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外交と政権交代 -09.09.28-

<無難な鳩山外交デビュー>

 鳩山首相の英語は今まで一度も聞いた事がないが、今回はじめて耳にした。鳩山首相は8年間アメリカ名門スタンフォード大学に留学していたが、やはり20代後半からの留学で、アメリカ人並みの発音にはならないのだろう。私の長野弁丸出し(パリ時代の娘の評価)の発音と大差なく、日本人には大変親しみの持てる英語だった。微妙な二国間の首脳会談は通訳付きだが、演説はすべて英語だったようで、これも1990年比、25%CO2削減の内容とともに好印象を与えたと思われる。
顔付きも、幹事長時代のどちらかというと、にやけた顔つきから、きちんとした顔に変わり、日本のHatoyamaを世界に印象づけられたはずである。デビューとしては上出来で、ホッとした。
 幸(みゆき)夫人のデビューもマスコミを賑わしたようだが、外国メディアがどのように扱ったか興味が湧いてくる。元宝塚とか、テレビに映る仕種は堂に入っていた。並みのファーストレディではない。
首脳の出る会合はセレモニー的要素が強く、すぐ影響が出てくるものではないが、多分、日本初の政権交代が、少しは安心して迎え入れられたことは間違いない。アメリカをはじめとする世界各国ともホッとしただろう。

<政権交代が外交を変える>

 前原国交相は、常日頃、得意の安全保障問題を論ずる時に、政権交代しても外交・安全保障政策に変わりなし、とよく言っているが、それに事実に反する。アメリカのような超大国には言えても、日本のような国にはあてはまらない。中・小国では外交こそ与野党を分ける対立軸となっている。
そして政権交代が身動きとれなくなった二国間関係を変える原動力になり、ずっと、惰性(だせい)で続けてきた変な関係をきっかりと清算できたり、進展しなかった交渉を一挙に違う方向に持っていけることもある。相手国も、政権ががらりと変わったのだから、しょうがないと納得してくれることもあるし、むしろ相手国こそ外交関係を変える大儀名分を探しているかもしれないのだ。
 北朝鮮がアメリカがブッシュからオバマ政権に代わったことで、態度を軟化させたように、政権交代により相手国か、態度を変えるキッカケを作ってくれることもある。日米間に横たわる米軍再編問題なども、これに当たるかもしれないのだ。
そういう点では、鳩山外交なり岡田外交は、外交の基本方針の変える絶好のチャンスに出くわしていることになり、それを意識した外交の展開を図らなければならない。


<受身外交から発信する外交へ>

 日本の外交も停滞気味である。北朝鮮は日本の変化を待っているはずである。ロシアは、日ソ国交回復を遂げた鳩山一郎の孫の首相誕生を歓迎している。アメリカは何を考えているのかよくわからないが、政権交代をきっかけに新しい日米関係を築かんとしていることは間違いない。
 首脳外交からWTOと具体的な交渉へ重点が移っていく。この時は日本がどういう態度をとるかを世界がじっと見守っている。日本は半世紀に一度の政権交代を、受身一辺倒の外交から積極的にうって出る外交に変えるチャンスととらえ、世界に発信していくべきである。国内では、25%削減について、財界から批判が多いが、世界に宣言した以上、歯をくいしばってやり抜く以外になかろう。

<スタンフォードのすれ違い>

 全く余談となるが、私は鳩山夫妻とは、1977年冬、スタンフォード大学の近くでニアミスがあった。私は農林水産省入省後、1976年から2年間シアトルのワシントン大学(UW)に留学させてもらった。その間に、小中学校の友人二人がアメリカ旅行に来たので、ボロ車で案内した。友人2人をロスアンゼルスの空港から見送った後、シアトルに戻る途中、通産省からスタンフォード大学に留学していたU氏の家に一泊させてもらった。そのU氏が、「今日、あの鳩山一族の御曹司とその夫人と一杯やるんだけど、一緒に来る?」と誘われたが、案内でクタクタに疲れていたので、遠慮して一人で早く寝かせてもらった。その時に、今は皆が知っている2人の少々過激な出会い(?)の話をちらっと聞いた。
 若かりし頃の二人を見逃し会ってはないが、当時とどうも雰囲気は変わっていないような気がしてならない。日本人離れした初々しい夫婦仲が今でも伝わってくるからだ。二人の出会いの国での外交デビュー、さぞかし嬉しかったに違いない。
 私もその後のこと(つまり2人とも政治家になり同じ党に属すること)がわかっていたら、どんなに疲れてても参加したのだが、30年前は誰も今と知る由がない。多分神様だけは知っていたのであろう。