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TPPシリーズ2.TPPで考える、アメリカの戦後の日本の食生活大改造の恐ろしさ 11.10.31

  アメリカは恐ろしい国である。もちろん長期戦略を造り、それに基づいて着々と手を打ってくる。
 日米修好通商条約以来、手なずけてきたはずの日本に牙を剥かれてびっくりしたのが第二次世界大戦である。
アメリカはやはり、国民がモンロー主義よろしく戦争に反対な中、意図的に日本を苛立たせ、先に攻撃させ日本を悪者にし、やむを得ず「リメンバー・パールハーバー」を国民に植え付けるために練られたとも言われている。

(強い軍人が育たない日本に改造)
 何よりも「天皇陛下万歳」と叫びながら突入してくる日本兵の勇猛果敢さに度肝を抜かれ、なぜそのような日本人ができるのか、秘かに研究を始めている。その一つの成果がルース・ベネディクトの『菊と刀』である。よく知られていることだが、日本に一度も来たことがないのに書き上げたのだ。
 従って、占領政策の大切な目的の一つが、簡単に言うと、日本人をもっと軟弱にすること、つまり、命を捨てて敵に向かってくる恐ろしい軍人を作れないようにすることであった。そして、二度と帝国海軍や陸軍を作れないようにしたのである。占領政策というと、財閥解体等が真っ先に浮かぶが、教育制度改革に力を入れた。出身地別の軍隊になっていたが、どこの師団が強力か承知しており、特に勇猛に戦った仙台、熊本、金沢等は有能な人を送り込んで、解体に取り組んだ。
 しかし、これがいかにもアメリカ的であるが、精神の解放を旗印にしたアメリカ教育使節団も、総合高校制、小学区制、男女共学等の大原則はあったものの、実行はそれぞれの担当の軍に任された。そのため、下記のように高名や統合振りが各県まちまちとなった。例えば、仙台は男女別学を許し、京都は統合高校が厳しく実施され、今日にいたっている。

(各地の高校名も変える)
 私の身近には、長野市にいっぱい高校があるのに、一つだけに長野高校という名前がつけられるのは非民主的だとして、長野北高と変えさせられている。松本高校も松本深志、松本県ヶ丘、松本蟻ヶ崎と平等に扱われた。各地の高校が立派な人材を輩出しており、それをもとに団結しているのでその基盤を崩しにかかったのである。その後、長野では長野高校OBが運動して北をとり、長野高校に戻してしまったが、同じ長野でも松本や諏訪(清陵、双葉等)はそのまた下に地名をつけた高校名になっている。しかし、この名前の差の由来を知る人も今は少なくなっている。

(アメリカが全面援助した生活改善技術館)
 もう一つ強力に進めたのが農村の民主化である。アメリカは、農村出身の兵士のほうがずっと都会育ちよりもずっと上官の命令に忠実であり、戦い方も強烈なこともよくわかっていたからである。そこで、自ら金を出し力を入れていたのが、今は消えてしまった「生活改善普及事業」である。アメリカ大使館がホテルオークラの反対側にあるが、この間の道を六本木側に行くと右に曲がらないとならないが、その突き当たりに「生活改善技術館」があった。そこは、全国に1200人ほどいた生改さんが研修に来て集う場所だった。アメリカは土地も建物も自ら供給したのだ。これほどまでに母親の民主的教育にも力を注いだのは、2度と再び強い軍人を育ててもらいたくなかったからだ。生活改善館長はアメリカ留学し英語がペラペラの山本松代さんが17年も務めている。もちろんGHQのご指名だった。

(余剰小麦・乳製品のはけ口)
 教育改革は日本人の思想なり考え方を変えることであったが、もっと徹底したのは、日本人の胃袋を変え、アメリカの余剰食料のはけ口にするという商売、すなわち経済的利益の追求だった。
 アメリカやEUは今もそうだが、余剰農産物の処理が大きな課題である。この点でもアメリカは狡猾である。国際協力、国際貢献の衣をまとい、余剰小麦、乳製品を世界に売り込もうとしたのである。1954年、PL480法(通称:余剰農産物処理法)によりアメリカ政府の援助を受け、アジアを標的にしてパン食を普及するという遠大な計画である。戦後はいずれの国も食糧難にあえいでいた。日本ばかりでなく、韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、タイと東南アジアの国々すべてに働きかけた。しかし、これらの国は食料がのどから手が出るほど欲しかったのに、いずれも拒否したのである。

(池田首相のとんでも発言の意味)
 時の大蔵大臣池田勇人は「貧乏人は麦を喰え」と放言し、マスコミを賑わした。当時は、生産者米価・麦価も消費者米価・麦価も政府によって決められており、食管法の下、米麦は生産者から高く買い入れ消費者に安く売り渡し、いわゆる「逆ざや」が生じる価格支持政策をとっていた。ところが、これも今と同じだが、アメリカ産小麦はずっと安く、消費者麦価はそれよりも高くなっており、「順ざや」が生じていた。池田蔵相は、安いアメリカ産小麦をたくさん消費すれば、順ざやを稼ぎ、国家財政に寄与するということを言いたかったのである。言ってみれば、順ざやは麦専用の消費税のようなものであった。
 かくして、日本の伝統的食生活や農業生産よりも時の財政を重視し、安い小麦と引き替えに大事なもの、すなわち日本型食生活をアメリカに売ってしまったのである。そして導入したのが、学校給食へのパン食である。

