« 【今夜】TV出演のお知らせ | メイン | 鹿野道彦農林水産大臣に代表選出馬を要請する -11.8.19- »

夏休み学童疎開で福島の子供を被曝の危険から救う -11.7.27-

<食べ物への異様なこだわり>
 農水省と厚労省は食べ物を通じた内部被曝を避けるため、暫定規制値を超えた野菜があれば、全県の同一野菜を出荷停止するなど安全確保には厳しく対処してきた。そうしたことから、「流通しているものは食べてよい」ことが消費者にも理解され、スムーズに動きつつあった。
畜産物についても万全を期すため、事故直後の3月19日には干し草等は原発事故以前に収穫したものしか与えてはならないと通達した。かなり早めに手を打っていたのだ。
ところが、7月8日南相馬市の肥育牛農家が、原発事故発生後野晒しになっていた稲わらを2ヶ月にわたり給餌した牛を出荷し、汚染されていることが判明した。300 Bq/kgの規制値を超えた汚染稲わらを給餌され出荷された牛の数が、毎日新聞紙上に踊っている。そのため、牛肉そのものが500 Bq/kgの暫定規制値を超えているのは23頭と少ないにもかかわらず、2900頭余が汚染されているかのように誤解されている節がある。
7月19日には、福島県内全域の食肉が出荷制限され、全頭検査や汚染の恐れのある牛の全頭買上げといった言葉が飛び交っている。

<忘れられる農家の農作業被曝>
日本は食べ物を通じた体内被曝(経口的)には異様ともいえる神経質な対応をしている。ところが、本宮市の69万Bq/kgに汚染された稲わらを長期間にわたって牛に与え続けた農家の体外被曝(経皮的)や吸引による体内被曝(経気道的)には、ほとんど目が向けられていない。牛舎の2階に山と積まれた稲わらを毎日下に降ろし、それを牛に与える作業をしている農民が一番危険に晒されているのだ。そして、子供も傍らにいたら大変なのだ。
後述するが、ウクライナの立入禁止区域の外の2番目に危険な移住義務区域は、農作業による土埃が問題視され、農作業が禁止されている地域である。つまり農作業に伴う吸引被曝や住民への悪影響を問題視しているのだ。

<放置される子供の救済>
 一方、7月13日、菅総理は、具体的道筋は示されていないという批判はあるものの脱原発を宣言した。日本は、世界の流れに沿って原発依存社会から脱却する方向に向かいつつある。当然のことである。
 牛の餌である稲わらの汚染ばかりが喧伝されているが、稲わらが69万Bq/kgに汚染されているなら、地域で暮らすことが安全なのか、そうしたところでできた作物を子供まで食べていいのかどうかということがさっぱり問題にされていないのが不思議である。感受性の強い子供は、あらゆる種類の被爆の危険に晒されているのだ。それにもかかわらず、子供の被曝の回避には何の手も打たれない。不公平もいいところである。
抽象的な脱原発宣言よりも、食べ物への過度なこだわりよりも、何よりよりも真っ先に対応すべきことが忘れられている。

<大人より放射能の感受性の強い子供>
若ければ若いほど細胞分裂が盛んなことから、子供は放射線の影響を受けやすい。放射能に弱い。だから、EUも6ヶ月未満の幼児の基準値は厳しめにし、日本でも飲料水の規制値については、子供は大人の1/3の100 Bq/kgとしている。
IAEA(国際原子力機関)は、チェルノブイリ事故による健康障害として、唯一小児の甲状腺癌を関連ありと認めている。その他、免疫力の低下、特殊な呼吸器疾患、血液の異常等様々な障害が知られている。

<菅谷松本市長の警告>
菅谷昭松本市長は、ウクライナよりも汚染が深刻ともいわれるベラルーシで5年間小児甲状腺癌の医療支援活動をしていた。それによると甲状腺癌は10年目にピークとなり、最も高度に汚染されたホメリ州では通常の130倍になったという。首筋に残るL字型の手術跡はチェルノブイリ・ネックレスと呼ばれ、一生残ってしまう。最近、大人の患者も増えているという。
それにもかかわらず、日本では福島原発のごく近くで平気で4月新学期を開校しているし、学童を安全な場所に一旦移動させる話が全く進んでいない。日本の原発事故対応で最もひどいのが、子供への配慮、救済である。

