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2013年11月21日

安倍首相は「国家」大好きで国を歪めている―危険な国家安全保障会議と特定秘密保護法―13.11.21

 今、特定秘密保護法案を巡って国会で論戦が行われている。その前哨戦ともいうべき、国家安全保障法案は国家安全保障特別委員会で審議され、11月6日に修正の上可決され、8日に衆議院を通過し、今、参議院で審議中である。私は委員ではないが、これに深く関わる総合安全保障関係閣僚会議担当室(総合安保会議)に2年勤務したこともあり、いつもと逆に私の方からリクエストして、30分質問した。

<趣味を出した質問>
 これについてはもともと議論が行われており、6年前の第一次安倍内閣で安倍首相がどうしても国家安全保障会議を設置したいと熱心に取り組んだが、1年であえなく腹痛で辞任、頓挫した。それを再び持ち出したのである。参議院選挙を終わって衆参のねじれが解消されたら、安倍首相がタカ派的趣味を出してくるとよく言われていたが、その典型である。私が予算委員会の最後に、慢心が見られる、民主党の総理と同じではならないようにと警告したが、どうも聞き入れられていない。

<軍事色を排除した総合安保会議>
 私が1980年秋から2年間担当した総合安保会議と比べるとよくわかる。総合安保会議は、時の鈴木善幸首相が、あまりにも軍事的な面が強調され過ぎていてよくない、平和外交、食料安全保障、エネルギー安全保障といった非軍事的側面も重視して、日本の安全保障を確立すべきだと主張して設立したものだ。今とは全く逆に、軍事色や防衛庁をなるべく遠ざけた形で議論が行われた。
 事務局も徹底していて、外務省のアジア局審議官が室長になり、経産省から課長クラス(2代目が川口順子元外相)、外務省と農水省から課長補佐クラス(私が出向)、係長クラスに内閣府という構成になった。併任で大蔵省、運輸省が参加したが、防衛庁はオブザーバーでしか参加できなかった。防衛庁排除が徹底していたのである。それに対して、今回は軍事部門を特別抽出して、首相、内閣官房長官、外相、防衛相の4大臣だけで議論する場を設けるというものである。

<安倍首相はやたら国家を協調>
 もっと歴史を遡って説明しておかなければならない。1956年に国防会議ができている。しかしこの国防会議では、防衛力の整備といった形式的なことしか議論されず、中曽根康弘防衛庁長官からは「内閣のお茶汲み」などと蔑まされ、あまり機能していなかった。そのため1986年に安全保障会議と名前を変えて再スタートしていた。そこでは自衛隊の活動についてチェックされ、議論されることになっていた。
 閣議決定で始まった総合安保会議は、なぜかしら4年間存続し、90年に廃止された。その後は、安全保障会議は存続していたが、今回、わざわざ安倍首相の趣味で(?)、国家というのをつけて仰々しく再々スタートするというのである。農水相はメンバーになっていない。4大臣会合の他に、国家公安委員長、総務相、経産相、国交相が入る9大臣会合というのが別途設けられている。しかし、目玉は4大臣で軍事的な面を議論するというものである。つまり、総合安保会議とは全く逆の性格を帯びることになったのである。

<ハト派宏池会の2人が外相・防衛相>
 鈴木首相は岩手の漁村の網元の出で、漁民のために尽くすべく国会議員になったという。同じように漁村の生まれで、漁業・漁民をなんとかしなければという思いで東京水産大学を経て国会議員になっているのが小野寺五典防衛相である。同じようなバックグラウンドを持って国会議員になっているが、今の状況をどう考えるかと優しく尋ねた。
 余計な事ではあるが、小野寺防衛相とは水産あるいは農政をめぐって昔から友人どうしであり、議員宿舎で会ったときに個人的にもこの質問の通告をしていた。その時に初めて聞いたことだが、政治家になったきっかけは鈴木善幸衆議院議員と握手したのがきっかけだったそうである。
 その当時、日米同盟を軍事同盟と称して伊東正義外相が即刻更迭されている。これについてどう思うかと岸田外相にも質した。2人ともハト派集団とよばれる宏池会。鈴木首相はかつての会長であり、現在の会長が岸田外相である。その岸田外相が私のハト派がもっと頑張ってほしいという意図を察してか、答弁に宏池会という言葉が突然入ってきた。内心忸怩たるものがあるのかもしれない。

