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一泊三日のダボスのWTO非公式閣僚会議出張 -2011.2.4.-

(格調高いダボス会議)
スイスの保養地・ダボスには、毎年1月、世界中から2,000人を超える政治・経済界のリーダー達が集結する。通称「ダボス会議」に出席するためだが、正式には「世界経済フォーラム(WEF)年次総会」という。1971年にスイスの経済学者クラウス・シュワブ氏が、欧州の経営者を集め議論の場を作ったのが始まりとされ、今年は、メドヴェージェフ露大統領、サルコジ仏大統領などの各国首脳、潘国連事務総長、ラミーWTO事務局長など国際機関の長、著名投資家のジョージ・ソロス氏などが出席した。

(体にこたえる1泊3日の海外出張)
この「ダボス会議」に多くの通商・貿易担当の閣僚が集まるため、2003年から、WTOの非公式閣僚会合が開催されており、農林水産大臣も2006年から毎回出席していた。今回、1月28日(金)から1月30日(日)にかけて、1泊3日の強行軍でWTO非公式閣僚会議等に出席するため、スイスのダボスに出張してきた。副大臣になってからは、1泊2日のTPP関連の韓国出張についで2度目である。もともとは鹿野農林水産大臣の出張が検討されていたが、高病原性鳥インフルエンザの発生が宮崎から鹿児島、愛知へも拡大する中で、急遽、大臣の代理として慌ただしく現地へ向かうこととなった。

(航空自衛隊の政府専用機)
役人の現役時代サミット出席の折、まだJALの旅客機をチャーターした政府専用機には2度乗ったことがあるが、航空自衛隊の政府専用機になってからは初めてであった。アメリカにはとうの昔から“Air ForceⅠ”と呼ばれる大統領専用機があり映画も作られているが、多分それを真似たものなのだろう。菅総理、海江田経産相、福山官房副長官、随行の役人、同行記者団が乗客であり、客室乗務員も航空自衛隊の女性自衛官である。真面目さが伝わってくるサービスであり、心地よいものだった。

(現役よりも殺人的スケジュール)
ただ、1泊3日というのは強行軍で、つくづく政治家は酷使されていると痛感した。現役役人時代の最も強行日程ですら3泊5日にすぎない。それを現地1泊機中1泊というもの。現地の夕食もなし。菅総理は、3日連続で衆参の本会議答弁を終えて、18時に飛び乗る形の出発、12時間のフライト、チューリッヒ一泊、朝6時起きでダボスへ車で2時間半、朝食は大使館の用意してくれたおにぎり3個、演説をして帰国、翌31日(月)は1日中予算委員会の質疑、ダボス滞在はたった6時間という強行スケジュールである。総理は私が鹿野大臣の代理で政府専用機に乗り込んでいることを知らず、サービスで同行者に挨拶に来た折に気付き、それなら一緒に食事でもしながら話をしようと切り出されたが、席に着いた途端疲れて眠り込んでしまったようで、福山官房副長官が慌てて中止の連絡に来た。受け身(答弁)に弱い菅総理は(?)余程疲れていたのであろう。菅総理が苛立つのを「イラ菅」などと言うが、こういう状況で嫌な質問をされては、イライラするのも仕方あるまいと同情を禁じ得ない。

(WTO会合の合意を目指して)
私はG10と呼ばれる農産物輸入国の大臣会合に1時間、20数カ国のスイス主催WTO非公式閣僚会合に2時間半出席し、日本のWTOに対する基本姿勢を述べた。
G10閣僚会合には、スイス・アマン経済大臣、ノルウェー・スレート外務大臣、韓国・キム通商交渉本部長などが出席した。私からは、各国のセンシティビティーに配慮した貿易ルールの構築を目指す上で、G10の結束を強化することが重要であると発言した。G10として、一致団結して戦略的に今後の交渉に望むことを確認し、プレス声明を発出することとなった。
WTO非公式閣僚会合には、日本からは海江田大臣と私、米国・カーク通商代表、EU・デ・グフト貿易担当委員、中国・陳商務部長など23カ国の閣僚のほか、ラミーWTO事務局長、ウォーカー農業交渉議長などが出席した。私からは、2011年末の合意達成に向けて、世界各国の「多様な農業の共存」を可能とする貿易ルールづくりが必要であること、我が国は、世界最大の食料純輸入国として、関税や国内支持の大幅な削減の議論に積極的に加わるなど、既に最大限の柔軟性を発揮してきていること等を発言した。議論の総括として、アマン経済大臣から、2011年中にラウンドを終結するため、4月までに全分野の改訂テキストを揃え、7月までに実質合意を目指すこと、今まで得られた成果を基礎として、全ての分野で野心の高い合意を目指してギブ・アンド・テイクの議論を進める必要があることなどが確認され、会合の成果として取りまとめられた。

WTO非公式閣僚会議.jpg

(私以外は全員大臣)
驚くべき事に、非公式閣僚会合は、私以外は全員閣僚だった。日本の国会の仕組みから、日本だけが閣僚が出席していないという不自然さが目立った。別に答弁している訳でもなく、本会議場のひな壇に座っているだけのために、皆が顔を揃えている閣僚会議に出席できないのだ。民主党が野党時代も閣僚の海外出張を国会軽視だといってなかなか認めなかったが、愚かな形式主義以外の何物でもない。外交は相互主義であり、大臣同士でないと相手に失礼である。これでは国際交渉で遅れをとるばかりである。

(英語の発言と5人の女性大臣)
私は、図々しく、ほとんどの大臣達と挨拶を交わし、名刺を交換した。海江田経産相と相談し、丁度真ん中ごろに発言したが、米、EU、中国といった大国は、皆が発言し終わった後にそれらに応ずる形で発言した。つまり、時間が押してきて議長から発言時間を短くしろと言われる危険と、なるべく後のほうが有利だという発言順を天秤にかけて、微妙な駆け引きが行われていた。2人が通訳入りだけで、あとは全員が英語で発言しており、閣僚レベルでも英語が世界共通語となりつつあることが痛切に感じられた。チリ、タイ等5発展途上国は女性大臣であり、女性の進出度合も日本は数歩遅れているようである。

(久し振りの総理との語らい)
帰国便の中では、菅総理、福山官房副長官と夕食をともにし、一夜明けた後、到着直前には小一時間ほど総理と2人でいろいろ話し込んだ。客観的に見て、アメリカ留学7年の鳩山前総理と比べると国際的な対応は得意ではないが、「開国と絆」というタイトルの演説デビューを終え、ほっとされているのが手に取るように分かった。
2004年、菅代表の頃、日本の農山漁村の現場を2人でよく歩き、日本の農山漁村を元気にするための政策を語り合ったが、旅先での語らいは2007年5月のドイツ出張以来だった。4年の歳月を経て野党の代表代行とネクストキャビネットの農林水産大臣が、総理と農林水産副大臣に変わっていた。しかし、日本の農山漁村への思い入れは、「食と農林漁業の再生推進本部」に結実されている。世の中は確実に動いており、今2人とも動かせるポジションにいるのであり、気を引き締めて着陸用のベルトを締め直した。

07年 ドイツ南部「黒い森視察」CIMG1375.JPG