« 2015年7月 | メイン | 2015年9月 »

2015年8月28日

【TPP交渉の行方シリーズ45】沈みゆく大国アメリカに追随するな-日本の医療制度は死守すべし--15.8.28

<エバーグリーニングに代表される疑わしい特許>
 特許を金科玉条のように言うが、その実体は怪し気なものが多い。
 まず、研究開発に手を抜いて本当に新しい薬は少ないとも言われている。エバーグリー二ングとは、既存の物にちょっと手を加えて新しい特許にし、いつまでも特許が続くことを揶揄して使われる業界用語である。
 次によく膨大な研究開発投資を回収するには特許期間やデータ保存期間を長くしておかないとならないといわれる。ところが実態はノバルティス社の高血圧治療薬「ディオバン」(一般名:バルサルタン)の臨床研究や副作用等に関する治験データには手を抜いたりして、かなりいい加減に新薬が作られている。日本の大学もノバルティス社から多額の研究費の寄付をもらっている。ここにも電力会社と原子力研究者の「原子力村」と呼ばれる癒着と同じ構造がみられる。

<研究開発より喧伝販売に熱心な薬業界>
 その代わりTVのコマーシャルをはじめとしてマーケティングのほうがずっと金がかかっているとも言われている。これも不明確だ、大ヒット薬を作るため、新薬の開発よりも販売促進のほうにずっと多額の金を使っているのが実態であるともいわれている。そしてそれがそのまま高価格に反映され、割りを喰うのは消費者ということになる。誰しも健康を第一と考えるからであり、その心境にうまくつけ込んでいるのだ。
 その結果、前述のように医薬品メーカーが他のメーカーと比べて飛び抜けた高収益をあげている。どうやら薬九層倍は日本だけのことではないようである。

<国家と民間企業が手を組み国策企業となった医療関連産業>
 医療にはアメリカを除き国家が大きく関与している。オバマ・ケアもないよりはましだが、民間の保険会社が運営母体である。その結果、医療関連産業が関与してうごめくことになり、政治献金も他の業界をはるかにしのぐ巨大な業界となっている。アメリカのNPO(Open Secret)によると、医薬関連企業が断トツであり、これに保険業界が続く。(TPP推進派の議員に巨額の政治献金が送られていたことは『企業献金が後押ししたTPA採決 - 15.07.07 ‐ 』で指摘したとおりである)つまり、アメリカの医療は政治にまみれ、金にまみれて混乱を極める業界となり、国民を不幸にしている。
 医療関連産業は自動車産業に代わるアメリカの代表的産業になりつつあるのかもしれない。

<アメリカの医療制度は世界が認めるダメ制度>
 国連はFTAにより薬価が上昇すると見込んでいる。特許の権利が幅広く認められるからである。頭痛が歯にも効くと新たな特許となる(用法特許)、錠剤が粉剤になっても新しい特許となる(製法特許)。日本では「物」にしか特許が認められていないが、アメリカでは診断方法、治療方法、手術方法にまで特許が認められるという。こんなに特許にがんじ絡めにされたら、医療費は高くなっていくばかりである。もともとアメリカの薬は平均で日本の3倍といわれており、アメリカの医療支出が200兆円を超えて世界一となるのは上述のような構造的欠陥があるからである。それを日本に押しつけられてはたまらない。

<1日8万円の薬の保険適用>
  8月26日、中央社会保険医療協議会でC型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」(米ギリアド・サイエンシズ社 一般名=レジパスビル・ソホスブビル配合剤)の保険適用が決まった。1錠8万171円、12週間1日1錠飲み続けたところ、約150人全員がC型肝炎ウイルスを体から排除できたという。ただ問題は約600万円を超える価格である。患者にとっては喉から手がでるほどほしい薬。治療が進めばその後の治療費は不要となる(重症化予防)ので、国費で治療費を助成しても元がとれる。いいことづくめである。
 しかし、問題は高価格が適正かどうかなのだ。中川俊男委員(日本医師会副会長、TPP会合にいつも出席している)は、価格決定の手法が不透明として、保険適用の決定見送りを求めた。当然の意見である。日本にもC型肝炎ウイルス感染者は150万人いると推定さている。仮に100万人がこの薬の治療をうけるとなると、薬代は6兆7000億円に達する。ジェネリックになると何分の1になるかわからないが、素人の私にはいくら開発に金がかかり製造にも金がかかるといっても、法外な価格としか思えない。もう、アメリカの高価格薬の日本の国民皆保険への浸透は着々と進んでいるのだ。野放図に社会保険費が増大することは抑えなければなるまい。そのためには、特許のあり方、薬価の決定は国民に納得いくものとしなければならない。

<ISDも医療崩壊に一役買うおそれ>
 問題のISDは医療・特許の世界にも乱用され始めている。カナダ政府が子供用てんかん薬(ストラテラ)の特許を無効にしたことを訴えられ、また、医療総合企業センチュリオンには政府が決めた金額以外は患者から受け取ってはならない、という保険法を提訴されている。アメリカがISDもフルに使って世界の医療業界の支配に乗り出しているのだ。
 8月27日、世界一の製薬会社ファイザーが医薬品の重い副作用約200例を国に報告していなかったとして、厚生労働省は医薬品医療機器法に基づき、業務改善命令を出す方針を定めた、と各紙が報じている。売る事には熱心だが、副作用には知らん顔。5年間も遅れたものもあるという。しかし、今は従う気配があっても、ISDSで、自分の商売を邪魔されたと訴え、日本に確立した制度の改善を迫ってくる可能性がある。

