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二人の代表候補のめざす危うい政治主導 ―真の政治主導は国会議員(政治家)主導、そして国民主導―10.09.09

<民主党の初の本格的政策の立案を優先>
9月1日、民主党の代表選が告示され、2人の代表候補(すなわち首相候補)は、討論会でTVのニュース番組で舌戦を繰り広げている。日本中、民主党代表選の話題が席巻している。
私は、お盆明けの予算の概算要求をまとめる大事な時期に、せっかく復活した政調の部門会議もろくに開かずに政局に熱中する政権与党民主党の振る舞いを苦々しく思い続けた。そんな中、農林水産部門会議は、8月31日までに12回開き、政府与党一体となった農林水産政策をまとめた。一部マスコミは、参加者が少ないと冷やかしたが、ともかく政府と与党が議論をしてまとめあげた。民主党の政治主導・国民主導(後述)の政策決定の見本を、農林水産分野で示すためでもある。

昨年は、9月16日の組閣、そして俄仕立ての重点予算の組み替えだけだった。そのため2011年度(平成23年度)予算こそ民主党の初の本格的政策を示す予算なのだ。それにもかかわらず、お盆明けは他の部門会議は1回も開かれず、さっぱり政策論議が行なわれていない。やっと会合が持たれたと思ったら行政刷新プロジェクトの会合である。与党で政策が立案できるのに、そっちをほったらかしにして、マスコミ・国民受けする事業仕分けである。民主党はまだ野党のつもりなのだろうか。

<農業者戸別所得補償の本制度化に全力投入>
7月17日に東京に戻って以来、農林水産省内の何でも政務三役にご説明という “政治主導” システムに振り回されながら、2004年以来手掛けてきた農業者戸別所得補償の本格実施に向けた政策を練り上げた。
9月5日朝日新聞の3面に農業者戸別所得補償が大きく取り上げられていたが、米10a当たり1.5万円のことが中心だった。本来は米以外の作物を米並みかそれ以上の所得を補償することにより、長年続く米余りを是正するためのものだったが、2010年度に米先行でモデル事業化するという大ミスで、大新聞も、農家もいまだ米のみに戸別所得補償が行なわれていると誤解している面がみられる。これを米以外の作物を優遇する形に修正し、本格実施に向け仕上げることでヘトヘトになった。そのため、8月下旬、突然声がかすれ、咳が出て痰が出て・・・と久しぶりの大風邪で、8月28日(土)の宮崎県の畜産復興大会を欠席することとなり、関係者に迷惑をかけてしまった。
農業者戸別所得補償は、力不足で私の目指したものには完全になりきっていないが、これから年末にかけての調整でよりよいものに仕上げるつもりである。

<はじめての党員・サポーター参加の代表選>
さて代表選だが、私は、菅直人首相本人から直接指名された内閣の一員であり、鳩山前首相の言葉を借りれば菅支持が「大義」である。(詳細は別稿に譲るが、鳩山内閣は、副大臣、政務官を各大臣に選ばせるという変な指名だった。)
小沢元代表にも一度は剛腕を発揮してもらいたいが、残念ながらやはり1年で3人目の首相というわけにはいかない。今はタイミングが悪すぎる。
あまり好ましくない泥仕合(?)になりつつあるが、毎年2000円なり6000円を払ってサポーター、党員になっていただいている支持者の方々に、はじめて代表選に参加してもらう機会がきたことは嬉しいかぎりである。今まで、2年任期切れの9月は無投票で決まり、いつもその他の時に国会議員だけで代表を替えていたのだ。そして、私が民主党に参画以来7年でなんと6人目の代表なのだ。あまりにも安定感に欠ける。

2人の討論の中で「政治主導」が争われている。菅首相は12月の予算をみてくれと言い、小沢元代表は、各省1割削減など自民党と同じで官僚主導だと批判している。今回は、この点を論じてみる。

<二人に共通する独断専行の政治主導>
菅首相は、かねがね日本は議院内閣制ではなく官僚内閣制であると指摘し、民主党が政権をとったあかつきには、脱官僚・政治主導の政治をすると、いろいろな場面で主張してきた。なぜかしら、全く違うタイプの政治家である小沢元代表も同じような主張をし、二人揃ってイギリスの議院内閣制を範とし、政治主導のための過激な改革を試みた。例えば、鳩山政権の小沢幹事長の下、政調が廃止されたが、すったもんだのあげく最近、玄葉光一郎政調会長とともに復活した。
二人それぞれ、市民運動家から総理、47歳で与党幹事長といわば”悪しき成功者“の類いで、独断専行という点でも共通している。党の論議も何もなく突然の消費税10%発言しかり、幹事長が官邸に乗り込み予算決定(09年12月16日)しかりである。こんな政治主導は民主党員だろうと国民だろうと願い下げである。

<掛け声先行の内閣・官邸主導>
近年は、どの内閣でも、内閣・官邸機能の強化が看板の一つになってきた。小泉内閣の時も経済財政諮問会議が、強引な思いつき政策の隠れ蓑にも使われた。民主党政権では、政権入りする70人の国会議員を100人に増やし、政務三役主導で政治主導を実現するという謳い文句が続いた。
しかし、残念ながら内閣・官邸主導は、民主党政権でも暴走(例えば、普天間の空転、突然の消費税10%)が目立ち、政調は前回ブログのとおり開店休業である。8月の2011年度予算の概算要求の決定過程をみるかぎり、官僚が官僚主導で地道に仕事をしているだけで、首相はおろか各省大臣の強力なリーダーシップなり政治主導の予算がまとめられたとは言いがたい。

