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2012年11月30日

世襲制限よりも在職年齢制限と被選挙権の引き上げが必要 12.11.30

 民主党の執行部は、特にマニフェストをさすのであろうが、党議に賛成しなければ公認しないなどと言い出した。突然のことである。もう一つ急に強硬なことを言い出したのに、世襲の制限がある。そして、羽田雄一郎国土交通大臣は、参議院から衆議院長野3区への鞍替えを断念した。前者については、際どい事もあるので、今回は触れるのをやめておく。世襲制限については、いろいろ考えることがあるのでまとめておく。

<本当の世襲と単なる鞍替え>
 民主党の世襲制限は、決めたこととはいえ、非常に偏ったルールである。同一選挙区で息子なり妻が続けて選挙に出ることを禁止している。したがって羽田大臣の場合でいうと、13年前に羽田孜元総理(衆議院議員)の息子が急遽同じ県内の参議院に出馬しても世襲に当たらない。しかし、13年前こそ世襲であって、今回は、大臣まで経験した参議院議員が「鞍替え」するだけで、親の七光りで選挙するわけではない。結果として、世襲となるだけで、世襲の程度はずっと軽いような気がする。

<政治にはなるべくいろいろな人が必要>
 政治が家業になってはいけないということで、世襲を制限するには一理ある。つまり、政治というのは、なるべくいろんな声が反映されなければならない。そのためには、いろいろな経験を積んだバラエティに富んだ人たちが、それぞれの意見を交わして、政策を打ち出していく必要がある。
 これを徹底した例が、北欧の市町村にみられ、完全に直接民主制を地でいっており、市町村議会議員は、2期8年まででそれ以上は許さない。そして、議会は夕方6時以降から行い、選挙に出るときは、公的な休みを与えられる仕組みがあり、かつ落ちた場合も元の職場に戻れることも約束されている。普通の人を順番に議員にということになっている。

<何十年も国会議員をする弊害>
 国会議員は兼業(パート)ではとてもつとまらない。一方で、だからといって、あまりにプロ化、職業化することはよくないというなら、私は、何よりも1代で家業・職業になってしまっていること、つまり1人が何十年も国会議員を続けることこそ禁止する必要があるのではないかと思っている。その点で言えば、今回日本維新の会の代表となり、中央政界をにぎわしている石原慎太郎前東京都知事が、勤続25年表彰を期に衆議院議員をやめると宣言したのは、一つの見識だった。ただ、息子2人(伸晃、宏高)を衆議院議員にしているのはいただけない。更にその後80歳になってまた中央政界に出てこられるというのは、いくら若い者がだらしないと言い訳しても予想外のことである。

<25年永年勤続を花道に引退が筋>
 長すぎる政治というのはどこでも制限がなされる。アメリカ大統領は2期8年で3期目はない。民主化の遅れるロシアの大統領の任期も2期8年と決められていて、プーチンは8年やった後、メドヴェージェフが8年間大統領をやり、また大統領に復帰している。その点、民主党がお山の大将になりかねない都道府県知事や政令指定都市の市長を2期8年までとし、3期以上は推薦しないのは極めて合理的なルールである。
 こうしたことを考えると、国会議員も永年勤続表彰を受ける25年というのが一つの区切りではないかと思っている。となると、例えば、7期の大畠章宏は23年経っており、あと1期、6期の前原誠司は、既に20年弱経っており、あと5年、つまり2期ぐらいしか残っていないことになる。
 制度として確立しているわけではないが、産別の単組の参議院比例区議員は通常2期12年で交代しているし、かつてたくさんいた中央官庁OBの比例区参議院議員も、2期12年で交代している。これらは多くの人を国会に送り込むための自然に成立したルールなのだ。