<「国家」好きの安倍首相に歯止めをかける人はなし>
 86年に安全保障会議を作るときに、既に国家安全保障会議という名前にしようとしたけれども、当時のハト派で名が知れていた後藤田正晴官房長官が、「国家」は対外関係だけを念頭に置くのであまりつけないほうがいいと言い、タカ派総理と目されていた中曽根康弘首相もシビリアンコントロールの為なので、「国家」などつけない方がいいとつけなかった。それをわざわざ今「国家」とつけるというのである。安全保障はそもそも国家の問題であり、国家などつけないほうがいいのに、こんなところまで趣味を出している。違いは苦言を呈す人がいないことである。
 安倍首相はどうも「国家」が好きで、その後出てきたのが、戦略特区というのにわざわざ「国家」をつけて、国家戦略特区としている。ただ不思議なことに、特別秘密保護法は国家秘密保護法としていない。しかし、審議を聞いてみると、国家をつけると逆に秘密の範囲がかなり限定されるため、敢えてつけなかったのではないかと思う。

<アメリカの真似ばかりは危険>
 他に問題点として、アメリカの例をひいて、内輪揉めや組織間の争いを指摘した。イラク戦争開始時、アメリカのチェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官が、二人とも軍人出身で、この二人が国防総省や国家安全保障会議担当のライス補佐官を無視し、イラク戦争に突っ走っていったことが問題にされている。当然、国務省の声も通りにくくなり、役所の重複が問題となり、片方(軍事側)が暴走したのである。日本でもそういったことが起る恐れがなきにしもあらずである。
 アメリカのNSCにならうとよく言われる。イギリスにもNSCがある。ところが、フランスとドイツには国家安全保障会議はない。それでも動いているのだから、軍事大国ではない日本にわざわざ設けなくていいのではないかという議論も成り立つ。

<一方的意見ばかりの有識者会議>
 さらに、有識者会議というものがあるが、法的な根拠もないのに、やたら安倍政権が乱用していて、「有識者会議でまとめていただき、その方針に沿って」などと言っている。国家安全保障戦略についても「安全保障と防衛力に関する懇談会」(北岡伸一座長)が既にまとめている。これも本末転倒である。なぜならば、この国家安全保障会議でこそ徹底的に議論して、国家安全保障戦略をまとめるべきであり、それを設定する前に民間の有識者会議がまとめたものに追従するというのはおかしな話なのだ。

<特定秘密保護法は絶対反対を貫くべし>
 安倍内閣の暴走への危惧は、国家安全保障会議を設置することから始まっている。更にその延長線上で、国家安全保障会議にかかる秘密事項についてきちんと守り、それを漏洩した者は厳しく罰するというのが問題の特定秘密保護法である。何が特定秘密かよくわからず、罪刑法定主義にも反するとんでもない「しろもの」である。取材者も罰するというので、マスメディアもこぞって反対している。
 「日本をとりもどす」というのは衆議院選挙のキャッチフレーズの一つだったけれども、日本を戦前に逆戻りさせるものかもしれず、厳重な注意を要する。

2013年11月19日

県議選の区割りは中山間地域に優しくすべし-倫選特を第2の憲法審査会に-13.11.19

<与党が審議時間をケチる倫選特>
 11月14日政治倫理の確立及び選挙制度の確立に関する特別委員会(通称「倫選特」)で、都道府県議会議員(以下「県議」)の選挙区の区割りについての自民党・公明党の議員提出の法案案についての審議が行われ、私が筆頭理事として質問した。本当は1時間は欲しい内容であったが、なぜかしら与党は全体で1時間半で済まそうということを言い出し、民主党には25分の質問時間しか割り振られなかった。そのたった25分の質問のために、資料を例によって6枚作り、二人の秘書は二日間それにかかりきりであった。足りない質問時間の中で言い尽くせなかった分を、県議の皆さんをはじめ関係者に是非催行してほしいと思っている。

<郡のしばりをなくして県の自由度を増す>
 県議選は、郡の実態がなくなって久しいにも関わらず、選挙区は基本的には市と郡区で切られることになっており、郡を超えた合区は認められていなかった。それを遅ればせながら、郡を超えた合区を認めるものだ。(長野の北部の例でいうと、木島平村と野沢温泉村は飯山市の方が近い。しかし、この二村は下高井郡であり、旧下水内郡の飯山市との合区は出来なかった。)
 事程左様に政治の根幹である選挙区について長い間蔑ろにされてきたのである。公職選挙法は政治的思惑が絡むため、改正も議員に任されており、どうもその場しのぎのいびつな法律になっている。私はこうしたことを是正するには、郡を超えて合区を認めるといった単純で技術的なことは、優秀な人材の集まる総務省選挙部が責任を持って内閣提出法案として積極的に改正をしていくべきだ、と総務省を叱咤激励した。 

