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アベノミクス農政批判シリーズ3「見せかけの企業の農業参入 -本音は農地の転売利益が目的-」14.06.30

<増加する株式会社の農業生産法人>
 規制改革会議は、6月13日またぞろどぎつい提言をまとめた。そこにみられるのはしつこい企業の農業への参入の主張である。しかし、正確に言うと、企業の農業への参入ではない。
 今までも農業生産法人の要件は相当緩和されてきている。今回の規制改革会議では更に役員の過半が農作業に従事から役員または重要な使用人のうち一人以上が農業従事、そして構成要件の3/4以上が農業関係者や農業関係者から1/2以上等、大幅に緩和するよう提言されている。従って、今この提言が実行されれば、なおさら企業は農業に参入しやすくなる。

<40年前の過ちをまた繰り返す>
 『血迷うアベノミクス農政』(14.06.06)で例示したとおり、旧ソ連でも、あの効率一辺倒のアメリカでも雇用労働に頼る企業(的)農業は成功していない。
 日本でも、三井物産等の総合商社を中心に1970年代に「東南アジアを日本の食料基地に」という掛け声とともに次々と農業に参入したが、すべて撤退している。1980年代の土光臨調の頃、副会長の井深大ソニー会長は、日本に農業はいらないとまで言い切り、不買運動まで起こされている。しかし日本から農業はなくならず、東南アジアは食料基地にはならなかった。逆に世界に名を馳せたソニーは、昨年家電メーカーで唯一赤字に喘いでいる。栄枯盛衰は世の習いなのだ。
 それにもかかわらず、50年後の21世紀でも企業の農業参入が再び声高に主張され、過ちをまた繰り返そうとしている。

<世界でも禁止されている企業の農地所有>
 企業の農地所有については、禁止している国と禁止していない国がある。韓国は大体日本と同じで原則禁止だが、自ら農業に従事したり、執行役員の1/3が農業者の場合には許されている。
 アメリカの場合国レベルでは禁止はしていないが、穀倉地帯の中西部では原則禁止しているところも多い。例えばアイオア州は3親等以内で構成され、収入の60%以上が農業からの企業でないと農地の所有が認められない。

<日本は明治政府が地租に頼って私的所有を認める>
 よく地主制といわれるが、それが神代の時代から存在したかものではない。例えば、江戸時代は農地は全てお殿様のものであった。だから四公五民とか五公五民とか言われていた。明治政府は、土地の私有を認めて、土地への税(地租)から収入を得なければならなかった。折しもヨーロッパは市民革命の最中で、市民の私有財産権(私的所有権)が大幅に認められ始めた頃であった。特にその傾向の強かったフランスのボアソナードが日本の法制度擁立の指南役となった。従って日本では土地に対する所有権が、フランスにならって相当強く認められた。

<私有財産権が強すぎる日本>
 もともと土地は万民のものであるという考え方が、ヨーロッパ社会にはある。日本でも律令制度の頃は、何もかも国家(天皇)のものであり、国民は口分田をもらい耕作していたにすぎなかった。江戸時代には江戸幕府のものあるいは殿様のものとなったのだ。一方、ヨーロッパではその後、ワイマール憲法等で再び土地の公有が全面に出てきたのに対し、日本は明治以降の絶対的土地所有権がそのまま残されることになった。そして、いつの間にか地主に農地が集中していったのである。第二次世界大戦の頃には途中から農村で実力をつけた地主が次々に農地を買い、完全小作が3割、自小作(自分の土地と小作地の両方)が7割というような状態になってしまった。その結果、戦後の農地改革へとつながった。