(キッチンカーと映画による洗脳)
 アメリカの売り込みはすさまじかった。全国にこれまたアメリカ業界団体が全面的に援助しキッチンカーを造り、アメリカ型生活の大々的宣伝が行われた。中心は、厚生省であり生活改善普及協会という団体だったが、上述の生活改善普及員も手足となって活動した。アメリカはちゃっかり見返りに実をとっているのだ。長野県の片田舎まで来たのかどうかは知らないが、私が明確に覚えているのは、小さな体育館で見た教育的映画である。毎日たくわんとみそ汁の食生活をしている田吾作さんが、やせて農作業に力が入らないのに、パン食の人は筋骨隆々で元気だという映画であり、今考えるとここまでやるのかということを子供ながら考えたものである。
 パンの学校給食を導入したのは、私が小学校3年生のときであった。1個5円のアンパン、10円のクリームパンは高嶺の花で、買ってもらえなかった。だから私は、パンを毎日食べられるのかと興奮し期待した。

(頑固者の正論、米飯給食)
 ところが、1人えごっ玉(文句ばかり言う人)がいた。曰く、皆んな百姓で米を作っているし、毎日朝ごはんを炊いているので、パンなんておかしい。おかずが粗末で隠して食べている子供がいては可哀相だから、おかずだけ学校で作ればよい。自分の娘には弁当を持たせる。この頑固者の父親も娘の説得に負けて、一人だけ弁当という事態は避けられた。ところが、この頑固親父の正論が、米余りになって米飯給食の導入という形で30年後にやっと実現する。当たり前のことなのに、日本では正論が無視される。
 当時は、農村が貨幣経済にそれほど取り込まれていなかった。数百円の給食費さえきちんと払えない人もいたのだ。給食当番ができた。盛り付けをする人をいうのではない。大半が農家だったので、家にある野菜を背中のカバンに対して前の風呂敷で首から下げ持って行かされたのである。現場調達であり、まさに地産地消をやっていたのである。今思うと、調理のおばさんも大変だったと思う。どこも同じ野菜しか作っていないので、明けても暮れても茄子とキュウリだけという時もあり、大根と白菜だらけというのもあった。そのうちパンにも脱脂粉乳にもあきておいしいとは思わなくなった。

(再び繰り返す過ち)
 日本のアメリカに言われて素直に従う姿勢が立派過ぎるのだ。私がなぜこの件を持ち出しているかというと、日本の際立った従順な対応が、戦後66年も経ったのにいまだみられるからである。TPPについて、韓国、フィリピン、インドネシア、台湾はアメリカの余剰小麦を拒否したのと同じように参加していない。それをまた日本だけがノコノコと入ろうとしているのだ。間違いの歴史は繰り返されるのである。

(伝統重視のフランスと何も気づかない日本)
 私は、この件について、1992年パリのOECD代表部勤務時の同僚たちと議論をしたことがある。同僚の1人が、東南アジアの近隣諸国との差について、日本は敗戦国だからアメリカの要求を受け入れざるをえなかった、ともっともらしく弁護した。私は次のように反論した。
それでは聞きたい。仮にフランスが戦争に負けて食糧不足に陥っている。アメリカに大量の余剰米がある。アメリカがフランスに米飯給食を導入したらどうかと言われ、フランスの大蔵大臣が貧乏人は米を喰えとのたまい、おめおめと米飯給食を導入するか。その同僚は沈黙した。答は明らかにNOだからだ。
 世界の主食も地産池消なのだ。隣国なのにフランスはフランスパンを食べ、イタリアはパスタ類を食べる。なぜか。私の娘は「お父さんそんなこともわからないの。フランス人はパンが好きで、イタリア人はスパゲッティが好きだからよ」と教えてくれたが、事実は異なる。硬水の多い土壌のフランスではパン用の小麦がよくでき、火山灰土壌のイタリアでは麺類にしかむいてない薄力粉しかできないからなのだ。同じように火山国の日本もパン用小麦はできず麺用小麦しかできない、だから、うどんやそばが気候と風土にあった食べ方なのだ。

(フランスの食生活を教える学校給食とひたすらケチる日本)
 フランスの学校給食費は約2万円である。日本は5000円に満たない。これをフランス人に言うと、高級ブランドを買い漁る金持ちの日本人が、子供の健康のもとになる学校給食費をケチるのかと質された。いまだ子供たちに先割れスプーンという便利なものを使わせている。それに対し、フランスは子供用のスプーン、ナイフ、フォークをちゃんと揃え、前菜(オードブル)、主菜、デザートときちんとしたフランスの伝統的食生活を小学校の頃から叩き込んでいるのだ。自国の食料なり食生活を守っていくことについて、政府も国民も一丸となって取り組んでいる。
 この延長線上に、反グローバリズムの旗手になったジョゼ・ボベがいる。フランスの田舎のミロでフランスの食文化を侵略する象徴のマクドナルドの店を襲撃し、器物損壊罪で裁判沙汰になった。しかし、フランス国民は彼を全面的に支持した。

自国のものを大切にせず、アメリカの意のままに変えられるのを放置するばかりでなく、自ら進んでその傘下に下ろうとしているのが、日本のTPP交渉への参加なのだ。愚かなことは止めなければならない。