<アメリカは州知事から大統領の理由>
 組織的経験という観点から見ると、アメリカの大統領は最近は、オバマ大統領を除くと、ブッシュ(子)、クリントン、レーガン、カーター、ニクソンと最近はほとんど州知事経験者がなっている。州の統治経験がそのまま国の統治につながるからである。20年前の細川護煕政権は、本人(熊本県知事)もさることながら、官房長官の武村正義も滋賀県知事であり、アメリカ型政権だったのだ。だからこそ、当選回数が少なくとも経験の座につけたのかもしれない。また、今、石原、橋下に始まり、日本未来党の党首、嘉田由紀子と、知事経験者が国政参加をし出すのは、中央政界のだらしなさの裏返しであり、ある意味必然かもしれない。
 そういえばかつていた会社経営者(小坂徳三郎、藤山愛一郎)も政界から姿を消してしまった。会社の経営と国の運営も相通ずるものがあり、こうした者が国会議員になりにくくなったのも、日本の政治の劣化の一因でもある。
 アメリカの大統領の政治歴の平均を調べたところ、18年であった。20年以上はともにベテランの副大統領として仕え、大統領の辞任で大統領になったジャンソンとフォード以外にいないのは意外であった。つまり、緊張感が強いられる政治は、30年もやれるものではないという証拠である。となると、よくいわれる年齢制限よりも在職年数制限が先である。

<必要な社会的経験>
 次に、もう一つ、被選挙権の制限が浮かび上がってくる。衆議院と市長村議会議員は25歳、それに対して、知事と参議院議員は30歳になっている。後者のほうが見識を要するということである。
 バラエティに富んだ経験、社会的な経験というならば、社会的な経験をほとんど積まずに政治家になることこそ問題である。だからといって、社会人としての経験を何年か積まなければ国会議員になれない、という制限はしにくい。そのかわり、平均寿命が80才を越える今、国会議員の被選挙権を35歳に上げ、それなりに社会的な経験を積んでから政治の世界に入るようにするのも、一つの考え方ではないか。何よりもこれ以上杉村大蔵もどきの政治家を作らないためである。松下政経塾もその弊害に気付いたのであろう、数年の社会人経験を条件として大学新卒は受け入れないようになったという。
 いろんなことを調整したり、根回ししたりするといった極めて常識的なことが、政治オタクの幹部クラスに欠如している。ただ、これは本人の資質の問題ではなく、あげて社会経験、特に組織人として仕事をした経験の欠如によるものである。

<40歳まで仕事をする二世議員のほうが20代で政界入りする野心的な若手政治家よりまし>
 二世議員と社会的な経験を全くしていない政治家とで、どちらがましかというと、社会経験の点では二世議員のほうがずっとましである。つまり、父親が政治家として70才ぐらいまで活動しているので、父親が早く亡くならない限りそう若くして政治家になることはできない。その他、だいたいが40近くまで普通の仕事をしていることが多い。その間に人並みの経験を積むことになる。今回、70歳過ぎて引退する、福田康夫、中川秀直、武部勤、大野功統、田野瀬良太郎は皆この類型である。
 そう考えると、今、秘書法により、配偶者だけが公設秘書になることが禁じられているが、息子・娘禁止する制限が必要になってくる。いきなり父親の秘書として政界に入ってしまうと、他の社会での経験を積む機会がなくなってしまう。また、中には、他で働いているうちに親の跡を継ぐのが嫌になる人もいるだろうし、いくらかでも政治の家業化も防ぐことになる。

<世襲制限と私の選挙>
 世襲については、私は政治家になったあと、2人の全く違ったタイプの政治家からアドバイスを頂いた。一人は、エコロジストの中村敦夫元参議院議員であり、国会議員の中で最初に私の応援に駆けつけてくれた人である。中村さんは4代目を叩けということで、昼間ほとんど人通りのない長野駅前で1時間以上街宣をしてくれた。その内容は江戸時代でも3代続くと徳川家以外の大名は移封された(領地を変えさせられた)。それを小坂家は4代も続いていると、痛烈に政治家業を皮肉った。その当時、小坂家は110年も続く政治家系で、世界一長い政治家系といわれていた。ちなみに、マスコミは第一回目の選挙を「50日対110年の戦い」と表現した。
 農水族議員として交流のあった鈴木宗男議員も、やはり4代目を叩けと手紙をくれた。しかし、私は演説等でただの一度も世襲について発言したことはない。なぜなら、私は人それぞれであり世襲が絶対的にダメだとは思っていないからだ。なおかつ現実的な問題として、4代目はおかしいと言っても、すぐ隣で、3代目の羽田雄一郎が応援に来てくれているのであり、とても触れられない事情があった。