<長野県が一人区が多く無所属が多い理由>
 7年前、県会議員選挙があった折りに調べたことがある。なんと長野県は58の定数に対し、29人が無所属であり、無所属率が50%、2位の兵庫県32%で18%も話していた。13年現在、無所属率1位は山梨の55%で、長野と兵庫が5位以内となっている。
 一人区が多すぎると、県議も一党一派に属さないということで、無所属で選ばれるような傾向が多い。そしてほとんどが保守系無所属となる。長野県は、平成の大合併にも背を向け、北海道に次いで市町村が多く、その結果1人区が多くなっている。ところが片一方で合併を重ねた挙句、長野市のように10人区という巨大な選挙区になっているところもある。県議の選挙区(1,139)は460の1人区からバカデカイ選挙区(17人の鹿児島市を筆頭に、10人以上の区が28もある)まであり、バランスを欠くことこの上ない。

<関心が薄れる県議選は低投票率が定着>
 国政選挙は、例えば新聞が政権交代と書きたて騒がれるので、投票率は自然と高くなる。市町村議会議員は、田舎の場合は身近なので投票率が高くなる。ところが、都道府県議会議員は、いずれも中途半端になり投票率が低くなり、かつ上述の10人の巨大選挙区ともなると、地域との繋がりも希薄になり、ますます投票率が低くなってしまう。
 これは、11年4月の統一地方選と12年末の衆院選を比べてみるとよくわかる。北海道、富山、島根を除き、他はすべて衆院選の投票率が大幅に上回った。この3道県は今以って道県議が市町村議会議員並みに身近な存在なのだろう。それに対し、都市部の埼玉、千葉、愛知、京都、大阪、兵庫等は軒並み10ポイント以上の府県議選の投票率が低くなっている。

<中山間地域の声が県政に届かず>
 私は、本件については途中から担当になったが、長野市のように中山間地域を抱える人はすぐお分かりいただける提案をした。
 長野市の西の中山間地域の、信州新町(人口5,008人)・中条村(2,281人)・大岡村(1,462人)・そして全国的に有名な戸隠村(4,602人)・鬼無里村(2,069人)が長野市に合併している。長野市の場合、市会議員39人の定数の最低得票数は、2,222票、県議は8,890票。その結果、例えば中条村、信州新町、戸隠村はかろうじて市会議員を一人出している。それに対して、県議は市は全体が一つの区と決められており、万人近くの得票が必要なため、一人も出せないでいる。全員、人口・有権者が多い旧市部の者だけになってしまう。
 議員はまずは地元の為に働くのが民主主義であり当然である。その結果、長野市政には中山間地域の声が反映されるが、長野県政にはなかなか声が届きにくくなっているのが実情である。
こうした中山間地域のハンデを少しでも少なくするため、場合によっては、中山間地域で一本化し一つの選挙区とする自主性を認めることが考えられる。旧長野市内は1万票近くとらなければ県議になれないが、中山間地域を独立した一つの区として、6千票ぐらいで一人の県議を出せるようにしてもいいのではないか。

<鈍感な国会議員と粋なはからいをする都道府県>
 しかしながら、時間も迫って面倒臭がられたか(?)、あまり賛同を得られず今回の改正には間に合わなかった。都道府県議会関係者が陳情に来たおり、私の提案を説明したが、ほとんど興味を示さなかった。こうして、また改正が遅れ、中山間地域の過疎化が進むことになる。私から言わせると、変える立場にある議員の姿勢がどうもひりっとしていないのだ。
 指定都市なり大都市には、人口比であるから議席が多くなっているが、よくしたもので、北海道、新潟、熊本、高松、高知、大分等では大都市の1票の重みは、その周辺の中小の市町村より軽くなっている。つまり心ある都道府県は中山間地域の実情を承知し、中山間地域を手厚くする粋なはからいを自主的にしている。

<指定郡市で一人区が多いのは問題>
 大阪市は、市内に15の1人区がある。このからくりは指定都市の場合、行政区に分けられそこを中心に選挙区割りをすることになっているからだ。つまり大都市大阪市は23の行政区のうち15が1人区で、平均定数が1.4になっている。その結果、第一党である自民党や今は大阪維新の会が軒並み議席を占めてしまうことになり、他党に投票した票は死に票となっている。かくして大都市と中山間地域の両極に1人区がひしめくという不思議なことになっている。
 これに対し、4~5人の中選挙区ならば、弱小政党も議席を確保できたりする可能性は強まることになる。衆議院の定数削減問題、それに伴う選挙区のあり方は各党の主張が異なり、なかなかまとまらないのでわかるとおり、選挙区は政治にとっては死活的重要性を帯びている。それが、県議の場合相当いい加減なのだ。

