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都市部でも農村部でも完全に拒否された民主党-参議院選挙篠原報告その1-13.08.05

マスコミ各紙は参院選について自民党の異様な勝ち方を一斉に報じていた。
 そうした中、私は民主党(正確には元民主党も含める)の負けっぷりと戦い振りを見ることにより、民主党の再生の糸口を探ってみることとする。

 よく言われるが、日本の有権者も賢こくて、1年以内に続いて行われた国政選挙で片方を2連勝させた例はない。今回は、その例外を作ってしまった。よく見なければならないのは、単に議席数の差だけではなくその負け方、つまり得票率・票差、自民党候補に対する惜敗率である。

<元民主党の無所属平野の当選>
 07年には29の1人区で、対自民党でみると23(民主18)勝6勝だったのが、今回は2(民主0)勝29敗という大敗である。非自民で勝ったのは岩手の無所属の平野達男と沖縄の糸数慶子のみ。平野はどういう判断で民主党を離党し、生活とは絶対に一緒にならないとまで言い切ったのか不明だが、結果は大成功である。
全国的に蔓延する嫌民主党の対象とはならず、民主党内閣での復興大臣の実績を強調し、落下傘候補の田中真一に8万1,869票(田中の惜敗率66.4%)もの大差をつけて圧勝した。当初競り合いと報じられたが、真っ赤な嘘で、相当差が開いており、後述のように自民党は後半は諦めて応援に入らなくなっていた。

<みどりの風 舟山の孤軍奮闘>
 次に善戦したのは山形の舟山康江で得票率44.6%、2万734票差(惜敗率92.4%)、に迫った。自民党は、岩手、山形、三重、沖縄を重点選挙区として、大物閣僚や人気者小泉進次郎等が鳴り物入りで応援に駆けつけた。私は急遽参院比例区に立候補した鹿野道彦事務所(山形)に長くいなければならず、自民党のてこ入れをつぶさに見ることになった。あまりの応援格差に驚き、原中勝征前日本医師会前会長と嘉田由起子滋賀県知事の応援の斡旋をしたりしたが、自民党の大物の応援にはとてもかなわなかった。
 途中、自民党は岩手と沖縄は大差がつけられていることがわかり、その分山形に相当入り込み、安倍首相は選挙最終日の20日にも山形入りした。多分相当追いまくられていたか、ひょっとして舟山がリードしていたのかもしれない。舟山は、巨大与党自民党を相手に弱小政党みどりの風で一人で戦ったのである。立派の一語に尽きる。
 農村部は農政連の推薦もあり盤石だったが、自民党の大物応援により都市部の浮動票がかなり14才若い大沼瑞穂に流れての惜敗である。

<1人区は勝負にならず>
 民主党でそこそこ勝負になったのは、高橋千秋(三重、得票率37.8%、5万5,799票差、惜敗率85.0%)、松浦大悟(秋田、39.0%、6万6,349票、74.7%)の二人だけで、他は二大政党の面影など全く見られない完敗である。民主党の1人区の得票率1位は注目を浴びた高橋ではなく、地道に反TPP、反原発、反96条先行改正という民主党的主張を続けた松浦だった。私も山形から応援に駆け付け、農協回りをして支持を訴えた。
 投票率が52.61%と低率に終わったが、激戦の山形は島根に次いで第2位の60.76%、三重も4位となっている。逆に民主が候補を立てなかった青森は全国最低の46.25%、その他無風選挙区も50%を切っている。有権者は正直で、きちんと戦っていれば投票所に足を向けるのだ。
 10年には敗れた1人区ですら、民主党候補の得票率30%を越えていたが、今回上記二人の他に30%超えは川上義博(鳥取)と大久保潔重(長崎)の二人だけ。自民候補との惜敗率が50%を超えたのは、上記二人の他は徳永久志(滋賀)と中谷智司(徳島)だけにすぎない。対自民党ということではほとんど相手にされなかった。

<2人区でもやっと当選>
 2人区以上をみるともっと惨めかもしれない。
 10の2人区では羽田雄一郎(長野、30.8%、7万527票、80.7%)と榛葉賀津也(静岡、30.0%、7万6,694票、72.2%)の二人が群を抜いてるが、他の5選挙区では自民とは大差をつけられ、第3極をやっと退けての薄氷の勝利にすぎない。2人区は2大政党制を反映して公認されただけで、当選できるゴールデンシートと羨らやましがられたのは、はるか昔のように思えてくる。
 そして宮城では岡崎トミ子がみんなに、京都では北神圭朗が共産に僅差(それぞれ5,102票、17,976票)で敗れ、兵庫では辻泰弘が維新に25万5,079票もの大差を付けられて敗れている。この他に、茨城、福岡も維新・みんなが当初どおり手を組んでいたら議席を失うところだった。

<3大都市圏で完全に拒否される>
 3つの3人区では、愛知の大塚耕平が惜敗率も70.2%と実力で当選したが、埼玉の山根隆治はみんなに移った元民主党の行田邦子に完敗した。野田佳彦前首相のお膝元の千葉は、長浜博行が当選したものの、自民の二人が1、2位を占め、その二人の合計票との惜敗率は36.3%にしか達せず、維新とみんなが手を組んでいたら10万票以上の大差で議席を失うところだった。
巷間、野田執行部の6人組とやらの地元では、民主党の信用を失墜させ、党そのものを崩壊させた戦犯に対する批判に溢れ、彼等が応援に立つほどに票が逃げたとも言われている。千葉をみるとまさにその通りの感がしてくる。
 4、5人区では、神奈川の牧山弘恵がやっと共産を抑えて議席を確保できたものの東京では鈴木寛と大河原雅子の直前の一本化を試みたが、失敗に終わり、議席を失った。大阪では、各党1人ずつ立てた中、4つ目の議席を共産に奪われ、やはり議席を失ってしまった。つまり、みんなを上回ったのみで、自民の3分の1以下、公明の2分の1以下の得票という目を覆わんばかりの惨敗である。大きくブレる大都市圏では、民主党を拒否する方向に大きく揺れてしまった。

<民主党の党名に強烈な拒否反応>
 最後に比例区は、07年の20議席から10年に16議席と大きく(得票率42.4%)減らし、今回は結党以来最少の7議席のみ。最盛期の09年の衆院選比例区2,894万票と比べると713万票と4分の1に減り、参議院比例区の最盛期の07年に2,326万票(得票率39.5%)と比べると3分の1に減り、公明党(757万票)の後塵を拝してしまった。僅か3~4年間での大減少である。余計なことかもしれないが、明日の維新、みんなの姿もこれと同じになるかもしれない。
ドント方式のなせるわざだが、当選者の最低得票数は一気に15万票以下にはね上がった。自民党は8万票弱、他党が3~4万票と比べると相当ハイレベルとなり、自民党の最低得票率を上回る者が6人、他党を上回る者が2名という結果となった。もともと党名を書く者が80%の近くの民主党が、党名を書きたくないと嫌われ、今回は党名が483万票と67.7%と減り、自民党の3分の1に減った。比例区票の大幅減が民主党の退潮を如実に表している。