<人生の盛りに政治家として活動>
 天才政治家小泉純一郎のDNAをそのまま受け継いだ進次郎を見ても分かるとおり、非常に優れた資質の4代目もおり、政界にとって世襲を絶対禁止することは得策ではない。バラエティに富んだ政治家を集める観点から言うと、一に25年の在職制限、二に被選挙権の年齢を35歳に引き上げることのほうが、やたら若くして政治をやりたがることがなくなり、有効ではないかと思っている。その結果、社会経験を積み、人生の盛り(例えばある人は体力を活かした30~55歳を選び、ある人は一仕事をした経験を引っ提げて50~75歳を選ぶ)に政治に身を置く人が増え、政治の質が高まることになる。
                   (読者の意見により二度修正)

2012年11月07日

アメリカはいつも、利己的(利国的?)遺伝子だらけ ―アメリカに遠隔操作される原発政策から脱し、非核4原則に徹する― 12.11.7

<利己的遺伝子による浮気人類進化論>
 かつて15年ほど前、リチャード・ドーキンスの唱えるSelfish Gene(利己的遺伝子)が一世を風靡した。日本の竹内久美子は『浮気人類進化論』(88年)で、男性が若い女性と浮気するのは、老い先短くなった自分の遺伝子を若い女性に残したいがための、利己的遺伝子のなせる業と説明し、世の浮気っぽい男性の注目を浴びた。姑が嫁いびりをするのも、孫を産んだ古い嫁から新しい嫁にして、もう一人か二人自分の子孫を増やしたいというのだ。国や社会の事象を、すべて利己的遺伝子が、そうさせていると説明した。
 いわゆる後講釈、言い訳がここまで一つの理屈でできるかと腹を抱えながら、時に舌を巻きつつ読了した。ただ、実際は、人間は動物と違い、むしろ理性や愛情で動くことが多い。だからほろりとした物語が生まれていく。

<国家の利益でしか動かない「利国的遺伝子」>
 しかし、国家は違う。トータルとしての国家は常に自国の利益すなわち国益でしか動かない。徹底的に、残酷なまでに自国のエゴを全面に出して憚ることがない。つまり、国家は利己的遺伝子ならぬ、「利国的遺伝子」でほとんどのことが決せられている。大英帝国の絶頂期にイギリスの外交を担ったパーマストンが、「イギリスには恒常的同盟国はない。恒常的なイギリスの国益があるのみである」と断じているのも頷ける話なのだ。
 このことをアメリカの日本の原発に対する態度で検証してみると、アメリカがいかに自国の利益のために、勝手な振る舞いをしているのかよくわかる。

<アメリカの原爆投下の戦争責任>
 戦争責任ということがよく言われる。戦争のルールの中にある、無辜の国民、非戦闘者を無差別攻撃してはならないということに大きく反したのが、1945年の8月の広島・長崎への原爆の投下である。アメリカ人兵士の命を救うためだなどと言い訳されるが、アメリカこそ非常に罪深いことをしたのであり、責められてしかるべきなのだ。国務長官とCIA長官を務めたダレス兄弟のように、このことを気にしている良心的なアメリカ人も多くいるが、「国」という集団としては利国的そのものである。

<アメリカの演出による原子力の平和利用>
 このことを意識していたのであろう、アイゼンハワー大統領は、53年12月の国連演説で「原子力の平和利用」ということを言い出し、日本にも原発を建設することを勧めた。それに乗ったのが、読売新聞の社主・正力松太郎と中曽根康弘であったことがよく知られている。最近出版された『原発と原爆』(有馬哲夫)は、自分の地元に7基もの原発を造ることになった田中角栄も、アメリカから濃縮ウランの購入を決め、重要な役割を果たしたと指摘している。後にロッキード事件に発展する72年夏の田中・ニクソン会談でも、エアバスの緊急輸入ばかりが問題視されたが、優先順位はウランだったと教えている。
 ①第五福竜丸事件も起きて、反米・反原子力運動が拡大する中で、アメリカの原爆投下の罪を減殺する政治的キャンペーンとして、こんなに効果的なものはない。それに加えて、②徐々に輸出力を増してきた日本は、原発の機材その他のアメリカのいいお客になった。あらゆる意味でアメリカにとって好都合であった。