<1986年5月のキエフより汚染度が高い福島県中通り>
こういうと、「いや放射線量が違う。日本はたいしたことない。」という反論が予想される。曰く、福島で放出された放射線量はチェルノブイリの10分の1に過ぎないし、今は収束しつつある。
キエフの国際会議の資料の中に、86年5月10日のセシウム137の土壌汚染地図が残されていた。文科省の11年4月25日のセシウムの蓄積状況と比較してみると、飯館村付近でキエフの20~60倍、伊達市で6~12倍と、福島県の中通りの方がキエフよりずっと汚染度合がひどいことがわかる。かなりゆるめの屋外活動制限基準の3.8μSvを超えた小中学校が50を超えているのだ。
土壌汚染と空間線量は相関関係にあり、8月末には完成する土壌汚染地図により、日本でも食品の汚染や人の被曝を測れることになる。福島も相当汚染されていることを忘れてはならない。

<危険な汚染土壌による被曝>
日本では、汚染された農作物を食べることによる体内被曝を未然に防ぐため、例えば米は5,000 Bq/kg以上汚染された地域では作付制限を行うことにした。ところが、ウクライナの作付制限は、農作業により舞い上がる土埃による汚染の危険を防ぐことに主眼が置かれた。セシウムは、地表の15cmぐらいが汚染されているだけだ。ウクライナは降雨量も日本の3分の1の600mm程度しかなく、乾燥した農地は耕運により余計に土埃をたてることになる。このため、農民ばかりか近隣の住民の被曝量が増大する。また、吸い込む体内被曝の危険も増大する。日本で背の小さい小学生の校庭や通学路の汚染による被曝が懸念されるのと同じである。

<親の不安は増大の一途>
4月19日、原子力安全委員会の委員が、子供については基準値を厳しくして大人の半分の10ミリシーベルトに抑えるべきだとしたが、文部科学省は翌日撤回した。また、4月29日、この分野における日本一の権威である小佐古敏荘内閣官房参与も政府のあまりに杜撰な対応に抗議の辞任をしてしまった。
福島とフランスのNGOが5月30日には福島市内の子供10人の尿の検査をしたところ、全員の体内被曝の事実が明らかとなった。こうした検査は、ホールボディカウンターを備え、日本国政府が責任をもってしなければならないことだが、やる気配がない。日本では、人間(子供)より牛肉や稲わらや農作物の方が念入りに検査されているのだ。
(7月24日、福島県が18歳以下の子供36万人の甲状腺検査を生涯にわたり実施すると決めたのは朗報である。)

<温かい手が差し伸べられたチェルノブイリ付近の子供>
7月2日の私のブログのとおり、キエフからは、24万人の学童が、1ヶ月以内に全て疎開して、放射能の大量被曝から逃れている。
菅谷市長によると、ポーランドは、4日後の86年4月30日には人口の9割を超える100万人以上の子供にヨウ素剤を投与した。子供が汚染されたミルクを飲むことを禁止し、4歳以下の子供には粉ミルクを配っている。そのため、ベラルーシより甲状腺癌に悩む人の数がずっと少なくてすんでいる(「子どもたちを放射能から守るために」(亜紀書房))。
ベラルーシでは、汚染地域(4段階の最も少ない地域も含む)の子供を、清浄地域の療養所で政府が全額負担して療養させている。同行する親も無料か1割負担となっている。また、小規模校は学校全体で療養を実施し、移動先で授業も行っている。更に汚染地域の子供に対して、給食は無料としている。
低線量の被爆の影響ははっきりと分からない中、いずれの国も被曝の恐れのある子供には温かい援助の手を差し伸べているのだ。

<初動を間違い、今も何もしない日本>
それに対し、福島では、ヨウ素剤は70万人分用意したものの、政府は何も指示せずにほったらかしにしている。日本政府は、いざという時の避難についても旧ソ連諸国等の先例に学ぶという謙虚さに欠け、子供たちを放射能に晒さないという温かさ、慎重さが感じられない。
大半の汚染は3月中旬の爆発とその後の雨によるものと思われる。そうなると初動が何よりも必要だったのに、それが全く不備だったことが悔やまれてならない。

<夏休みを契機に学童疎開>
4ヶ月後の今ではすべてが遅きに失し、10年後にヨウ素による甲状腺癌が急激に増加しているかもしれない。セシウムの方は定かではないが、体内被曝も進んでしまっており、後遺症に悩まされる人が増えている可能性が高い。
今も放射能の漏出が完全に終息しておらず、放射能の降下も続いている。土壌は汚染され、校庭も通学路も表面はかなり汚染されている。前述のとおり、全国に相当の子供を迎える準備はできている。これから夏休みに入るが、これが最後の機会である。思い切って汚染地域の小中学生を各地に疎開させ、子供がいない間に校庭や通学路の除染を段階的に行い、秋学期には少しでも安心して通える状態にしないとならない。除染除去度合や収束状況を見極めた上で、母校に戻ってくればいいのだ。