<ヨーロッパは農地は使用貸借>
 農地の所有といっているが、欧米特にヨーロッパでは、所有というよりも、我々の概念からは使用貸借のようなものにすぎない。従って、農地は農業目的以外には販売されず農業をやらなくなったら、農業をやる人に自動的に行く仕組みになっている。だから、日本のような遊休農地や不耕作地は生じない。
 それからもう一つ大事なことであるが、まず農地は農地として取引されるのが原則であり、いわゆる転売利益に当たるキャピタルゲインは所有者に行かない仕組みになっている。従って所有したところでそう儲かるわけでもないので、農業をしたい企業は賃借で足りることになり、企業側からも農地所有をさせろといった要請はない。
 規制改革会議の提言は、転用規制が農地流動化の阻害要因だとし、転用利益を地域農業に還元すべきだと、奥歯に物がはさまったようなことをいっている。私は、農地の転売によるキャピタルゲインは全て地方税に行き、すべて農業振興に充てるようにすべきだと考えている。そうなると、転売利益は一切出ないので、企業にも農地所有を許してもよいことになる。その時多分ヨーロッパと同じく企業の農地所有の声は全くでなくなるだろう。

<雇用労働に向く畜産と施設園芸>
 ここで私が問題提起したいのは、日本では畜産業への企業の参入が少ないことである。肥育牛については、ある程度面積が必要だが、耕種農業ほどではない。それに対し、酪農、養豚、採卵鶏、ブロイラーについては広大な農地を所有する必要ない。従って本当に企業が農業への参入を図るとするなら、畜産にこそどんどん参入していいはずである。なぜならば、畜産は毎日餌をやり、酪農なら毎日乳を搾り、ということで常に仕事があることから、雇用労働に馴染むからである。
 同じことが施設園芸、特に軟弱野菜等にもある程度言える。人工的管理技術が完成したキノコ栽培は、ホクトと雪国マイタケに代表されるように、企業が成功を収めている。このように今後は施設園芸で企業の参入が増大していくに違いない。

<企業参入がない畜産>
 6月18日の農林水産委員会の質問の折、農林水産省に畜産への企業参入の事例を聞いたが、ろくな統計も持ち合わせていなかった。私がネットを通じて探したところ、イトーヨーカ堂が岩手の遠野牛に参入し、居酒屋チェーンの和民が北海道に牧場を有しているぐらいである。それに対し、農地所有につながる耕種農業の分野では、今回の提言を契機に虎視眈々と農地所有を目的とした農業参入を狙っている。
 農業への企業参入を妨げているのは、農地の所有の規制だとよく言われるが、真っ赤な嘘でしかない。最も企業経営に相応しい畜産に企業参入がないのは、ついて回る農地の転売利益という旨味がないからである。日本の畜産は、外国の穀物を輸入して、畜産農家がそれを肉や卵や牛乳に変えているだけの加工畜産であり、穀物価格が上がったら、すぐに赤字に転落してしまう。だから参入しようとしない。こうした企業の参入分野の違いから企業が農業への参入といいつつ、本当の目的が何かは透けて見えてくる。

<農地所有が目的の農業参入>
 耕種農業は、畜産以上にもっと儲けが少ない。それでも企業が農業参入や農地所有に固執するのは、農地を投機の対象としかみていないからである。経済的にみておかしいのは、ただでさえ儲からない農業を、日本の高い農地を買って採算が合うはずがないことである。本当に農業を経営する気があるなら、今でも農業生産法人化し農地を借りていくらでも可能なのだ。農地を所有しなければ本当の経営ができないというのは詭弁でしかない。

<預託という現代の小作>
 実際畜産の世界では、これまた詳細は省くが、「預託」といった方法が猛然とした勢いではびこっている。元牛を買う財力のない零細な農家が、大企業にあてがわれた子牛に、ただ餌をあげ太らせることにより労賃をもらい、利益は企業経営にいくというやり方である。その意味では、前述と異なり畜産への企業のいびつな参入が進んでいるのである。私は2010年、宮崎県で発生した口蹄疫の現地対策本部長として、この実態を初めて知った。
 今企業に農地所有を認めたら、明治以降と同じように20~30年後には日本の農地の大半は21世紀の新たな地主となる企業の手に渡り、農家のものではなくなってしまっているだろう。そして、上記の理由により日本の牛の大半も農家のものではなくなっているだろう。
 規制改革会議の提言は、これこそ『血迷うアベノミクス農政』で述べたとおり「国際家族農業年」(2014年)や「国際協同組合年」(2012年)の精神からズレた、時代錯誤なものと言わねばならない。