<「ベン・ケーシー」から「ドクター・ハウス」による洗脳>
 テレビ放映が始まって10年ぐらいは日本のテレビはアメリカのドラマで占領され、我々団塊世代は、「ベン・ケーシー」「ドクター・キルディア」といった医者ものを見て育っている。今も「ER緊急救命室」「ドクター・ハウス」などが放映されている。病気をドラマで見せられ、間のコマーシャルでアフラックのアヒルばかり見せられていると不安になり、知らず知らずのうちに医療保険にすがるようになってしまうのかもしれない。まさにあの手この手の拡販戦略であり、それに乗せられる日本人が多くいることは誠に悲しむべきことである。

<医薬品の研究開発投資は日本の責務>
 医療費の支出は高齢化に伴ってウナギのぼりである。ところが日本の医薬品業界は、アメリカの特許にすがるだけで自らの研究開発を怠ってきている。日本一の企業 武田も世界第12位にすぎない。これだけ薬好き(?)の日本人という大きな需要があるにもかかわらず、企業努力をしてこなかったのだ。おまけに政府もアメリカのNIHを傍目で見ながら、医療産業を成長産業として捉えることなく、それこそ放置してきた。民主党政権で医療、農業、グリーンを成長産業として位置付け、やっと遅ればせながら日本医療研究開発機構(AMED)が発足した。発展途上国が成果を得るのに長くかかる医療関係開発投資をするには無理がある。日本は先進国として医療関係の研究に力を注ぐ義務がある。

<沈みゆく大国の轍を踏むな>
 07年マイケル・ムーアがアメリカの医療業界の問題を「SiCKO シッコ」で警告し、08年に大統領になったオバマが、共和党の反対を押し切ってオバマ・ケアを実現させ、やっとアメリカも国の医療保険への関与が始まった。しかし、違憲訴訟を起こされたり、アメリカの破産者の60%以上が高額医療費要求によると言われたり、あまりうまくいっていない。
 巷では、堤未果の秀作『沈みゆく大国アメリカ』の第2弾(-逃げ切れ!日本の医療-)も多くの人々に読まれている。堤は、第一弾に続き、アメリカの惨憺たる医療の実態を浮き彫りにし、その返す刀で日本の国民健康保険制度の死守を訴えている。TPPには参加してはならず、データ保護期間を8年にして仲介役を果たすなどという恥ずかしい交渉をしてはバチが当たる。
 『沈んでしまった小国日本』(?)にしないためにもTPPは葬り去らなければならない。

<日本国を守る前に日本の命と暮らしを覆す安倍政権>
 アメリカはアフラックの一件で日本の制度をアメリカの都合のいいように変えることにまんまと成功したといえる。もっともこんなことをおめおめと受け入れる国は、日本以外ない。安倍首相は軍事的にはタカ派的態度をとっているが、私にはTPPで日本の大事なものを次々とアメリカに売り飛ばしているとしか思えない。その代表的事例がコメであり、国民皆保険である。日本国を外国から守ると言いながら、実は日本人の命と暮らしを根底から覆そうとしている。まさに本末転倒である。     
(以上特許と医療の3回シリーズを終了)

2015年8月17日

【TPP交渉の行方シリーズ44 集団的自衛権シリーズ9】民主党は安保法制、TPP、原発で旗幟(きし)鮮明にする -政権奪還には「昔の民主党」との決別が必要- 15.08.17

 8月14日、安倍首相の戦後70年談話が発表された。安倍首相はこれだけ事前に騒がれたことはないので、慎重になっているが、相変わらず駄々っ子のように自分の趣味を出している。私には信じ難い。一国のトップであり、一刻も早く退陣してもらう外にないと思う。

<70年談話は外交そのもの>
 この談話は、日本人向けというよりも今や外交そのものである。中韓、そして世界を相手に日本を今後どういう国にしていくかを示す絶好の機会と捉えなければならない。それにもかかわらず、自らの言葉で語らず、侵略、植民地支配、反省、お詫びといった主要用語は散りばめたものの、不鮮明そのもので、決して素直に語りかけてはいない。
 アメリカに媚びた4月29日のアメリカ議会演説と真逆である。一期目に靖国神社に参拝できなかったことを痛恨の極みと言い出して、政権奪取記念日(?)の12月26日に、周囲の反対を押し切って参拝。安保関連法を7月15日に採決することはないという声にも耳を傾けずに強行...。私の13年10月21日の予算委の警告にもかかわらず、ますます慢心が高じているようだ。
 権力者は忍び足で歩き、権力は抑制的に行使しなければならない。それを安倍首相は全く逆のことをしている。同じタカ派の中曽根康弘元首相が、首相就任後は靖国参拝を封印し、官房長官に他派閥の重鎮でハト派の後藤田正晴を配置したのとは大違いである。
 民主党は、この安倍政権と安保法制、TPP、原発の3つの主要政策について国民の声を聞き、自民党と徹底的に対峙していかなければならない。

