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【集団的自衛権シリーズ7】安倍首相の自己陶酔・高揚は許されず -岸・安倍家のお家の事情で国政を動かす危険- 15.07.21

<内も外も抗議だらけ>
 7月15日、一週間前にはいくらなんでも少しは先延ばしするだろうと思われていた安保関連法案が強行採決された。我々民主党は赤と青の「強行採決反対」と「アベ政治を許さない」の2週類のビラを持って第一委員会室に乗り込み、反対の示威活動を行った。久方振りの揉めた国会となった。
 原発再稼動反対、TPP反対に続き、外で夜遅くまでデモをして反対を唱える人々がいた。
 抗議の意味を明確にするため、翌16日の本会議では、討論の後、採決に応じず退席した。当然のことである。戦後70年続いた平和が崩れていく分岐点になるかもしれないからだ。維新も自分の法案の採決をした後退席したので、政府法案は自公の与党だけの採決となった。
我々が反対する理由は山ほどある。しかし、何よりも恐いのは、安倍首相のあまりにも強引なやり方である。

<ますます民主党的総理化する安倍首相>
 私は、2013年10月21日、臨時国会の予算委員会の1日目、安倍首相に30分間質問した折、「くれぐれも民主党的総理にならないように」と結んだところ、委員会室はどっと沸いた。一部の同僚議員から、どういう意味か尋ねられた。私は、安倍首相が民主党の菅・野田両首相と同様に、国民の声も聴かず、国益も無視して、格好のよいこと(安倍首相にとっては、憲法改正、自衛隊の海外派遣)に血眼になることを危惧したからである。
 そして、15日の得意満面な顔をみせられ、相変わらず抽象的な答弁を聞くにつけ、2年後の今は予想以上にひどい状況になっていることに戦慄を覚えた。安倍首相は、反対が大きくなればなるほど高揚感が高まり、自分は歴史に残る難しい仕事を成し遂げたと悦に入っている。政治を自らの趣味に重ね合せているのである。

<首相の劣化>
 日本国民は、ここ数代続けて、パフォーマンスを最優先して政治を行うとんでもない政治家を総理にしてしまった。政治の劣化が叫ばれて久しいが、中でも首相の劣化が一歩先を行っている。
消費増税など民主党のマニフェストにも、野田首相の代表選出馬の公約にも全く見当たらなかった。しかし、前任の菅首相が言い出した消費増税にすぐ飛びついた。難しい政治的課題を自らが手がけて実現するという見栄がそうさせたのである。どういう社会を築くかは二の次であり、目前の業績作りしか目に入らなかった。
 野田首相は次にTPPの内容をよく知らないにもかかわらず、TPPも手掛けるという野心を抱き始めた。TPPに絶対反対の私は、こうした野田首相の見え透いた魂胆が手にとるようにわかった。このことは既にブログ(13.2/6「野田首相解散前TPP交渉参加表明報道」)にしたので、長々繰り返さない。

<最後っ屁で欲張ろうとしたTPP>
 私は11年秋、TPPの見通しを尋ねられると、「野田首相は政権を投げ出すようにTPPに参加するようなので、なるべく長続きするように必死で野田政権を支えている」と皮肉っぽく答えていた。
 それが、12年11月9日の読売新聞の夕刊で明らかになった。「野田首相解散決意、TPP交渉参加」という記事だ。42人から私の携帯に電話があった。私の言った通りになったからである。ところが、数日後枝野経産相がそう簡単にはいかないと言い始めた。アメリカ側から、レイムダック状態の野田政権が総選挙に負けたならば、国民がNOといったことになり、TPP交渉に参加出来なくなるので受け入れない、と言ってきたのだろう。
 つまり、野田首相は消費増税といい、TPPといい、目の前にある重要な課題を自分が片付けると粋がったのだ。

