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農業・農家・農村をないがしろにする日本―農業過保護は50年前の話-予算委員会報告8 (兼TPP交渉の行方シリーズ17) 14.03.14

<規模拡大の進まない耕種農業>(予算委資料6)
 前回ブログのとおり、耕種農業では規模拡大は遅々として進まない。日本の平均経営面積が0.88haから2.3haに拡大したが、アメリカは73倍(170ha)、オーストラリアは1304倍(3025ha)と足元にも及ばない。英(84ha)、仏(54ha)、独(56ha)にも遠く及ばない。アメリカのとうもろこしの栽培面積35万k㎡は、日本の総面積37万k㎡とほぼ匹敵する。
 輸入金額では飼料用穀物が約5000億円と豚肉を凌いで農作物では最大である。輸入量は1197万tに達し、これを生産するのに必要な面積は、163.2万haと日本の総耕地面積465万haの約3分の1に当たる。
 つまり、規模においてはとても諸外国と肩を並べるような農業経営というのは無理なのだ。

<耕種農業の規模拡大は生物条件の悪い地域でしか進まない>
 日本や東南アジアで大規模農業が行われてこなかったのには理由がある。雨が多く、日照時間も長い地域は、生物生産能力も高く、従って土地生産性も高い。だから、手間をかけるだけの価値があり、集約的農業が発達した。それに対し、緯度が高く冷涼で、降雨量も少ない地域は、土地の生物生産力も低く、粗放的農業しかできなかった。つまり労力をかけても見返りがないことから大規模粗放農業化につながったにすぎない。
 日本の農業は雑草と病害虫との闘いでもある。高温多湿の日本は、植物生産にも向いているし、昆虫(農業生産にとっては害虫)や菌類(病原菌))の生育条件にも向いている。人間に都合のよい作物を選び出したところで、雑草と病害虫の攻撃に晒される。だから土地生産性を重視して集約的農業が発達したのである。それに対し、北緯50度、年間降雨量が600mmぐらいの大陸国では、人間に都合のいい小麦だけを栽培しても、雑草もそれほど生えず、病害虫の発生も少ないので、人工管理しやすく、大規模粗放農業が可能になる。つまり、工業と異なり、農業は自然条件によって異なる形態にならざるをえず、日本には「日本型農業」しか定着していないのだ。

<第二次財界農政>
 日本農業が過保護というプロパガンダは、財界の農政提言が出された第二臨調時代から、ずっと定着してしまった。それがまた再び産業競争力会議、規制改革会議の農業が何にもわからない人たちの議論で再び農家過保護論が沸騰している。
 日本の農政を変える提案が、農政や農業の専門家が誰一人メンバーとなっていない産業競争力会議から出ている(予算委資料10)。安倍総理は、私の集団的自衛権の行使を容認する者ばかり集めた安保法制懇は偏っているという指摘に対し、「空疎な議論は排除するため、安保法制懇は専門家ばかりにした」と答弁したが、そうであるならば、農政について何もしらない門外漢が、空理空論を述べているだけにすぎない産業競争力会議はおかしい。それで日本農政を決められ、農業を壊滅されてはたまらない。

<農業予算を減らし続けた日本>
 財界が一丸となって吹聴した日本農業過保護論は、全くの間違いである。今、世界で予算的に見てこれほど農業をないがしろにしている国はない(予算委資料7)。
 総予算は1970年の7兆9497億円から、92兆6115億円と11.6倍になっている。大きく増えた理由の一つは、厚生労働省の社会保障予算の拡大である。40年前には1兆2200億円(15.4%)にすぎなかったものが、今は、29兆4300億と、24.1倍(31.8%)に増えている。
 防衛省は、7.2%の割合が5.1%に下がったけれども、金額では8.2倍になっている。文科省も、割合こそ11.4%が5.8%と減ったけれども、予算額は5.9倍に伸びている。
 それに引き替え農林水産省の予算は、9177億円から2兆2976億円と僅か2.5倍に増えたにすぎず、割合は、11.5%から2.5%に激減している。これでは農業を大事にしてきたと言えるはずがない。

<国際比較をしても保護の度合いが低い日本>
 もう一つ、外国と比べた場合である。日本ほど農業を保護している国はないとよく言われるが、これこそ本当にとてつもない間違いなのである。(予算委資料8)

① なにを以て比較するかというといろいろあるが、まず一つは、国家予算に占める農林水産予算の比率がある。これを日韓米英独仏の6ヶ国で比べると、日本はイギリスの1.3%についで2.5%と下から2番目である。つまり農業保護が2番目に低い国ということになる。1番過保護は韓国で、5.9%である。

② 次に、農林水産予算の生産性。これは、簡単にいうと農林水産予算が何倍の生産額を生み出しているかという指標である。日本が2.49倍と1番効率のいい国になっている。一番過保護で生産性が低いのは、先ほどの農林水産予算に対する比率と違ってイギリスで、農業予算の1.28倍しか生産していない。