<安保法制は廃案にすべし>
 安倍首相は談話のインタビューに答えて、民主党からは、ではどうしたらいいのかという対案がでてこない、と誘導している。いかにも反対しているだけだと言わんばかりである。それにそそのかされて、民主党内でも対案提出の声がある。そんな話に乗るのは愚の骨頂である。政府の土俵で戦うことになるだけだからだ。
 民主党はかねてから準備していた領域警備法で、日本の領土、領海、領空をきちんと守っていくという姿勢を出せば十分で、海外に自衛隊を派遣することについての対案などはありえない。北沢参議院安保特委民主党筆頭理事(元防衛相)が代表質問で主張したとおり、「国民が求めているのは、対案ではなく廃案」なのだ。
 世界の情勢が変化したことから集団的自衛権行使の容認は、当然だという。しかし自衛のための戦いは、アメリカとどうこうというのではなく、日本が決めることである。集団的自衛権などとはいわずに、大半は個別的自衛権で決着していけばいいのであって、アメリカに頼まれたからといって、のこのこと海外へ出て行ってはならない。日本はそれで70年戦争に巻き込まれずに済んだのだから。

<盗聴にも何も言えない属国日本>
 7月31日、マウイ島のTPP閣僚会議の最中に、内部告発サイト・ウィキリークスがアメリカのNSA(国家安全保障局)の日本盗聴を明らかにした。独、仏、ブラジル等は猛然と抗議し、ブラジル大統領は訪米を中止している。舐められた同盟国日本は形式的抗議のみ。中韓にだけ高飛車になり、アメリカにはまともな意見一つ言えない情けない日本。
 ウィキリークスがわざわざTPP閣僚会合の真っ只中にリークしたのは、アメリカに妥協させられっぱなしの日本に、席を蹴って交渉を中止する口実を提供してくれたのかもしれない。日本はその温情(?)も汲めず、一国だけ譲るに譲って国益を無視した交渉をしてきたのである。もともと傲慢だという礒崎首相補佐官や新国立競技場で迷走する下村文科相よりも、甘利TPP担当相以下軟弱外交関係者こそ糾弾されてしかるべきである。
 
<安保だけでなくTPPでもアメリカに隷属する愚>
 13年10月21日の予算委員会で、安倍首相との論戦の前に前座で稲田朋美行政改革担当相を引っ張り出し、「あなたもタカ派の論客としてTPPに反対してきたはずだ、日本の文化伝統制度を守っていく、日本は日本だという姿勢を保つ限り、TPPに参加できないというその気持ちは閣僚になっても同じでしょうね」と問い質した。むにゃむにゃと答えになっていなかったが、私は「女性をあまりいじめるのは嫌いなので、これぐらいにしておく」と言って追求はやめた。
 日本の保守がTPPを推進するのは明らかに矛盾している。保守政治家を認ずる安倍首相を筆頭に日本の保守派はTPPに反対しなければならない。外交、防衛でアメリカに隷属した上に、日本の独自の文化や社会制度をなくし、日本が日本でなくなるような方向にもっていくのがTPPである。安保法制もTPPも両方ともアメリカの属国化を意味している。

<真正保守派はTPPも原発も反対>
 保守の論客はこぞってTPPに反対していることは、いままで説明してきたとおりである。実は原発も同じで、日本の保守論理的後ろ盾である。西尾幹二電気通信大学名誉教授は、日本の国土を壊す原発に絶対反対している。メルケル独首相もそうだが、国を愛し、国民を慈しむなら、国土を汚し、国民の生命を危険に晒す原発はやめるのが当然なのだ。世界第4位の防衛予算、安保法制で我が日本国を守る前に、国土が汚染され、国民の健康が蝕まれててどうするのか。後世代に侵略戦争のお詫びを続けさせるわけにはいかないと気遣うなら、後世代に原発汚染のツケこそ回してはならない。
 日本の保守を自認する漫画家の小林よしのりは、原発反対、TPP反対を漫画でわかりやすくまとめている。私は、民主党内で保守派として振舞っている同僚に、なぜ日本の保守はTPPと原発に反対していないのかと突っかかっているが、まともに反応した者はいない。日本の保守は与党も野党もどこかずれているような気がしてならない。

<民主党が支持率を回復できない理由>
 こうした矛盾や危険を見てとってか、国民は安倍内閣の安保法制における暴走に嫌気がさし、7月15日の強行採決後支持率が大幅に下がりだした。ただ、残念ながら民主党の支持率は少しも回復していない。それどころか読売新聞とNHKでは、民主党の支持率は逆に1%下がっている。その間に内閣支持率は10ポイント減り、不支持率は10ポイント上がっている。他の日経、毎日、朝日、共同等ではやっと民主党の支持率が1、2ポイント上回っているが、回復するまでには至っていない。
 理由は明らかである。第一に、3年3ヶ月の政権運営がめちゃくちゃであり、全く信用を失っているからである。第二に見逃せないのは、民主党政権を維持できなかった責任者ばかりが前面に出ているからである。国民は失敗した面々には二度と政権は任せられないのだ。第三に、国民の要望に応える政策を何も打ち出していないので、自民党の代わりとは見てもらえないのである。

<安保、TPP、原発反対で政権奪還>
 こういった時に民主党の再生を図るために何をすべきか明らかである。安保法制はこれぐらいは必要だ、TPPは賛成だ、原発再稼動するしかない、とか言い出したらもう民主党の政権交代の道はない。まず、3大主要課題について鮮明にNOを打ち出すことである。
 14年総選挙では、共産党が議席数を8から21と3倍増に増やしたのは、立ち位置を国民に明瞭に示したからである。民主党も野党に徹するべきなのだ。