<憲法調査会並みに各自が議論>
 最後にちょっと変わった提案をした。倫選特は、他の委員会と異なり、法案はほとんど議員提出であり、法案提出者の議員が答弁者となる。大半は賛成した党の共同提案となる。ところが、その議員立法は、委員会に提出される前に全党一致した場合に委員長提案で審議なしで可決されることもある。
 例えば、今衆議院の定数削減委ついては、自公民の代表者(民主党の場合は岡田克也政治改革・国会改革本部長)が議論を重ねている。そこで大半が決まると、その3党から提出者が名を連ねて提出し、倫選特で審議されることになる。ところが、3党で合意したことだからといって、今回と同じように、委員会ではあまりきちんと審議されずに法案が可決されることになる。かくして、委員会の外の各党間の協議が重視され委員会審議は儀式だけのものとなり、軽視される傾向が強い。
 私は、こうした悪弊を改め、議員同士の議論を活発化するという現在進行中の国会改革の理念に照らし、憲法審査会と同じく名札を立てて自由に委員同士(議員同士)が意見交換し合う場を作るべきだと提案した。
 いずれにしてもこの後に控えているのは、通常国会での定数の削減である。我々は11月20日に衆議院選挙の一票の重みについて争われている違憲判決が出て来る。もう0増5減の法律は通っており、この次の選挙から実施されることになっている。
 私は、来年には是非倫選特の委員が自由に定員削減について意見を言う場が出来ていることを願っている。

2013年11月17日

予算委員会報告4 TPPは公約違反 ‐国益を損なう場合は撤退‐ 13.11.17

 3番目が問題のTPPである。自民党のTPP対応は嘘だらけなので、「嘘」とパネルに書きたかったが、あまりにどぎついので「公約違反→国益を損なう場合は撤退」としておいた。私の後に質問する大串博志委員がTPPについて追及したいということなので、彼に任せることにして時間をあまりかけなかった。政策で質問をするならば、本当はTPPだけに絞りたかったが、予算委員会1日目であり、TPPを慎重に考える会の会長の趣味ばかりを前面に出すわけにはいかない。

<稲田行政改革担当相がTPPに反対する理由>
 ここで問い質したかったことはいろいろあるが、まずは稲田朋美行政改革担当相に質問した。彼女には、TPPにはずっと反対をしていたことをそのまま述べてもらいたかったが、閣僚になったためにあまり明確な答えは返ってこなかった。彼女は女性の保守をもって任じ、発言をし、活動をしてきている。TPPは日本の制度・社会・文化をないがしろにする手段になってしまうからである。それに対して、保守の代表のような安倍首相がTPPにのめり込んでいくのはおかしいのではないか、と追及をするための前座質問で、稲田大臣を見習うべしと使いたかったが、政治家の信念を忘れた答弁で時間の無駄だった。

<日米共同のルール作りと自主憲法の矛盾>
 安倍首相は、6年前「愛国心」を教育基本法に盛り込んでいる。しかし、日米共同で世界共通のルールを作ることにより、その愛すべき日本がTPPで変質してしまって、どこの国だか判らない国(?)になり下がっていいのだろうか。その一方で、憲法だけはアメリカから押し付けられたものではなく、自主憲法を制定しなければならないと主張する。憲法も純粋に日本的なものでならないとしたら、極めて日本的なものでいいはずである。韓国はなんと米韓FTAの後、60もの法律改正を強いられている。TPPに入ったら日本の場合も何十もの法律を改定して訳がわからなくなっていくのは必定である。ところがその見本たるアメリカの法律や制度は金属疲労を起こし、デトロイト市だけでなく国家も債務不履行を起こさんとしているのは皮肉である。自国で危うい制度をTPP参加国に押しつけるのは傲慢であり、それを受け入れる国は卑屈すぎる。

<真正保守はTPP反対が筋>
 自民党の中で最もTPPに反対して声を張り上げている方は、真正保守の保利耕輔さんと尾辻秀久さんだ。保利さんは自主憲法制定に全力をあげておられる。尾辻秀久さんは、「みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会」会長として、秋の靖国神社の大祭においても先頭に立ってお参りされている。真正保守ならば、TPPにはもっと反対するのが筋である。民主党の保守(?)は、TPPにも(前回触れた原発にも)反対していない。軍事力だけが趣味の薄っぺらな保守にすぎないからである。

<TPPは日米双方の鬼門か>
 触れなかったが、日米並行協議こそ日本の通商外交史上最大の外交的敗北ではないかと思っている。安倍首相は「60年政権の座にあった自民党は民主党と異なり、もっと外交手腕がある」と言い切っていた。ところが、今回のTPPに関する交渉は、敗北の連続である。これに気付いているのだろう、安倍首相のTPPに関する発言は、憲法改正や原発と比べて歯切れが悪い。うまく進んでいないからである。特に問題なのは日本の国家主権を踏みにじるISDSで、これなど保守政治家安倍首相からすれば、真っ先に反対しなければならないことだが、どうもそういうことが少しも聞こえてこない。
 しかし、安倍首相はどこまでも幸運である。ひょっとするとアメリカ議会がオバマケアですっかり対決ムードになり、TPA(貿易促進権限法)が通らない可能性がでてきたのだ。このままいくと、TPPの協定にこぎつけてもアメリカ議会で承認されず、空中分解しかねない。となると、今度は「日本が国益を守るために頑張ったから決裂した」とか、また調子のいいことが言える状況が生まれる可能性もある。
 どうやらTPPは日米双方の政権にとって鬼門となりつつあるようだ。

