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2015年10月27日

【TPP交渉の行方シリーズ48】国会開催せずに逃げまくる卑劣な安倍政権 -大嘘をつき、TPPに飛びつき、ブレまくる- 15.10.27

<別な要件で相変わらず多忙な日々>
 私は今、国会閉会中ではあるが、東京と長野を往復し、慌しい日々を過ごしている。なぜかというと、永田町では野党再編の動きがあり、色々と相談を受けたりし、結構時間を割かれている。また、TPPや農業問題で講演依頼もよくあり、久方振りに少々時間があるので引き受けて飛び回っている。
 10月24日には「縮小社会研究会」という変わった研究会の講師で、久方振りに京大キャンパスに足を踏み入れた。私と色々な価値観を共有する京都大学の理科系の博士の皆さん達の会合であったが(後日別途報告)、思いのたけを話し、なおかつ懇親会でも談論風発の議論をして帰ったところである。
 他に所属する2つの委員会(環境委・経産委)の視察もあり、はたまた同僚議員の応援もあり、結構時間が過ぎていく。こうした中で、やはりTPPの対応を練ることに一番時間を費やしている。

<TPP大筋合意は日本の大妥協の産物>
 安倍政権は戦後最長の延長国会で、安保関連法を強引に通した後、TPPという国際協定まで同じように強引に取り組みだした。日本とアメリカの政治的「ショー」のためにTPPが必要だったからだ。そこにカナダのハーパー首相が、10月19日の総選挙前に「TPPの妥結」という大博打を打って、選挙に勝とうということで、主要3ヶ国の思惑が一致、急遽アトランタ会合となった。
 しかし、カナダは見事失敗した。これと同じで日米両首脳の目論見どおりになるかどうかはよくわからない。他の国は必死で最後の交渉(last minute effort)をする中、日本はとっくの昔に妥協しまくってしまい、アトランタではほとんど動かなかった。職務怠慢も極まれりである。その結果、農産物では大譲歩、自動車では何も得られず、というとんでもない結果となってしまった。

<臨時国会をしらばっくれるズル>
 記者会見では、国民に丁寧に説明するとか言いつつ、あとはほったらかしである。その極め付きは、いつも秋には開かれる臨時国会が開かれそうにないことだ。安倍内閣は「国会決議は守った」「聖域は守った」「手当てはする」と、都合のいいことばかり言ってTPPについて国会審議の機会を与えない。国会軽視、国民無視であり大問題である。民主主義国とは言えない対応である。
 安倍内閣は、多分新任閣僚のスキャンダル追及を恐れているのであろう。私は、閣僚の過去の古傷をことさらにあげつらうのは、あまり潔しとしないが、それでTPPの議論を先延ばしされてはたまらない。
 日米二国間協結果をはじめとする関税関連は、詳細に明らかにされ農家は落胆し、農業を続ける気が失せている。それに対しTPP本体は概要しか明らかにされていない。関税引き下げの影響は大きなものであり、対策も講じなければならない。本体についても条文が開示されるまで、待つわけにはいかない。我々国会議員が審議を通じて、一刻も早く中味を明らかにしていかなければならない。それが責務だが、安倍政権はその機会を与えないのだ。

<TPPは大嘘の連続>
 サブタイトルは、2012年の自民党の流し込み政策ポスターで、「嘘つかない」「TPP断固反対」「ブレない」をもじったものであり、実は政府・与党が全く逆のことをしているという嫌味である。
 TPPについては、2012年の公約を皮切りに嘘の連続である。TPPに断固反対と言いながら、2013年2月に訪米しオバマ大統領との共同声明を経て、3月には交渉参加表明。重要5品目は守るという国会決議もほとんど守っていない。そして直近の大嘘は、TPPの合意に国民に丁寧に説明すると言いながら、臨時国会を開こうとしないことである。

<当然の臨時国会開催要求>
 あまりにしらばっくれ振りがひどいので、業を煮やした野党が、憲法53条に基づき臨時国会開催を要求した。都道府県や市町村にもだいたい4分の1の議員の要求で議会が開かれることになっている。
 これが党規約だと、何故かしら3分の1の議員の要求により両院議員総会を開かねばならないということになっている。ところが、自民党だけは「1週間以内に」と書いてあり、民主党以下その他の党は「速やかに」開催しなければならないとだけしか書かれていない。

