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TPPシリーズ6.自由貿易・国際分業論を捨てグッズ・マイレージの縮小を-11.11.5

 環境の世紀21世紀には、環境に優しい生き方をしなければならない。その具体的な例が、物の輸送をなるべく少なくすることだ。なぜならば、物の輸送には必ず、CO2の排出が伴うからである。

(現地生産は環境上もコスト面からも当然の帰結)
 自由貿易というのは一種のイデオロギーになっていて、これは絶対的善で、これはしなければいけないという強迫観念に駆られている人たちが大半である。自由貿易というのはなるべく貿易量を増やす、このことにつきている。それに対して、貿易量はなるべく少なくし、人の行き来や、技術の交流、知識の交流は増やすべきだけれども、その国に必要なものはその国でなるべく作るというほうが理にかなっている。
 この問題は今やもう解消しつつある。ホンダの車もトヨタの車も現地生産をし、現地でもって調達されている。輸送コストを考えたら当然のことである。最近の企業の海外移転は、日本の法人税が高すぎる、賃金が高すぎるからなどと言われるけれども、最終消費地の一番近くで製品化するのが一番安く、特に輸送コストが安くなっているということを考えると理にかなっている。従って、TPPで相手国の関税をゼロにしたり、人件費の差が少々縮まったり、投資をしやすくしたりしたところで、海外移転を食い止められるわけではない。

<フード・マイレージからグッズ・マイレージ>
 私は食べ物の世界で「地産池消」そこで獲れたものをそこで食べる、「旬産旬消」そのとき獲れたものをそのときに食べることを主張してきた。そして、前者を計量的にバックアップするものとして、フード・マイレージという概念を使い始めた。韻を踏んで、木材の貿易に関わるウッズ・マイレージ、そして、全ての貿易に関わることがグッズ・マイレージと主張を広めている。環境に優しい生き方をするのは、これらのマイレージをなるべく少なくするのが理にかなっている。
 農業の場合は新鮮さ、ポストハーベスト農薬等を考えても、あるいは冷凍・解凍に伴う無駄なエナルギーを使うことを考えても、そのときその場所でできたものを食べるのが一番いいとうのはすぐにわかるはずである。

(加工畜産・動物工場は長続きせず)
 TPP推進論を説く経済学者や評論家が決まって言うことがある。さすがに米等についてはあまり言わないけれども、園芸作物、あるいは中小家畜等に競争力があり、オランダと同じように輸出国になれる。オランダは日本よりも面積が狭いのにもかかわらず、世界第2の農産物輸出国だ。日本もTPPに参加し、その技術力を活かしてオランダ型農業を目指すべきだというご高説だ。
 オランダは、飼料作物を山のようにアメリカから輸入し、農場を工場代わりにして、肉や卵や牛乳を加工生産する。しかし、その結果、家畜の糞尿の処理能力を超え、いつでもどこでも牧場の匂いがする国となっている。取り返しのつかない土と水の汚染である。残念ながら南九州の一部ではオランダと似た状況になりつつある。そのように国土を汚してまで加工畜産をやる必要があるのか。答えは明らかにNOである。
 農業というのは、自然に働きかけて、人間の都合のいい食べ物を分け与えていただく、まさに「いただきます」の精神でやらなければいけないものだ。生産にしろ消費にしろ、日本人はもう少し原点に立ち返って、倫理的なことも考えていかなければならない。小さな日本に1億2800万人がひしめいて暮らしている。一にも二にも日本人に食料を、そして美しい景観を維持することを考えて農業生産をするのが王道である。

(イギリスの空輸シール)
 CO2を大量に排出して運んだ輸入木材を使って作った家に住むのは、環境上好ましくないはずである。しかし、日本には残念ながらそこまで考える人は少ない。ところが、環境先進国イギリスはナショナルトラストを始めただけではない。食べものの世界で、空輸された場合、空輸シール(Air Freighted)を貼り、「あなたは、これだけ環境を汚して海外から送られてきたものを、それでも食べるのですか」と警告を発している。日本人の常識では、店主が貼るのを拒否するだろう。理想は、そんな罪深い食べ物を販売すべきではないのだろうが、イギリス流の妥協の産物で判断を消費者に委ねているのだ。
 これを更に一歩進め、私は環境によくない運ばれ方をした材木ということで、輸入制限をしてもいいのではないかと考えている。これは何も材木に限ったことではない。世界中で環境保全するためには、国内の環境税だけでなく、国際的にこそ環境税をかけていくべきなのだ。なぜなら、国際交易のほうがずっとCO2の排出が多いからだ。つまり、グッズ・マイレージへの課税を考える時期がくるかもしれないということだ。

(企業の海外移転はグッズ・マイレージ削減の結果)
 企業の海外移転は紛れもなく、コスト削減のために行なわれている。その上で結果としてこのグッズ・マイレージを少なくし、輸送に伴うCO2の削減という副次的効果を生んでいる。前述のように法人税やそういった問題ではないのである。消費者の一番近くで最終製品をつくる。これが一番コストが少なくなる。日本が原材料を輸入し、それを加工して製品を造り、輸出するというのは、技術格差や人件費格差が相当にある一時のことにすぎない。かつての日本の花形輸出品である繊維製品は、1960年代にはアメリカを日米繊維交渉で悩ませたけれども、今や日本から消えている。その時にアメリカの交渉担当者は、日本もすぐにアメリカの傷みがわかるようになると予言している。今、テレビやカメラや家電製品までも、東南アジアや台湾、中国で作られているのと同じように、いずれその最終消費地の国で作られるようになっていく。従って、いつまでも日本だけが貿易立国というのはあり得ない。それをまだ在りし日の夢を追って、自由貿易自由貿易と唱えているほうが時代遅れでおかしいということになる。日本には、環境の世紀21世紀にふさわしい行き方こそ求められているのだ。

<加工貿易国はゴミだらけの運命>
 私はこのことを、2001年5月15日の朝日新聞 私の視点「地産池消で循環型社会を」で明らかにした。フード・マイレージという言葉もそのとき始めて使った。日本は世界一の輸出国であると言われているけれども、それは金額ベースであって、物ベースでいうと、7億トンを輸入し、1割の7千万トンしか輸出していない、6億3千万トンが日本の空気や、水、土地に残されている。圧倒的輸入大国なのだ。これをニュートラルにするには、例えば飼料作物の運搬船に日本の糞尿を積み、中西部に戻って撒いてもらわないとならないことになる。さもなければ、日本は窒素過多になり、飲み水さえも汚されてしまうことになる。つまり農業はオランダ型の畜産が長続きしないのは勿論、今の日本の加工畜産さえ長期的には問題なのだ。
 その延長線上で考えると、ゴミ問題が一番深刻化したのは、愛知県名古屋市だと言われている。理由は簡単である。浜松も含めた中京地区が、遅れてきた高度経済成長地域であり、一番大量の原材料が名古屋近辺に運び込まれているからだ。したがってゴミも大量に出て、そのゴミの行き場所がなく、岐阜県の山の中に捨てられることになる。そして、とうとう三崇町長がゴミ問題で狙撃されたりする事件が起こることになる。これを同じように言えば、ゴミ・マイレージということになる。ゴミの輸送コストなど尚更少なくしなければいけない。東京近辺の千葉、神奈川、埼玉などの農地がゴミ捨て場として狙われているのも、ここに原因がある。

環境に優しく生きることこそ、21世紀の世界共通の理論であるとしたら、自由貿易・国際分業論に代わるべきルールは、グッズ・マイレージを少なくすることではないだろうか。