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鹿野応援 総括シリーズ13 「鹿野代表選擁立」 - 13.07.18

羽田雄一郎さん(長野県区)、鹿野道彦さん(比例区)を応援しています。よろしくお願いいたします。

「鹿野代表選擁立」
 何とか塾の皆さんや政治家しか経験のない政治オタクの皆さんは、代表選とか政局となると燃える方が多くみられます。しかし、私は55歳で受け身で政治家になっただけで、内輪の争い特に代表選は嫌いで、いつも傍観者でした。
 しかし、菅政権の中頃から意を決しました。もともと幼稚な議員に政治ができるのかと心配していましたが、閣僚たちの勝手な放言、内閣や党の運営のまずさが眼に付き、黙って見ておられませんでした。鳩山さんも菅さんもそこそこ意見を言える関係にありましたので、特に菅政権に対して常に紙にまとめていろいろ提言しました。あまり、こういうことを言うのはよくないかとも思いますが、その一つに「鹿野幹事長」があります。しかし、なかなか受け入れられませんでした。鹿野幹事長なら菅政権がずっと続いたかもしれないのです。
 11年8月下旬、菅さんが退陣表明するちょっと前から、私は鹿野さんに総理になってもらうしかないと思うようになり、同志を集めて初めて代表選に関わりました。菅さんからは「政策の使徒が政局の人になっている」と冷やかされました。
 海江田、前原、野田、馬淵と5人の候補者の中で、結果は4位。決選投票で背広を脱いで2位の野田さんに投票とシグナルを送り、「背広脱ぎの鹿野」として話題になりました。
 この時のいかにも鹿野さんらしいエピソード2つを紹介しておきます。
 海江田、野田は閣内にいましたが、当然代表選出馬を明らかにし選挙活動をしてきましたが、鹿野さんは菅内閣の一員だとして頑として動こうとされないのです。出馬表明は菅さんが正式に退陣表明をした後、8月26日(金)の午後、ほとんどいなくなった議員会館を私の先導で挨拶回り。143人もいる1期生には最も馴染みのない候補であり、最も早く顔見せしないとならなかったのに、この律儀さ。
 次は、極秘事項でしたが、6月18日、朝日新聞の東北版に載った「首相に近づいた男 鹿野道彦/「小沢幹事長」拒み脱落」の記事です。首相になりたい一心で、さんざん小沢批判をしてきた前原、野田が小沢に擦り寄りました。鹿野さんには逆に小沢サイドから話がありました。政治や経験の長い小沢さんには、誰が一番首相にふさわしいか一目瞭然だったのです。
 しかし、鹿野さんは記事のとおり拒否します。そして小沢グループが大挙して海江田支持に動き、1回目の投票は大差で1位となりました。首相の座よりも政治家としての矜持を選んだのです。いかにも鹿野さんらしい決断です。