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選挙戦術における2つの失敗―離党者への対抗馬擁立と安住幹事長代行の踏み絵発言―(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その8)13.02.13

<強引な政権運営が招いた離党者続出>
 民主党の分裂、ゴタゴタが民主党のイメージを大きく損ねたことは明らかである。もっぱら出て行った人を責める風潮があるが、内部にいた私としては出て行った人たちを責める気持ちにはなれない。なぜかというと、純粋で真面目な人たちだからこそ、民主党らしさを捨て去った政策や強引な政権運営・党運営に我慢できずに出て行ったのである。野田執行部がハンドリングを間違っていたのである。最初の中後淳、斉藤恭紀の離党のきっかけは、党の提言であるTPPを慎重にすべしというのを無視した、野田首相の前のめり発言だった。消費増税で離党者が続出したと思われているが、最初は他ならぬTPPであり、その後の「きづな」の内山晃の離党もTPPが主因だったのである。かくして衆議院308議席が選挙前には230余に減っていた。

<愚かな全選挙区立候補>
 そもそも党議拘束をかけ、そしてそれに違反した人たちに対して党員資格停止、離党勧告というのは日本だけの愚かなことであり、他の国では行われていない。このことは既に別のブログ(「党議拘束違反で分裂、離党の大騒ぎは日本のみ―12.07.17」)で述べた。まして、小泉純一郎のように刺客まで送り込み選挙で落とすという愚かなことは真似すべきではないことだと思っていた。ところが今回、民主党執行部は、ほとんど誰一人として当選の見込みもないにもかかわらず、離党でできた空白区に候補者を立てるというもっともらしい大義名分のもとに、元の仲間に容赦なく民主党の候補者を送り込んだ。その数は50名近くに達している(別表「民主党離党者に対する民主党対立候補一覧」参照)

 私はこんなにも大量に嫌味なことをしているとは、選挙が終わって新聞で全国の選挙結果を見るまで知らなかった。

<典型的悪例、田中美絵子の東祥三への対抗馬出馬>
 こうした愚行に対して、私が個人的にも厳重に注意した案件がある。東京15区の田中美絵子の未来の党の東祥三幹事長への対抗馬としての立候補である。
 田中美絵子はそもそも議員会館で私の隣部屋の河村たかしの秘書で、私が声をかけて民主党の候補者リストの中に入ることになった。09年衆議院選挙の時に丁度よく石川2区の森喜朗元首相の対抗馬として擁立され当選、小沢ガールズの一人としてマスコミにもてはやされていたものの、その後のスキャンダルもあり、東京15区へ国替え立候補した。
 小沢と共に離党した重鎮の東の対抗馬になるというのは、恩義に悖る。私は、かつて民主党候補へと勧めた責任もあり、女刺客のような出馬はやめたほうがいいと強く言ったが、聞く耳を持たなかった。結果は当然のごとく2人とも3万票弱しかとれず共倒れだった。

<自民党を利しただけの民主党の刺客>
 愛知14区・鈴木克昌(現・生活の党幹事長)に東海ブロックで比例単独で衆議院議員となった磯貝香代子をぶつけたほか、愛知1区・佐藤夕子、4区・牧義夫等にも軒並み対抗馬を立てた。まるで、小泉郵政選挙の女刺客を真似ているとしか思えない。磯貝は社会保障と税の一体改革採決の折、造反した人たちに厳しい処分をすべしと、命を助ける「助命嘆願」ではなく、もっと厳しい措置を講じろという「除名要請」に出向いている。そして、次が昨日の仲間の対抗馬として小選挙区立候補である。これまた私の常識外のことである。
 上記3人の他に埼玉7区・小宮山泰子の未来の党4人と後述する維新の2人は、対立候補が立たなければ小選挙区で当選し、もう6人は確実に野党仲間が増えていた。民主党は目先のことにこだわり、自民党に塩を送ったのである。戦う相手は他の野党でなく自民党なのに、完全に相手をはき違えてしまった。分裂がしたが故に票数が減っているが、他に京都1区の平智之、沖縄1区の玉城デニー、宮城2区の斉藤恭紀、北海道12区の松木謙公は、民主党がちょっかいを出さなければ小選挙区当選した可能性が高い。対立候補を立てられなかった石川知裕(北海道11区)、畑浩治(岩手2区)、青木愛(東京12区)、村上史好(大阪6区)はいずれも比例復活しており、非自民票の潰し合いをしなければ民主党も他の野党ももっと議席を確保できたのだ。

<離党者への民主党対抗馬はただの1人も当選せず>
 ところが、全員ものの見事に落選している。比例区の票の上積みに貢献したからいいではないか、といった言訳が聞こえてくるが、民主党の比例区の票は、小選挙区の票よりも大幅に下回り、何の効果も生じていない。つまり、小選挙区で民主党の候補者名は書いても、比例区では民主党と書かない者が圧倒的に多く、空白区だから比例区の票が少なくなることはほとんどなかったといえる。結局、50名近くの膨大な選挙資金を無駄にし、自民党を利しただけの徒労に終わったのである。更に悪いことに維新に移った2人の実力者、小沢鋭仁(山梨1区)と松野頼久(熊本1区)にもわざと対抗馬を立て、今後の野党共闘の可能性も著しく低くしてしまった。選挙の遺恨はなかなか拭い去れないのが政界の常である。