<政調廃止は政治主導にあらず>
小沢元代表の言う政調廃止は、自民党があまりに政調の「部会」に牛耳られていたための反動だったが、利権もなくまじめな民主党議員は、むしろ皆が政策立案に参加すべきなのだ。つまり、政調の部門会議が政府をバックアップする形になり、政府は党の411名の議員の力を結集して民主党政治を遂行し、成果を上げていかなければならない。小沢元代表は、政策研究会としての落とし所に苦労した山岡賢次前国対委員長の進言を取り入れたのか、代表選の途中で、政調を残すと主張を変えつつある。当然のことだろう。

<鳩山内閣の国家戦略室は動かず>
鳩山内閣は行政刷新相や国家戦略担当相などを作って華々しくスタートしたが、これも私は長続きしないと思っていた。組織をいじくったり直したりするのは、全く新しい政策を実行するよりずっとエネルギーを必要とする。それを政権運営のノウハウも確立してない民主党政権がいきなり新しい組織を作ったところで動くはずがないことは、火を見るよりも明らかだった。
行政刷新会議もしかりであり、自民党・公明党政権で続いたムダな事業を仕分けて廃止するのは1、2年のことにすぎず、3年後も行政刷新会議の力を借りなければ、ムダを排除できないようでは民主党政権の怠慢である。

<偏った有識者に国家運営は任せられず>
菅国家戦略担当相(副総理)、仙谷由人国家戦略担当相(行政刷新担当)と2人の傑出した政策通が着任し、ろくに成果をあげられなかったのは、国家戦略室がやはり歪んだ背伸びしすぎた組織だった証左である。菅内閣になり、国家戦略室は変質しシンクタンクのように使おうとしているが、アメリカと違い、日本にまともなシンクタンクがない状況ではとても無理な話である。首相や一部の閣僚の目にとまった、偏った有識者に振り回されるのがオチであり、とても国家の運営は任せられない。小泉内閣(竹中平蔵)でも現内閣(小野善康)でも悪例はたくさんみてきているはずである。

<危険極まりない菅内閣の官邸主導>
そして、またぞろ出てくるのが幻の官邸主導である。
総理や官房長官の秘書官の数を増やし、政治家の総理補佐官を置き、はたまた大物官房長官とやらを置いたところで、官邸が出しゃばりすぎ、かえって混乱を増やすばかりである。
官邸は、本当に大事な時にだけ口を挟めば足りるのであり、常日頃は各省の仕事に口出しすべきではない。官邸はあくまで調整役が一番なのだ。名官房長官後藤田正晴は全体に睨みをきかせ、調整は一言ですましていたのである。残念ながら今の民主党内閣にはそれだけ重みのある政治家はいない。

<政務三役主導のお寒い実態>
それでは、各省の大臣、副大臣、政務官の政務三役が政治主導をしているか。
やっと手にした政権与党だが、慣れない民主党は、政治主導という掛け声の下、事務方の仕事を奪ってまで、政務三役がいろいろなことに口出すことを政治主導と悦に入っているむきがある。政治家は大事な決断、政策決定をすればいいのであって、局長・長官がやっていたことを政務三役がやるというのは大間違いであり、時間のムダである。何よりも官僚のやる気をなくし、無責任さを助長してしまう。何事も政務三役がお決めになることという逃げの姿勢になってしまう。
各省ともまちまちの“政治主導”が試みられているが、政務三役がはしゃぎすぎ、政治家と官僚の分担がよく分からなくなり、官僚が行き場を失っている。
私が副大臣認証を受けた前日(6月8日)の菅内閣発足直後の閣僚懇談会の「政権発足に伴う行政運営について」で、政治主導は官僚排除ではないとか、どのような仕事を事務方に委ねるか政務三役でよく議論をといった首相発言がなされている。さすがの菅内閣、妙な政治主導の弊害に気付いたのであろう。

<失業する霞ヶ関の幹部>
政治主導確立法案により官僚の国会の答弁はなくなる運命にある。この1年与党に対して局長、長官が説明する場面もほとんどなくなっていた。おまけに民主党政権発足直後の「政と官のあり方」(09年9月16日)により、官僚から政治家への働きかけは原則禁止され、いわゆる根回しによる国会議員への直接説明の機会もなくなっている。つまり、霞ヶ関の幹部は今や失業状態なのだ。
こうして余った時間を政策の企画立案に費やしてほしいと思うが、どうもそうなっていない。今や霞ヶ関の幹部の一番の仕事は政務三役へのご進講になり下がり、政務三役が官僚を先生に俄か勉強に精を出すという“政治主導”が進行している。「脱官僚」とは敵対することではなく、うまく使いこなし、政治家が政策をリードすることなのだが、どうもそこがわかっていない。つまるところ、民主党政権の政治主導は、目下カラ回り状態なのだ。

<国会議員主導が国民主導につながる>
それでは一体、真の政治主導はどのようにして実現しうるのか。
真の政治主導というのは国会議員(政治家)が一丸となって取り組んで初めて実現できるにすぎない。つまり、国会での論争を活発化し、国会議員が政策の立案に参加していくこと、これこそが真の政治主導である。党内でいったら政調(部門会議)のフル活用であり、国会でいうなら、法案修正が当たり前となる与野党の本格的審議である。これが仙谷官房長官のいう熟議の民主主義である。
長らく野党で、国会の場でしか政策に関与できなかった民主党だからこそこの感覚がわかるはずである。10万人を超える有権者に名前を書いていただき、政治を負託された全国会議員が政策に関与するのは当然であり、国民主導の政治へとつながるのだ。これが真の政治主導である。
菅・小沢両代表候補の政策を聞いて決めるという国会議員が多いが、政治主導のあり方の差を見極めるのも大切なことである。