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2011年12月28日

京都議定書延長不参加で新エコノミック・アニマルに成り下がった日本-11.12.28-

<首の皮1枚でつながったCOP17、京都議定書>
 12月11日、南アフリカのダーバンで開かれていた国連の気候変動枠組み条約の第17回 締約国会議(COP17 )は、地球温暖化防止に取り組む国際協力体制を大きく転換する節目となった。
 新しい枠組みは、2012年末に期限を迎える京都議定書の下で、温暖化ガス削減義務を負っていない中国やインドなどの新興国や、議定書から離脱したアメリカも参画を約束しており、これが実現すれば、温暖化ガスの7割近くをカバーする協定となることになっている。その意味では一歩前進である。
WTOと同様に失敗に終わることも危惧される中、新しい枠組みの中身は決まらず、問題を先送りにしたということも言われているが、ここで日本の変な対応が目立った。

<不可解な日本の京都議定書延長不参加>
 国際条約には、よく開催国なり開催地の地名をとったものがある。残念ながら日本のものは数少ないが、その一つが1997年日本がリードしたCOP3京都議定書である。ところが、日本は、前回のカンクン合意以来、CO2の排出の半分を占める上位3か国、中・米・印が参加しない約束は無意味だと主張し始め、今回第2約束期間が設定されてもそれには加わらないと表明してしまった。それにロシアも同調し、カナダも呼応する形でアメリカ同様離脱を表明した。3ヶ国ともいつものとおり、NGOからダメな国に贈られる「化石賞」2位をもらっている。
 感心するのはEUである。京都議定書に踏みとどまり、削減義務を負いながら約束を履行していくことになっている。NZ、豪州、ノルウェーといった健気な国が続いている。

<新エコノミック・アニマル、日本の地に落ちた評判>
 「国際的な任務を果せ」、「環境の世紀」だと言われるけれども、日本は自国の経済成長にばかり目が行くようになり、再びエコノミック・アニマルになってしまった。
 鳩山政権が発足当初、「CO2を2020年までに1990年比で25%削減する」と国際舞台で宣言し、各国から喝采を浴びてから2年ほどしか経っていない。それを、この目標も地球温暖化防止法案から削除などと言い出した。菅前総理もフランスのドービルで開かれたサミットにおいて、再生可能エネルギーや省エネルギーに全面的に取り組むことを宣言している。その舌の根も乾かないうちに、ダーバンでは細野環境相が京都議定書の延長に不参加という日寄った態度を示し、世界の環境関係者からは冷たい視線を浴びてしまった。日本では、米倉経団連会長に歓迎されているが、産業界に褒められる姿勢など、環境省には不名誉この上ないことなのだ。

<アフリカ、島しょ諸国にとっては死活的問題の地球環境温暖化防止>
 自分の国の地名のついた条約から、その国が離脱するようなことはあってはならないことである。日本が、先進国のみに排出削減義務を課した京都議定書の単純延長に反対するのは、公平性からみても実効性からみても一理ある。しかし、当初より「先進国と途上国の共通だが差異ある責任」が原則であり、アメリカも削減義務を負うから、中国、インド等新興国も負うべきだと、両者の溝を埋める努力をするのが、COP3開催国日本の役割のはずである。それを進んで不参加を表明してしまうのは、無責任すぎるのではないか。
 これで、大半の国が2020年まで拘束力のある削減義務も負わない状態が続いてしまう。2度上昇に抑えるという目標を早く達成しないと、ツバル等の島しょ国は海面下になってしまい、アフリカでは農業生産が半分以下の国も出てくる。渇水が国際紛争の種になり、シロクマも解氷により生息地を奪われ、アマゾン川流域も乾燥してしまう。地球温暖化防止は「待ったなし」なのだ。

