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集団的自衛権シリーズ2 安倍政権の暴走は民主党が止めるしかない -日本はいかなる理由があろうとも軍隊を海外に派遣せず- 14.07.04

<世間とかけ離れる上から目線の安倍政治>
 どの世論調査でも、憲法9条を改正したり集団的自衛権の行使を認めたりすることを支持する人はごく少数でしかない。
 私の手許にある共同通信の世論調査の最新のものは、集団的自衛権の行使に反対54%、賛成34%, 武力を伴う集団安全保障への参加に賛成18% 反対73%, 憲法解釈変更による容認に妥当ではなかったとするのが60%、妥当であるが31.7% いずれも半数以上が反対、妥当でないとしている。
 また、日経新聞には党派別の調査が掲載されていた。自民党支持者では一定の支持があるが、公明党支持者は反対が半数以上となり、男女別でみると、男性は行使容認の賛否は拮抗しているが、女性は53%が反対し、賛成は24%にすぎない。「平和と福祉」を掲げる創価学会婦人部の面目躍如である。他党のことであり余計なことであるが、公明党は今回のこの閣議決定で相当支持を失っていく可能性もある。

<安倍政権の危険性に気付き始めた日本国民>
 安倍政権は典型的な上から目線のお節介政治をしているのである。まさに自分の趣味の政治に乗り出したのである。そして自らの信念を貫く立派な政治家と勘違いして悦に入っている感がある。私が、13年10月21日の予算委員会で指摘した、「民主党的総理」になってしまっているのである。今まで、不思議に50%を超える支持率を確保してきたが、この短絡的決定に対し、日本国民は必ずや厳しい判定を下すであろう。なんだかんだと言いつつ、日本国民はバランス感覚に優れており、安倍政権を危険視し出すことは間違いない。

<アメリカも憂慮する日本のイスラエル化>
 安倍首相は、昨年12月26日、第2次安倍政権発足1周年の日に突然靖国神社に参拝した。秋にケリー国務長官、ヘーゲル国防長官の2人が揃って千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝し、バイデン副大統領が注意を促したにもかかわらず、自らの信念とやらを貫いた。一国のトップには自制が必要である。それを自ら歪んだ趣味をむき出しにし、国を危うくされては国民はたまらない。本人はスッキリしたかもしれないが、日本国にはズシリと重いツケが回ってきた。近隣諸国との関係悪化である。
 中韓のみならず、他の近隣諸国も加わり、はてはEU諸国までも安倍首相のあまりの猪突猛進に警告を発した。自らも最重要という日米同盟の相手国アメリカもビックリ仰天し、「失望」したと、きつい外交用語で懸念を表明した。私は、2月27日の予算委員会でこの無謀なやり方を批判し、「日本が極東のイスラエル化している」(近隣諸国とケンカばかりしてアメリカを困らせている)と追及した。珍しく「私の努力も足りないということは認識をしている」というしおらしい答弁があった。

<中韓の過剰反応を外圧として活用する新たな政治手法>
 うがった味方をすれば安倍首相はわかっていてわざと中・韓両国を怒らせているのかもしれない。すなわち、中・韓が過剰な反応をし、それが日本に跳ね返り、日本の保守化する国民を刺激し、安倍首相のタカ派的言動を許すことになる。かくして、自らの支持率を高め、趣味の集団的自衛権行使容認、自衛隊を国防軍へ改編、憲法改正等に結びつけようとしている節がある。要するに確信犯である。
 オバマ政権は、安倍首相の見え透いた魂胆を見抜き、極めて冷淡であり、本来なら保守政治家大歓迎なはずが、むしろ日本を警戒して安倍首相が極端な悪さをしないようにハラハラして見守っている感がある。だから4月下旬訪日し、すきやばし次郎で鮨をつまんで話しても打ち解けるはずがない。
 昔も今も外圧を活用して日本を動かすという受動的手法がとられている。安倍首相は、中・韓の日本批判という新たな外圧を使って、趣味の政治を推進しているようだ。その意味では、逆説的になるが、もっとも軟弱な姑息な政治家ともいえる。解釈改憲といい正々堂々としていないのだ。