<菅首相と同じ間違いを繰り返す安倍首相>
 安倍首相は、菅元首相がTPPについて「第三の開国」だと言っていることは、交渉術として稚拙だと批判した。自分の国が開国していない、閉鎖的であるといって交渉を始めるのは愚かなことこの上なく、批判は的を射ている。
 しかし、安倍首相も菅元首相と同じ穴の貉である。APECの場で、日本の規制の岩盤をドリルで砕く刃になると得意になって力説した。TPPや日米並行協議で、日本の規制緩和をと要求されているのに、日本は規制だらけの国だから、自分が先頭に立ってやると、大見得を切っているのである。そして、日本を世界で一番自由にビジネスできる国にする、つまり、アメリカを本拠とし国家など歯牙にもかけず、自らの最大利益のために活動する多国籍企業にやりたい放題を許すということに他ならない。しかも、日本人の生活を犠牲にしてということになる。
 私は安倍首相のほうがむしろトンチンカン振りがひどいと思っている。残念なのは、それにもかかわらず日本のマスメディアや評論家がこの売国的愚かさに気付かないことである。アメリカでも13日、150人以上の国会議員がオバマ大統領に対して多国籍企業の専横を許すTPPについて議会と十分協議するように求め、TPA(貿易促進権限法)に反対する書簡を送り付けた。

<愛すべき日本社会が崩れてしまう>
 安倍首相が、日本を愛していることは手に取るようにわかる。「新しい国」「美しい国」の本の中では、三丁目の夕日のような横のつながりのある社会を理想としている。私も同じである。しかし、TPPは確実に三丁目の夕日の世界を壊していくのである。TPPは瑞穂の国の穏やかな資本主義が、ウォール街の強欲資本主義に乗っ取られる手段になってしまうのである。安倍首相はいつも油谷町のはっと息をのむような棚田を死守すると言っているが、その死守する手段は全く示されたことがない。言葉だけが踊り、実態は逆の棚田を破壊する方向にまっしぐらに進んでいる。
 小泉元首相は「自民党をぶっ壊す」と言って見事に再生させた。安倍首相は「日本をとり戻す」と言って日本を壊している。

<3年間頑張ってほしい理由>
 最後であるが、どうも安倍首相には慢心があり、民主党的総理になりつつあり、気を付けるようにと結んだ。自虐的(自党虐的?)結びにどっと沸いた。
 他に、3年間ぐらいもってほしいと余計なことも言った。同僚議員から何で3年間かと問い質されたが、あまりくるくると首相が代わるのはよくないので、自民党政権の間は安倍首相でいて、3年後の総選挙頃にはガタがきて民主党に政権をお渡し頂きたいと、途中を省いて言ったにすぎない。

<日本一有名になったネクタイ>
 途中、いつもしている山口県農協中央会作成の「 STOP!! TPP 」ネクタイを見せて質問したところ、午後5時に審議終了した途端、安倍首相に呼び止められて数分雑談をした。これがTVに映っていたことから、取材がここに集中した。その結果、ネクタイだけが急に有名になり、私の質問は霞んでしまった。それで、念のために質問した3つのテーマについて、遅ればせながら報告した次第である。

2013年11月16日

予算委員会報告3 原発輸出はモラル欠如の表れ ‐原発廃止で世代責任を果たす‐ 13.11.16

<原発ゼロを主張する小泉元首相はやはり大政治家か>
 私が、今回の3つの事例で最も力を入れたのが原発である。原発輸出はモラルに欠ける代表事例であり、日本は「原発廃止で世代責任を果たす」と私の本のタイトルをそのまま使ってパネルに示した。
 幸い、この1ヶ月、小泉純一郎元首相の原発ゼロ宣言が注目を浴びている。やはり元首相は勘のよい天才政治家なのだろう。安倍首相にも決断してほしいので思いきり厳しい言葉で脱原発を迫った。