<岡田代表の下、党名も変えて出直す>
 与党時代、一部の幹部ばかりが次々と要職を歴任し、メリーゴーランド人事と揶揄された。それが野党に成り下がってもやたら役職に就きたがり、目立ちたがっている。
 「昔の顔」は国民からは飽きられているのであり、政権交代までは反省の意味もこめて、縁の下の下支えに徹してもらわなければならない。さもなければ新鮮味が打ち出せず、支持率アップにつながらないのだ。
 この延長でもう一つ大事なことは、昔の民主党との違いを打ち出すためには、党名も変えることである。これは、ほとんどの民主党議員が経験していることと思うが、支持者訪問すると民主党というだけで門前払いをくらうことが多い。そこに、民主党をダメにした同じ顔ばかり出てきて嫌になる、と追い打ちをかけられる。
 つまり、民主党の再生には「昔の民主党」をきれいさっぱり切り捨てる必要がある。
 岡田代表が国民の声に応える方針を高らかに宣言し、野党に働きかけて、まとまって新しい形で野党が大同団結して、参議院選挙に向かっていくしか政権奪還の道はないものと思っている。

2015年8月12日

【TPP交渉の行方シリーズ43】日本の国民皆保険制度の悪用を狙うアメリカ-15.8.12

-高額なアメリカの薬を保険対象にし、医療費を上げる-


 アメリカの日本改造の策謀は、前号の特許期間やデータ保護期間の延長にとどまらない。日本の健康保険制度も自らの儲けのタネにしようと虎視眈々と狙っている。

<高いアメリカの薬を日本の健康保険制度の中に移植する>
 一時、日本でも国民皆保険を崩されるのではないかと相当懸念が広まった。年次改革要望書で郵便局の郵貯と簡保が攻撃され続け、小泉郵政改革でアメリカの要求通りになってしまったからである。ところがいつの頃からか小康状態となり、郵便局ほどには文句をつけなくなった。
 カトラー次席代表は、TPPでは混合診療、営利医療企業も含め公的医療保険制度を扱わないと明言した。あまりの日本の抵抗にアメリカが譲ったと思われているようだが、真意は他にある。日本のきっちりした国民皆保険制度(WHOが「健康達成度総合評価」で世界で最も公的医療制度を評価している)の中に、アメリカの高い医薬品をビルトイン(はめ込み)、そこから恒常的保護(つまり政府の補助)を受けて使わせようと方針を変えたのである。つまり、高いアメリカの医薬品を健康保険対象の薬(医療機器も薬事承認と同様のプロセスで保険収載されると、日本でも保険対象となる)として、国のお墨付きをもらい暴利をむさぼろうというのだ。
 詰まる所、日本人特に団塊世代の老後は、アメリカの投資商品にされてしまったのである。

<アフラックの次に医薬品メーカーが日本を席巻>
この手法は、アフラック(アメリカンファミリー生命保険)の急変と酷似してくる。アメリカは政府の信用が背後にあるかんぽ保険が、民間の保険会社を圧迫し、更に外国企業の参入を妨げる非関税障壁だ、とさかんにクレームをつけた。一転アフラックの保険を2万の郵便局に扱わせ、政府の信用で日本国民に買わせるという厚顔無恥な結果に持ち込んだのと同じである。今回はアフラックで日本は何でも受け入れてしまうことを学習したのか、文句を言うのをやめて、はじめから活用しようと方針を変えたのである。
なぜならば、大改革のように思われているオバマ・ケアは、実は保険会社が造り上げ、保険で自動的に高い薬を使わせるように仕組み、まんまと成功しているからだ。だからアメリカの医療費が世界一高くなり、医薬品メーカーがほくそえむことになる。フォーチューン誌の選ぶグローバル500企業のうちに名を連ねる薬品メーカー10社の収益が、残り480社の合計に匹敵するという。アメリカの医薬品メーカーにとってはアメリカの医療制度は天国であり、それを日本でも再現しようとしているのだ。困るのは国民であり国家財政である。

<薬価決定の場にアメリカが入り込むおそれ>
 アメリカの図々しい侵入はこれぐらいのことではすまされず、もっとひどくなることが目に見えている。米韓FTAでも両国の医療保護制度が衝突した。私は最近のことはフォローしていないので確かではないが、アメリカは、ひと頃韓国の薬価を決める審議会に、アメリカ薬品企業の代表を入れることに執着していた。最終的には薬価でもめた場合の調整のための独立機関を造らせ、そこにアメリカの医薬品メーカーを入れて言い分が通るようにしてしまった。
 世界の国々はアメリカを除き、何らかの形で医療には国が援助している。どこの国も医療支出(すなわち財政支出)を増やさないため、薬価の決定には国が関与して薬価を低く抑えようとしている。ここで各国と医薬品メーカーの利害が真っ向から対立することになる。そこでアメリカ企業が内部に入り込み高薬価を維持しようとしたのである。
 在日アメリカ商工会議所のトップは元USTRの日本担当だったチャールズ・レイクであり、特許がらみで手を組んだ日本の医薬品メーカーを通じて薬価を高くするために暗躍することが目に見えている。08年アメリカは中央社会保険医療協議会(中医協)の薬価専門部会にアメリカ医薬品業界の代表を入れるように要求してきており、この流れは強まっている。アメリカのやり方はこのような情け容赦ないやらずぶったぐりなのだ。