<TPPなどよりずっと緊急度の高いCOP>
 貿易の自由化という、前世紀の遺物めいたことと緊急度が異なるのだ。超大国が核の拡散には異様に熱心なのに、地球温暖化防止に何の手も打てないのは怠慢である。地球温暖化は人類や地球生命の将来にとっては、核による放射能汚染よりも重大な危機をもたらすかもしれず、呑気なことを言っていられないのだ。
 世界の貿易ルールを司るWTOは、ドーハラウンドが頓挫してしまい、二国間のFTAや地域貿易協定に走り出した。しかし、貿易問題など欲の皮の突っ張った国、アメリカや日本のどうということのない揉め事であり、TPPなど日本に害はあっても益はほとんどない。それに対し、地球環境問題、特に温暖化は全世界が一つにならなければ阻止できない。

<国際連帯税がピタリの「緑の気候基金」(GCF)>
 日本も東日本大震災・原発事故でてんやわんやだが、欧米諸国も財政危機で環境外交に力を注ぐ余力がない。途上国向けに1000億ドルの「緑の気候基金」の発足が決められたものの、資金的裏付けは不明確だという。日本も経済状況はよくないし、かつてのように大盤振舞はできないが、国際連帯税(国境を越えて展開される経済活動に課税し、それを途上国に活用する。航空券連帯税、通貨取引税、武器取引税等がある)の導入を主張し、マネーゲームで世界を混乱させている国や投資家に鉄槌を加える一方で、途上国に一肌脱いでもよさそうなものである。
 もとはと言えば、京都議定書のまとめ役は、アメリカのゴア副大統領だった。それを2001年に離脱している。アメリカは勝手に振舞っては世界を混乱させている。こういう時こそ日本の出番と思うが、ここでもアメリカ追従の姿勢が変わらなかった。

<TPPでルール作りに参加といい、COP17で逃げる弱腰日本>
 TPPに入るのはルール作りに参加するためだといいつつ、環境外交ではさぅぱりルール作りなどに動かず、日本の経済的利益のみを追い求めて、さっさと不参加表明である。EUが小島嶼国連合や後発開発途上国の肩を持ち、京都議定書の第2約束期間の合意に向けて共同歩調をとっているのと比べると好対照であり、日本の評判を一段も二段も下げたことが伺える。2013年以降何の約束もなくなり、資金支援について何も積極的な役割を果せなかったのだ。
 上述のルール作りへの参加を旗印に、入らなくてもいいTPPに、カモがネギを背負い、鍋まで持ち込み、炭まで持って入っていこうとしているのだ。どう速やかにアメリカの手続きが進んでも、日本が交渉に参加できるかもしれない来年6月頃にはルールはすっかりできあがり、日本は受け入れるか、拒否するかだけしかできない恐れがある。
 留まるべき京都議定書に留まらず、入らなくていいTPPに入ろうとする日本のこの矛盾した対応というのは、どのマスコミも評論家諸氏も比較して論じていないのが不思議である。
 あちこちで都合いい言訳をするだけで、世界をリードするルール作りなど参加しようともしない日本の外交の罪は重い。

<もってのほかの原発輸出>
 前回のブログでも触れたが、税制においても自動車二税を廃止し、自動車をもっともっと売ろうという姿勢が見え見えである。その一方で、環境税(地球温暖化税)はまだ導入できないでいる。環境などそっちのけで経済活動にだけ専念し、まだまだ経済成長を捨てきれずにいる日本というのは、世界から見ると、なんという国だろうと思われているに違いない。
 挙句の果てに、福島第一原発事故を起こし、終息の目途もたっていないのに、外国に輸出するというのだ。日本のように技術水準の高い国でも事故が起こるのだから、と肝を冷やし、原発を2020年までにすべて廃止すると決定したドイツからみると、とても正気の沙汰とは思えないだろう。環境などそっちのけで自国の経済的利益だけに汲々とする姿に批判の眼が向けられて当然である。
 環境外交や核(原発)外交における日本の地に落ちた評価がこの先心配である。