<アメリカの本音は日本の後方支援>
 民主党政権のだらしなさの裏返しで、安倍政権には変な期待感があり、相変わらず高支持率を維持している。景気回復になるのではないかという淡い希望がつながっているのだろう。しかし、日本国民が見切りをつける前に、アメリカ政府が安倍政権と距離をおきつつある。
 オバマ訪日時の共同声明等では一応集団的自衛権行使容認を歓迎するといったコメントが出されている。日本政府が懇請したからであろうが、強大な軍事力を誇るアメリカが日本に助けを求めることなどありえない。13年秋の2+2会合(日本の外交・防衛トップ会合)では、アメリカ側が集団的自衛権の行使容認をアメリカが「歓迎」という表現は、中韓両国を刺激するので削除を要求、それを日本が押し切って残したと言われている。その後は惰性で歓迎が使われている。日本が本当に望むのは、「武力行使の一本化」(他国の後方支援にいても結局武力行使につながる)が解禁され、日本にいつでもどこでも後方支援(ガソリンの供給等)をしっかりやってもらうことであり、一緒に闘うことではない。ここでも真っ赤な嘘がまかり通っている。

<法律的には無効な手続き>
 憲法は衆参双方2/3以上で発議が行われ、国民投票で改正する。法律は衆参の2分の1以上の賛成で成立する。政令は閣議で決められる。憲法の本旨に悖るような解釈の重大な変更を閣議で行うというのは、政令と同じレベルということになり、手続き的にどうみても辻褄が合わない。閣議決定までのプロセスも、集団的自衛権のプロセスも、集団的自衛権の行使に賛成する者ばかりの安保懇談会でたった11回、その後13時間の与党協議だけというのは、あまりにも常軌を逸している。内閣の独走であり、法律上は無効の決定である。

<意味不明の15事例>
 役所が具体的事例を示す時は、決まって自らの説明に都合のいいものばかりを並び立てる。営利の15事例は、まさにその典型であり、我々野党民主党など、まともに取り扱って議論・検討する必要などない代物である。ところがまじめすぎる民主党は、いろいろ細かいコメントをつけて公表した。一方、当の与党では自・公の協議用というのに、いつの間にか話題にならなくなり、ついに閣議決定では少しも言及されなかった。
 事例などに惑わされずに、安全保障の原則、例えばいかなる理由があっても日本は絶対に外国に軍隊を派遣しない。ということを明確にするしかないのである。

<よけない理屈などいらずに日本を守る>
 私は、日本国の領土・領海を守り、日本人の生命を守ることについては、憲法は何も制約を設けていないと思っている。つまり、専守防衛、個別的自衛権の行使は国際的にも当然認められるのだ。
 それに対し、国際環境の変化により個別的自衛権では説明できない事態があり、そのために集団的自衛権の行使を認めないと対応できない、というのが容認派の主張である。ただ私には、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、「国民の生命や自由や幸福追求の権利が根底から覆される明白な危機がある」事態というのは、私にはとても想定できない。具体的に思い浮かぶ事例として、日本近海上のアメリカ艦船への攻撃が例に出されるが、地球の裏側ではあるまいし、日本への攻撃とみなして日本の個別的自衛権として反撃していいのではないか。

<長年の積み重ねを崩し、地道な積み上げをスッ飛ばす安倍政権>
 これを制度的に担保するなら、先に集団的自衛権の行使などと大上段に振り上げずに、地道に有事法制の整備を積み重ねていくのが正道である。安倍首相はどこか長年の積み上げを壊すことがお好きで、一つ一つの政策を積み上げるのもお嫌いなようである。何事にも性急な池田勇人首相に対し、政治に「寛容と忍耐」が必要だとブレーキをかけたのは、大平正芳官房長官だった。安倍政権の周りには、箴言する肝の据わった政治家がいないのは、日本の不幸かもしれない。
 
<民主党が踏ん張るしかなし>
 与党自民党は、かつての幅広さはなくなり、清和会(町村派)等のタカ派ばかりが幅を効かせている。連立与党の公明党に期待したが、junior coalitionと英語で表現されるように、与党にしがみつき、平和の党の精神からはずれてしまった。分裂した維新は双方とも自民党の上を行くズレ振りであり、これまた分裂したみんなと結も、左と右とバラバラである。
 我々民主党が立場を鮮明にして、巨大自民党、暴走安倍政権に対峙していく以外に安倍政権の誤りを質し、日本人の生命を本当に守る途はない。
 本件については、既に私のメルマガ・ブログに明らかにしているが『憲法9条の平和主義の精神を盤石なものにする改憲-13.06.27 ―私の恒久平和のための改憲論―』、私はいかなる理由があろうとも中ぐらいの国の日本は自衛隊を海外に送ってならないと思っている。