<もともと薬好きの日本につけ込むアメリカ>
 日本は医療支出に占める医薬品支出の割合だけは20%とOECD加盟国1位であり、5位の12%のアメリカを大きく凌ぐ。つまり、日本人は他の国と比べ、もともと薬代に多額の支出をしているが、これにますます拍車がかかることになる。ところが、日本では多くの人に身に覚えがあると思うが、薬をたくさんもらっても多くを飲まずに捨てている。TPPが成立し、日米の仕組みが変えられてしまうと、この壮大なムダが更に増えることになる。
 日本の医療費は12年で約36兆円、うち公的保険給付は26兆円、国民の自己負担は10兆円、15年は多分40兆円を超えていることになるだろう。ところがこの膨らみ続ける医療費の多くがアメリカの医薬品・医療機器メーカーに行ってしまうことになる。このままいくとアメリカの医療機器で検査を受け、日本の医者に診断してもらい、再びアメリカの医療機器で手術を受け、日本の看護師に診てもらい、バカ高いアメリカの医薬品を飲み続けることになる。こうしてかさむ医療費が長時間勤務をして苦労をしている日本の医師や看護師に行かず、アメリカの医薬品・医療機器メーカーばかりに行ってしまうことになる。
 その前に前号でアメリカの日本への輸出で医薬品・医療機器の分野が1位(8,325億円、11%)になると書いたが、食料品・農畜水産物(穀物類1位、肉類6位、魚介類4位、大豆13位、果実14位)を合計すると1兆2,646億円(全輸出額の17%)と最大となる。食と医をこれだけアメリカに頼るとなるとアメリカに命を預けてしまったと同じである。原中勝征前日本医師会会長はこのからくりに気付きTPPに大反対しているが、大半の医師たちも国民もこの危険に気付いていない。

<国民保険制度瓦解の恐ろしいシナリオ>
  医薬品に占めるジェネリック薬品の割合は、米9割、独8割、英7割、仏6割に対し、日本は僅か4割にすぎない。国境なき医師団」(MSF)によると、エイズの治療薬は特許のない国で製造されて約100分の1の価格になり、800万人以上のエイズ患者が救われている。だから他の国は、先進国も発展途上国も少しでも安いジェネリック薬品にしようと汗をかいているのだ。5,000万人も無保険者のいるアメリカでは薬代が高くて払えない人もいるというのに、日本人はがっちりした国民皆保険に守られて、高い薬に無頓着になっている。
 ただ、これに乗じて、政府がTPP交渉でも医薬品特許で国益を追求しようとしないのは不届き千万である。なぜなら高い薬価によりこの保険制度がいとも簡単に瓦解するおそれもあるからだ。
 まず薬価がアメリカの思ったとおり高くされると医療費が上がり、財政負担が増すことになる。すると当然財務省は出し渋る。総枠は増やせないので人件費が削られることになる。そこでかねてからのアメリカの要求である混合診療が認められるようになる。医師も人の子、儲かる(保険のきかない)自由診療に走る。すると自由診療が増え、多くが民間の医療保険に向かい、アフラックが最終的に大儲けすることになる。かくしてアメリカと同じひどい医療体制になっていく。

次回も、引き続きこの問題について取り上げたいと思う。

2015年8月 7日

【TPP交渉の行方シリーズ42】アメリカが薬の特許にこだわる理由-アメリカの対日最大輸出品は医薬品と医療機器-15.08.07

 最後といわれたTPPのハワイ閣僚会合が合意しなかった理由の最大の要因は、バイオ医薬品のデータの保護期間を巡る対立だった(アメリカ12年、その他の国5年、日本8年)。アメリカがなぜこだわり、他の国もなぜ絶対に譲らないか不思議に思う人が大半だろう。
 この点については既に2年前に本シリーズ5「薬の特許強化で日本の医療制度が崩壊するおそれ」(13年9月25日)で触れたが、ここに数字を示しながらより具体的に示すことにする。

<世界的企業が多いアメリカ医薬品業界>
 アメリカの産業界の中でTPPに1番力を入れて、輸出しようとしているのが医薬品業界だからだ。日本が初参加した閣僚会合がブルネイで開かれたが、そこにはアメリカの医薬品業界から多く来ており、関係者の意見交換会で特許の重要性を力説していた。日本からは、農業界が大半で、特定の産業界からの参加者はなきに等しかった。
 アメリカの製造業は、自動車さえもう国家の保護を受けなければ存続できないぐらいに競争力を失っている。航空機器業界、IT業界、軍事関連産業等ごく一部を除くと見るべきものがない。そうした中で、医薬品業界だけは別格で異彩を放っている。世界の大手製薬企業の上位10社に、1位ファイザー、3位メルク、8位ジョンソン&ジョンソン、9位イーライ・リリー、10位アボット・ラボラトリーズと5社もひしめいている。他には、スイスに2位ノバルティス、イギリスに7位アストラゼネカ等世界に名の知れた企業が名前を連ねている。残念ながら我が日本は12位武田、17位アステラス、19位第一三共、20位大塚と10位以内はゼロであり、日本の医薬品業界は思いの他低位でなさけない結果である。
添付資料①:医療費・薬品支出の国際比較

<国をあげて医療産業を育成するアメリカ>
 NIH(国立健康研究所)を中心にして研究開発投資を続けてきており、多くの技術革新がアメリカで起こっている。総合産業の一つである医薬品は、発展途上国では金がかかりすぎてとても研究開発はできない。アメリカは医学研究に15兆円をかけているといわれており、その多くが新薬の開発にも使われている。従って、TPPでのアメリカの主張の根底には、長年かけて造り上げたものをそう簡単に外国に手に入れられてはたまらないという執念めいたものがある。

