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ミニ集会での主張と質疑応答 (12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その6)13.02.10

<60~70ヵ所のミニ集会>
 今回の選挙は昨日(2月10日)のメルマガ・ブログのとおり60数か所のミニ集会を中心に戦った。正確に言うと解散してから既に栄村や野沢温泉村、木島平村等北の方でやってきているので合計70か所を超えた。概ね1時間とし、最初の15分から20分は私が話すことにした。

<反TPP、脱原発を主張>
 場所によって少々異なるが、私はTPPに反対、原発からも早く脱する、ということを愚直に訴えた。
 後半戦になると安倍・石破連合軍が憲法改正、国防軍、集団的自衛権の行使を認める、はたまた維新の会石原慎太郎代表が核兵器のシミュレーションも行うべきだ、といった右傾化発言が続いたので、それに対して歯止めをかけなければならないと付け加えることになった。
 私の質問に誘発されたわけではなかろうが、農村地帯ではTPPについて多くの質問が出た。原発については少なかったが、やはり柏崎刈羽に近いだけあって多くの懸念が表明された。

<国民は大飯原発の再稼働を許していない>
 どの新聞論調も言っていないが、大飯原発の再稼働に加勢した元大臣たち、つまり、藤村官房長官、枝野経産大臣、細野原発担当大臣、それから不思議なことに、なぜかしら参加していた仙谷政調会長代行を有権者は見逃していない。このうちの藤村、仙谷は落選している。枝野はずっと行政刷新担当大臣、幹事長、官房長官、経産大臣と陽のあたるポストを歴任し続け典型的メリーゴーランド人事の一員であるにもかかわらず大苦戦した。さすが、若さが売りの細野と野田首相は危ういところがなかったが、有権者が名前を書く段になった時には、原発推進に与した者を忘れなかった。つまり、金曜日の夕方のデモは投票行動には表れていなかったという論調は、まったくの的外れであり、やはりしっかりと根底には流れていたのである。
ただ、「脱原発を訴える未来の党はそんなに当選していないし、得票も増えていないではないか」という反論もある。しかし、別にも触れるが、日本の選挙は相変わらず自民対反自民であり、反自民が分れてしまって自民が大勝し、目立たなかっただけである。TPPも原発も当選させる原動力にならなかったが、推進する者を「落とす為のネタ」には十分になったのである。(2月8日のメルマガ・ブログ「民主党幹部のTPP前のめり発言で農村部・地方の小選挙区はほぼ全滅」参照)

<民主党の分裂の原因は3党合意>
 一番多く質問で出たのでは、やはり民主党のゴタゴタについてのものであった。この点について私は徹底的に野田執行部が悪いということを説明した。例えば、「多数の離党者が出るのはおかしい」ということについては、福田衣里子(C型肝炎訴訟原告団、長崎2区)の発言をいつも引用した。
 福田は、政府案にあった高額所得者の所得税の税率アップ、相続課税の控除額の減額により高額所得者も応分の負担をするということが、3党合意で全く消えてしまい先送りにされたことに対し、涙を流して怒り造反した。原案が民主党のコンセンサスを得たものであり、提出された時点で党議拘束がかかっていた。それを3党合意の担当者が勝手に自公の要求を入れて変えてしまい、それを通り一辺倒の説明だけでゴリ押しして、民主党議員は了解しろという強引なやり方に猛反発した。折衝を担当し3党合意を進めた執行部の人物(藤井裕久、古本伸一郎)こそが党議拘束違反をしているのであって、変えてしまった変な案に反対している福田は造反しているのではない、と解説した。

<不透明な決め方で進める執行部が問題>
 別のブログ「党議拘束違反で分裂、離党騒ぎは日本のみ」(12.07.17)で説明したが、日本ほど硬直的な党議拘束をかけ、造反者にきつい処分をしている国はない。私はこの時点で、民主党は党議拘束をかけるべく両院議員総会に諮り、党としてきちんと決める必要があったと思っている。それが嫌ならば、3党合意案を受け入れた時点で党議拘束をはずすのが筋である。なぜなら3党合意の内容は、民主党内では決定されていないからだ。

<野田執行部が党内意見を無視>
 「篠原は民主党の一員なのに私が野田首相が進めようとしているTPPに反対しているのは、党員として問題ではないか」という指摘もよくいただいた。それに対しては、「事実は逆であり、民主党の党内意見はTPPには慎重に対応すべしという方が多かったにもかかわらず、野田執行部はそれを踏まえず無視する形で勝手に前のめり発言を繰り返している」と応じた。野田首相がいくら前のめりにTPP交渉への参加宣言をしようとしてもできなかったのは、党全体の空気と逆だったからだ。
 この点は、政権に復帰した自民党政権が、党内意見を尊重して慎重に対応していることは、2月8日のメルマガ・ブログで既に述べた。

<「民主党の悪口を言いすぎる」という批判に対する私の弁明>
 あまり強引に事を進めんとする執行部が悪いと私が説明することについて、執行部への悪口であると取られることも多く、ある会場では「そんなことを聞きに来たのではない」と言って色をなして怒る人もいた。また、数人の先輩諸氏からも「あまり悪口を言うな」と注意を受けた。しかし私は、70人以上もの離党者を出して反省の色もなく、更に純化路線をとるなどと言い出し、挙句の果てにこんな愚かな解散をした野田首相を許すことができず、口調をゆるめることはなかった。57人しか当選できなかったことが、いかに大問題の解散であったかをよく物語っている。
 私は民主党幹部の悪口を何も意図的に言った覚えはない。民主党のゴタゴタについて質問があった場合には、執行部が横暴かつ強引に物事を進めていること、党内からの意見を聞かないこと、意思決定システムがでたらめで、きちんとせずに進めようとしていること等を、説明せざるを得なかっただけだ。

<全く興味が示されなかった12年版マニフェスト>
 それからもう一つ特筆すべきことは、60数回のミニ集会の中で、今回の選挙用の民主党マニフェストを常に配布していたにも関わらず、全く質問が出てこなかったことである。つまり、もう相手にされなかったのである。それにもかかわらず、TPPについて票を減らすだけの文言を入れ込み、同僚議員の多くを国会に戻れなくする負の大効果だけを残した。
 09マニフェスト違反の消費税については、さすがちょくちょく聞かれた。マニフェストは、政権交代にこそ大きな働きをしたが、政権与党は現に何をしているか現実の政策でしっかり判断されており、もう不要ということである。

<篠原個人を前面に押し出した選挙戦>
 これが不快に聞こえたとしても私は仕方がないことではないかと思っていた。逃げる票もあれば得る票もある。私は最初からみんなの支持を得るためになるべく当たり障りのないことを言って過ごす、というスタイルを踏襲しないことにし、私の考え方を前面に押し出して政治活動を行ってきた。9万人近くの方々に名前を書いていただいたということは、大体のところでは理解していただけたのではないかと思う。
 09年選挙のように民主党への順風が吹いている時ならいざ知らず、民主党というだけでの拒否反応さえあり、民主党よりも私自身を前面に出して選挙を戦わざるをえなかったのだ。私は、選挙は党対有権者よりも、政治家個人対有権者の関係が優先されると考えている。そして、今回大逆風下で当選した者は、私と同じように後者の関係が密だったといえる。