2011年12月20日

車を減らし、低炭素社会の見本を世界に示す - 自動車関連二税の議論で考えた長期ビジョン -11.12.20

 2012年度税制改正大綱が12月9日深夜にようやく決着した。担当副大臣がメンバーの政府税調と党税調との兼ね合い等が定まっていない中で、政策決定プロセスは徐々に固まりつつある。残るは消費税で、社会保障と税の一体改革について、年末に向けて議論が行われる。

<垣間見える自動車業界の尊大な態度>
 今回は、車体課税について、いろいろな議論が行われた。従来、消費税の増税前に二重課税になっている感のある自動車関連二課税をもっとスリムにという声があり、党税調は車体課税の廃止・削減一辺倒であった。昨今の歴史的な円高や、東日本の大震災以降の需要の低迷を考えると、むべなるかなと思う。しかし、自動車業界が今まで日本の産業界や経済を支えてきたのだから、大変な時期になった今は、エコカー減税の延長でもTPPの議論でも言うことを聞け、という尊大な態度が見え隠れするのに辟易する。

<自動車関連二税は痛み分け>
 自動車重量税(国税)は、乗用車の場合1.5トンぐらいが普通で大体4万5千円ぐらいかかるものだが、上乗せ部分が半減されれば1万円程度減税されることになった。道路に関する費用に充当する自動車取得税(都道府県税)は、市町村にも振り向けられ、自動車重量税も3分の1は市町村道の道路整備財源として譲与されていることから、自動車関連二税は地方自治体全体が恩恵に浴している。そのためこの改廃は、自動車業界対地方自治体という対立構造を生んだ。結局自動車取得税の廃止は見送られ、自動車重量税の上乗せ部分が削減されることになり、消費税のアップの時には、自動車取得税が見直されるということで、双方の痛み分けのような形になった。
 今の段階では仕方のない決着である。

<温対税を森林面積に応じて地方に配分>
 私は、その際、車関係者と地方自治体の2つの立場を考慮して2つの大局的な(?)意見を述べた。1つは、地球温暖化対策税(温対税)(環境税と呼ばれる)を、経産省と環境省でCO2の排出源対策にだけ使うのではなく、Good 減税、Bad 課税の原則に則って吸収源である森林対策に対しても使われるようにすべきだということである。自動車関連二税が、市町村道の延長及び面積に案分して市町村にも配分されるのと同様に、温対税についても、今度は森林面積に応じて各都道府県、市町村に案分するのがいいのではないか。それならば、森林率が90%近くで財源不足に悩む過疎村ほど多く配分され喜ばれることになる。

<自動車への課税TPPの対米交渉で決まる>
 自動車工業会によると、日本での自動車購入時に掛かる税負担は、アメリカの49倍だそうである。日本の対米輸出は152万台、逆の輸入が1万台という貿易不均衡を考慮すると、重量税は重いアメリカ車への差別だとして廃止しろと言ってくるのは目に見えている。そこで2つ目には、TPPに参加すれば、党税調ではなく、TPPの日米交渉により税率が決められる。つまり関税自主権だけでなく、こういった徴税権まで奪われる可能性があると警告した。

<1000人当り858台は多すぎないか?>
 しかし、私が本当に言いたいことは、もっと長期的な日本のビジョンである。
 日本にいったいどれくらい車があるか考えてみる必要がある。長野県の人口215万人に対して、自動車保有台数は185万台であり、人口千人に対して858台となり、1位の群馬県についで2位である。乗用車だけでも、130万台となる。50年前の人たちから見れば、信じられない車社会となっている。
 この結果どうなったか。地域公共交通機関は廃れ、特に鉄道の利用率ががた減りし、長野電鉄にみられるとおり、次々と廃線になっている。更に悪いことに、拠点ばかりは繋がる新幹線ができるときに、必ず併行在来線の手当てが問題になっている。