<自民党の憲法改正草案の良識>
 憲法には「臨時国会の召集を決定しなければならない」としか規定されていない。つまり召集するか否かは、内閣の権限であり、要求を受け入れない余地が残されている。ところが感心したことに、自民党の日本国憲法改正草案には「要求があった日から20日以内に臨時国会が召集されなければならない」と書いてある。つまり自民党の党規約と同じ考えで権力側の勝手を許さない立派な規定となっている。
 だからこれを持ち出して自民党を突くべきなのだが、少なくとも最初の記者会見では民主党の幹部も他の野党の幹部もこれに触れていなかった。やっと社民党の照屋寛徳さんが言い、高木義明国対委員長が21日の夕方の記者会見で触れたが、いつもやはり対応が遅い。
 自民党の憲法改正草案には変な条文が多く、あまり賛成できないが、この憲法53条の部分だけは二重丸だと思っている。何故かというと、権力は得てして暴走し、都合が悪いとなると開催しないおそれがあり、それを防ぐ手当てがなされているのだ。

<政府与党の知恵>
 国会はそれでも1月中旬から150日開かなくてはならないという規定がある。総選挙の後の特別国会もある。だから、そんなに長期間開かれないことはない。ところが両院議員総会は、いつ開かなければならないなどという規定はない。どうでもいい役員の異動について形式的に開かれたりすることが多いが、だいたい両院議員総会の要求がある時は大揉めに揉めている時である。こちらこそ速やかに開催しなければならないというのが筋である。そういう点では自民党の党規約が非常によくできており、それを踏まえた憲法改正案(53条改正案)も二重丸だということである。長らく政権与党にいるとこの辺のことがわかっているのだろう。

<わざと外交日程を入れて逃げまくる卑怯>
 ところが安倍内閣は、取りたてて案件もない中央アジア歴訪などという外交日程わざと入れて外交日程が立て込んでいるという言訳に使っている。地球儀俯瞰外交などとまた適当な言葉遊びをしながら、片っ端から外国を飛び回っている。いまや首脳外交の時代であり、何が何でも国会優先などと言うつもりはないが、日本の国の形を変えてしまう、TPPをほったらかしにしておくのはもっての他である。
 自分に都合の良い安保関連法だけは強引に通し、TPPについては頬かむりして説明をしようともしない。安保でもTPPでも国民無視の暴走がますますひどくなっている。

<待たれる予算委の審議>
 今、民主党内は「権力の暴走を許さない」というポスターを貼っているが、安倍政権ばかりでなく、どこの権力も暴走する。安倍政権も暴走している。幹部も暴走してしまうのである。だから議員の要求があったら国会でも両院議員総会でも速やかに開くべきなのだ。国会議員は議論をするから議員なのだ。
 政府与党もいくら何でもTPPについて何もしないわけにはいかないとわかっているのだろう。与野党国対で予算委員会の閉会中の審査が開く交渉が行われているという。もちろん、臨時国会を開き、きちんと審議すべきだが、政府与党は1月明けの国会を早目に開くことでお茶を濁そうとしている。
 私は何があってもいいように、当然質問すべく準備をしているところであり、甘利担当大臣がいい加減な妥協をしたことを、そして日本の国を壊そうとしていることを正面から問いただしてみたいと思っている。

プレス民主号外300回記念ご挨拶 -15.10.27

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<きっかけは先輩政治家の勧め>
 私がこのプレス民主号外を配りながら長野駅前で街宣させていただいてから、本号は300号になります。街宣のきっかけは、私の応援に来た某先輩政治家のアドバイスによるものです。彼は率直な政治家でして2005年の選挙の応援の際に「篠原さんは人生の先輩ですし、大学の先輩でもありますけども、政治家としては私の方が大先輩ですので、私の言う事を聞いてください」と色々世話を焼いてくれました。選挙期間中、マイクを握って離さず、私が横でいいとこ幸い休んでいると「降りて握手に行って下さい」と指示が下り、とうとう畑の中まで走ることとなり、足を挫いてしまったくらいです。
 その貴重な(?)アドバイスのひとつに駅前街宣を常日頃しなければならない、というのがありました。私が「都市部での政治活動とは違い、長野市に街宣できる人が集まるような場所はない」と嫌々反論すると「長野駅前ぐらいあるでしょ」という再反論が返ってきました。大先輩政治家の忠告を聞き入れ、それ以来月曜日、長野にいるかぎり7時45分から8時15分まで街宣し、その時にビラを配らせていただき、積もり積もって今日、300号を迎えたわけです。

