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初の小選挙区当選と民主党の船出-09.9.7-

<早すぎる当確>
8月30日、午後8時、TVに早々と「当確」が出て、すぐさま万歳三唱となった。前は二度とも比例復活で、当選が決まったのは日付が変わってからだった。支持者の皆さんからは、眠いので当日中に当選がわかるようにしてほしいと冗談半分ではっぱをかけられてきたが、投票締切と同時に当選とは思わなかった。

<民主党への期待>
選挙期間中、ずっと「3度目の正直で小選挙区当選」をお願いし続けた。今回の選挙期間中は、遊説カーによる街頭演説や小規模な個人演説会により、多くの有権者と直接触れ合う機会をもった。「政治を変えてほしい、何とかしてほしい」という期待が伝わってきた。
やっと念願が叶い、政権交代も一気に実現されることとなった。16万票を超える方々に私の名前を書いていただいたことに深く感謝するとともに、身の引き締まる思いである。

<日本を変える政権交代>
長野県の投票率は75%を超え全国2位。長野県の有権者も自民党のダメ振りにがっかりし、民主党に、そして私に政治を変えてほしいと期待し、投票してくださったのだ。私はその負託に応え、日本の政治を変え、一刻も早く未来に希望を持てる日本、一生懸命まじめに働く者が報われる社会を実現しなくてはならない。
民主党のほとんどの幹部から「篠原君、あんたが勝てば政権交代できるんだ。あんたが勝たなきゃ政権交代できないんだ」とよく言われていた。4代目の磐石の基盤を持つ小坂さんは、自民党なり保守の象徴でもあるからだろう。それが今回、私の小選挙区での勝利と政権交代が一緒に実現でき、ほっとしている。

<信念の政治家に敬意>
 羽田孜さん、北沢俊美さんといった非自民を貫き通してきた気骨のある政治家の方々の心中を察するに、万感胸に迫るものがある。1993年に自民党を飛び出してから、政権交代による日本政治の改革を標榜し続け、その信念を貫き通したことに敬意を表したい。身近な存在の北沢参議院議員を例にとれば、一緒に飛び出した他の議員の多くが再び自民党に戻っているなかで、54歳から70歳という政治家として最も脂の乗り切った時期をずっと政権交代の実現を目指し、野党暮らしの我慢をしてきたのである。私のような6年間の民主党議員とは違う意識の高揚感があるに違いない。与党政治を堪能してもらわなければならない。

<北信の政治風土を変える>
長野1区には独特な政治風土があり、今でも我が家は代々○○だと得意になっている方が多くいる。民主党が世襲を禁止し、自民党も次回から禁止するというのにまだ変わらない人がいる。それが今回ようやく変わってきたのかもしれない。今回の選挙結果により、北信の変な政治風土を変えたいと思っている。

<長い眼でみてください>
私は、農林水産省で30年間、自民党の皆さんとべったり付き合ってきた。民主党の皆さんとも入党以来付き合ってきた。自民党は歴史のある党だが、やはり長く政権に居過ぎた弊害が多くでてきた。今の閉塞感を直すには大きな政策転換が必要である。それは民主党にしかできない。政権交代が一番日本の政治を良くする近道だと思う。
我々民主党は日本の舵をとるべく勉強し、生活に関連する政策をどんどん打ち出しマニフェストという形で示してきた。マニフェストの実現可能性を危ぶむ声があるが、バッターボックスに立つ前から三振だ三振だと言わないでやらせてみてほしい。
小泉首相のように郵政民営化したら何でもバラ色だなどと嘘はつかない。民主党が政権を取ったところで、すぐ景気がよくなるわけではない。しかし、新政権の4年間をじっくりみて支援していただきたい。自民党政権より確実にいい結果を挙げる自信がある。

<気がついた私の新しい役割>
私は、専門分野の農政で、手掛けてきた農業者戸別所得補償の実現に全力を尽くすつもりだ。
しかし、最近もう一つ重要な役割があることに気がついた。民主党には役人出身の議員が多くいるが、私が断トツで長い。財務相就任が確実といわれる藤井裕久さんは別格として、民主党の官僚出身議員を年齢順にみると、古賀一成(建設省71年入省、15年在職)私(農水省73年入省、30年)、岡田克也(通産省75年入省、12年)、平岡秀夫(大蔵省76年入省、20年)と続く(今回の選挙前)。それ以下は多くいるが、まず、役所の経験が短く、課長すら経験していない者が大半である。自民党には、事務次官や局長をして参議院全国区で立ち当選した者が多くおり、衆議院にも長く役人生活を経験した者が多い。それに対し、民主党は、本当に霞ヶ関の上層部で政策決定を肌で経験してきた人は少ないのだ。
こうした中で、国民は、民主党政権がどうマニフェストを政策実現していくか注目しているのはもちろんだが、霞ヶ関の役人とどう付き合っていくかもじっと注視しているはずである。
民主党の大半の議員は、与党として霞ヶ関との付き合いに慣れておらず、とまどうに違いない。この辺のところで私が下支えをしていかなければならないと思っている。

<民主党政権の船出>
9月7日現在、主要閣僚の決定が一面トップを飾っている。私はずっと長野にいて選挙でお世話になった方々に御礼の挨拶回りをしており、9月11日(金)の小学校の国会見学の案内までは上京することはない。
出だしは好調かどうかわからないが、早くすっきりした形で政権がスタートしてほしいと願っている。私も、9月16日以降何を命じられてもいいように準備万端整っている。
国民の期待に応えるべく、この任期の間全力を尽くすつもりである。