<農機具のムダと乗用車のムダ>
 農機具については一軒一軒で持つ必要はない、ムダなことをしている、とよく言われる。しかし田植えの時期も稲刈りの時期も一気にやってくる。だから協同で持ててもせいぜい3~4軒であり、10軒で田植え機やコンバインなどを共有することはできない。それを乗用車に当てはめてみると、1人で1台持っていたほうが便利には違いないが、通勤やレジャー以外にはほとんど使われておらず、1軒に4~5台は巨大なムダである。協同で使ったり、必要な時だけ使ったりする方法を考えればよいのだ。

<長期的には乗用車を減らす>
 もし日本の将来を考えるならば、今は自動車産業が大事だから減税するという後追い的なことではなくて、こんなに狭い日本で自動車が1人1台も必要かどうか、しかと考えてみることも必要である。より具体的には、自動車・乗用車は一家に1台までを無税にし、公共交通機関などはなからない中山間地域等は例外とし、2台目以上には重課税してもよいのではないか。子供手当てで3人目から上乗せするのとは逆である。
都市部であるならば、営業用でない私有の車の走行はなるべく押さえ、Light Rail Transit(LRT)で代替する。EUの都市では、都市部になるべく車を入れないようにするねらいで、LRTが徐々に導入されつつある。私は、京都に路面電車がまだある頃に、学生時代を送ったので、神社仏閣の塀も排気ガスで黒くするような都市にしたくないという別の思いもある。
 また、少なくともレジャーには必要という人には、その時にしか使わないのだから、レンタカーを安く使いやすくすればよい。フランスでは高速料金を高くし、TGVとレンタカーを安くして環境に優しい交通体系を築いている。それから、飲み会の帰り道に運転代行を利用するというのも、公共交通機関を全くなくしてしまった末の、ガソリンと深夜労働のムダ遣いである。時間外労働の問題等が多い代行システムを、見て見ぬ振りにしている交通行政は世界中にあるまい。

<乗り合いハイヤー(又はタクシー)も公共交通機関>
 それでは、長野県のような地方はどうするのか。できるだけ既存の地域公共交通機関を残すばかりでなく、まずは復活・拡充し、かつ安い料金とし、通勤とか病院通いや買い物にはそれを使ってもらうようにすべきである。世に鉄ちゃんや鉄子は多いが、私(農林水産政策研究所長時代)の部下に“駅舎オタク”がいて、長野電鉄の寂れた駅舎のファンなのだそうだ。私自身が通学で3年間お世話になった長野電鉄も、やはり危機に瀕している。一つの風物として定着している長野電鉄も支援したい気持ちでいっぱいなのだ。
 次に注目すべきは、ハイヤーである。過当競争がたたって採算が合わなくなり、全国の総台数は20万台に減ってしまった。逆にこれをフルに使って1軒で数台の車を持つムダを省ける。バスとハイヤーの間という意味で、乗り合いハイヤーを公共交通並みに使うことである。通勤・通学もどういう方向にどういう人たちが向かうのか解っているわけだから、ITを活用し、何人かをひとくくりにして通勤ハイヤーを走らせればよいのではないか。今、宅配便で効率的配車をしているのを真似ればいいだけなのだ。

<車に頼らない社会資本整備に方向転換>
 いずれ超高齢化社会を迎える。車があっても運転できない人が増えるのは時間の問題である、町の病院に通うのに乗り合いハイヤーで4~5人が一緒に行けば割安になり、車中のコミュニケーションもはずむことになる。そうすれば、長野県の乗用車保有台数は130万台から3分の1ぐらいに減らせるはずである。小さな日本、そんなに急がなくともよいし、日本を車や道路で埋めなくともよい。道路整備事業も大幅に減額できる。
 店も病院も何もかもが車を前提とし、競って広大な駐車場を造ったり、駐車場のできる郊外へと出ていき、それが中心市街地のシャッター通り化の原因の一つとなった。これからは逆に中心市街地に日常生活に必要な病院、役所、保育園等を集め、駐車場を抑制して公共交通利用で来なくてはならないようにすればすむことである。つまり脱原発ならぬ脱車社会が必要なのだ。