<子供の命と健康を守る>
 今既に、経済的余裕があったり遠くに親戚のいる者は、子供を福島から離れさせている。新聞各紙が夏休みとともに続々と長期キャンプ等に出かけていると報じ、7月27日読売新聞は、1面トップで福島市の小中学生310人(全体の1.3%)が県(市)外に転校し、郡山市からも既に553人が転校していると報じている。当然の動きである。そうした余裕もなくツテもない子供が、被曝の危険に晒されたままというのは許されることではない。
チェルノブイリは4つの区域の指定は事故から30年後の2016年にしか見直されない。それどころか、ロシアの専門家は、日本ではむしろ立入禁止区域を拡大すべきだと提案している。それをステップ1が過ぎただけなのに、20~30km圏の緊急時避難準備区域の縮小解除について地元と協議に入るなどと甘い言葉が出始めている。やるべきことを完全に履き違えている。

<子ども手当の一部を原発学童疎開の支援に充てる>
全国各地から避難者を受け入れるという申し出が寄せられている。それなのに、肝腎の国が本気で守ろうとしないのは怠慢以外の何ものでもない。コンクリートから人への標語の下に、子供は社会全体で育てるものという理屈で設けられた「子ども手当」も霞んでくる。放射能から子供たちを守るための学童疎開に「子ども手当」予算の一部を使ったところで、国民は文句を言わないはずだ。むしろ、日本の母親たちはそれを望んでいるはずである。

<福島を放射能研究のメッカに>
子どもは、国全体社会全体で守ってやらねばならない。原発災害対応の一つに、福島県内に放射線被曝の医療機関や研究機関を設置し、子供の健康を長期的に守っていくことがあげられる。それと同時に環境や農林漁業等への影響も研究する一大拠点とし、そこから世界に検証結果を発信していくことを目指すべきである。そうすることが大事故を起こしてしまった日本の世界に対する責任でもある。

<6月2日の代議士会での菅総理の約束>
 6月2日正午、菅内閣不信任案への対応を巡り、民主党代議士会が開催された。政局がらみの虚しい駆け引きが続く中、原口一博・川内博史の議員両名が菅政権を支持する条件として、福島の子供の健康・命を守る措置をとるべきと唯一の政策的注文を念押しした。菅総理も前向きに返答したが、マスメディアは何の関心も持たず、政局報道しかされなかった。菅総理が問題の辞任云々はともかくとして、子供の対策を未だもって何もしていないことこそ重大な約束違反である。

<将来に禍根を残す子供の被曝>
 菅総理は、自社さ政権時代に厚生大臣として薬害エイズ事件で名をあげた後に、政治家としての飛躍のキッカケをつかんだ。薬害エイズ事件は、アメリカ等の事例から非加熱製剤の危険を承知しておきながら、日本では禁止せず放置したことからエイズ患者が拡がる原因となった。そして安倍英医師らが刑事責任を問われた。
 原発災害対応では、メルトダウンは早くから予想されたものの、本当のところよくわからないことばかりであり、対応の不備はある程度致し方ないことかもしれない。
それに対し、子供の被曝の事実を把握しながら何も手当しないのならば、薬害エイズ事件どころではない大失態となり、今度は逆に菅政権も原発対応担当者も10数年後に刑事責任を問われることになるかもしれない。皮肉なことである。ところが、このアナロジー(類似性)に気付いている人は少ない。

<国の宝、子供を絆と国家で守る>
 戦争中の学童疎開もウクライナの原発疎開も、強権発動のできる国家体制だからできたのかもしれないが、今の日本は、強権の代わりに日本人としての「絆」があり、助け合う精神が健石である。全国各地から津波の被災者や原発避難民を受け入れるという申し出が多数寄せられている。あとは、国の宝の子供たちを守る気概、国家危機管理等、国の意志一つなのだ。
事故の態様は異なるが、レベル7という危険度は同じであり、少なくとも子供を守るための対応は、チェルノブイリの25年前と今の福島は同じように対応していかなければならない。
(「キエフから児童・生徒が消えた1986年5月 2011.7.2」の続編)
(本稿はチェルノブイリ出張から帰国した直後の4月下旬にまとめ、予算額や手法も含めた詳細な学童疎開案とともに関係者に子供の救済の必要性を訴えていた。遅ればせながら発信することにした。)