« 【集団的自衛権シリーズ4】国民の大半は集団的自衛権の行使は望まず -いつの間にか集団的米衛権・他衛権に変わってしまう危険-15.03.25 | メイン | 【TPP交渉の行方シリーズ26】 山岸一雄「大勝軒」社長に見る日本の美風 -TPPで日本の食をアメリカ化されてはたまらない- 15.04.19 »

長期低落傾向を脱するには組織も政策も大改革が必要 -立ち位置を明確化し、党名変更を- 15.04.13

 民主党は、14年末選挙においても候補者を立てられず、73議席しか得ることができず、政権交代へ向けて「道遠し」という感が否めなかった。今回の統一地方選挙でも長期低落傾向に歯止めがかけられなかったことを反省せねばならない。

<なかなかできない民主党県議>
 羽田孜元首相が私を政界に誘った時に「民主党はもともと国政政党だ」と述べていた。事実、私が03年衆議院選挙に出馬したときは、長野1区には長野市区に倉田竜彦県議が1人、他には民主党県議はいなかった。長野市区では07年に私が全面的に援助して高島陽子県議を誕生させた。
 北沢俊美県連代表から、中野下高井区で「地元中の地元に民主党県議を作れ」と発破をかけられた。07年中高地区に山本良一氏、11年に宮川好正氏を擁立したがいずれも僅差で敗れてしまった。11年には長野市区でも、倉田県議の他に倉野立人氏と金沢敦志氏を立てたが、残念ながら私が3.11の東日本大震災で長野へ帰れず、二人とも惜敗している。その間にせっかくの高島県議が、北沢防衛相の立候補した10年の参院選で長野県連を飛ばして出馬し、以後民主党長野県連とは縁が切れている。

<県都で10人中10位の当選>
 そして迎えたのが、私にとっては3度目の県議選である。7期28年務めた倉田県議の不出馬により、急遽立候補していただいた埋橋茂人候補が8,536票(10人中10位)を得て、やっと当選することができた。埋橋候補の出馬宣言は2月10日ととんでもない出遅れであったが、経済連(全農)の本部長を務め、農協の職員の労組・農団労委員長の経験もあったことから、農協組織と連合の推薦を受け県都に民主党の議席を確保できたことは喜ばなければならない。私は「農政は国政で篠原、県政で埋橋」とPRし続けた。
 10人の長野市区では私の票数(篠原票 61,441、民主比例 37,853)から割算したら4人の民主党県議がいてもいいぐらいなのだが、なかなかそのようにはいかない。中高地区でははじめて推薦した小林東一郎氏が当選した。

<言い出しっぺなのに女性候補を擁立できず>
 残念だったのは、女性候補を擁立できなかったことである。そもそも私が、参議院・衆議院にも女性候補を、そして県議選にも女性候補を、ということでいつものようにペーパーを書いて男女共同参画委員会や幹部をけしかけていた。詳細な経緯は省くが、海江田代表下で民主党再編のために設置された党改革創生会議(船橋洋一座長(元朝日新聞論読主幹)、山口二郎副座長(元北大・現法大教授))で私の意見がそのまま採用され、民主党は男女共同参画政党を標榜して来るべき統一地方選挙には積極的に女性候補を立てることになった。具体的には県庁所在地選挙区(私の原案では10人区以上の巨大区だったが、大体同じ)に女性候補を立てることが目玉となっていた。
 言い出しっぺなので、私は必死で女性候補擁立を画策したが、最終的には女性候補の擁立を見送らざるをえなかった。男女共同参画等の関係者に合わせる顔がない。

<低すぎる投票率、多すぎる無投票>
 民主党がだらしないという一語に集約されてしまうが、引き続いての投票率の低さは惨澹たるものである。長野県は前回比5.27%減で戦後最後の48.92%と初めて50%を割り込んだ。全国でみても960の選挙区のうち、1/3にあたる321選挙区が無投票であり、全体でも21.94%の501人が無投票で当選している。
 各県でみると香川県は15人が定数の高松市が無投票だったことから、何と41人中27人(65.8%)も無投票当選している。わが長野県は58人中15人(25.8%)が無投票で、私の選挙区でも唯一1人区の飯水地区は3回連続無投票である。1人区は現職の地盤が固まりすぎ無投票になりがちであり、長野県は1人区が多く、無投票が多いのは仕方ないことかもしれないが、好ましくないことである。
 
<足腰が弱い民主党>
 地方議員が少ないということは、まさに民主党の足腰の弱さの表われである。このご時世に民主党公認で出ていただく方には、感謝感激しなければいけない。このことは13年民主党の内部で議論したときに私が重ねて主張したが、当時の選挙関係幹部は、さっぱり公認を増やさなかった。そこを狙われて14年末の総選挙をぶつけられ、敗北を重ねた。
 国会議員選挙でもこの体たらくだから、県議選になれば尚更である。前回選挙の民主党の356議席を下回る345人(前回は771人)しか公認候補は擁立できず、当選は264人にとどまった。長野県でも自民党の20人に対して民主党公認は5人、推薦が6人である。そのうち公認で当選は2人と、3人も落選し、推薦の当選も5人にとどまった。かつて羽田民主党と言われた長野県でこの結果では、政権交代どころの話ではない。一方、自民党は今回選挙で21県で単独過半数を確保したという。国会同様、都道府県議会も1強多弱が定着してしまっている。

<民主党再生には思い切った変革が必要>
 民主党の長期低落傾向には何の変化もみられなかった。14年末総選挙と同様、安倍政権に疑問を呈する有権者の受け皿になれず、共産党にとって代わられているのだ。もともと共産党の強い長野では8人と自民党16人の半分に達している。私は民主党が再出発するには13年初の一連のブログで書いたとおり、野田元首相等は民主党を辞めてもらい、党名を変えるぐらいの大改革以外にはないと思っている。そして政策的には、安保、農政、労働法制、原発等で、安倍政権を対峙する明確な方針を打ち出していくことである。