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集団的自衛権シリーズ1 日本を危うくする集団的自衛権の行使容認の閣議決定-14.07.03

 7月1日(火)、もしデタラメな規制改革会議の提言が実行されると最後になる、私の選挙区の高山村の農業委員選挙が告示され、いつものとおり話し合いにより12人が無投票で当選した。混乱の真っ只中にある農業委員会であり、当選祝いが行われた4人の会場を回り、最後のひとつ前の新幹線「あさま」で上京した。

<国会議事堂駅前の思わぬ手荒い出迎え>
 私は明日からの滋賀県知事選の応援に行くため、資料の準備をしに夜11時ごろ衆議院第一議員会館719号室に戻らなければならなかった。しかし、丸ノ内線国会議事堂前駅を降りると、すぐ警官に呼び止められた。まだ首相官邸前で集団的自衛権反対デモが行われていたのである。私は、東京の電車の中では気がつく限り議員バッジをはずす。「お前国会議員のくせに座っているのか」と難癖を付けられたこともあり、今日もあさまに乗り込むと同時にはずしていた。
 そこで慌ててバッジをつけ、重いキャリーケースを持って駅の階段を登ったところ、会館へ到着するまでの100メートルで2度3度と尋問を受け、最後はついて来られた。その戒厳令下何とか事務所に到着し、今この原稿の校正をしている。対面の歩道では鐘と太鼓が鳴り、デモが続いている。ここにも怒りが渦巻いている。 
 私はしつこいブログ・メルマガを書いているが、今日閣議決定された集団的自衛権についてはほとんど触れてこなかった。関心がないからではなく、あまりにも机上の空論が多くて論ずる気も起こらなかったからである。

<安全保障に明け暮れた30年前>
 私は、1980年秋、鈴木善幸内閣とともに発足した内閣総合安全保障閣僚会議担当室に、食料安保の担当ということで農水省から出向を命じられ、2年間過ごした。そこで、猪木正道防衛大学校長(京大教授)、大学の恩師高坂正堯 京大教授等とともに日本の安全保障について勉強させていただく機会を得た。日本ではタブー視されていた分野であり、今思うとアメリカ留学に次いで猛勉したと思っている。それ以来、私は安全保障ウォッチャーの一人となった。鈴木首相は、今の安倍首相とは正反対で軍事は嫌いで、大平弔い選挙で大勝し気勢が上がる自民党に対し、軍事以外の「総合安全保障」で日本の安全を守っていく姿勢を打ち出していた。安倍首相の父君の安倍晋太郎はエネルギー安保を担う通産相だった。

<安全保障の碩学の警告>
 その時によく勉強会に参加していただいた一人が佐瀬昌盛防衛大名誉教授である。その佐瀬さんのインタビュー記事が6月30日の信濃毎日新聞に掲載されていた。懐かしい顔であり、30年前と同様の毅然とした口調が伝わってくる思いがした。日本の安全保障分野の碩学の一人であり、当然、安保法制懇の委員の一人になっているが、「時間不足で実質的な議論ができず」と批判されていた。安倍首相は、2月13日の予算委員会での私のあまりに偏った委員会構成ではないかとの指摘に対し、空疎な議論を排すために、専門家(集団的自衛権の行使の容認に賛成の者ばかり)を委員にしたと開き直った。しかし、内実はその委員ですらあきれる拙速な議論しかしていなかったのである。良識ある学者の思い余った末の警告である。

<保守派、タカ派も憂慮する拙速な方法>
 最初からこんなに歯止めが利かずに暴走しているのだから、今後の集団的自衛権の行使がいかに暴走するかは推して知るべしである。規制改革会議で全く議題にもなく、議論もされていないことが突然最終提言に出てくるのと同じ迷走劇が演じられている。政策決定プロセスがなっていないのだ。国のかたちを大きく変え、国の命運をも左右し、自衛隊員や国民の生命を危うくしかねない重大変更が見せかけの与党間協議と閣議決定だけで行われたのである。佐瀬さんも、「単なる政治セレモニーに付き合わされた」とお怒りで、「集団的自衛権はわかりにくい概念で、国民にとっては妖怪のようなもの」であり、それを議論せずにすぐに進めることに疑問を投げかけている。高坂さんも生きておられたら、多分安倍政権を一喝されるに違いない。
 高坂・佐瀬両教授は、今と違いほとんどが怖がって手を染めなかった日本の軍事問題、安全保障問題の重要性を、周りの大批判の中で正々堂々と展開した気骨のある学者である。今の時流に乗って時の政権に媚を売り調子のいいことを並べている、にわか保守派学者や評論家とは違うのだ。そういえば、昔から憲法改正派の小林節慶大名誉教授も、安倍政権の手法に「憲法の破壊、無視だ。国民には憲法改正を問うしかない」と憤っている。

<必要な国民への説明>
 この問題について、国会で議論すべきと野党は言う。ところが、TV中継には馴染まない。一般の人には「集団的自衛権」と「集団安全保障」も同じように聞こえてしまう。見回したところで、閣僚や国会議員の中でもわかりやすく論じられる者は皆無に近い。私自身もその能力不足の一人だが、今回ぐらいこの問題に触れねばならない。国民に問題の所在を明らかにするのも国会議員の役割であり、私なりに簡単に説明しておきたい。
 集団的自衛権とは、要はアメリカ(なり緊密な関係にある国)がどこかで戦争を始めたら、日本も参戦することに他ならない。限定的容認とやらの議論に、日本の周辺だけとか出てくるが、石破幹事長が正直に言うように地域限定は加えないのが論理的に正しい。というよりも、一旦認めたら、際限なく広がってしまい、抑えが利かなくなるのが世の常である。特に日本は何事にもその傾向が著しい。

<一挙に急変する日本社会>
 その一例を示すと、労働環境の急激な変化があげられる。高度経済成長の末期、日米通商摩擦が大問題になっていた頃、日本型経営が成功の一因ともてはやされた。終身雇用、年功序列等で、解雇の心配はなかった。その代わり社員に忠誠心が生まれ、一つの会社でずっと働き続けるのが当たり前だった。今も過労死するまで滅私奉公する会社員もいるぐらいである。それをアメリカの要求に従ったのかどうか知らないが、労働者派遣法で一般製造業にも労働者派遣が認められると、非正規雇用が瞬く間に増え、今や全雇用労働者の3分の1、2000万人に近づいている。そして、金銭解雇も導入しようとしている。
 同時に若者も就職したはいいが、自分に合わないとなるとすぐ転職し出した。本当の数は定かではないが、新規採用者の3分の1が3年以内に辞めているという。企業は残酷になり、残業代ゼロ、ブラック企業と一昔前と様変わりである。僅か20~30年で「日本株式会社」は消え、冷たい社会に成り下がってしまったのだ。
 日本あるいは日本は蟻の一穴で何かを認めると、一気にその方向に行ってしまうという危険な体質を備えているのである。

<限定容認派戦争への第一歩>
 労働条件が根底から覆されるのに20~30年となると、集団的自衛権の行使が認められると、いくら必要最低限などときれいごとを並べていても、20~30年後は、アメリカを凌いであちこちに自衛隊(国防軍?)を派遣しているかもしれないのだ。
 歴史は繰り返す。皆がそんな馬鹿なと思うことが平気で起こる国、それが日本なのだ。だから解釈変更とか、閣議とかで軍隊を海外に絶対送らないという日本の方針を軽々と変えてはならない。