<1回目の失敗に学んだ安倍首相>
 安倍首相は、民主党の総理と異なり、何をやりたいかを明確にしていた。07年、教育だ憲法改正だと言っていたが、国民の支持が得られず、参院選挙に大敗北して政権の座を去った。ところが2回目の今は、学習効果もあり慎重に事を運んでいる。国民の支持を得るには、一にも二にも経済だと気付き、景気回復の期待感を一身に受けることになった。「アベノミクスの三本の矢」というまやかしのフレーズを使って、国民を引き付けることに成功。円安となり輸出企業は史上最高収益をあげている。その結果支持率も上がった。

<「解釈改憲」は違憲と同義>
よく言われてきたが、2013年の参議院選挙を過ぎれば、安倍首相の本来の目的である憲法改正に着手するといわれていた。最初に手をつけたのは憲法96条の改正(衆・参3分の2の賛成による発議を2分の1にする)という姑息な手段であった。それが頓挫すると、解釈改憲の実現に向けて走り出し、14年7月1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行った。安保法制国会になると思われた秋の臨時国会を吹き飛ばし、15年4月には日米防衛協力指針(ガイドライン)を先にまとめてしまい、その後に法案審議に入った。6月、憲法調査会で3人の憲法学者に憲法違反だと言われ騒然となったが、私は少しも驚かなかった。なぜなら、解釈改憲の名のとおり、解釈でもって改憲しているのであって、憲法にそぐわないということは最初からわかっていたからだ。

<岸・安倍家のお家の事情で7月15日採決>
 安倍首相は後は自らの道をまっしぐらである。非常にこだわりの強い総理であることがわかる。13年12月26日、突然靖国神社に参拝した。政権発足1年後である。アメリカに失望したとか、文句を言われるのをわかりきっていてながら、平気で参拝する人なのだ。だから、尊敬する祖父岸信介首相が退陣した7月15日というのは、安倍首相にとって大事な日なのである。60日ルールの適用にもまだ余裕があるのだから採決を数日は延ばすだろうと言われていたが、私は、安倍首相の性格からして、岸・安倍家の由緒ある日(?)を変えるはずがないだろうと思っていた。
 案の定、国民を無視し、国会を無視して安保関連法を強行採決した。多分祖父の仇をとったとでも思って悦に入っているのだろう。しかし、一国の命運を岸・安倍家のお家事情で決められてはたまらない。

<今があるのは一旦退却したお蔭>
 安倍首相はかなり調子に乗り過ぎである。安倍首相が今あるのはなぜか。
 1期目07年の参院選では、農業者戸別所得補償のために、1人区で6県しか勝てず、23県が非自民となった。これにより衆参のねじれ現象がおこり、法案が通らなくなった。本当にお腹の調子が悪かったのかは知らないが、ともかく08年1月、突然辞任した。つまり形成悪いとみて退却した。後任の福田首相は衆参ねじれにより国会運営に苦慮し、小沢との大連立に走ったが失敗し、1年で辞任した。
 戦争もそうであるが、ひたすら前に前に出るだけでは失敗することが多い。安倍首相は賢明な判断をし、退却したからこそ今がある。ところが正面から答えない答弁とか、ゴリ押しとかの術はかなり学んだようだが、2期目の今、前回うまくいった一旦は引くことの重要性を忘れてしまったようである。

<再びリターンマッチの時を迎えている>
 先週公表された共同通信の世論調査では支持率が10ポイント下がり、不支持率が支持率を14ポイントも上回った。安倍首相が本当に自分の目的を達したいのであれば、今回も潔く一度退却し、出直す必要がある。新国立競技場の撤回でお茶を濁そうとしているが、そんな小手先のことでは国民はだまされまい。
 内容のおかしさは、私は今更くどくど指摘するまでもない。自衛隊の海外派遣を自由にするという集団的自衛権の行使はとても容認できない。アメリカが攻撃されただけで、日本に対して攻撃の意図もない国を攻撃できるというのは、専守防衛から大きく逸脱する。明らかに憲法違反であり、民主党が対案を出して済むものではない。TPP、原発再稼働と同じく大反対する以外にない。

 参議院では民主党も全員参加でもっと具体的な法整備の不備を指摘して、議論を深めてもらいたいと思っている。