« 14年末総選挙シリーズ13(憲法改正、集団的自衛権、特定秘密保護法) 集団的自衛権の行使の容認から憲法改正へ -報道統制の前兆が表れた自民党のテレビ局への注文- 14.12.13 | メイン | 代表選シリーズ2 14年末アベノミクス解散総選挙の敗因分析 -東日本で民主党農政への期待により伸びた当選者数- -15.1.11 »

代表選シリーズ1  民主党代表選に名前が現れた理由 ー14.12.27

 民主党代表選ニュースの一角に私の名前が現れたので、驚いている方が多いことだと思う。実は、当の自分が一番、この事態を予想もしていなかった。
 私は、2年前の民主党大敗の際、代表選のあり方について、資料を作って意見して回った。そのことを書いたブログを文末に再掲する。
 残念ながら、その時は一顧だにされなかったが、今回は、ほぼその提案どおりに民主党代表選の全国遊説が行われることになった。しかし、候補者は細野元幹事長と岡田元代表の2人だけ。せっかく代表選を通じて民主党内のいろいろな主張や意見を国民に知ってもらう機会なのに、それができない。弱小の民主党では自民党のように5人の候補者を出すことは不可能だが、最低3人、できれば4人、しかも多様な政策を議論できる候補者が望ましい。
 そこで、私の所属する素交会(大畠グループ)の会合で、代表選への対応が話し合われた結果、事務局長の私を第3の候補者として推すことになったという次第である。私は、既に立候補を表明している2人と違う、農林水産業、地方に基盤をおいた政策を訴えることができると思っている。

再掲
「両院議員総会(12月19日)の新代表選出延期の顛末―(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その9)13.2.14」

<新代表を3日間で選ぶとんでもない提案>
 12月18日選挙の2日後、私は世話になった人たちにお礼のあいさつ回りをしていた。つねに朝刊は朝読みたいと思っているが、なかなか忙しく夜寝る前に読むことにしている。ところがこの日、秘書から、「明日、19日両院議員総会が開かれると出ていますよ」と言われ、ビックリ仰天した。見ると、19日の午後、両院議員総会が開かれ、そこで代表選の日程が議題になり、22日の午前中に代表選の立候補届けを受け付け、複数の立候補者が出た場合、その午後に145人の議員(衆議院57人、参議院88人)の投票で新代表を選ぶというのだ。

<すぐ幹部に意見の電話>
 私は、そんなばかな、これだけ大敗北をしておきながらそんな簡単に代表を選んでいいのかと思った。例によって、我々議員に諮る前に新聞に漏らして、一般国民の方が先に知り、既成事実を作るという、民主党の野田執行部が繰り返してきたずるい手法である。私は、すぐに当然そんなことはやめるべきだと幹部に電話した。直接話せなかったが、留守電に私の反対の趣旨を伝えた。
あいさつ回りを続行している間、3回その幹部から電話があったが、夜遅くになるまで気付かず、19日の朝になってやっと接触した。しかし、私の意見は取り入れられなかった。
 半年前の代議士会の発言(ブログ消費増税法案採決に棄権した理由-2012.6.27参照)もそうだが、私はできれば穏便にことを進めたいので必ず執行部に前もって問題点を指摘している。ところが、私のこうした心配りも増長気味の野田執行部には通じないことが多かった。
 そこで、今回も私は、すでに発言の準備を着々と進めていた。

<自民党は若林両院議員会長で乗り切る>
 総選挙後の特別国会で首班指名を行わなければならない。首班指名こそ完璧に党議拘束に従わなければならないものであり、記名投票である。つまり投票用紙に篠原孝という名前を書いてから、首相に推す人の名前を書くことになっている。常識的に各党もそれぞれの党首の名前を書くことになっており、党首が決まってないと都合が悪いことになる。
 ただ、これには巧妙にすり抜ける先例があった。3年半前の8月30日に大敗北して、困った自民党は、だからといって、9月16日の首班指名までに拙速に総裁を選ぶわけにはいかなかった。こういう事態は初めてのことであったが、長年の知恵であろう、9月18日には若林正俊両院議員会長を暫定の首班指名にして、特別国会の首班指名を乗り切り、その後でゆっくり党代表を選ぶという賢い道を考え出した。当時のマスコミは、「史上最大のピンチヒッター」として若林両院議員会長を揶揄した。なぜならば、若林環境大臣時代には、農林水産大臣の不祥事がいろいろ続いたため、代打で農林水産大臣を数回務めていたからである。

<手続きを踏む60年の政権与党>
 自民党はやはりしっかりした党である。大敗北の翌日、麻生太郎首相は辞任を表明し、臨時役員会で次期国会(192回)は麻生総裁のままとすることに決めた。きちんと手続き通り総裁選を告示し、河野太郎、西村康稔、谷垣禎一の3人が立候補し9月15日に総裁選が告示された。日本全国を回り、11ヵ所で演説会をし、2ヵ所で討論会を行い、9月25日 谷垣総裁を選んでいる。野党自民党の総裁選にマスコミもそれほど関心を示さず寂しいものだったが、60数年与党を経験した自民党は、きちんとした手続きを踏んでいる。俄か与党の民主党のいい加減さと比べると立派としかいいようがない。

