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残念な大量離党 民主党の縮小 -胸が痛む加藤学議員の離党- (12.07.06を加筆修正) 12.07.09

<説得の電話で大忙し>
 私が、6月26日(火)の採決直前の代議士会で、「法案の担当者よりも汗を多くかいているのではないか」と発言し、何人かの皆さんから「わかっている」とエールをいただいたことは、既に前回のメールで述べた。しかし、それ以降も57人の反対・造反者、16名の私も含めた欠席・棄権者への電話や面談で大忙しであった。私の目的は民主党の分裂、縮小を避けること。このために再び全力を尽くすことになった。
 何人の人たちにも電話した。とは言っても次回の総選挙に、自らの選挙区のない比例単独候補と小沢一郎元代表の秘書等をやったりして「小沢命」というような人たちには電話は差し控えた。それ以外の人たちには全て電話し、数人には自ら部屋に出向き、話をして離党を思いとどまってくれるようにいろいろ話し合った。鳩山グループの造反者は、鳩山元首相も川内博史議員も離党はしないと明言しており、その分手間が省けた。繰り返しになるが、この人たちは、両院議員総会をきちんと開いていたら、造反しない人たちだったのだ。

<私の親しい友人が離党を思いとどまる>
 私の拙い説得のせいかどうかわからないが、小沢グループの45人の造反者のうち、7月2日の段階では5から6名が残ってくれることになった。名前を明かしていいと思うが、私の水産庁企画課長(1996年)以来15年以上の付き合いになる山田正彦・TPPを慎重に考える会の会長、長野5区の加藤学、1期生の時にずっと本会議ではとなりだった辻恵議員、そしてその友人で03年同期の中川浩議員、辻議員といつも一緒に行動している階猛議員、TPP・原発で心を同じくする橋本勉議員といったぐあいで、私が説得した周りの人たちだけが離党を思いとどまってくれたような気がする。
 しかし、離党を決意した者の一人が「篠原さんの一連の活動には感謝するし、できれば離党などしたくない。だけど、自分は全く逆に離党しようと呼びかける電話をかけている」と答える人もいた。そして、しばらく、政治全般、特に、民主党の将来について話し込んだ。離党の意思は固かった。民主党執行部のメチャクチャなやり方にさじを投げてしまったのだ。新聞論調とは違い、処分の重さはほとんど関係なく、反対して離党は覚悟の上だったことがうかがえる。

<絶妙な2ヶ月党員資格停止>
 そして7月3日、1期生議員の熊田篤嗣議員と福田衣里子議員の呼びかけで集まった、反対・棄権者のグループの会合が15:00から開かれていたところ、そこに処分の情報が寄せられた。原子力協定の棄権に対する対応もそうであったが、民主党の処分・措置は、大体ルール無視の高圧的なものが多い(注)。それを、今回は輿石幹事長と樽床幹事長代行が必死で考えて知恵を絞ってくれたのだろう。最近になくルールに基づいた、合法的な処分・措置であった。
 反対・造反者には、法案の数は論ぜず、一つでも反対したものは党員資格停止2ヶ月の処分、私のように欠席・棄権者には数に応じて、常任幹事会の厳重注意と、少ない人は幹事長の注意という措置だった。通常だと期間は6ヶ月、3ヶ月、1ヶ月が普通だが、厳しい処分をという党内の声を念頭におきつつ、9月の代表選の投票権を奪うことのないように配慮した微妙なものであった。例外は鳩山元首相で党員資格停止6ヶ月である。

<残念な加藤学議員の離党>
 これで少しは落ち着くかと思っていたところ、7月4日になって、思いがけないことが起ってしまった。足下の長野県の加藤学議員が突然離党届を出してしまった。その後、小沢グループの旗揚げが行われた会場に駆けつけ、遅れてすみませんと挨拶したという。翌日のマスコミは、昔の加藤紘一自民党幹事長の迷いをもじった「加藤の乱」と報じていた。誠に残念であるが、加藤議員も迷いに迷ったのだろう。前日の15:00からの「消費税研究会」の前身の会合には加藤学議員も出席しており、信濃毎日新聞には、近くに加藤学議員、遠くには鳩山元首相のその隣に私という写真が掲載されていた。
 私は、欠席・棄権であり、そんな前に座る筋合いではなかったが、なぜかしら鳩山元首相の席のとなりには私の席が用意してあり、その後も同じように座らされている。私が民主党の会合でこんな上席に座ることは滅多にないが、中間派の私をお目付け役あるいは暴走を抑える役ということで、意識的に幹部席においているのだろう。

<揺れ動く心はわからないでもない>
 加藤学議員は7月4日午前中に樽床幹事長代行に離党届を提出したそうだが、その前に北澤県連会長なり、同じ階のすぐ近くの私に相談するとまた決意が揺らぐ恐れがあるので、思い切って離党届を出しに行ったという。私は加藤議員の消費増税に対する反対の気持ちはよく承知していたので、「反対はしても離党はするな」と言い続けてきた。私の言に従ってくれたのだろう、辻議員、階議員が、小沢グループの会合で離党届も出していて、確認がなく離党するというのはよくないというすったもんだがあったけれども、加藤学議員はその時も既に離党はしないということで離党届を出していない。それだけ決意が固かったのにかかわらず、やはり離党したのはいろいろな考えがあったからだろう。
 加藤議員は、記者会見で自らの処分が重く、2ヶ月の党員資格停止は許しがたいこと、鳩山さんだけを6ヶ月にするということに合理性に欠ける、そして、私がかねてから主張している、両委員議員総会を開かない不合理さを例に挙げたという。輿石・樽床コンビの絶妙な処分の意味が十分分からなかったのが残念である。政治家は最後は自らの決断で進むしかない。

