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土を滅ぼし食料生産力を失う文明は滅亡する-塩類集積と放射能汚染の類似性-12.10.25

 島をめぐる中露韓の三ヶ国との揉め事のせいか、タカ派が勢いを増している。日本の国土・領土・領海を守るには、防衛力が必要であり、国の安全保障には食料、エネルギーの確保、すなわち食料安保、エネルギー安保も必要である。更に日本人の気概、すなわち教育もきちんと考えていかねばならない。国力というのは総合力であり、経済ばかりに血道をあげる日本にとって、安全保障について本格的に議論し、考えることは絶対に不可欠である。

<食料自給は防衛の根幹>
 世界のタカ派はすべて食料自給派である。逆のハト派もかつて日本で賛同を集めた坂本義和のように非武装中立論者(今で言えば野坂昭如)になればなるほど、食料だけは身近で供給できるようにしておかなければならないと考えるようになる。従って食料をないがしろにしていいなどという人は、安全保障を真面目に考える人の中にほとんどいない。
 ところが日本はその点歪んでいて、例えば、かつて関経連の大物財界人の名うてのタカ派が、「日本国は日本人が作った武器・弾薬で守らなければならない、徴兵制もひいて然るべきだ、武器輸出三原則もおかしい、武器も日本でいいものを作り輸出してもかまわない」と主張していた。そして、返す刀で、「食料は安いアメリカやオーストラリアから買えばいい」と言い放っていた。
戦争状態になり、武器弾薬をいくら持っていても、国民が食べていけなかったら話にならない。それを、日本では軍事的になんでも自国で賄おうという人が、食料は安い外国から輸入していいという、全く論理的に成り立たない平和ボケした安全保障論が堂々とまかり通っている。

<論理的自民党タカ派とわからない民主党タカ派>
 そうした中、自民党のかつてのタカ派青嵐会(中川一郎、渡辺美智雄等)は、皆農業を大事にしていたし、今でも自民党の人たちは、農林族と防衛族を兼ねる人が多い。古くは玉沢徳一郎、今でいうなら、石破茂がそうである。ところが、民主党では、日本の安全保障のためには日米同盟を基軸と考え、防衛力を増強し、電力等のエネルギーも自給するために原発が不可欠だと言いながら、食料は外国から輸入すればいいという論理的矛盾を平気で主張する人が多い。その典型が前原誠司国家戦略担当相である。TPPに関しても「1.5%の犠牲に、98.5%がなる必要はない」といった、GDPだけで事の判断をする歪んだ考えを明らかにし、農業界から総スカンを喰っている。
軍事的タカ派の行き着くところは、核兵器をもつべきだという核武装論に行き着く。この人たちは当然のごとく、食料も完全自給という考え方にならなければならないが、日本はTPPに加盟してもっとグロバリゼーションをなどと言ってはばからない。論理的になれない情緒的保守派でしかないからだ。国土防衛や国民の食の安全よりも、市場原理を重視してしまっているのである。

<『土と文明』が教える四大文明滅亡の原因>
 放射能汚染と国土防衛については前号でふれたが、もう一つ大切なことを指摘しておかなければならない。
四大文明がなぜ滅んだかということを、カーターとディールという二人の学者が研究し、その成果を『土と文明』(1955年)としてまとめ、1975年に家の光協会から翻訳出版されている。私はその本をむさぼるように読んだ。世界史で四大文明が四つの大河川(黄河、メソポタミア、インダス、ナイル)の辺りに発祥したことを学ぶ。同時期に盛え、なぜかしら同じ時期に滅んで行った。しかし、なぜ滅んで行ったかということは、どの教科書にも明確には書かれていない。『土と文明』は、そのことについて大胆に推論した興味深い本だった。

<灌漑に塩類集積という大敵>
 古代では食料生産力と国力がパラレルである。日本でも江戸時代ですら大名の格が真田十万石とか、米の収穫量(石高)で測られた。また、貨幣である小判は、米俵の形をしていた。これらすべて、国の富みの根源は米(食料・そして農業)だった証左である。
 水があれば農業が出来るので、四大文明は全て大河の周りにあった。ナイルの大地は、度々おこるナイル川の氾濫により栄養分に富んだ土が供給されたために生産力が維持された。人類が賢くなり、すぐに灌漑排水を思い付き、水を引いてきて農耕地を拡げることを思いついた。ところが、じきに灌漑排水の弊害が現れた。土の中には、「オシアテカナカマ(O.Si.Al.Fe.Ca.Na.k.Mg)」ではないが、カリウム、ナトリウム、マグネシウム等の塩類が入っている。これが水が浸透していくと、その水の中を塩類が逆に毛細管現象により表面に出てくる。いわゆる塩類集積である。
 拡大した農地はこの塩類集積により塩だらけになり、その塩が近隣の農地にも広がり、かえって農耕耕地を狭めて食料生産力が落ち、四大文明が滅んで行ったというのである。
日本でも戦前の右翼の大立物、橘孝三郎は「土を滅ぼす一切はまた滅ぶ」と喝破しているが、土を滅ぼすとともに国も文明も滅んでいくのだ。
 蛇足だが、今、ナイル川の夢の「アスワン・ハイダム」も、ナイル川と農地の関係を断ち切り、持続性がなくなり、徐々に農地の肥沃度を落としていることが問題にされるようになった。自然にはあまりに露骨に挑戦してはならないことを教えている。
 
<塩類集積と放射能汚染の類似性>
 この塩類集積により土を滅ぼすのと、放射能汚染により土を汚すのと、異様に似ている。文明が発達し、中沢新一の表現を借りるなら、地球の中に太陽をもちこんだが(核分裂反応をもちこむのは原子力発電所である)、その弊害が放射能汚染である。人間が管理できず、土を汚され、人間が汚染されていく。
「四大文明の滅亡と塩類集積」、「現代文明の危機と放射能汚染」は、非常に似ているところがあるのではないかと私は思っている。
 つまり、尊大になった人類がついに禁断の巨大技術に手を出し、永遠のエネルギー源を手に入れたと思ったら、放射能汚染という、何十年、何百年いや、何万年も続く汚染というシッペ返しを受けることになった。

<『文明の衰亡するとき』の示唆すること>
 私が30年前に、『土と文明』のさわりを雑誌に書いた折、大学の恩師である高坂正堯教授の目に止まり、是非その本を読みたいということで、すぐ農林水産省の図書館にあった『土と文明』の本をお送りした。後で知ったことだが、高坂教授は『文明が衰亡するとき』(1981年 新潮選書)という本を書かれていた時期であった。
 熟読したが、そのままずばりの引用は見当たらなかった。ただ、高坂教授は、日本の高度経済成長も終わった時には、ヴェネツィアのように熟練の政治・外交により国家運営をしないとならない、と警告していた。大平・鈴木両内閣の「総合安全保障」をはじめ、保守の外交・安全保障理論を支えた高坂教授は、偶然に成功した通商国家日本を中世のヴェネツィアの姿に引き写し、我々に準備せよと語りかけていてくれたのである。
 『土と文明』をすぐ読まれ、文明の盛衰について考察された泉下の高坂教授は、今の野田民主党政権のTPPや原発への混乱極まる対応をみたら、例の独特の京都弁で「ほんまによう言わんわ」と一喝されるに違いない。
 そして、この現代文明の業ともいえる原発について、はたまた黄昏を迎えた通商国家のTPPについてどういう意見をいわれるか気になるところである。私は、巨大技術は捨て去れ、アメリカの言いなりになるでない、とおっしゃるような気がしてならない。