<したたかだった正力・岸・佐藤の原発政策>
 ただ米ソ冷戦下の日本の政治外交は、今よりずっとしたたかだった。アメリカは、日本がアジアの軍事大国として復活することを脅威に感じていた。正力は、核武装を原発推進の一つの目標としていた。その結果、日本は使用済核燃料(プルトニウム)の扱いについて、あれこれ規制しない、イギリスのコルダーホール型原発を導入するなど、自主・独立を貫かんとした。巣鴨プリズンで同じく戦犯で過ごした岸信介は、正力と足並みを揃え、「自衛核武装合憲論」を唱えていた。アメリカが最も恐れることを言い出して、不平等な安保条約の改定に使った。
 7年8か月続いた佐藤政権は、蝋山道雄上智大教授等に、日本の核政策について研究させ、結局今に続く方針、すなわち、「日本は核武装せず」、「アメリカの核の傘下に入る」、「NPTに入る」、「原発は推進」、「安いエネルギーコストで経済優先」等を確立させた。
 この頃は、日本も利国的遺伝子よろしく、したたかに日本国の利益を追求していた。

<日本にウラン濃縮の対米依存体質を作り、日本とドイツに生産はさせず>
 アメリカは、冷戦の相手国ソ連にウラン濃縮を委託し、それを大量に購入して、日本の原発用に輸出していたのである。③アメリカの狙いは、もう原爆を造ってしまったライバル、ソ連の核兵器生産力を低下させるために、金持ちの日本を使おうとしたのである。④同時に日本に濃縮ウランの独自生産をさせないためでもあった。アメリカは日本にできるだけ多く、かつ長く濃縮ウランを供給し、日本に原発に関する対米依存体質を作りだし、核武装させないように布石を打っていた。アメリカの対日政策は、日本を再びアメリカに対抗する軍事大国にしないことで貫かれている。

<追従に走り出したその後の政権>
 それに続く田中・中曽根コンビは膨大な貿易黒字を責められ、また日中国交回復を控えていたためか、原発についてはアメリカにかなり譲歩しているが、東海村再処理工場の建設などで核武装の芽は残している。一方で、沖縄返還のため70年2月に核不拡散条約(NPT)に署名しながら、批准はのらりくらりし76年まで延ばすなど、抵抗も試みている。
 しかし、結局のところ日本の原発は、68年に改定された原子力協定で手かせをはめられ、原子力政策はアメリカという傘の下、いいように操られることになる。
 ⑤77年3月 福田首相は、インドの核実験を(74年)を契機に、核不拡散に力を入れ始めたカーター大統領から、日本が原爆を造らないように、使用済核燃料の再処理に厳しい条件を突き付けられている。

<スリーマイル島原発事故以後は、日本がアメリカの原発の補完国>
 1979年スリーマイル島の原発の事故が起きた。それ以来今の今まで33年間、アメリカは原発を新設することはなかった。忘れてならないのは、原発はコストがかかることが明らかになり、アメリカはこの時点で既に原発を相当諦めつつあったということである。安全に力を入れたことは間違いない。稼働率も68%から93%に上がった。⑥原発の老舗、GE、ウエスティングハウス社等も、技術力も人材も失い、それぞれ日本の日立と東芝の傘下に収まっている。こうして原発についての技術・ノウハウは相当日本が肩代わりすることになった。
 かくして、アメリカは、日本を原発の補完国としていいように活用してきたのである。

<レーガンが日本に再処理を認める>
そ の後10年近い厳しい交渉を経て、88年レーガン大統領の時に、核物質の輸送や再処理について一括して事前に承認を受ける「包括同意方式」にして、日本に自由を認めるように日米原子力協定が改定された。そして今や日本は、唯一の被爆国からくる平和希求国家ということが認められ非核保有国の中で唯一、核燃料を再処理し、蓄積し、燃料として使用できる国となった。
 ⑦アメリカの政策が、日本を核兵器も造れる国としてアメリカの防波堤にするとともに、アメリカでも金がかかり過ぎ、かつ危険極まりない核燃料サイクルを、景気が良くて従順な日本に研究させてみようという方向に変化したのである。こうして日本は、またまた、アメリカの手玉にとられることになる。
 一方日本は、佐藤政権下の方向付けに従い、地震国であることも忘れ、原発安全神話をすっかり定着させ、安い原発による経済的繁栄だけを追求してきたのである。

