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京都議定書延長不参加で新エコノミック・アニマルに成り下がった日本-11.12.28-

<首の皮1枚でつながったCOP17、京都議定書>
 12月11日、南アフリカのダーバンで開かれていた国連の気候変動枠組み条約の第17回 締約国会議(COP17 )は、地球温暖化防止に取り組む国際協力体制を大きく転換する節目となった。
 新しい枠組みは、2012年末に期限を迎える京都議定書の下で、温暖化ガス削減義務を負っていない中国やインドなどの新興国や、議定書から離脱したアメリカも参画を約束しており、これが実現すれば、温暖化ガスの7割近くをカバーする協定となることになっている。その意味では一歩前進である。
WTOと同様に失敗に終わることも危惧される中、新しい枠組みの中身は決まらず、問題を先送りにしたということも言われているが、ここで日本の変な対応が目立った。

<不可解な日本の京都議定書延長不参加>
 国際条約には、よく開催国なり開催地の地名をとったものがある。残念ながら日本のものは数少ないが、その一つが1997年日本がリードしたCOP3京都議定書である。ところが、日本は、前回のカンクン合意以来、CO2の排出の半分を占める上位3か国、中・米・印が参加しない約束は無意味だと主張し始め、今回第2約束期間が設定されてもそれには加わらないと表明してしまった。それにロシアも同調し、カナダも呼応する形でアメリカ同様離脱を表明した。3ヶ国ともいつものとおり、NGOからダメな国に贈られる「化石賞」2位をもらっている。
 感心するのはEUである。京都議定書に踏みとどまり、削減義務を負いながら約束を履行していくことになっている。NZ、豪州、ノルウェーといった健気な国が続いている。

<新エコノミック・アニマル、日本の地に落ちた評判>
 「国際的な任務を果せ」、「環境の世紀」だと言われるけれども、日本は自国の経済成長にばかり目が行くようになり、再びエコノミック・アニマルになってしまった。
 鳩山政権が発足当初、「CO2を2020年までに1990年比で25%削減する」と国際舞台で宣言し、各国から喝采を浴びてから2年ほどしか経っていない。それを、この目標も地球温暖化防止法案から削除などと言い出した。菅前総理もフランスのドービルで開かれたサミットにおいて、再生可能エネルギーや省エネルギーに全面的に取り組むことを宣言している。その舌の根も乾かないうちに、ダーバンでは細野環境相が京都議定書の延長に不参加という日寄った態度を示し、世界の環境関係者からは冷たい視線を浴びてしまった。日本では、米倉経団連会長に歓迎されているが、産業界に褒められる姿勢など、環境省には不名誉この上ないことなのだ。

<アフリカ、島しょ諸国にとっては死活的問題の地球環境温暖化防止>
 自分の国の地名のついた条約から、その国が離脱するようなことはあってはならないことである。日本が、先進国のみに排出削減義務を課した京都議定書の単純延長に反対するのは、公平性からみても実効性からみても一理ある。しかし、当初より「先進国と途上国の共通だが差異ある責任」が原則であり、アメリカも削減義務を負うから、中国、インド等新興国も負うべきだと、両者の溝を埋める努力をするのが、COP3開催国日本の役割のはずである。それを進んで不参加を表明してしまうのは、無責任すぎるのではないか。
 これで、大半の国が2020年まで拘束力のある削減義務も負わない状態が続いてしまう。2度上昇に抑えるという目標を早く達成しないと、ツバル等の島しょ国は海面下になってしまい、アフリカでは農業生産が半分以下の国も出てくる。渇水が国際紛争の種になり、シロクマも解氷により生息地を奪われ、アマゾン川流域も乾燥してしまう。地球温暖化防止は「待ったなし」なのだ。