<口先だけの“under control”>
 まず追求したのが、安倍首相の「アンダー コントロール」という言葉である。
 IOC総会で6人の外国人記者が質問、4人が福島第一原発の汚染水漏れ関係について聞いている。それに対して、英語の上手な安倍首相のスピーチで、世界の不安を払拭するというのは十分理解できる、と優しく持ち上げた。しかし、その後、400億円の予備費を使い、国が前面に出て一応形式的な事後措置は講じられているが、実質は「アウト オブ コントロール」ではないかと指摘した。
 そうした上で、チェルノブイリに触れ、9月上旬に見てきたフィンランドのオンカロ(核廃棄物の処理施設)の話に触れた。小泉元首相も私より1ヶ月前に訪れている。両方見たら、もう原発廃止しかないと思わざるを得ない。
 手前味噌なことではあるが、2005年チェルノブイリの30km地点の立入り禁止ゲートまで行き、その後、2011年の25周年の会合にも行き、石棺のすぐ近くまで視察した。05年にはブログに、同じようなことが日本にも起きるのではないかと心配を書き残した。起きてほしくないと願っていたが、それが起きてしまった。やはり原発は日本に向いていなかったのだ。(霧の中のチェルノブイリ 2005.11.8 http://www.shinohara21.com/katudo_log/katudo_051108.html )

<モラルの欠如した者は道徳を説けず>
 最もいかがわしいのは、原発輸出である。モラルに夥しく欠ける。6年前、安倍首相は教育の大切さを説き、徳育が大事で道徳を教科化するとまで主張したが、最近は教育問題や道徳については触れることが少ない。多分自分自身が、モラルに欠けることをしているという後ろめたさがあるからであろう。ただ、第2次安倍内閣の発足により、近頃突然道徳の教科化が課題になり始めた。
 安倍首相は『新しい国』『美しい国』という、ご自身の本の中に「日本は、損得を価値判断の基準にすることが多すぎる。損得を超える価値が軽視された。その一つが家族の絆、生まれ育った地域への愛着、国に対する想い」と書いている。しかも「そうであれば、世界に貢献していく際には、日本はこういう理想をもっており、こういう世界を実現したいと述べていく必要がある」と言っている。私も大賛成である。それを原発に当てはめれば、日本は危険な原発など止めて、自然エネルギー・再生エネルギーへと全面的に変えていくということではないかと思う。ここは安倍首相も素直に自分を取り立ててくれた政治の師匠である小泉元首相の勧めに従うべきなのに、どうも意固地である。

<10万年後にも責任を持つ北欧の2つの小国とフランス>
 よく「原発はトイレのないマンション」といわれるが、フィンランドはオンカロ、スウェーデンはエスポ、フランスはビューレで、10万年後まで使用済み核燃料を埋めておく計画を実行中である。日本はそんなことをおかまいなしに再稼働させんとしている。再稼働は日本国内のことなのでまだいいとしても、絶対に許されないのが、日本では危険で造れない原発を外国に輸出することである。こんなに非道徳的でモラルに欠けることはないのではないか。

<昔エコノミック・アニマル、今ニュークリアー・アニマルか?>
 私は、9月上旬ヨーロッパに滞在していた。日本の報道は2020年の東京オリンピック一色であったが、ヨーロッパの新聞は福島第一原発の汚染水の問題を厳しく報道していた。その中でメルケル首相の「私の判断は正しかった」という発言が大きく採り上げられていた。世界の反原発の人たちや環境運動をしている人たちには、自分の国で使わないものを外国に輸出するなど信じられないことだ。日本はかつて相手国の産業を潰すのも全く気にすることなく、ひたすら洪水的輸出を続けた頃に、エコノミック・アニマルと蔑称された。それが今やニュークリアー・アニマルに変わらんとしているのであり、違った意味の「死の商人」とレッテルを貼られかねない虞がある。
 私の生まれ育った長野の農村地帯では、昔ホリドールという劇薬・農薬が使われていたが、1971年には高い毒性、変異原性、催奇性、発癌性があり禁止された。しかしそのホリドールを、タイ・フィリピン・インドネシア等の東南アジアの国々が、日本で禁止されていてもいいからどうしても輸入したいと言ったときに、ホリドールを造って輸出するのか。自国で危険で造れないものを他国に押し付けるような恥ずべきことは絶対やめるべきである。

<保守のメルケルが原発廃止>
 ドイツは日本の福島第一原発の事故でビックリ仰天して、事故後3ヶ月で完全に原発を廃止することを決めている。メルケル首相は物理学者であり、原発はCO2を出さないという理由からもともと原発推進派だった。前の社民党のシュレーダー政権が原発を減らす方針を打ち出したのを、メルケル政権になってからもう少し原発を使っていくという方針に変えてきた。メルケル首相は、キリスト教民主同盟のコール首相の愛娘と言われ、典型的保守政治家である。
 それが、美しいドイツの国土を汚してはならない、ドイツ人の生命を危険にさらしてはならない、という一念から原発を廃止することを決断したのである。左翼が原発廃止に動いているのではなく、保守が動いたのだ。つまり、保守であるからこそ原発廃止を打ち出したのである。