<財政再建も大切だが、地球環境を残すことのほうがもっと大切>
 今更、そんな不便な社会には戻れないと思うかもしれないが、やはり車の社会的費用は、宇沢弘文の指摘するとおり膨大なのだ。
 13億の中国人が日本人と同じように車を持ち始めたら、もう地球環境は破滅してしまう。かつて中国の朱鎔基元首相は、中国人が車をみな持つような国にしてはならないと心配していた。さすがは超大国のリーダーである、先を見ていたのである。日本のトップが数年先しか見ていないのと大違いである。財政再建で子供に借金のツケを回さないことも大切だが、それ以上に大切なのは地球環境を壊すことなく、子孫に残してやることなのだ。ところが、日本は当面の経済的やりくりのために、次世代を犠牲にしていることを忘れてはならない。
 日本は、大胆な政策転換をしていかなければならない。世界全体でCO2を抑え、環境に優しい生き方をしなければいけないというのなら、それなりに資金力もあり、技術力もある日本が率先垂範してやらなければなるまい。

<世界に低炭素社会の見本を示す>
 その意味では、自分の国の名前(京都)がついて議定書からの脱却は、私からすると目前の利益としか考えられない愚かな環境外交としか映らない。自分の国で怯えている原発を、平気で外国に輸出する無神経さと同等である。
 GDPの約80%を貿易に頼る韓国などに比べ、幸いにして日本の貿易依存率は15%にすぎず、内需でもっている国である。要は日本の中で回っていく仕組みに変えていけばいいだけのことだ。それでは、自動車業界が立ち行かないのではないかといわれるけれども、いつまでたっても自動車にしがみついているのではなく、新しい再生可能エネルギー分野の進出してもらえばいいのである。トヨタにしても、かつては織物機械で大会社となり、それが自動車に転換して世界的企業に成長した。同じことを今度は、環境に優しい技術と例えば再生可能エネルギーの分野で世界をリードしてほしいと願っている。
 世界中に車を輸出し、国内でも車だらけにした超車依存国日本が、車を減らし、環境に優しい低炭素社会を作り、世界に見本を示せば、さすが日本と尊敬されよう。

2011年12月13日

“皆川レポート”出版される「被災、石巻五十日。」-11.12.13-

 私が農林水産副大臣だった時の秘書官、皆川治が3月11日、石巻市で被災し、その後、石巻市役所を手伝いつつ、農林水産省に詳細なレポートを送ってきていたことは、以前ブログに書いた。被災地石巻の視察 -11.04.17-
 その皆川レポートが、今月ついに出版され、私も推薦文を寄せている。
 ご関心ある方には、ご一読いただければ幸いである。


皆川レポート2img039.jpg

<推薦の言葉>
 2000年に一度の大地震、そして津波、私の秘書官皆川治は岳父の葬儀で石巻市にいた。すぐ安否が気になり、携帯で無事がわかりホッとしたが、その後連絡がとれなかった。
 そして、再び連絡がついた時、私は即座に「石巻に残り、復旧・復興に専念せよ」と命じた。それから2ヶ月、未曾有の災害への対応に四苦八苦したことは想像に難くない。克明な「皆川レポート」は農林水産省の隠れたベストセラー(?)となった。現地の事情が手に取るようにわかるからだ。
 皆川秘書官の活動の記録は貴重な歴史として残しておかなければならない。それは幸運にも難を逃れた者の義務である。偶然巻き込まれた大震災の現場において、いかに志を持ち、真剣に対応したか、しかと読み取っていただければ幸いである。
                  衆議院議員(前農林水産副大臣) 篠原孝


アマゾンのサイトはこちら
「被災、石巻五十日。: 霞ヶ関官僚による現地レポート」皆川治 (著)

