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2013年07月17日

鹿野応援 総括シリーズ12 「見事な捌きの震災対応」 - 13.07.17

羽田雄一郎さん(長野県区)、鹿野道彦さん(比例区)を応援しています。よろしくお願いいたします。

「見事な捌きの震災対応」
 2011年3月11日は、日本人には忘れられない日となりました。未曾有の大震災、地震・津波そして原発事故です。
 私は鹿野農相の下、副大臣として仕え、その見事な危機管理対応に惚れ惚れしました。「一人たりとも飢え死になどさせてはならない。一日も早く食料と水を被災者に届けなければならない」と大臣室で檄を飛ばされ、直後は日に2〜3回大臣室で会合が持たれました。「東北の復興は同じ東北人の俺がやる」ともおっしゃっていました。
 皆さんお気づきでしょうが、ガソリン・重油等のエネルギーの供給がままならず混乱状態が報じられましたが、食料についてはほとんど問題になりませんでした。それは、鹿野大臣の陣頭指揮の下、我々農林水産省が組織をあげて供給・運搬体制の構築にあたったからです。うまくいっていることは、マスコミは取り上げてくれませんのであまり知られていない事実です。
 放射能で汚染された農産物等出荷制限は、そこそこ有識者の私に任されました。任すことは任せ、自らやることはやる、その辺の呼吸を心得ている方なのです。一段落つくと、毎週末被災地に足を運ばれる姿勢にも頭が下がりました。
 緊張した大臣室で、どう扱われても気にしない(?)篠原ネタの笑いも連発して部下の官僚たちを和ませる気配りも大したものでした。私に仕えたい上司のアンケートがきたら、鹿野さんを一番にあげます。

2013年07月16日

鹿野応援 総括シリーズ11 「TPPの暴走を喰い止める」 - 13.07.16

羽田雄一郎さん(長野県区)、鹿野道彦さん(比例区)を応援しています。よろしくお願いいたします。

「TPPの暴走を喰い止める」
 今まで参議院選挙は1人区を中心に農政をPRするためあちこち出かけました。
直接支払い(農業者戸別所得補償)が民主党の看板政策の一つになったものの、候補者たちが有権者に話せるほど知識がなかったからです。一時は「篠原は農村地域限定の売れっ子議員」と冗談を言ってあちこちの農村に出かけました。その結果、6年前の07年の1人区23勝6敗に結びつきました。その後、民主党の皆さんは上り調子の民主党は当然に勝ったのだと驕り、農村への配慮を忘れてしまいます。そしてとどのつまりがTPPです。
 マスコミの予測によると、今回の1人区は自民が全勝の勢いで民主党は全滅、辛うじて戦っているのが、岩手(平野)、山形(舟山)、沖縄(糸数)の3県のみ。6年間の民主党を巡る情勢の変化には隔世の感があります。愚かにもTPPを連呼し、民主党を潰した幹部は、この惨状をどうみて、一体どのように反省しているのでしょうか。
 こうした流れに必死で抵抗し、日本の農業・農村を守り、菅・野田両首相のTPP暴走を止めるのに全力を注いだのが鹿野さんなのです。この件は鹿野農相1年9ヶ月の動きをまとめた『農・林・漁 復権の戦い』にまとめられています。
 日本の地方の復権のため、日本の再生のためには鹿野道彦の復活が必要です。

2013年07月15日

鹿野応援 総括シリーズ10 「男 鹿野道彦の最後の勝負」 - 13.07.15

羽田雄一郎さん(長野県区)、鹿野道彦さん(比例区)を応援しています。よろしくお願いいたします。

「男 鹿野道彦の最後の勝負」
 鹿野さんは、父君の跡を継いで1976年34歳で衆議院初当選。その後、2003年の10回まで連続当選を続けます。その後、05年に落選、09年に復活、そして12年に再び落選。かつての安倍派(清和会)のプリンスも71歳になってしまいました。自民党で農相と総務庁長官と閣僚2回、民主党政権で菅・野田両内閣で連続農相。民主党では、羽田さんが引退して、小沢さんも去ったので、当選11回は一番の当選回数でした。今、菅さんと横路さんが11回です。
 今回、海江田代表の直々の要請により、急遽立候補することになりました。私は、海江田代表こそ厳しい政局の中での党運営について、鹿野さんの経験が必要と痛感されたと思います。
 そして、ひょっとすると晩節を汚すかもしれない危険を冒してまで立候補に踏み切られたのです。多くの関係者は、この退潮一途の民主党で当選できるわけがないと言います。しかし、私は鹿野さんの政治家としての心意気に感じるものがあります。絶対に当選してもらわないとなりません。終盤になりましたが、今も必死に山形で長野で頑張っています。