<医薬品業界はアメリカの有望産業>
 アメリカの医薬品及び医療機器の貿易に占める割合をみてみると、相当巨大な産業であり、将来の成長産業であることがわかる。産業分類や品目の分類が各国まちまちなので、正確に捉えるのは難しいが、アメリカの貿易統計(2014年)からみると、アメリカの輸出のうち医薬品は10位440億ドルであり、医療機器は415億ドルと続く。そのうち日本の輸入は医薬品は4位36億ドル、医療機器は2位47億ドルであり、アメリカにとっては大お得意様となっている。
 もう一つ、アメリカから日本への輸入をみると医薬品3,974億円(5位)で、医療機器4,351億円と合わせると合計8,325億円となり、1位の穀物類5,083億円、2位航空機器類4,913億円を凌ぐ、最大の輸入額となる。ここに、アメリカが医薬品(や医療機器)にこだわる理由が存在する添付資料②:アメリカにおける医薬品・医療機器産業の重要度 

<医薬品業界の標的は金持ち日本の団塊の世代>
 アメリカの標的は金持ち日本であり、なかんずく65歳を超えて高齢者入りした団塊の世代である。団塊の世代の男性は、故郷を離れた太平洋ベルト地帯で職を得て、高度経済成長の先兵として社畜と呼ばれるほど猛烈に働いたはいいが、今はその企業からも突き放され、かといって子供たちはあまり大事にしてくれず、家族と地域社会との絆も希薄になり、一人静かに老いているといってよい。団塊の世代は、病気なったら働きまくって貯めたお金を惜しむはずはない。アメリカは、彼等に高い薬を使わせようとする遠大な計画を立て、TPPを通じて着実に実行に移しつつある。

<医療支出でアメリカを追いかける日本>
 アメリカには、日本は何でも数年遅れでアメリカと同じようになっていくという見方がある。最近(2010年又は11年)の一人当たりの医療費支出を比較してみると、アメリカ8,508ドル(OECD加盟国で1位)に対して、日本は3,213ドル(同18位)と約3分の1、対GDP比はアメリカが17.7%(1位)に対し、日本は約2分の1の9.6%(12位)、また1人当たり医薬品支出をみてもアメリカが985ドル(1位)(対GDP比21%(4位))、日本は648ドル(4位)(同1.9%(5位))とアメリカには追いついていない。
 こうしたことから、日本の医療支出はいずれアメリカ並みに3倍に増えると想定しており、その中でアメリカの高い薬をたくさん使わせようというのである。
 それには特許期間を長くし、更にデータの保護期間を長くし薬価をなるべく高くしておいたほうがいいということになり、12年のデータ保護期間は絶対に譲れないのだ。

<日本以外は安い薬代を追求>
 こうした中、ベトナム、マレーシア、ペルー、チリ等の豊かではない国々が、一刻も早く特許期間もデータ保護期間も切れ、安いジェネリック薬品を製造できるように主張するのは当然である。先進国といえどもオーストラリアもNZも医療費の高騰は悩みの種の一つであり、立場は同じである。どこの国も国家が社会保障制度の枠組みの中で、医療に補助を出しており、高い医薬品は財政支出の増加に直結するので、必死に抵抗することになる。
 高齢化が進み医療費の高騰が社会保障費を底上げし財政を圧迫しているのは日本も同じである。日本もスクラムを組んでアメリカと対抗しなければならないはずだ。
 そうした中、一国日本だけは足して二で割る着地点とでも考えたのだろう、8年という中間の期間を主張しているが、両陣営から相手にされていない。どの国も自らの国益を前面に出して交渉しているのに、そうした気配が全く感じられない。

<漂流し始めたTPP>
 日本政府とその間違った情報に踊らされたマスコミも、アメリカは、TPAが通り交渉しやすくなったと大宣伝をしていたが、現実は逆なことは前号(【TPP交渉の行方シリーズ41 】アメリカの隷属の道具となる安保法制とTPPは同根15.08.06)で述べた通りである。ハワイ会合前にも本件について7月27日には、ハッチ上院財政委員長がオバマ大統領への書簡で、「バイオ医薬品のデータ保護期間は12年でないとならない」と釘を刺している。これに呼応する形でオバマ大統領も「不十分な条件では署名せず」と発言し、アーネスト大統領報道官が「基準に届かない合意には署名しない」と記者会見で述べたように、安易に妥協できない立場に立たされているのだ。これがアメリカがTPAにより、より妥協しにくくなった悪い好例(?)でもある。
 従って合意はますます遠のいているのが現状であり、とても8月中に再び会合を開ける状態ではない。8月7日の各紙が、日本も8月中の閣僚会合を断念と報じているのは当たり前のことだ。

次回、引き続きこの問題について取り上げたいと思う。

添付資料
医療費・薬品支出の国際比較)

(アメリカにおける医薬品・医療機器産業の重要度)