<TPPなどよりずっと緊急度の高いCOP>
 貿易の自由化という、前世紀の遺物めいたことと緊急度が異なるのだ。超大国が核の拡散には異様に熱心なのに、地球温暖化防止に何の手も打てないのは怠慢である。地球温暖化は人類や地球生命の将来にとっては、核による放射能汚染よりも重大な危機をもたらすかもしれず、呑気なことを言っていられないのだ。
 世界の貿易ルールを司るWTOは、ドーハラウンドが頓挫してしまい、二国間のFTAや地域貿易協定に走り出した。しかし、貿易問題など欲の皮の突っ張った国、アメリカや日本のどうということのない揉め事であり、TPPなど日本に害はあっても益はほとんどない。それに対し、地球環境問題、特に温暖化は全世界が一つにならなければ阻止できない。

<国際連帯税がピタリの「緑の気候基金」(GCF)>
 日本も東日本大震災・原発事故でてんやわんやだが、欧米諸国も財政危機で環境外交に力を注ぐ余力がない。途上国向けに1000億ドルの「緑の気候基金」の発足が決められたものの、資金的裏付けは不明確だという。日本も経済状況はよくないし、かつてのように大盤振舞はできないが、国際連帯税(国境を越えて展開される経済活動に課税し、それを途上国に活用する。航空券連帯税、通貨取引税、武器取引税等がある)の導入を主張し、マネーゲームで世界を混乱させている国や投資家に鉄槌を加える一方で、途上国に一肌脱いでもよさそうなものである。
 もとはと言えば、京都議定書のまとめ役は、アメリカのゴア副大統領だった。それを2001年に離脱している。アメリカは勝手に振舞っては世界を混乱させている。こういう時こそ日本の出番と思うが、ここでもアメリカ追従の姿勢が変わらなかった。

<TPPでルール作りに参加といい、COP17で逃げる弱腰日本>
 TPPに入るのはルール作りに参加するためだといいつつ、環境外交ではさぅぱりルール作りなどに動かず、日本の経済的利益のみを追い求めて、さっさと不参加表明である。EUが小島嶼国連合や後発開発途上国の肩を持ち、京都議定書の第2約束期間の合意に向けて共同歩調をとっているのと比べると好対照であり、日本の評判を一段も二段も下げたことが伺える。2013年以降何の約束もなくなり、資金支援について何も積極的な役割を果せなかったのだ。
 上述のルール作りへの参加を旗印に、入らなくてもいいTPPに、カモがネギを背負い、鍋まで持ち込み、炭まで持って入っていこうとしているのだ。どう速やかにアメリカの手続きが進んでも、日本が交渉に参加できるかもしれない来年6月頃にはルールはすっかりできあがり、日本は受け入れるか、拒否するかだけしかできない恐れがある。
 留まるべき京都議定書に留まらず、入らなくていいTPPに入ろうとする日本のこの矛盾した対応というのは、どのマスコミも評論家諸氏も比較して論じていないのが不思議である。
 あちこちで都合いい言訳をするだけで、世界をリードするルール作りなど参加しようともしない日本の外交の罪は重い。

<もってのほかの原発輸出>
 前回のブログでも触れたが、税制においても自動車二税を廃止し、自動車をもっともっと売ろうという姿勢が見え見えである。その一方で、環境税(地球温暖化税)はまだ導入できないでいる。環境などそっちのけで経済活動にだけ専念し、まだまだ経済成長を捨てきれずにいる日本というのは、世界から見ると、なんという国だろうと思われているに違いない。
 挙句の果てに、福島第一原発事故を起こし、終息の目途もたっていないのに、外国に輸出するというのだ。日本のように技術水準の高い国でも事故が起こるのだから、と肝を冷やし、原発を2020年までにすべて廃止すると決定したドイツからみると、とても正気の沙汰とは思えないだろう。環境などそっちのけで自国の経済的利益だけに汲々とする姿に批判の眼が向けられて当然である。
 環境外交や核(原発)外交における日本の地に落ちた評価がこの先心配である。