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TPPシリーズ1.過熱するTPP交渉参加の是非の議論 11.10.28

 まずは、ブログ・メルマガの更新が大変遅れている事をお詫びしたいと思う。
 今回は、手短ではあるが、読者の皆様に私が現在取り組んでいることについてお話をしておきたい。
新聞やテレビ等で既にご承知のことかと思われるが、9月2日に誕生した野田佳彦総理が、11月にオバマ大統領の生誕の地のハワイで行われるAPEC首脳会談で、TPP交渉への参加を表明する意向であると報じられた。

(TPPの再来)
「TPP交渉への参加」、菅直人前総理が昨年10月1日に行った所信表明演説に、突然この一国の運命を左右しかねない言葉が織り交ぜられ、大きな騒動となった。当時閣内にいた私は、この最大の失点を修復することに全力を尽くし、結果、結論は先送りされた。かつ、3月11日の東日本大震災で東北は大被害を受けており、政治は外(外交)よりも内(内政)に全力を尽くすことが何よりも優先されるべきで、野田総理が拙速な結論を出す事は、当面ないだろうと考えていた。
ところが、その案件が、突然再来したことに愕然とさせられた。

(国会を二分するTPP交渉参加の是非)
現在、TPPに「交渉に参加する」のか、「交渉への参加を慎重に見極める」のかという議論で、国内の関係団体はもちろん、与党民主党内もまさに二分している。下記の鉢呂PTでは圧倒的に反対の意見が強い。日本という国家の行く末を決める重要な決定が、11月初旬までという期限が刻一刻とせまる中、交渉へ参加するなら離党も辞さないという重大な決意をする議員が出てくるほど両派の議論は過熱しつつある。当然ながら、民主党内だけでなく、野党でも様々な意見が飛び交っており、どの党でも慎重派が優勢であると聞いている。

(反対派の会議と取りまとめ会議の両方に出席)
私は、TPP交渉への参加は慎重であるべき、更に言うなら、TPPには絶対に参加すべきではないと考えている。農林水産副大臣を辞した後ただちに「TPPを慎重に考える会」(山田正彦会長)副会長に就任し活動することとした。同会を中心に、交渉参加は慎重であるべきとの趣旨の賛同署名を集め、現在201名(他党を含めると220名)の署名が集まった。閣内や党内役員などの役がついている100名程度を除く300人のうち、2/3近くの党内議員の賛同を得ていることとなる。
またもう一方で、TPP推進派ばかりで役員会が構成されていた党内「経済連携プロジェクトチーム」(鉢呂吉雄座長)に後から急遽幹事として名を連ねることで、一方的な議論の進行を防ぐ事に尽力している。しかし依然、推進派がひな壇(会議の座席の会長、事務局長等取り仕切りをする者が座る席)を占めることには変わりなく、初めに結論ありきで座長一任、交渉参加が決定などという、反民主的な採決が決して行われることがないよう全ての会合に1番前に陣取り眼を光らせている。

(TPPの誤った理解)
 TPPについては、既にご存知な部分も多いかと思うが、マスコミ等では「農業対輸出産業」に特化されて報道されるだけで、伝えられていない事実が多くある為、再度簡単に説明したい。
  TPPは、そもそも小さな4カ国、チリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4カ国(P4と呼ばれる)で、2006年に発効した。この P4は、当初ほとんど注目も浴びていなかったが、そこに、オバマ大統領が2009年11月14日、日本のサントリーホールの講演でTPPへの参加を突然表明したことから、俄然注目を集めることとなった。翌2010年、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが相次いで参加を表明し、3月にオーストラリアでTPP拡大の初会合を持ち、現在9カ国で交渉が行われている。
まず、TPPについてよくある誤解の一番目は、TPPとFTA・EPAを同質のものとして捉えてしまっていることである。韓国が米国やEUとFTAを締結したが、これに焦った経済界がTPPに参加することにより、貿易の拡大、韓国との競争に負けないようにするという。FTA・EPAとTPPが同じ横文字で似ているために、単純に貿易協定の種類と捉えられているがとんでもないことである。FTA・EPAは、二国間それぞれの都合に配慮しつつ、関税を残しながら、両国の貿易拡大を図るものである。一方TPPは10年後に加盟国間の関税を全てゼロにするだけでなく、それぞれの非関税障壁までも完全排除し、なお且つ日本に根付いている制度そのものとアメリカ流に変えていこうというものである。いわば、多国間で交渉される構造協議なのだ。

(関税ゼロの悲劇)
関税がセロになるということは、他でもなく日本は丸太や製材の関税撤廃で経験している。詳細は省くが、1955年に94.5%あった木材の自給率は、2000年には20%を割ることとなった。今、日本の山の木は、安い外材のあおりを受け、切り出すと逆に赤字になるため、完全に放置されている。林業で生活をしていた里山に暮らす人たちは生活できず、どんどん山を下り、限界集落化していった。手入れをする人がいなくなった山は荒れ放題である。まさに関税ゼロの悲劇に他ならない。

(構造改革の恐怖)
また、構造協議の恐ろしさは、日本は日米構造協議で、日本の系列、排他的取引慣行、内外価格差、土地制度とか、全ての日本の仕組み自体について次々に俎上に載せられた。その結果、大店法が改正され、地方の商店街がシャッター通り化する元凶となった。今回は、9カ国から様々な注文がつけられることになる。現在指摘されているのでは、医療、食品の安全、公共事業への参入、郵貯への介入などが挙がっている。
つまり、FTA・EPAなどの通商交渉や貿易交渉では絶対に対象にならない、国内構造(政策や規制)すなわち日本の社会・経済システムそのものまでが対象とされるのである。

(報道の矮小化)
どういった理由か、この点に触れるマスコミは少ない。TPPは農産物の関税をゼロにすることにより農業団体からの強い反発といったことに終始矮小化され、TPPの交渉に参加するか日本の農業を守るかといった二極対立に焦点が移りすぎている。前述したが、その部分も大切な点ではあるが、TPP交渉の作業部会は24部会あり、農業はその1つの部会の1産業の案件に過ぎないのだ。日本がいままで大切にしてきた仕組み、しきたり、よき商慣習、これらがこの24の部会の検討項目に上がらないはずはない。

(「大輸出産業 対 地方」の戦い)
TPPの議論は「大輸出産業 対 地方」である。関税ゼロにより、日本の輸出金額は一時的に上がることはあることはあるだろう。しかし、輸出産業が地方の農林水産業、地域社会をバラバラにしてまで儲けたお金は、地方の限界集落に還元されるだろうか。そんなことは絶対ないと断言できる。また、輸出産業が儲けたお金は、国内の地方の工場に投資されるだろうか。これもまた怪しい。海外の金融商品や海外の工場への投資になるかも知れない。日本の雇用状況は更に悪化するだろう。地方の人たちは、第一次産業を失い、地域の工場も海外移転され、どうやって仕事をし、どうやって稼ぎ、どうやって生きていけばいいのだろうか。そもそも、その輸出産業自体も、自らまいたタネで地方の需要が激減する部分を、どうやって補うつもりなのか。自らの首を絞めることになるのではなかろうか。
 現在、これらTPPの問題点を指摘し、関連する「反原発」の意見をまとめた本を執筆中である。
出来上がり次第、上梓したいと思っている。