<聞きたくない藤村前官房長官の後付けの言訳>
 年明けて毎日新聞の年頭インタビューを受けた藤村前官房長官が、解散時期を見誤ったのではないかという指摘に対して、先に延ばすと維新の準備が整ってもっと惨敗する恐れがあったと見苦しい言訳をしている。それならば、11月2日に岡田副総理も入って協議、決定した解散に向け、与党民主党はひそかに万全の準備体制をしいたのか、と問い質したい。2005年の8月8日、小泉政権は亀井静香が150%ないと言った解散を断行し、次々と日替わり女刺客を公表し、選挙になだれ込み、大勝利を収めた。
 しかし、民主党陣営のしたことは、前述のとおり、民主党離党者に意地になって対立候補をぶつけ、むしろ敗北に上塗りしただけなのだ。
 非自民ということで見れば、民主党離党者のいる選挙区での脈絡のない立候補により10議席以上も失っている。後々の反自民勢力の結集ということを考えたら、全く余計なことをしていたことになる。
もちろん、「未来」がやたら民主党候補者に対して対立候補を立てたことに対する反撃もあることはわかるが、大政党は民主党であり、民主党が自重するのが先である。民主党王国といわれた北海道の大敗北は、新党大地・真民主との連携が崩れたことも原因の一つである。日本の選挙は相変わらず自民対反自民であり、反自民が割れては勝負にならない。参議院選挙に向けて、肝に銘ずべきことである。

<安住幹事長代行の大失言の被害者は一に鳩山、二に篠原?>
 2つ目の大失敗は、11月18日の日曜討論における安住幹事長代行の誓約書発言である。この1番の被害者は怒って出馬を取りやめた鳩山元首相であろう。民主党の創業者に対してあまりにも失礼なことであろう。慰留もされなかった。ところが、私の支持者が2番目の被害者は篠原だと大騒ぎしていることを知らないでいた。19日から2日間東京でマニフェスト修正に費やし、20日の夕方、長野の選挙事務所に帰ってきてみると、周りは真っ青だ。まず秘書が「代議士、本当に公認されるんですか」と聞いてきた。信濃毎日新聞は11月19日朝刊1面に『「党政策に反対」公認せず』という見出しで「野田首相の考え方についてこられなければ後任はできない」との安住発言を大々的に報じた
(信濃毎日新11月19日朝刊1面『「党政策に反対」公認せず』参照)
。それを真に受けた真面目な周辺の者は、マニフェスト、特にTPPについての反対するのは公認されない恐れがあると心配していたのである。
 私は、「そんな馬鹿な話があるか、北朝鮮や中国の共産党はそうかもしれないけども、民主化されたロシアの共産党ですら、そんな非民主的なことはしない。純化路線などと言っているが、そんなのは弱小政党の話だ。政権与党たる大政党は色々な意見を纏めていかなければならないのに、何を馬鹿なことを言っているか」と言って安心させようとした。ところが、相当な政治通の者でさえも心配していた。地元中野市の地方紙「北信タイムス」は「党公認となるのか支持者も注目している」と記事にまで書いた。(11月23日北信タイムス 参照)
それだけ悪影響を与えたのである。
 数日後、案の定、一人も公認されない者などなく現職議員はすべて公認された。ところがここからがまた問題だった。

<鳴り止まないクレーム電話と数多くの意見メール>
 私の選挙事務所には相当なクレームの電話が掛かってきた。メールも相当寄せられた。つまり私が公認されたのは、踏み絵を踏まされTPPに賛成すると言い、原発についても反対と言わないと言ったからだというのだ。そんなことは政治家として情けない、許せない、自分の主義主張をなんで通さないのだ、ちゃんと通すから支持していたのに見損なった。もう支持しない。山田正彦TPPを慎重に考える会会長と同じようになぜ離党しなかったのか等々、とどまることを知らなかった。
 電話やメールを書く人はほんの一握りに過ぎない。多くの人が同じ誤解していたのである。ミニ集会でも、篠原さんは踏み絵を踏まされて妥協したのではないか、という質問をあちこちで受けることになった。私はすぐ全面否定したが、私と直に話を出来る人は限られている。多くの有権者が、誤解したまま投票日を迎えたに違いない。全国でも安住幹事長代行の軽はずみ発言でさらに票を失い、何人かが議席を失っただろう。

<厳に慎むべき選挙期間中の軽率発言>
 05年小泉郵政選挙では、岡田代表、仙谷政調会長発言が民主党の足を引っ張った。10年の参院選では菅首相の消費税発言が徹底的な敗北をもたらした。今回の安住幹事長代行の軽はずみ発言は、私のようにTPPに絶対反対の者のみならずTPPを推進しようとする人たちの足も引っ張り、両方に不利になった。この点も、我が党の幹部は大人の政治家になっていなかったのだ。