金、赤坂宿舎、委員長手当てだけではなく、もっと政策を、そして日本のあるべき姿を明らかにすべしと注文をつけたが、あまり聞いてもらえなかった。

<地方自治についての見識>
 しかし、名古屋市長をめざしたからだろう、地方自治について、建設的なことを本に書き始めた『おい河村!おみゃあ、いつになったら総理になるんだ -- 反骨のサムライ世直し十番勝負!』 KKロングセラーズ 2006年9月、『この国は議員にいくら使うのか』 角川SSコミュニケーションズ 2008年9月 と2つを物にしている。
 今回、自らの給与を年2500万円を800万円とし、1期4年の退職金4200万円はもらわない、市民税を10%減税する、各地に協議会を開く等の公約を掲げた。その点は、ポッとなった東国原知事や橋下知事と異なり、かなり準備した上での市長就任である、だてに5期も国会議員を務めたわけではない。一議員として国政において頭に描いていたことを名古屋市長として実行せんとしているのだ。

<名古屋の大統領に期待する>
 河村さんは福島県矢祭町が町議会のある日のみ3万円の手当てを出すだけで、一議員年90万円の手当てにしたことを絶賛している。民主党市議会議員団は相当嫌がって別の候補擁立を画策したほどである。しかし、名古屋市民は変な名古屋弁をはなし、「燃えよドラゴンズ」の歌をかけて自転車で選挙運動する河村たかしに名古屋市政を託した。
 市議会や市役所職員から猛反発が予想される。失言もあるだろう。過剰なパフォーマンスもあるだろう。しかし、河村たかしは基本的にまじめで正直な男である、名古屋市長の負託を受けたのであり、思い存分やってほしい。必ずや見本となる市政を成し遂げてくれるはずである。