2011年12月12日

批准された米韓FTAの無効を求める韓国のデモ騒ぎ-11.12.12

 韓国の米韓FTAによる状況については、私が今執筆中の本の原稿(10月下旬)で「多分相当もめるだろう」と予想をしていた。理由は韓国民が何も知らされていない、知ったら大変な不平等条約であることに気がつく、反応が日本人よりもずっと過激で大騒ぎをする、ウルグアイ・ラウンドの決着時、ソウル市内に数百頭の牛を放ち、内閣が総辞職したりする国である。したがって、ただで済むはずがないと思っていた。予想どおり、今回も金先東議員(民主労働党)が催涙弾を持ち込む採決となった。これを契機として、批准された米韓FTAの無効を求めるデモが各地に広がっている。
 今回は、金議員と同じ韓国民主労働党の権栄吉議員においでいただき、慎重に考える会の第23回の勉強会を開催した。その話が、あまりに日本にピッタシ当てはまり、参考になることが多いので、その話をもとに韓国の動きを紹介する。

<米韓FTAに反対する民衆>
 今、韓国では米韓FTAに賛成した与党ハンナラ党の151名の名簿が出回り、嘲笑する歌ができ、皆に歌われている。デモはかつて農民や中小企業者が中心であったが、今は20代~30代の若者が入ってきているのが特徴である。キャンドル集会が連日、米韓FTAの無効を主張して開かれている。予想した以上の反対・抵抗である。
 さらに、驚くべきことは現職裁判官が、フェイスブックへの投稿で「骨の髄まで親米の大統領と官僚が庶民と国を売った日を忘れない」と書き、話題となった。これに対し、大法院長は不快感を示しマスメディアも批判したが、保守的な裁判官も含めた174名もの同僚裁判官が同調した。今や裁判官の中に、ISD条項(投資家に国を訴える権利を認める)が司法主権の侵害にあたるかどうか検討する作業部会を作るべきだという声が上がっている。日本では推進する野田総理も知らなかったことが、韓国では法曹界を巻き込み大問題となっている。
 更に、ソウル市長選挙の折に、朴元淳候補のサーバー攻撃をしたのが、ハンナラ党の国会議員だということがわかり、李明博大統領とハンナラ党は脳死状態であると言われている。

<これ以上のアメリカ化は認めず>
 裁判官も国民も怒るのは、米韓FTAが、韓国の制度をアメリカ化することにより韓国の法律や習慣を壊し、金融、医療、教育がことごとく崩壊してしまう恐れがあるからだ。
 医療について言えば、韓国では日本同様、保険証を持っているかぎり、どこでも治療を受けられているが、この制度も崩壊してしまう。また、アメリカの金融制度を取り入れることが韓国に寄与するかどうか甚だ疑問である。盧武鉉大統領は、リーマンショックをみて、米韓FTAを推進すべきでなかった、と生前明らかにした。(この時の与党がウリ党で今の野党民主党である。)
 南北経済協力の象徴の開城(ケソン)工業団地には、主として中小企業の工場が集まっているが、原産地呼称において北朝鮮がらみ故に韓国産とみなされず、米韓FTAの恩恵には全く浴さない。更に薬剤は、複製ができなくなり、約1兆ウォンの追加費用が生じることとなる。

<韓国の輸出はそれほど伸びず、アメリカのルールを押しつけられるだけ>
 自動車、電子部品、造船が韓国の三大輸出産業だが、造船については、アメリカは輸入国ではない。電子部品はもう関税が既になくなっている。
 アメリカの自動車の関税2.5%をゼロにしたところで、それほど利点はない。「現代」の自動車は、7割が既に現地生産されており、それほど利益が出ない。日本と事情が全く同じなのだ。しかも、再交渉の結果、関税ゼロが4年間先延ばしされている。逆に韓国の排気ガス規制も撤廃せざるを得なくなり、環境規制も弱められている。メリットがあるとしたら、部品の輸出だが、これとてアメリカは現地工場で造れと要求してくるに違いない。繊維と軽工業分野も本来ならメリットがあるが、開成工業団地が原産地認定されないためにほとんどメリットがない。
 アメリカの狙いは、韓国の農業とサービスで、150兆円(日本は1400兆円)の個人資産にも入ってきたがっている。韓国ポストは名指しで批判され、宅配事業もやめさせられている。(農業は1番の問題だが省略)