<胸が痛む離党議員の悩み>
 片一方では、水野智彦議員が、自分は承知していないということで離党を思いとどまり民主党に戻ってきた。皆、悩んでいるのだ。民主党小沢グループの離党による厚生労働委員会の委員を減らさなければならなくなったが、造反した罰か、水野智彦議員と初鹿明博議員がはずされたという。騒ぎを起こした罰といえば罰だが、もう少し温かい対応が必要ではないか。なぜなら、与党にとどまり、社会保障改革をやり抜くために戻ったのが明らかだからだ。それを、その機会をせばめているのであり、本人はガッカリしているだろう。
 野田総理やそのとりまきが、反対・造反した人たちが勝ち誇ったようなことを言っていて、賛成した人たちが、国民・有権者の反対の声に委縮しているというのは当たらない。万感の思いを込めて、反対・棄権したのであり、投票の形態であれこれ批判すべきでなく、党のルールどおり処分・処置をする以外にない。党の方針に喜んで反対する人はいない。苦渋の決断をして反対をしたのであり、それで離党するかしないか迷いに迷っていたのだろう。この気持ちを考えると私も心が痛む。賛成した人で、これほどまでに心労を抱えている人などいまい。

<岩手県連の国会議員の動き>
 小沢王国岩手県は、平野達男復興大臣はとうに小沢離れし大臣の座に就いている。今回、階議員と黄川田徹議員が民主党に残ることになった。黄川田議員は前回、小沢グループの政務三役が一斉に辞任した時には小沢さんの命に従っている。今回袂を分かつにあたり相当悩んだに違いない。畑浩治、菊地長右エ門の2衆議院議員と主濱了、藤原良信の2参議院議員が一緒に離党し、岩手県連は完全に二分されてしまった。
 私は、霞ヶ関勤務では政界の諸々の離合集散を横目で眺めてきたが、今回はあまりにも身近なことであり身につまされて傍観するわけにはいかなかった。小沢さんを羽田さん、北沢さんに置き換えてみると、私も頭がこんがらかって、夜眠れなくなった。

<ノーサイドの処分なしが王道>
 私はこの処分問題、理想はこれこそノーサイドであるべきと思っている。菅総理も野田総理も、代表選のあと口先では、ノーサイドと言っている。しかし、事実は違う。菅総理は小沢さんを遠ざけ、あるいは小沢さんを遠ざけようとする仙谷・岡田さんたちを放置していた。野田総理も形式的には党内融和を論じつつ、実体は露骨にお仲間、お友達優先で他を遠ざけている。
 野田総理は念願の法案が衆議院を通過したのであり、圧倒的に優位な立場にある。こういう時こそ処分も何もなしにノーサイドで一致結束していこうということを言い出すべきなのだ。そうなると小沢元代表等も離党する大義名分がほぼ半減し、仮に離党したとしてもなんと我儘な離党かということになる。野田総理は体は大きいが、それに見合った太っ腹になれなかった。私からみると、声を荒げて厳正な処分という姿は、見苦しいとしか映らなかった。

<分裂の根本的責任は強引な執行部>
 私は、このような離党を誘発したことは、小沢元代表等の動きにも問題があるとは思うが、それよりも何よりも強引な政権運営をする執行部にこそ大半の責任があると思っている。そして、誇り高い小沢元代表を「選挙の事だけを考えている政治家だ」、と言い放ち、誇りを傷つける発言を続ける前原政調会長、そして「厳正な処分」と勝ち誇ったように言う首相。私は見ていて正直言って不愉快になるだけであった。その結果がこれである。私が連日のように、最後の最後まであきらめず、週末も電話を掛け続けた。私ではなく、執行部こそこういう努力をすべきなのだ。

(注)
①処分と措置
 処分と一般的にいわれるが、正確にいうと処分(除籍、離党勧告、党員資格停止)というきついものと、措置(公職の辞任勧告、党公職・推薦の取り消し、役職停止・解任、厳重注意、注意)とに分かれる。重要法案の党議拘束違反は造反・反対が処分で、欠席・棄権が措置になるのが一般的である。

②自民党の例
  一番どぎつい処分は、小泉政権時の郵政民営化に造反・反対したものにみせたものであり、除籍しただけでなく、選挙区に女刺客を立てられ、多くが落選している。ただ、こんなきわどい時でも、欠席・棄権者は注意のみで不問に付された。
 かつて、イラク特措法について、大物の亀井静香、加藤紘一、古賀誠のいわゆる「リベラル3K」が棄権し話題となった。この時は、自民党の奥行きの深さが評価され、支持層が広がったといわれている。
 また、最近では郵政改革法案に、小泉進次郎、中川秀直、菅義偉の3議員が反対・造反したが、大島副総裁からの電話による注意ですませている。

③民主党の恣意的な処分・措置
 対決法案(条約)でもない原子力4法案について、女性議員や福島県関係の心ある反原発議員がかなり欠席・棄権した。まさに、民主党の良心・良識の発露だった。実質的には執行部が役職停止を命じたのだが、形は自ら辞表を書いたことになっている。ここでも、不透明さが残る。反原発グループからは拙速な再稼働を批判されているが、本件は民主党にもまともな人がいると、少しだけ民主党の支持をつなぎとめている。
 小沢元代表は倫理規範に反するとして、裁判が確定するまで党員資格停止となった。処分期間は6ヵ月が慣例だったそうで、小沢グループの若手は、この厳しい処分に苛立っていた。
 一方、女性議員は東京地裁でセクハラ発言が認定され敗訴した仙谷政調会長代行が、倫理規範違反で党員資格停止にならないことを問題視しているが、こちらは何も処分されていない。ここでも民主党のチグハグさが目立つ。