« 生産調整の廃止と農政―石破農相vs篠原シンポジウム―-09.06.22- | メイン | 鳩山総務大臣辞任はいびつな郵政民営化に原因あり-09.06.24- »

核にまつわる沖縄密約の現実と正直な告白-09.06.23-

- 5海峡を核自由通行で3海里に遠慮 -

6月5日、外務委員会で一般質疑を行ない、中曽根外務大臣中心に質問をした。今回はこれを報告したい。

<遠慮がちな領海>
 一般的に領海は12海里ということをご存知の皆さんは多いことだろう。これは海洋法条約の規定により「国の領海の幅は12海里を超えない範囲」ということが決まっていることによるものである。一方、領海及び接続水域に関する法律(領海法)というものがあり、これにより日本の領海が決められている。ところが、これが非常に軟弱な態度の法律なのだ。同法附則の第二項により特定海域として 宗谷、津軽、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道、大隈海峡の5箇所の領海が遠慮して3海里に設定されている。たとえばロシアとの宗谷海峡は、ロシアはちゃんと12海里を主張し、中間線を通る辺りまで領海が張り出している。ところが日本は遠慮して3海里で主張し、中間線との間にわざと公海をつくっている。他もすべて同じだ。
二国間でもめる関係にあるところでは、両国の話し合いで12海里未満のところもあるが、津軽海峡のように両岸日本なのに3海里のままにしている卑屈な例は世界中どこにも見られない。

この特定海域が決まったのは1977年鳩山威一郎外務大臣(鳩山由紀夫代表の父)の頃で、一体どういった目的でこうした遠慮が出来上がったと認識しているか中曽根大臣に質した。中曽根大臣からは、30年前と同じく、我が国が海洋国家、先進工業国家を目指し、国際交通の要衝である海峡に、商船や大型タンカーの自由な航行を保障するために、3海里と決めているとの答弁であった。ところが当時の鳩山外務大臣は、海洋法条約のルールが蓄積されてきたら12海里にする用意があるとも述べていた。そして、例の「当分の間」が32年も続いているのだ。

<非核三原則への対応は、通りゃんせ 通りゃんせ>
 私は、当時の人たちの判断も間違いではなかったと思う。この当時、12海里にしてしまえば、津軽海峡も大隈海峡も領海になり、潜水艦さえ黙って通ることは出来なくなり浮上しなければならなくなってしまう。この海峡を「通りゃんせ」の歌にもじって言えば、「通りゃんせ 通りゃんせ、ここはどこの海峡だ、核搭載船の海峡だ、日本の安全を守るため、いつでも自由に通りゃんせ」だったのではないかと思う。
 しかし、今、核兵器に対する情勢は変わった。やはりここは日本の12海里領海だと主張し、核搭載船は通れませんよと変更してもいいのではないか。国際航行の主要ルートを保障するというが、ジブラルタル海峡、ホルムズ海峡、マラッカ海峡といった国際海峡でもあるまいし、津軽や大隈は日本の海峡なのだ。
≪6月22日共同配信で東京新聞等の一面トップに本件が報道された≫  

<改正の条件が整った「当分の間」の処置>
 先ほどの「当分の間」に話は戻るが、この特定5海峡について30数年前当時の言い訳の一番は、海洋法会議等で国際的な解決を待つというものであった。この海洋法条約への批准は1997年に終わり、領海法も改正され、条件はとっくの昔に整っている。核兵器について世界の目は厳しくなっているのだ。それにも関わらずいつまでこの卑屈な態度をとっているのか、堂々と領海を主張してもいいのではないかと外務大臣に質したが、外務大臣は相変わらず外国船舶の自由航行うんぬんの3度目の同じ答弁を繰り返した。

<核搭載船の日本立ち寄り、通過の密約>
 6月1日、共同通信系列の新聞の1面トップに、核搭載船の日本立ち寄りや通過について黙認する密約があったことが報じられていた。歴代の4人の次官がA氏、B氏、C氏、D氏と匿名で語っている。外務省事務次官なり幹部が、伝えるべき総理と外務大臣をより分けていたという記事である。D氏は、国会で事実と違う答弁を続け、何か気恥ずかしい思いがあったもと述べている。早速、中曽根大臣は本当のことを伝えられているかと質したが、記事は承知しているが、これらについては聞いていない、このような密約は存在していないと理解しているとの答弁であった。つまり、選ばれなかったということであろう。麻生総理も多分選ばれなかった総理に入るのではないだろうか。しかし、総理や外務大臣が国家の一大約束事を知らずに、外務事務次官と一部の幹部だけが知っているというのは、菅直人代表代行が批判する官僚内閣制の最たるものである。菅さんの訪問したイギリスでは許されないことである。
 そもそも、核兵器搭載戦艦・潜水艦は日本に近づけない。潜水艦から他の船に核兵器を移した後に日本に寄港しないとならないが、現実的には到底考えられない作業である。だから、日本に2・3日停泊していくものの、それは持ち込みに当たらないという現実的考え方があってしかるべきである。そして、日本は知らないふりをする時代がずっと続いたのだと思う。
 かつて鈴木善幸元総理が農林水産大臣であったとき、核を抑制してもらっているのだ、だからそれぐらいはいいのではないかと核の通過に理解を示した国会答弁をしていた。しかし、冷戦終了後、1990年代は日本の周りにそこらじゅうにあった核はアメリカ本土に持って帰っているという。実は昔はそうでしたといってもいい時期が来ているのだ。このターニングポイントに外務大臣の任にある中曽根外務大臣に歴史に残る答弁を願ったが、答弁は密約の存在の否定という従来どおりのものであった。
 当日は外務省の幹部もそろって来ていた。大臣はそんな新聞報道は信用できないとの回答であったが、4人もの歴代次官が同じように密約の存在を認める発言をするだろうか。悔い改める時が来たと判断した歴代次官は立派である。皆さんもこういう先輩を是非見習って欲しいとエールを送り、この問題についての質問を終えた。

<シーシェパードは海賊ではないか?>
 余った時間にどうしても問い質したい質問が一問あった。日本船舶航行技術が危機的な状況にあることはかつて指摘したことである。一方、日本の文化・技術を守ろうと頑張っているものに捕鯨がある。そして今、国籍は日本ではないが日本関係の船舶を海賊行為から守るため、期限も場所も限定せず出かけて行く、海賊処罰法という勇ましい法律が6月19日に成立した。もう一方で、世界に名をはせている環境団体シーシェパードは日本の調査捕鯨船を攻撃している。彼らが調査捕鯨船に乗り込んだり、化学薬品の入った瓶を投げ込んだりする行為、これは明らかな海賊行為ではないか。政府の見解を質した。
 許しがたいこととしながらも、シーシェパードのすべての行為を海賊行為とみなすことができないとの答弁であった。おかしな話である。海賊処罰法の法律には、船舶を航行させて航行中の他の船舶に著しく接近し、若しくはつきまとい、又はその進行を妨げる行為を指定している。これはほかでもなくまさにシーシェパードの行為なのだ。
海賊処罰法の制定に当り、こういう法律は場所と期限を限定したほうがいい、今までもそういうふうにしてきたと忠告した。しかし、図に乗ってすべてのところに出かけて行く、世界の警官然とした法律が成立した。それならば、調査捕鯨船は日本船籍で、まさに日本の文化・技術を守らんと活躍している船なのだ。国籍の分からない日本に税金を払わないあやしい日本関係船を守るよりも、こちらこそ守るべきだと、嫌味的追求で質疑を締めくくった。