<大問題のISD条項>
 教育・医療がアメリカ化され、韓国で禁止している学校と病院の営利企業化がなされることも問題である。収益も本国に送金されるということになっている。アメリカ資本の営利病院ができても、利益率が極めて低いのは韓国の制度が悪いからだということで訴えられ、負けた場合は国が賠償金を払わされるISD条項が問題になる。
 世界銀行の国際仲裁センターで裁判を受けるが、世銀の指名した3人の審判官が審判し、1審制で不服審査の規定がない。北米自由協定は、この問題を多く抱えている。韓国では国家の主権が奪われ、全ての法律制度が変えられる恐れがある、と現職裁判官が反対している。
ISD条項の危険性は、民主労働党が国会質問で何度も指摘した。アメリカは常にアメリカの有利になる条約しか結ばない。医療、金融、サービスにアメリカの資本が入り込むことが狙いである。

<野党協力>
 盧武鉉政権下で、韓国は輸出で生きるしかないので、輸出拡大が必要だ、開放して生きるか鎖国して死ぬのかと議論された。GDPの70%近くを貿易に依存しており、開国に反対することはできなかった。
 前国会で、主に農村出身の議員等による超党派の国会非常事態対象研究会が持たれ、市民、専門家、労働者を中心に米韓FTA反対国民運動本部ができあがった。2010年6月には「新自由主義反対、米韓FTA反対」というスローガンの下、この国民運動本部と野党内の選挙協力が成立し、野党が選挙に勝利した。ソウル市長選挙でも全くこの図式が働き、朴元淳候補を当選に導いた。

<SNS民主主義>
 韓国では多くの若者が大学を卒業しても正社員になれないでいる。このためかSNSと呼ばれているパソコンで繋がるネットワークがあり、「SNS民主主義」と呼ばれている。政治には無関心だった20代から30代が中心の直接民主主義的な動きが大きくなっている。
 狂牛病の問題が吹き荒れた時、李明博政権は、一般の主婦は反対するだろうからと、学校給食で食べさせようとした。それに対して女子高校生がデモに参加し、自分たちを犠牲にするのかと立ち上がり、「キャンドル世代」と呼ばれている。
 ウリ党時代に法務部長官をした千正培議員と議長だった金槿泰議員の2人の民主党の有力議員がハンストまで行い反対している。米韓FTAでは、アメリカの要求で再交渉が行われた。今度は韓国側が再交渉を求める番かもしれない。

<強引なアメリカへの対応>
 アメリカは経済や軍事を超えて強引に政治同盟にしようとしている。アメリカの遠大な戦略がこの米韓FTAの根底にある。アメリカは対中国を意識し、TPPにより日本を取り込もうとしている。だから2002年日中韓がFTAの共同研究をし始めたところ、2004年にはアメリカ国務省は公式に反対を表明した。その点で日本が韓国と同じような混乱に陥らないためにも、これからも日韓は情報交換をし、共通な基盤の下で日韓協同して研究協力をしていく必要がある。
 日韓とも中国を念頭に置かなければならない。米中関係の悪化は、東アジアの利益にはならない。その意味では、日、米、韓がそろって中国に圧力をかけるのは、あまり得策ではない。TPPは米韓FTAと同じ内容になることが予想されており、また日本はその動きをみてから、慎重に対応するのがベストであり、TPPにばかり走るのは愚かとしか言いようがない。