<世代責任を果たすのは原発廃止以外になし>
 原発推進を唱える者は、日本を愛し日本人を大切にする愛国心が欠け、無責任なのだ。それを原発廃止論者は無責任だなどと逆転したことを言っている。小泉元首相にすぐきり返される。今の今の便利さのため、今の経済利益のために汚染というツケを将来に回すことこそ無責任極まりないことだ。
 ちょうど靖国神社の大祭が終わった次の日であり、靖国神社の英霊も怒っているのではないかと付け加えた。北方4島、尖閣列島、竹島と、島は大事な領土であるが、日本の国土の3%が汚され、16万もの人が避難している状況を靖国神社の英霊が許すとは思われない。
 日本国内の原発も廃止すべきであり、金儲けのために輸出するなど論外と畳みかけた。

<汚染された国土を子孫に残さない世代責任>
 野田首相は借金のツケを次世代に回さない「世代責任」を果たすべきだと主張した。正論であるが、それならば、使用済み核燃料や原発の事故による放射能汚染で、日本の国土を汚すことこそ慎まなければならない。借金のツケは5年景気がよければ返せるかもしれないが、放射能汚染は何十年も何百年も続く。ところが、野田首相は平然と大飯原発を再稼働させている。全く言行が一致しないご都合政治家なのだ。私は、第二の野田になるなと警告を発したつもりである。

2013年11月15日

予算委員会報告2-憲法改正・集団的自衛権の行使に姑息な手段を使わない―正々堂々国民投票で決すべし―13.11.15

 順序は逆になるが、予算委員会の質問時間が30分しかなくて言い足りなかったことが多いので、補完する意味で私が問いただしたかったこと、主張したかったことをまとめてメルマガブログにご報告したい。

<いつもストレートな安倍首相らしからぬ狭い手法>
 今回は、安倍首相の政治姿勢を3つの現下の課題に絡めて問うことにしていた。
 安倍首相のやりたいことの一つが憲法改正である。まず憲法改正から。高飛車にやろうとしているともみられているが、あまり急いでも仕方がないということに気づいたのか、緩めているということもある。安倍首相は非常にストレートに物を言い、ストレートに政策実行をする方であるが、この件についてはどうも横道から入っており、ずるいのではないかと指摘をした。やり方が姑息だということである。

<憲法改正は正々堂々と3分の2の多数で発議して国民投票で決着>
 憲法上は96条に改正手続きがあり、衆・参両院の三分の二以上の賛成を得なければ、憲法改正の発議が出来ないことになっている。それをあろうことか突然自民党が二分の一に改変せんということを言い出し、私の2年連続で所属した憲法審査会で相当熱っぽい議論することになった。(「憲法96条改正論議の矛盾 -安倍首相のTPPに次ぐ勇み足」 13.5.14)正々堂々と憲法改正の発議をして、国民投票に問えばいいのである。ただ、①18歳に投票年齢を下げる事 ②公務員の政治行為 ③国民投票の対象拡大の三つの宿題があり、それをクリアしていかなければならないことになっている。その後、自民党が20歳に戻すと言い出しているがが、一応国民投票法は出来上がっている。
 今や自民党は衆議院で294議席を占め、たちの悪い自民党の別動隊ともいえる日本維新の会、みんなの党もある。参議院選挙でもいまだかつてない大勝し、3分の2の発議はそんなに難しいことではない。どっちにしろ憲法改正は国民に決めてもらうことである。

<法制局長官を替えて解釈変更こそ邪道>
 また、一方で集団的自衛権の行使も決めていこうと欲張っている。これは憲法改正までは考えていないようであるが、姑息にも内閣法制局長官を外務官僚に変えて、政府の解釈変更も一緒にしてしまおうとしている。政府が知恵を出して作り上げてきた主張、すなわち、国連憲章に集団的自衛権というのはあって認められているが、日本は憲法上行使することが出来ない、という解釈を変更しようとしている。
 そのため、6年前に外務省の国際法局長として、有識者懇談会の事務局で取りまとめに力を発揮した、小松一郎フランス大使を突如、内閣法制局長官に任命した。内閣法制局に勤務したこともなければ、部長も次長もやっていない者が、内閣法制局長官に就任したのは初めてのことである。
 余談になるが、山本庸幸前長官は、私の京大の同期であり、人事異動があったときには私のところに挨拶に来る仲である。

