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代表選中盤報告 -12.09.15-

<山田正彦候補に一旦は決定>
 前回のブログで、「民主党復活会議」で代表選候補者選びをするとお知らせをしたところだが、数日間で大きく状況が変化した。
 まず、9月5日(水)復活会議候補者予備選挙の直前の正午、3日(月)に予備選挙立候補者として申し込みのあった、山田正彦、櫻井充両候補が突如記者会見を開き、二人そろって予備選挙辞退を表明したと報じられた。

 これは、我々には寝耳に水であり、復活会議事務局も直ぐに緊急会議を開き、山田候補から説明を求めたところ、双方の意見にとり違いがあり、山田候補は立候補を取りやめるつもりはないことを確認した。夕刻には予定通り粛々と復活会議の総会(予備選)を行うこととなった。残念ながら、櫻井候補は記者会見どおり立候補辞退の届があり、候補者は山田候補一人となった。立候補者が一人の場合は、予備選の規約でそのまま推薦候補とすることが決められており、山田正彦氏を復活会議の推薦候補として送り出すことが決定した。

<大反対の細野擁立>
 そのころ、党内では民主党代表選挙候補者として、細野豪志環境・原発事故担当大臣の名前が持ちあがっていた。その支持は、中堅・若手議員の他、主流派である前原グループ、私も所属する鹿野グループ素交会の中堅にまで広がり、細野擁立に向け積極的に働きかけを行っていた。意見を求められた折に、私は大反対である旨を告げていた。そうした中、6日(木)夕刻、素交会が開催された。私は、反野田総理として細野大臣が立つことは、野田内閣の閣僚としてありうべからざる行為であり、釈然としなかった。しかしながら素交会としては、細野立候補を概ね容認することで、その対応を鹿野会長に一任することが決まった。
 昨年の代表選時には、私は、日・米・仏のトップがどのような政治経験を積んだ者かを比較し、かなり経験豊かな政治家とメルマガ・ブログに書いた。そして、それを幹部の指示で全議員に配布している。41才の細野大臣(当選4回)は、とても一国のトップの研鑽は積んでおらず、とても有資格者とはいえない。

<突然の鹿野立候補>
 そうして迎えた翌日7日(金)に事態が急転した。まず、細野大臣が立候補をしない旨を、官邸の野田総理に伝えた。また、昼ごろ復活会議で推薦を得た山田正彦氏が、急遽本選への出馬を取りやめ、反TPP、脱原発、消費税反対で思いを同じくする原口一博氏応援に回ることを表明した。8日(土)には復活会議の予備選挙を辞退した櫻井充氏が、立候補しないと明言し、出馬がうわさされた田中真紀子氏も不出馬となった。この時点で、立候補予定者はほぼ確定し、野田、赤松、原口の3氏で争われる見通しとなった。
 素交会も速やかな対応を迫られることになった。前日細野大臣推薦を概ね決定したばかりではあったが、この事態に対応すべく夕刻急遽開催された会合にて鹿野素交会会長の立候補という結論に達した。まさに突然の大ドンデン返しである。
 
<突然の立候補の理由>
 荒っぽい方法で強引に難局を乗り越える野田総理への不信がある。71人もの同志を失ってなお、1人、2人と民主党を去る議員があとを絶たない。我慢強い鹿野会長も、政権運営でも党運営でも瑕疵がありながら責任をとることをしない今の野田執行部に対し、さすがに堪忍袋の緒が切れたということだろう。
 鹿野道彦氏立候補が7日夕刻に決定したが、告示日は10日の月曜日で、立候補の登録は10日午前11時までであった。党の代表のみならず、総理になる人物が決まる選挙でもある。立候補書類の作成から、政策のとりまとめ、広報物の作成に至るまで、2日間で用意する必要があった。全てが整ったのは、立候補締め切り時刻の30分前という、まさに間一髪の立候補であった。これには、我が東京事務所の二人の精鋭スタッフが奮闘せざるをえなかったのはいうまでもない。
 かくして、野田代表に対し、3人の反野田候補が挑む形となった。幸いにして鹿野陣営は政務ニ役(副大臣、政務官)をはずしても20人の推薦人はゆうに超えた。しかし、赤松、原口陣営とも20人の推薦人集めには苦労したようである。

<気づかれない復活会議の役割>
 14日選挙戦の中盤、野田再選でほぼ決まりと各紙が報じている。1か月前もそうであった。我々は、それではいけないと復活会議を立ち上げた。民主党がはではでしく行われる自民党総裁選挙の陰に隠れてしまうことが予想されたからである。代表選は民主党にも野田政治とは別の政策を訴える、まともな政治家がいることをアピールする絶好の機会だからだ。
 気付かれていないが、3陣営の推薦人のうち、鹿野8人、赤松、8.5人、原口15人と計31.5人が復活会議のメンバーである。つまりは、復活会議が代表選の引き金になったのだ。さもなければ、5人の精鋭(というより有名政治家)が立候補した自民党総裁選挙を尻目に、何もしない民主党は無投票でますます支持率が下がっていたところだった。
 3日の立候補予定者事前説明会に予想外の12グル―プが出席した。自ら手を挙げる覇気のある政治家がおらず、様子見の政治が罷り通っている証拠である。活力ある自民党が告示日前から何人かが名乗りを挙げ、選挙ムードを盛り上げているのと大違いである。落ち目の民主党と政権復帰に燃える自民党の勢いの違いである。
 そして山田元農水大臣は、いわば捨て石となったのである。

<不合理な民主党代表選挙のマスコミ対応>
 かくして15日には、18日必着のため15日までに投票用紙を投函しないとならない地方議員、党員・サポーター向けの選挙活動に専念した。残念だが、反野田の3候補は知名度において圧倒的に不利なうえに、民主党の中央選管だか本部だかが、4人揃わないとTV出演を受け付けなかったようで、どのニュース番組にも出ていない。自民党の総裁候補ばかりがTVを占領している。つまり野田総理が圧倒的に有利な仕組みになってしまっている。
 それに加えて、12日頃に投票用紙が送りつけられただけで、各立候補者の公約や履歴どころか候補者名さえも届いていない。電話で鹿野候補への投票をお願いすると、その前に、このとんでもない不備は何だとお叱りを受ける。民主党は、政策決定システム以上に、代表選においてもルールが全くなっていないのだ。これではますます現職代表(すなわち総理)が有利になるばかりである。
 地方議員・党員・サポーターは、18日必着のため15日か16日に投函せねばならない。11日の新聞と共同記者会見のテレビ、そして12日の日本記者クラブ主催の2時間の討論会の中継だけが立候補者の人となりや政策を知る機会であった。党本部から送られたものが他は何もないという、失礼極まりない代表選である。
 中盤から後半に入る。民主党を再生し、政治経験の全てを投入せんとしている鹿野候補に代表(総理)になっていただくため、全力を尽くすつもりである。