2015年8月 6日

【TPP交渉の行方シリーズ41 集団的自衛権シリーズ8】アメリカの隷属の道具となる安保法制とTPPは同根-頭を冷やして日本の自主独立を考える-15.08.06

<最後にならなかったマウイ島閣僚会合>
 7月31日、最後だと喧伝されたマウイ島でのTPP閣僚会合が合意に至らなかった。気が滅入ることばかりが多い安倍政治・外交の中で、久方振りにホッとするとともに留飲が下がった。
 TPP交渉の行方シリーズ40(前号)で書いたとおり、とてもまとまるような条件は整っていなかった。それにもかかわらず、甘利担当相はTPA法が通過したのですぐにでもまとまるようなことを吹きまくり、2010年の秋からずっとTPPを支持し続ける大手マスコミは提灯記事を書き続けた。
私のようにアメリカや諸外国の動きを知る者にとっては歪んだ状況把握としか言いようがなかった。結果は日本国政府とマスコミの期待を大きく裏切って事実上決裂した。
 合意成立を見越してカードを切りまくったのは日本一国にすぎない。はやる政府やマスコミが合意を前提として用意した声明や特集はすべて反故になった。「国益に合致しない交渉を成立させる必要はない。日本の農業を守るためにがんばる」という稲田朋美自民党政調会長こそ正鵠を得たものである。

<もっともなNZの主張>
 カナダが二国間協議でオファーをしないと言われていたが、最終段階でハーパー首相が乗り出し、何らかの妥協案を出したという。ところが、伏兵NZが会合の流れを変えた。甘利担当相はNZに怒りをぶちまけ「頭を冷やしていただかないと」「本当にまとめる気があるのか」といった暴言を吐いている。
 それに対してNZグローサー貿易相は「NZが問題だ、ということは受け入れられない」と反論している。日本にとって乳製品の輸入拡大は大きな痛手だが、そもそも06年にNZ・チリ・シンガポール・ブルネイの4ヶ国で始まったP4協定に、08年にアメリカが参加させてほしいと申し出ており、日本に至っては13年7月からの交渉参加である。つまり、新参者がでかい顔をするのを小国NZのプライドが許さなかったのだ。そもそも「関税ゼロ」が交渉参加の条件だったのであり、日米加等に乳製品の完全自由化迫って譲らないNZの主張は当然のことなのだ。
 世界の交渉は今や大国の思うままにならなくなった。私が携ったガット・ウルグアイラウンド交渉では、米・EUの超大国が話をつければ大体まとまったが、WTOドーハラウンドからはそうはいかなくなった。BRICSの力が増し、セーフガードを巡り中国・インドが譲らず、交渉はすんでのところで決裂した。日本とアメリカが二大国さえ手を握れば成立するという尊大な態度をとった。それに対して今回は本家のNZが正論を吐き、意地を通して中・印と同じ役割を演じたことになる。

<アメリカのずるい魂胆にまんまと乗せられた日本>
 いつまでたってもまとまらないWTOに業を煮やして、各国は二国間のFTA・EPAや地域協定に走った。その一つがアメリカが主導権を握って動き出したTPPである。アメリカの魂胆はわかっていた。EU抜きでなんでも言いなりになる日本を取り込めば、アメリカの思いのままの地域協定ができあがる、と踏んだのである。アメリカは通商交渉では日本をやり込められなくなり、1989年の日米構造協議以来、アメリカのルールを日本にも呑ませることで世界を牛耳ろうとしだした。もっと言えば、アメリカが日本を隷属させ植民地と同じように仕向けていこうと方針を転換したのである。
 TPPでアメリカの会社が日本でアメリカ国内と同じように活動できるようにし、軍事的にも日本をアメリカの手足のように使おうとしているのだ。そこに尾っぽを振ってすり寄ったのが安倍政権である。その頂点は、4月29日のアメリカ議会での安倍首相媚米演説ないし日本属国化演説である。日本には中国と友好関係を回復しようとする者を媚中派と蔑む者がいるが、その言葉を借りれば安倍政権は媚米一辺倒になってしまったのである。日本の属国化の手段(ツール)がTPPと安保法制であり、根っこは完全につながっている。アメリカに対する態度があまりに卑屈であり、悲しくなる。

<アメリカ一辺倒は世界の潮流からずれる>
 オバマは力点を大西洋から大平洋に移すリバランス(再均衡)戦略と称して、アジア・太平洋重視を打ち出した。TPPについては09年秋サントリーホールの演説で初めて触れている。鳩山政権の東アジア共同体構想を牽制したのである。中国をソ連に代わるライバルと見立て、TPPで対中包囲網を造り、日米防衛協力指針を改定して日米軍事同盟を強化することによりリバランスを達成しようとしている。
 だから、イギリスさえ参加したアジア・インフラ投資銀行(AIIB)にアメリカと日本だけが参加せずにいる。まさに滑稽な姿である。
 ひょっとすると日米同盟はひたすらヒトラーに傾倒した戦前の日独伊三国同盟に擬せられるかもしれない。つまり、世界の潮流からはずれた一方的な動きなのだ。ところが残念ながらかつてのドイツ一辺倒が今アメリカ一辺倒と同じ状態になっていることを、多くの人が気付いていない。私はこのまま行ったら日本は必ず過ちを犯すと思うからこそ、この同根の二つ、TPPと安保法制には断固反対しているのだ。