<自民党との対応比較表を配って根回し>
 私は、民主党もちょうどよく、1月中旬の通常国会前に党大会が行われるので、党大会の日に投票を行うと決め、代表を選べばいい。拙速に選ぶべきではない。反転攻勢、政権奪取に向けて、どういう代表を選ぶべきかが大事で、そんな拙速な選出はやめるべきだという資料「下野時の党首選の対応比較」を作った。

 19日に上京し、待っているであろう幹部に電話した。案の定の内容である。要するに、もう流れはきまっている。参議院は早く代表を決めてもらわなければならないと言っている。そんなことを今更言っても通る話ではない。しかし、私は、決まっていようが決まっていなかろうが、ダメなものはダメだと発言することにした。そして、この資料を10人前後の人たちに配り、民主党幹部に欠ける根回し調整をして援軍をお願いしておいた。

<自民党と民主党の活力の差>
 私の一番の驚きは、党首討論で自信たっぷりに解散を宣言し、大敗したにもかかわらず、野田代表がそれこそ一言詫びただけで後は知らぬ顔の半兵衛を決め込んだことだった。自民党では、宮沢政権下で大敗した折には梶原静六が幹部に議員辞職を迫ったという。それを見ていた中曽根康弘は自民党の底力ここにありとみて、復活を確信したという。民主党にはそんな場面は見られなかった。

<一番始めに発言>
 両院議員総会で私は、珍しく一番前に座り、「代表をたった3日間で拙速に選ぶのは反対である。他の人たちの意見も聞いてほしい。国民は民主党の再生のプロセスをじっと見ている。こんな拙速に代表を選ぶのではなく、きちんと総括して大敗北の原因について議論してからやるべきである」と意見の口火を切った。自民党の知恵に習い、26日の首班指名は暫定首班で乗り切り来年1月の党大会で新代表を選べばよい、とも付け加えた。それから13人が続いて発言をし、2人が執行部よりの発言をしたが、あとの11人は、地方の声を聴くべきだ、党大会で決めるべきだ、きちんと総括してからにすべきだと、私同様に22日の拙速な代表選に反対した。ついに輿石幹事長は22日の代表選の延期を決め、22日には落選議員も含めて大敗北についての意見を聞くということになった。

<マスコミ完全公開のメリット、デメリット>
 私はマスコミオープンになっている両院議員総会で、また決められない民主党というイメージがつくのがいやだったので、わざわざ事前に幹部に、そんな荒っぽい日程は取り下げたほうがいいと言ったのに受け入れられず、両院議員総会でのどんでん返しとなった。今やすっかり定着した(?)民主党の混乱振りを国民に知らしめることになってしまったが、拙速な代表選だけは阻止できた。
 余談になるが、私の発言がTVニュースでは何度も報じられた。一番前の席だったことから、カメラにはまず頭の後ろが映った。いつものとおり髪が突っ立ってボサボサ(要するにひどい寝癖髪)だったことから、後で身だしなみの厳重注意を受けてしまった。同時に、私は選挙期間中から、再選された暁には党の再生に全力を挙げると訴えていたが、それを早速実行していることが有権者に伝わり、その分では励ましの言葉を多くいただくことになった。公開の議論は、メリットとデメリットの両方があることがよくわかった。

<25日に延期された代表選>
 ただ、私の思った通りに1月の党大会までは延期されなかった。22日の懇談会は、マスコミにオープンにされず、ガス抜きの総括が行われた。非常にいい意見が出たが、ほとんど報じられることはなかった。そして、もうこれ以上延ばすことは出来ないということで、25日に海江田代表が選出されることになった。
 一事が万事である。最後の最後まで野田執行部は強引だった。その典型例がこの代表選の拙速な日程である。
 民主党の代表が任期途中で交代することが多く、地方議員や党員・サポーター抜きの両院議員総会でばかり選ばれるので、党規則を改正し、臨時党大会で代表を選ぶようにしたところだった。しかし、大河原雅子参議院議員が指摘したとおり、早速例外を作ってしまったのである。3党合意の党内プロセスにおいて、私が党規約にある3分の1(132名)を超える156名の署名を集めて、両院議員総会の開催を求めたにもかかわらず、平然と無視したのと同じ構図である。

<自ら決めたルールを守る政党が再生への道>
 国民が、自分たちで決めたルールすら守れない党に政権を任せられない、と厳しい判断をするのは当たり前である。悪い意図があるとは思いたくないが、野田執行部が、準備が整わないうちに、いわゆるメリーゴーラウンド人事の延長で、自分たちの仲間内から新代表を決めてしまおうとしていたのだとしたら、あまりに卑劣である。
 民主党は何よりも民主的に議論をし、公正に物事を決める党にならないかぎり、党員からも国民からもそっぽを向かれてしまうだろう。党再生の第一歩として、不公正なルール違反の新代表選びを少しでも変えられたことを是としなければなるまい。