<日本の核武装へのおそれ>
 そこに福島の原発事が発生した。
 その対応の一つとして日本は、2030年代に原発をゼロにするという方針を、閣議決定寸前にまで持ち込んだ。しかし、ここからアメリカの国家利益、我儘が猛然とでだす。⑧「もんじゅを止め、核燃料サイクルを止めれば、日本にはプルトニウムが貯まるばかりだ。これでは余剰プルトニウムを持たないという日米原子力協定に違反し、多くの原爆を造れる状況になってしまい、NPTの精神に反する」と難癖をつけ始めた。アメリカは、日本が原爆を造る意図がないことは十分わかっている。ただ、外交上も軍事的にも、米中関係は良好であり、日本に対中国で防波堤になってもらう必要などなくなり、今や原発政策の腰の定まらない日本のほうが危険な存在になったのである。

<アメリカのコントロールの効かない国の原発がはびこる>
 ⑨二つ目に、日本が原発をやめると、世界の原発は中国やロシアに代わられてしまい、アメリカのコントロールが効かなくなると注文をつけている。世界の発展途上国、特にアジア・中東地域における中国の核の影響力が強大になることに懸念を抱いている。この他にも、⑩日本合弁で辛うじてアメリカの原子力産業が組織されているのに、日本が撤退すると、アメリカが困る、⑪世界有数の経済大国が原発をやめ化石燃料に頼ると、化石燃料の国際価格が高騰する。⑫原発に代わる火力発電への依存は、CO2温暖化ガスを増やすとクレームをつけている。まさに難癖である。
 以上の要求は、この4月、民主党の経済連携PTで訪米した時に、意見交換したジョン・ハムレ戦略国際問題研究(CSIS)所長が、朝日新聞のインタビューで素直に明らかにしている。こんな勝手な要求を呑むとしたら、日本は「媚米派」でしかなくなってしまう。

<原発政策こそ自主・独立が必要>
 アメリカは、1955年の原子力協定以来、以上の①~⑫の要求にみられるとおり、日本の原発や原発企業をアメリカの手駒としかみておらず、それを自国の思いのままに動かそうとしてきた。これが日米同盟の現実の姿なのだ。その結果、日本の原発政策は時々のアメリカの政策変更や国際情勢により、大きく翻弄されてきた。
 日本の原発政策は、国家の存立に大きくかかわる。エネルギー政策のみならず、外交や安全保障を左右する。それを、利国的要求を次々と繰り出すアメリカに翻弄されてはたまらない。アメリカは自国内では核のゴミ問題が解決できないので、原発の新設は認めていない。地震列島日本はもっと深刻なのに平然と日本には原発をやめるのをやめろと注文をつけてくる。保守の原点は自主・独立であり、真正保守派こんな屈辱的対米追従は拒否しなければならない。
 潜在的核保有国の立場を維持するためには、原発が不可欠という理屈が罷り通っているが、原爆が必要なら、日本の技術や国力をもってすればいつでも核など持てるはずである。原発が出来る前に原爆を造ってきた事実を忘れている。日本のみならず近隣諸国をも危険に晒す原発は、今や原爆や軍事的安全保障から切り離して考えるべきなのだ。

<アメリカの要望に応えて、原発を廃止し輸出もやめる>
 どんなに辻褄が合わなくても格好が悪くても、もう脱原発に向かうしか日本には途が残されていない。アメリカが本当に日本の原発による核拡散をそれだけ心配するなら、核燃料サイクルも辞めればいい。現にアメリカも原発ゼロなら核燃料リサイクルを止めろと言っている。そうすれば、イランも韓国も文句は言えない。更に、原発も2030年代には止め、原発の輸出も正々堂々と辞めることが、核不拡散に一番貢献することになる。
 つまり、非核3原則にもう一つ加えた「原発輸出もしない」という、非核4原則である。原発を完璧にやめれば、アメリカに文句を言われる筋合いはない。日本はせめて原発政策ぐらい、アメリカから離れて独自の途を歩むべきである。ドイツもそうしているのだ。 
 日本が潜在的核兵器保有国だから、発言力を持つという人がいる。事実は逆である。世界は原爆と原発事故の二重の被災国日本の動きをじっと見守っている。自ら率先垂範して原発を廃止すればこそ、核廃絶にしろ国際問題ついて何よりも強い外交カードをもつことになる。