<小松一郎は俊英だが、法制局長官は行き過ぎ>
 小松一郎現長官は、ウルグアイ・ラウンドのころに、ジュネーブ代表部の参事官をしていたころから名前だけは承知していた。農林水産省からの出向者も含め、当時は、まだワープロが普及していなかったので、各人の肉筆で電報が書かれていた。農林水産省からの出向者も含め並の外交官は、まじめな人が大半なのである。どうでもいいこともだらだらと書いてきて、読んでも益がなかった。そうした中、小松電報は字も綺麗な上に、内容も簡にして要であった。残念ながら直接濃密な付き合いをする機会はなかったが、条約局長、国際法局長、スイス大使、そしてフランス語の研修組の最高位であるフランス大使と出世街道を登りつめて行ったのは承知していた。
 だから、安倍首相がその俊英・小松一郎に目をつけたのはさすがだが、法律の審査など一度もしたことがないのに、法制局長官にするのは明らかに行き過ぎである。この後、NHK経営委員でも、安倍首相の癖のお友達人事が横行することになる。やはり「慢心」が随所に出始めている。

<英語のわからない神戸製鋼ニューヨーク所長と同じ>
 安倍首相は神戸製鋼で3年勤務しただけである。各主要閣僚の中で、麻生副総理は13年ほど自分の家の麻生産業で働いている。甘利TPP担当大臣はソニーで2年間だけ勤めている。いずれも組織で長らく働いて中間管理職をやっていない。この人たちには組織のトップにいきなりわけのわからない人が来たことの恐ろしさ、下の働きにくさというものは理解していないのであろう。だから、「なんとかセメントの資材部長が、英語もできないのに神戸製鋼のニューヨーク所長になったようなものだ」と嫌味をぶつけた。
 どうも安倍首相は、憲法改正を歴史的使命だと称して、あの手この手でやることすべてに手を尽くそうと、欲張っている。

<非組織人政治家の困った非常識人事で困惑する部下>
 この点歪んだ政治主導人事について、民主党政権の時の悪い政治主導人事と自民党政権のものそれぞれ3つを例に挙げ、「霞が関への政治主導人事の妥当性」という表にし委員会で配布した。特に私が指摘したのは、前原誠司国土交通大臣の溝畑宏観光庁長官人事である。溝畑宏当時49歳、元自治庁の役人、大分県に出向した後、自治省を辞め大分トリニータの社長をしていたが、その経営がままならず、東京に戻り浪人中であった。その彼を自治省の同期ももちろん、国土交通省の同期も課長になってさえいないというのに、いきなり観光庁長官にしたのである。これでは年長の部下を含めまともに仕事をする気になるれなくて当然である。これがJTBの副社長なら若くとも納得するだろうけれども、隣の役所のドロップアウトでは話にならない。こういう部下の気持ちは、組織内で長年にわたって仕事をしたことがなく、社会人としての常識に欠ける政治オタクの皆さんにはわからないのだろう。

<塩崎元官房長官の古傷に触れて一瞬どよめく>
 自民党政権、前回安倍首相の時の政治人事にも触れた。小池百合子防衛相が就任するや守屋武昌事務次官を更迭すると言い出した。それに対して、塩崎恭久官房長官が反対しということが新聞沙汰になった。その当時、守屋次官は4年近くも次官をやっており、まだいかがわしい不始末(奥さんと毎日二人でゴルフに行き、その代金は全て防衛産業に回していた)はまだ明らかになっていなかった。女性の第六感だろうか更迭すると言い出し、塩崎官房長官はどちらかというと次官のほうに味方した。正確に言うと小池防衛相は、西川徹也官房長(警察庁出身)を推し、守屋次官は自分が辞めるのに抵抗したが、それがままならないとなると自分の手下の山崎信之輔運輸企画局長ということで対立していた。
この時は小池大臣の政治人事のほうが正しかったというと、すぐ横の席の塩崎自民党筆がごたごた文句を言った。予想されたことではあるけれども、ちょっとどよめいた一瞬だった。

<甘利経済相人事をほめ、安倍首相人事をこき下ろす>
 それから、甘利経産相が、経産省では経済産業政策局長から次官というコースが確定していたのにもかかわらず、望月晴文資源エネルギー庁長官を次官にした。政治主導人事は、規定コースだけではないという事を知らしめる〇の人事であると褒めた。そのかわり、山本庸幸から小松一郎の人事は相当邪道であるとこき下ろした。
 指定職と呼ばれる600人の部長・審議官の人事を内閣人事局で一括して行うという国家公務員法の改正が準備されており、私はこの動きは絶対反対である。こんなことをすると、官僚に右顧左眄するような連中ばかりが生まれてしまう。これは国家公務員制度を扱う内閣委員会で指摘すべきことだが、前哨戦として、こんな姑息な手段(憲法改正の手続きを変えたり解釈を変えるために、長官を自分の息のかかったものにする)は、敢えてここで詳しく取り上げた。