<日本にこそ必要なリバランス外交>
 私はアメリカとケンカせよと言っているのではない。アメリカとも仲良くすべきだし、中国・韓国とも同じように仲良くやっていくべきなのだ。要はアメリカとの対峙の仕方が間違っているのである。日本こそアメリカと中国の間でバランスをとる必要があり、リバランス外交は日本にこそ求められているのだ。
 ところが、TPP交渉では日本はアメリカの露払いをし、マレーシアやベトナムの味方などした形跡が全くみられない。こじれて決裂の要因の一つとなったバイオ医薬の保護データ期間問題(アメリカ12年、その他の国5年)にしても、日本がアジアの国々の立場に立ってアメリカを諌めなければならないのに、8年というなまくらな期間を主張し、アメリカに追随している。オーストラリアは発展途上国と一緒になって5年を主張している。日本アジア諸国を親身になって支える姿勢は微塵も見られない。大手製薬会社とそのロビー活動により12年をピン止めされている。従ってフロマンUSTR代表は一歩も譲ることがなかった。TPAは授権法ではなく、アメリカの妥協を許さない法律になっている証左である。

<ASEANから頼りにされない日本>
 TPPは「アジアの成長を取り込む」「バスに乗り遅れるな」と囃し立てられた。しかし、中国も韓国も参加しない。ASEANの大国インドネシア、タイ、フィリピンもアジア通貨危機のアメリカのやり口があまりにひどかったため、参加しようとしない。カナダとメキシコが、日本が交渉参加を明かするまでTPP交渉に参加しようとしなかったのも同じ理由からだ。
 それに加えてASEANの主要国がTPPに参加しないのは、アジアの兄貴分たる日本が全く頼りにならず、アメリカ以上に傍若無人に振る舞うことを知っているからである。
 私は良識のあるアメリカの国会議員が、大企業の利益にしかならないTPPを止めてくれると期待したが、あとちょっと及ばずTPAが通ってしまった。ただ、TPPの内容が知られてくれば、民主党だけではなく共和党の保守派や穏健派も必ずもっと反対してくることは間違いない。

<嘘をついてブレまくる安倍政権に国益を守る気なし>
 マウイ島では、カナダが酪農家を守るために頑張り、関税をどれだけ下げるとか輸入量をどれだけ増やすかなど少しも明らかにしていない。マレーシアやベトナムも特許で譲ることがなかった。ただ一国日本のみ、農産物関税でも何でも具体的な数字をマスコミに次々に流してベタ下りである。国会決議などどこ吹く風、国益など全く眼中にないといってよい。その代わりに頭の中にあるのは、秋の臨時国会の承認に間に合うように、16年の参院選前のTPP審議を回避したいという、それこそセコい小手先の事しか考えていない。
 私はとても自民党安倍政権にはTPP交渉を任せる気になれない。12年末選挙の自民党の政策ポスターは「ウソつかない。TPP断固反対!ブレない」だったが、現実はウソをついてTPP交渉に入り、5品目を守るといってまたウソをつき、交渉でも譲りまくってブレまくっているからだ。

<日本だけが前のめり>
 私は日本が参加してから6回開催された閣僚会議のうちブルネイ、シンガポール、インドネシアのバリ島、シドニーと4回もお付き合いしている。マウイ島会合はもう4回目の最後の閣僚会議である。甘利担当相は未練があるのだろう「8月末までというのは共通認識だ」と早速楽観的希望を再び述べているが、かつては歩調を合わせていたフロマンUSTR代表は慎重であり、「残す問題の解決に向けて作業を続ける」としか述べていない。常識的に見て、この1ヶ月で残された問題が解決するとはとても思えない。アメリカからしたら、この次にまとまらなかったらTPPはもうお蔵入りしかないと心配しているのだろう。それよりもNZを必要以上に悪者にして、このままTPPを漂流させて、いつの日か復活させたほうがよいという選択肢も見えてくる。自らの失敗を隠すために、ババ抜きのババをNZに引かせたのである。

<もともと無理なTPP>
 日本を除く各国は国益を死守し、また追い求めて必死で交渉しているのである。だからまとまらなかったのである。ただ、何でもアメリカの思いのままにするのも、関税ゼロにして国境をなきものにしてしまうのもはじめから無理がある。
 加えてアメリカの大統領選日程があり、10月のカナダの総選挙もある。安倍首相は一人「あと1回開けばまとまるところまできた」などと軟弱なことを言っているが、世界は違ったベクトルで動き始めている。また、TPAは為替操作、原産地規則、環境、労働等の難問すべて先送りにしており解決していないのだ。だからアメリカこそもっと時間が必要なのかもしれない。

<頭を冷やしてアメリカとの付き合い方を再考すべし>
 安保法制は、7月15日の強行採決後、国民の支持率が急落し黄信号が灯り出した。最後という触れ込みのTPP閣僚会合もまとまらなかった。他の交渉国はほとんど関税の引き下げ幅を示さない中、一国日本のみ、全てを曝け出して譲りに譲りまくった。そして、日本の新聞は、その数字を連日報道した。磯崎首相補佐官の前に、国益を損ねる稚拙な交渉担当こそ糾弾されてしかるべきである。
 折しもウィキリークスに、アメリカのNSA(国家安全保障局)が日本政府や大企業も盗聴していたことが明らかにされつつある。ドイツやフランスは怒って抗議しアメリカは慌てて弁明したが、日本の抗議には明確に応えていない。これが憐れな同盟国日本の姿である。日本は、アメリカとの付き合い方を考え直すいい機会を与えられたのである。この際、安保法制は廃案にし、TPPからは脱退し、この国のかたちをどうするか真剣に議論すべきではないか。
 暑い夏、頭を冷やして考えるべきだ。その点で私は涼しい信州という好条件に恵まれているので、他の人よりじっくり考えてみるつもりである。