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予算委員会報告3 原発輸出はモラル欠如の表れ ‐原発廃止で世代責任を果たす‐ 13.11.16

<原発ゼロを主張する小泉元首相はやはり大政治家か>
 私が、今回の3つの事例で最も力を入れたのが原発である。原発輸出はモラルに欠ける代表事例であり、日本は「原発廃止で世代責任を果たす」と私の本のタイトルをそのまま使ってパネルに示した。
 幸い、この1ヶ月、小泉純一郎元首相の原発ゼロ宣言が注目を浴びている。やはり元首相は勘のよい天才政治家なのだろう。安倍首相にも決断してほしいので思いきり厳しい言葉で脱原発を迫った。

<口先だけの“under control”>
 まず追求したのが、安倍首相の「アンダー コントロール」という言葉である。
 IOC総会で6人の外国人記者が質問、4人が福島第一原発の汚染水漏れ関係について聞いている。それに対して、英語の上手な安倍首相のスピーチで、世界の不安を払拭するというのは十分理解できる、と優しく持ち上げた。しかし、その後、400億円の予備費を使い、国が前面に出て一応形式的な事後措置は講じられているが、実質は「アウト オブ コントロール」ではないかと指摘した。
 そうした上で、チェルノブイリに触れ、9月上旬に見てきたフィンランドのオンカロ(核廃棄物の処理施設)の話に触れた。小泉元首相も私より1ヶ月前に訪れている。両方見たら、もう原発廃止しかないと思わざるを得ない。
 手前味噌なことではあるが、2005年チェルノブイリの30km地点の立入り禁止ゲートまで行き、その後、2011年の25周年の会合にも行き、石棺のすぐ近くまで視察した。05年にはブログに、同じようなことが日本にも起きるのではないかと心配を書き残した。起きてほしくないと願っていたが、それが起きてしまった。やはり原発は日本に向いていなかったのだ。(霧の中のチェルノブイリ 2005.11.8 http://www.shinohara21.com/katudo_log/katudo_051108.html )

<モラルの欠如した者は道徳を説けず>
 最もいかがわしいのは、原発輸出である。モラルに夥しく欠ける。6年前、安倍首相は教育の大切さを説き、徳育が大事で道徳を教科化するとまで主張したが、最近は教育問題や道徳については触れることが少ない。多分自分自身が、モラルに欠けることをしているという後ろめたさがあるからであろう。ただ、第2次安倍内閣の発足により、近頃突然道徳の教科化が課題になり始めた。
 安倍首相は『新しい国』『美しい国』という、ご自身の本の中に「日本は、損得を価値判断の基準にすることが多すぎる。損得を超える価値が軽視された。その一つが家族の絆、生まれ育った地域への愛着、国に対する想い」と書いている。しかも「そうであれば、世界に貢献していく際には、日本はこういう理想をもっており、こういう世界を実現したいと述べていく必要がある」と言っている。私も大賛成である。それを原発に当てはめれば、日本は危険な原発など止めて、自然エネルギー・再生エネルギーへと全面的に変えていくということではないかと思う。ここは安倍首相も素直に自分を取り立ててくれた政治の師匠である小泉元首相の勧めに従うべきなのに、どうも意固地である。

<10万年後にも責任を持つ北欧の2つの小国とフランス>
 よく「原発はトイレのないマンション」といわれるが、フィンランドはオンカロ、スウェーデンはエスポ、フランスはビューレで、10万年後まで使用済み核燃料を埋めておく計画を実行中である。日本はそんなことをおかまいなしに再稼働させんとしている。再稼働は日本国内のことなのでまだいいとしても、絶対に許されないのが、日本では危険で造れない原発を外国に輸出することである。こんなに非道徳的でモラルに欠けることはないのではないか。

<昔エコノミック・アニマル、今ニュークリアー・アニマルか?>
 私は、9月上旬ヨーロッパに滞在していた。日本の報道は2020年の東京オリンピック一色であったが、ヨーロッパの新聞は福島第一原発の汚染水の問題を厳しく報道していた。その中でメルケル首相の「私の判断は正しかった」という発言が大きく採り上げられていた。世界の反原発の人たちや環境運動をしている人たちには、自分の国で使わないものを外国に輸出するなど信じられないことだ。日本はかつて相手国の産業を潰すのも全く気にすることなく、ひたすら洪水的輸出を続けた頃に、エコノミック・アニマルと蔑称された。それが今やニュークリアー・アニマルに変わらんとしているのであり、違った意味の「死の商人」とレッテルを貼られかねない虞がある。
 私の生まれ育った長野の農村地帯では、昔ホリドールという劇薬・農薬が使われていたが、1971年には高い毒性、変異原性、催奇性、発癌性があり禁止された。しかしそのホリドールを、タイ・フィリピン・インドネシア等の東南アジアの国々が、日本で禁止されていてもいいからどうしても輸入したいと言ったときに、ホリドールを造って輸出するのか。自国で危険で造れないものを他国に押し付けるような恥ずべきことは絶対やめるべきである。

<保守のメルケルが原発廃止>
 ドイツは日本の福島第一原発の事故でビックリ仰天して、事故後3ヶ月で完全に原発を廃止することを決めている。メルケル首相は物理学者であり、原発はCO2を出さないという理由からもともと原発推進派だった。前の社民党のシュレーダー政権が原発を減らす方針を打ち出したのを、メルケル政権になってからもう少し原発を使っていくという方針に変えてきた。メルケル首相は、キリスト教民主同盟のコール首相の愛娘と言われ、典型的保守政治家である。
 それが、美しいドイツの国土を汚してはならない、ドイツ人の生命を危険にさらしてはならない、という一念から原発を廃止することを決断したのである。左翼が原発廃止に動いているのではなく、保守が動いたのだ。つまり、保守であるからこそ原発廃止を打ち出したのである。

<世代責任を果たすのは原発廃止以外になし>
 原発推進を唱える者は、日本を愛し日本人を大切にする愛国心が欠け、無責任なのだ。それを原発廃止論者は無責任だなどと逆転したことを言っている。小泉元首相にすぐきり返される。今の今の便利さのため、今の経済利益のために汚染というツケを将来に回すことこそ無責任極まりないことだ。
 ちょうど靖国神社の大祭が終わった次の日であり、靖国神社の英霊も怒っているのではないかと付け加えた。北方4島、尖閣列島、竹島と、島は大事な領土であるが、日本の国土の3%が汚され、16万もの人が避難している状況を靖国神社の英霊が許すとは思われない。
 日本国内の原発も廃止すべきであり、金儲けのために輸出するなど論外と畳みかけた。

<汚染された国土を子孫に残さない世代責任>
 野田首相は借金のツケを次世代に回さない「世代責任」を果たすべきだと主張した。正論であるが、それならば、使用済み核燃料や原発の事故による放射能汚染で、日本の国土を汚すことこそ慎まなければならない。借金のツケは5年景気がよければ返せるかもしれないが、放射能汚染は何十年も何百年も続く。ところが、野田首相は平然と大飯原発を再稼働させている。全く言行が一致しないご都合政治家なのだ。私は、第二の野田になるなと警告を発したつもりである。