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都議選の結果分析から見えてくる民主党再生の道筋-13.07.03

-基礎票だけで決まった東京都議選-

 都議選は稀にみる「基礎票選挙」だった。これといったがっちりした基礎票のない民主党はボロ負けである。その反対に、党としての揺るぎない基礎票(というより「岩盤票」)のある公明党と共産党、そして三番目に自民党が大勝した。この選挙結果を分析すると、日本の有権者の投票行動なり、政治に対する見方がみえてくる。

<区部5/89、多摩地区10/37の非対称>
 まず、最初に挙げなければならないことは、民主党が89議席もある23区内でたった5議席しか確保できず、東京の田舎ともいうべき区部以外(以下「多摩地区」という)が区部の半分以下の37議席しかないのに、倍の10議席を確保したことである(他に島部1議席がある)。菅元首相の選挙区(18区)の2つの1人区、武蔵野市と小金井市では僅差(それぞれ774票、447票)で敗れはしたものの、せいぜい2人区か3人区の多摩地区で自民の次に入り込んで当選している。3~8人区で1人も当選できない区部と比べると大善戦である。
 もちろん、選挙は最終的には党よりも個人であり、一概に言えないものの、多摩地区の有権者のほうが、民主党の候補者(大半が現職)を律儀に支持し続けたからである。

<東京の田舎・多摩地区の律儀な有権者>
 私の長年のメルマガ・ブログの読者はすぐ、羽田元首相が私に民主党入りを勧めた時に口酸っぱく語ったこと、すなわち「政権維持のためには、逆風だろうと律義に支持し続けている地方の有権者に支えられた議員をいっぱい造っておかないとならない。そのために農政が必要だ。君に農政を任すから出馬してほしい」を思い出されたと思う。このことがなんと東京の地方、多摩地区にも当てはまったのだ。
 地域の絆が希薄になり、それと併行して議員と有権者の関係も表面的な薄いものになった区部は、その時々の状況で投票先を変える人ばかりになってしまったのである。これを民主主義の成果という人もいようが、私は何か殺伐としたものしか感じない。

<大敗北は一に国政のトバッチリ、二にドブ板不足>
 都議選の大敗北は、国政における民主党の体たらくのトバッチリを受けたにすぎない。ただ、もとはといえば、4年前に政権交代という民主党の上潮ムードに乗って都議会第一党になれたのだから、もともと国会議員と運命共同体なのだ。21世紀に入ってから10年近くは民主党に風が吹いていた。05年も小泉自民党に大順風が吹きすぎただけで、別に民主党に逆風が吹いたわけではない。このことは、12年末の自爆解散の大突風と比べるとよくわかる。
 都議会議員も国会議員と同様に順風下の選挙しか知らず、地道な努力を怠ってきたことが第二の原因である。
 駅前の街宣活動が中心で、集会や訪問によるいわゆるドブ板選挙活動が足りなかったのである。自民党は野党転落後、必死になって地域活動をしだしたことから全員当選という偉業、結果につながった。要するに、民主党は議員と有権者が肌で接する機会をほとんど持てず、いま一つ個人の支持者を作れなかったため、党に逆風が吹くと一辺に吹き飛ぶような人たちばかりだったと言える。これは国会議員にも当てはまる。
 生活者ネットは地道な活動が実り、5人中3人当選し1つ議席を増やし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった維新を上回った。いかに普段の顔を突き合わせる活動が大切かをよく物語っている。それから精査してないが、労組系の候補が軒並み落選したのではないか。公明や共産並みの組織とはいえないのに、組織にどっぷりと胡坐をかいて地域活動を怠ってきたツケが回ったともいえる。

<経験不足の若い候補ばかりでは信頼されず>
 もう一つ民主党に自党症状がない欠点として、一仕事終え、やり遂げた者、つまりきちんと社会経験を積んだ候補があまりにも少ないことがあげられる。国政ではまともな社会経験がなく、政治しか知らない政治オタク(?)が、組織運営のイロハを知らず、政権は迷走を続けた。
 試しに候補者の平均年齢をしらべたところ、自民54.3才、公明56.2才なのに対して、民主は10才ほど若い46.6才だった。新しい党で仕方ない面もあるが、自民は当選4回以上が9人、公明は4人に対し、民主党はゼロ、3回すら4人だけ。都議会議員も、国政同様政治家になりたい、若さだけが取柄の者が多すぎたのではなかろうか。
 有権者に民主党が統治能力に欠ける素人集団であることを見透かされてしまったのである。民主党は国政でもそうだが、若ければいいということで候補者を選んできた嫌いがあるが、今や有権者はアマチュアに厳しい眼を向けるようになったのであろう。
 これがいいというわけではないが、私の地元の某市の市会議員は50代以上ばかりで、40代すらいない。地域の信頼を得た人しか選ばれていないのだ。地方自治はそのような人たちに任せるのが真当なのではないか。政治しかしらない政治オタクに任せてはならない。

<中選挙区で一本化調整できない戦略的ミス>
 ただ、よくみると、5つの大選挙区、品川(定数4)、世田谷(8)、杉並(6)、北(4)、江戸川(5)では、民主党から2人出馬で共倒れに終わっている。12年末総選挙をみたら、民主党への風当たりが強く、2人当選などできないことがわかりきっていた。それにもかかわらず一本化できなかったために、みすみす5議席を失っている。世田谷や杉並では、いくらなんでもどちらか1人は当選できると踏んでいたのだろうが、最も移ろいやすい有権者の集中する区部の選挙はそれほど甘くはなかった。本当は、野党協力すべきなのを、党内さえまとめられない状況では、他党との話し合いなどできるはずがない。国政のだらしなさの鏡ともいえる都議選だった。
 今更言っても愚痴にしかならないが、次点が18選挙区に及んでいる。後述の共産の最下位当選8人と好対照である。世論調査もしただろうに、それを分析し、重点地区に大物応援議員を投入するなどの追い込みなど、しぶとさに欠けたことを示している。
 引き続く参院選では5人区の東京地方区から大河原雅子と鈴木寛の2人の現職が出馬する予定となっている。都議選と同じような50%を割る低投票率となり、基礎票選挙が続くとしたら、1議席すら危うい状況である。当然一本化しなければならないが、こうしたことができるかどうかで、党幹部の鼎の軽重なり民主党の統治能力が問われることになるが、7月3日現在調整は不調に終わった。