2013年07月14日

鹿野応援 総括シリーズ9 「悪夢を見ているような気がした12年11月16日(木)と19日(月)」 - 13.07.14

羽田雄一郎さん(長野県区)、鹿野道彦さん(比例区)を応援しています。よろしくお願いいたします。

「悪夢を見ているような気がした12年11月16日(木)と19日(月)」
 05年8月、小泉首相の趣味(?)の郵政民営化のため、解散というバクチを打たれ、民主党は大敗北しました。といっても、113議席は確保しました。それを自ら一番いい時に解散できるというのに、308議席を57議席に減らした野田さんはおよそ政治センスに欠ける稀代の無責任首相といえます。
 この時の鹿野さんとの会話で印象に残っているのは、「小泉というのは変り者で何をしでかすかわからない。日本国がどうなろうと、自民党がどうなろうと、自分勝手な郵政民営化のために解散する」というものです。小泉さんと野田さんの違いは、口では自民党をぶっ壊すと言いつつ、逆に多くの議員を当選させているのと、格好いいことばかり言いながら、200人以上を落選させてしまったのとの違いです。
 歴史のアナロジー(類似性)というのがあります。
 鹿野さんは、12年11月、細野政調会長と馬渕担当がひな壇に座るマニフェストの全体会合で、大声を出して「こんなTPP推進などというマニフェストでは多くの同僚議員が討死する」と反対しました。いつも足して二で割るような調整しかしない細野さんは「私と鹿野さんに任せて…」と言いましたが、鹿野さんはきっぱりと「任せられない」と言い切りました。しかし、TPP推進の表現は変らず、その討死した者の中に鹿野さんも含まれてしまいました。あと700票余で比例復活するところでした。鹿野さんが悪影響を予測して警告したにもかかわらず、7年前と同じことが起こってしまったのです。
 2度とも鹿野さんの言に従っていたら大敗北は免れたはずですし、何よりも鹿野さんの落選は防げたのです。

2013年07月13日

鹿野応援 総括シリーズ8 「鹿野さんの政局をみる確かな眼」 - 13.07.13

羽田雄一郎さん(長野県区)、鹿野道彦さん(比例区)を応援しています。よろしくお願いいたします。

「鹿野さんの政局をみる確かな眼」
 選挙には滅法強く、盤石の選挙基盤でしたが、辞めた秘書が鹿野秘書をかたって悪さをし、鹿野さんは民主党に迷惑をかけてはいけないと責任を取って離党しました。そんなことしなくてもよいのに鹿野さんの潔さを物語っています。
 もちろん鹿野さんには何もやましいことがなく、すぐ復党しました。しかし、世の中、政治と金にうるさくなったのでしょうか、03年11月の選挙で、鹿野さんは初めて選挙区で敗れ比例復活しました。
 前述のとおり、私は鹿野NC農水大臣の下、すぐ農業再生プランの策定に取り組みました。04年の参院選に既に効果が出て、1人区で01年の0(2)勝25敗から13勝14敗と大善戦し、上昇気流に乗りました。
 ところが、鹿野さんの1期上の清和会の変わり種、小泉首相が郵政民営化を喚き出しました。亀井静香さんは郵政解散なんて150%ないと言っていましたが、鹿野さんは必ずやると断言していました。中山間地域の支持者訪問をしているという私に、郵政解散があるから人口密度の高い住宅地域を徹底的に回れと忠告しました。私は半信半疑で従いました。
 それだけではありません。郵政民営化の対抗法案を用意しておかなければならない。さもないと小泉にしてやられると主張し、赤プリで勉強会を重ね、法案を完成させました。そして、両院議員懇談会で提出すべしと提案したのに、岡田代表、仙谷政調会長、五十嵐NC総務大臣は拒否しました。
 鹿野さんの予言通り、05年8月8日、小泉首相は突然解散し、岡田、仙谷両首脳は選挙期間中にブレた発言をして民主党は大敗、鹿野さんも初めて議席を失ってしまいました。

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