③ 次に国民一人当たりの農林水産予算は、あまり差がない。一番少ないイギリスが179㌦。一番大きいフランスが283㌦と、1位と6位が大体1.5倍ぐらいの差であり、差が一番少ない指標である。つまりどこの国も農業については同程度の国民負担をしているということになる。日本はこの点でもイギリスについで2番目に低い183㌦になっている。

④ 1農家当たりの農林水産予算。他の国は水産予算が含まれておらず、日本は農業予算だけだともっと少ない。これは各国の差がかなり大きくなる。まさに農家を保護しているかどうかという最も直接的な指標であるが、日本は1農家当たり9,200㌦ともっとも低く、1番保護水準の高いドイツの48,100㌦と比べると、約5分の1以下になっている。
 日本に農産物を大量に輸出しているアメリカは、ドイツに次ぐ2番目の農家保護国(38,000㌦)であり、日本の農家の約4倍の手厚い保護を受けている。つまり、保護されているから生き残っているということである。
 日本は、小規模零細農業が多く、農家が手厚く保護されているという一般的な認識と大きく異なり、日本は少しも農家を守ってこなかったのだ。だからこそ農家戸数は激減し、後継者が育つことがなかったのである。「農業を保護し、農業の生産性の向上をしてこなかった」という通俗的論評がいかに間違っているかわかっていただけると思う。

⑤ 1農家当たりの直接支払い額になると、日本はこの政策を導入していない韓国についで低い3,100㌦である。一番大きいドイツは、21,556㌦と日本の約7倍に達している。直接支払い制度はEUで考案されいち早く導入されたこともあり、独、英、仏とも大体同じレベルであり、アメリカですら日本の約2倍となっている。日本は民主党政権下で農業者戸別所得補償としてやっと本格的に導入されたが、それでも欧米諸国と比べてずっと少ない。

 こうした数字からみても、日本の農業は予算的にも何も保護されていないということが明らかである。保護されている度合いが高いのはヨーロッパ諸国であり、ひょっとすると日本は農業大国アメリカよりも保護度合が低いといえるかもしれない。

<間違ったイメージの原因>
 なぜ、このようなトンデモナイ「デマ」なり、「プロパガンダ」「マインドコントロール」がはびこっているのか、私にはよくわからない。私が国会でつまびらかにする前に、農林水産省(大臣官房)が、きちんと世間に説明すべきものをその努力を怠っているのも一因である。
もう一つ考えられるのは、やはり土光(第二次)臨調時代に貼られた「3K(国鉄、コメ、健康保険)赤字」「過保護」のレッテルが今も生き残っていることである。1970年代は、予算資料7のとおり、農林水産予算の総予算に占める割合は11.5%と、2013年(2.5%)の4.6倍を占めていた。この頃の国際比較をすれば、相当高い保護水準だったと思われるが、この40~50年で大きく変わったのである。ところが、日本のマスコミや経済評論家は、この間違ったイメージで論評し、それがはびこってしまっているのだ。

<それほど高くない日本の農産物関税>(予算委資料9)
 次に問題の関税である。これは、当然アメリカの農産物の平均関税が5.5%と低い。しかし、主要な国ではEUが19.5%、日本が11.7%とEUより低い。韓国が62.2%と比べて日本よりかなり高くなっている。コメなどは関税を高くして守っていることは厳然たる事実である。しかし、だからといって鎖国しているようにとられているのはもってのほかである。日本は農産物の総生産額5.7兆円に匹敵する約5.5兆円の農産物を輸入しており、この結果を見れば閉鎖的だなどといわれる筋合いはない。むしろ開国され過ぎているのだ。
 このように関税においても農業予算においても、日本が農業の過保護な国とは言えない。ところが農政議論をする時にいつも出て来るのが、「規模拡大が進んでいない」、「農業は過保護だ」であり、この間違ったイメージを大前提にして議論が進んでいる。

<関税が必要な理由>
 これでお分かり頂けたと思う
① 果樹・野菜は新鮮さが必要であり、それなりの国産志向があることから、日本はそこそこやっていける。そのため日本の関税は著しくゼロに近づき、ほとんど自由化されているといってよい。

② 狭小な土地という制約をうけない畜産は極限まで規模を拡大している。

③ 土地の制約を受ける土地利用型農業(米、麦、大豆、菜種、そば等)は、どうあがいても新大陸の広大な農地と同じ(労働)生産性に達することは不可能である。

 もし関税をゼロとするならば、EU諸国と同じように直接支払いにより農業ないし農家を保護していかなければ、農業も農家も農村も存続していけない。
 ところが、日本には残念ながらそうしたコンセンサスもなく、今は財政負担能力もない。となると関税で守るしかないということになる。関税はどこの国にも認められている権利であり、WTOも関税をゼロにしろとはいっていない。それを関税ゼロが出発点というTPPは、国境をなくし同じ国にしろという意味であり、そもそも相当無理があるのだ。関税ゼロはよく言われるように、日本がアメリカの51番目の州になるのと同じことなのだ。国民はこのことにまだ気付いていない。それよりも何よりも我が国の伝統文化、社会制度を壊す道具となりかねない危険なものなのだ。