<自公は本当には勝っていない>
 東京の自民党の支持率は、山口や鹿児島と比べるともともとは高くない。ただ投票率が09年と比べ54.5%から43.5%と11ポイントも下がったため、相対的得票率が25.9%から36.0%と10ポイントも上がり、59人全員当選という大勝につながった。得票数でみると146万票から163万票と17万票増えたにすぎないのに、38議席から21議席増の59議席となった。
 公明党は得票数を09年の74万票から64万票と10万票も減らしたものの、自民同様に23人全員が当選し、自公で過半数(64)を上回る82議席を占める結果となった。そして42選挙区すべてで自公がトップを占めた。
 一方、民主党は得票数を230万票から69万票と3分の1に下げ、前回の54議席(選挙前は離党で43議席)から15議席へと39議席も減らしてしまった。要は国政同様、民主党がズッコケたのである。

<共産党も票は伸ばしていない>
 共産党は42人のうち17人当選し、民主党を凌ぐ第3党になった。得票数は09年の71万票から62万票と10万票近く減らしたのに、相対得票率が僅か増加しただけ8議席から倍増する結果となった。野党(自公以外)が候補者を乱立させ、当選ラインが下がったからである。つまり、都議選でも12年末総選挙と同じく、民主・維新・みんなが票の奪い合いをしているのを尻目に、共産党が中選挙区なるが故の漁夫の利を得ただけのことである。17人中8人が最下位当選しているのがこれを如実に物語っている。
 従って、共産党の勢いは31の1人区、10の2人区で3人区以上が6都府県しかない参院選には連動しない。

<プロを大切にする共産・自民、プロを育てない民主>
 また特徴的なことは、元職5人が返り咲いていることだ。自民党もあまりの強腕に党内からも批判の多い千代田区の内田茂(元74才)をはじめとして、同じく5人が返り咲いている。それに対し、国政レベルでも「2期連続して小選挙区で勝てなかったら公認しない」という岡田幹事長の言に代表されるように(04年)、民主党はすぐ首をすげかえて若い者にしようとする。これでは民主党はいつまでたっても必死で這い上がるために汗をかく議員は生まれず、足腰の弱い風頼みの党からは脱皮できない。

<維新とみんなのつぶし合い>
 維新は34名、みんなは20名立て、それぞれ2名と7名が当選し、明暗を分けた。参院選では維新、みんなは協力関係にあったが、橋下発言で瓦解し、都議選では15選挙区で両党がぶつかった。その結果、両党が当選した所は一つもない。有権者は自民党の別動隊として同レベルにしかみておらず、完全に票が二分された。両党の争いで民主党は影が薄れて埋没し、最終的には共産党を押し上げる結果となった。
 都議選の最中(18日)に、石原慎太郎代表が、一時は第2党を狙う勢いだった支持率があまりに急落したため、橋下徹代表に慰安婦発言を詫びろと苦言を呈したのはわかるような気がする。維新は多くの候補者を立てたせいか、得票数は37万票とみんなの31万票を上回った。2党合わせると69万票で民主の69万票、公明の64万票、共産の62万票と大体並ぶことになる。自民だけが163万票と、都議会も国会と同様に1強多弱時代に突入してしまった。

<末期症状の基礎票選挙>
 12年末総選挙は、戦後史上最低の投票率となり、浮動票は自民もダメだけれども民主にもガッカリしたということで、第3極の維新・みんなに流れた。
 今回の都議選の投票率も、衆院選同様に、09年の54.5%から43.5%と11ポイントも落ち込み、史上2番目の低投票率となった。11ポイントはそのままかつての民主党の支持者が棄権したのであろう。第3極期待が、橋下慰安婦発言で維新がこけて、みんなが得して7議席も占めた。この10年の衆参選挙東京の平均得票数は、自民169万票、共産54万票で、今回の都議選はそれぞれ163万票、62万票とほぼ同じ。公明も64万票とほぼ基礎票どおりだった。まさに岩盤選挙で、基礎票のある自・公・共が勝ち残り、民主党だけが大敗北を喫した。
 
<民主党の再生は総合政党に戻るしかない>
 日本の選挙の構図はやはり万年与党自民党を中心に回っているのであり、これを崩さないと日本の政治は変わらないという羽田さんの指摘はその通りである。その意味では、自爆解散をして、たった3年3ヶ月で政権を自民党に返してしまった野田佳彦前首相の罪は、拭い去りようがない大罪と言わねばならない。
 民主党の再生を考えた場合に、途は一つしかないということがわかる。みんなや維新のように大人口を抱える都市部の世論受けを狙って、調子のいい政策を並べ立てていたのでは政権奪取はありえない。仮に政権奪取しても、今回の2つの選挙のように都市部で惨敗してまたすぐ第1党の座を奪い直されるのがオチである。それよりも、政治の助けを必要とする地方の人たち向けの政策を着実に実行し、信頼を得て支持を地道に拡大していくことこそ、政権奪還につながるのだ。