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原発は地震の巣窟の日本には向かず 14.01.01 (「北信ローカル」元旦号への寄稿文より)

 今年は将来の日本社会に大きな影響を及ぼす重要な課題について、きちんと方向付けしなければならない年に当たる。TPP、原発、憲法改正(特定秘密保護法もこれに絡む)である。
 私は、いつの頃からか環境問題に首を突っ込み、シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』に魅かれ、徐々に、成長神話に疑問を持つようになっていった。そこでは、巨大技術の代表として原子力発電が例示され、危険極まりないものとして批判されていた。その代わりに世界を救うのは中間技術であり、自然と親しむ技術として有機農業が例示されていた。1979年、スリーマイル島の原発事故があり、それを受けた室田武の『エネルギーとエントロピーの経済学』に、日本にも原発事故が起こると予言されていた。
 私は、それ以来、バードウォッチャーならぬ、原発ウォッチャーになった。最近でいえば、2005年外務委員会のウクライナ視察の折、朝6時に起きてチェルノブイリ原発事故現場に行き、30km圏のゲート前で写真をとって帰っている。その時に、日本にも同じ事故が起こらなければよいと祈っていた。ところが、2011年の3月11日には日本にも大事故が起きてしまった。4月下旬、チェルノブイリ事故25周年の会合に出張し、今度は22.5マイクロシーベルトの石棺の前まで行くことになった。こんな悲惨な光景を間近に見たら、正常な人は原発はいらないという結論に達するだろう。
 折しも、日本は今後数百年、地震活動が活発になる時代だという。そして、長野県北部は、4つのプレートがひしめき合う地震の巣窟でもある。現に我々の周辺で、04年中越、07年中越沖、11年長野県北部と大地震が続け様に発生している。
 柏崎刈羽原発は世界最大の原発基地であり、まさに地震の多い地帯の柔らかい地層の上にある。事故が起きれば、北信は第二の飯館村になる。原発はやはりやめてもらわねばならない。

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