<秘書が悩む悪字>
 原稿は私が議員活動の合間に時間をみつけて書き留めます。私の原案は東京と長野の秘書達が手分けをして成文化するわけですが、これからが一大作業です。なぜかというと私の字は、昔から誰をも悩ます悪字だからです。また、雑な元原稿なので、論理などがとんだりしているので、何回も書き直すことになります。

<街宣ビラとメルマガ・ブログの連動>
 できた文章が一番最初に世に出るのがこの街宣ビラの場合が多く、とりあえず街宣でビラを配布した後、再度原稿を練り直し、ブログアップ、メルマガ送信をしています。その他に、忙しいときはボイスレコーダーに録音し、それを秘書が文章にして、更に私が何度も修正するという作業を行います。これを木曜から日曜にかけて行い、月曜日の街宣ビラになるわけです。間に合っている時はメルマガ・ブログが先になる場合もあります。
 プレス民主号外を銘うっており、原則として、その週の民主党ニュース(党ホームページ)の中の主だった一つを引用し、その下に私の文章を入れ長さは大体いつも2ページにおさまるようにしています。長くなると私の分が優先で、ニュースの引用は今回と同じようになくなります。

<一番多い発信字数>
 知らなかったのですが、百科事典、エンサイクロペディアをもじって、アンサイクロペディアという国会議員の悪口を書いているサイトがあります。その中で珍しく誉めている国会議員が私だそうです。多くの国会議員は今やツィッター、フェイスブックでどこへ行って話をしたとか、数行しか書いていない中で、発信字数だけは全国会議員の中でズバ抜けて一番だそうです。
 我ながらよく書き続けてきたなと思います。残念ながら長野1区内ではそれほどパソコンを使っていられる方は多くはおられないので、メルマガ・ブログは選挙活動としては「労を多くして益少なし」かもしれません。

<変なお世辞>
 ただ、大学の教授・政治評論家・記者等はよく見ていただいているようです。私のブログの言い回しを引用させてほしいというので、いつでもどうぞ、と言うと、「篠原さんは国会議員を落っこちても、いつでも政治評論家として食べていけますよ」などと言われたこともあります。本人は誉めているつもりなのでしょうが、少々度がすぎるコメントです。
 いつまで国会議員を続けられるかわかりませんが、とりあえず400号に向けて続けていきたいと思っております。
 今後ともご愛読のほど宜しくお願い申し上げます。

2015年10月15日

【TPP交渉の行方シリーズ47】TPPの大筋合意は本当の合意なのか-15.10.15

<前代未聞のAgreement(合意) in Principle(原則)>
 2人のノーベル賞学者が生まれるという嬉しいニュースの中、TPPの大筋合意は私の落胆する知らせであった。ネクタイ嫌いなのに真夏も意地を張って“STOP!!TPP”ネクタイをし続け、“NO!TPP”バッジも外さずにきた。つい先日は、「さすが篠原さんの呪縛が効いたのか、TPPは漂流しそうですね」と同僚議員から声をかけられていたというのに、9月30日から2日間の予定を4日も延長された上での、いかがわしい合意ができあがってしまった。日米両超大国の政治的思惑が一致で捏造された前代未聞の国際協定である。

<TPPは未だ決着せず>
 端的な予測を述べれば、いくら安倍首相が悦に入り、甘利担当相が得意がっても、アメリカ議会と国民の反対により議会承認されないおそれがある。そして仮に発効しても日本にとって経済的メリットはほとんどなく、地方なかんずく農山漁村がますます疲弊してしまうのではないかと危惧している。
 政府間ベースで署名したとしても、それで条約協定が成立するわけではない。日本でもアメリカでも承認されないことには批准されず、発効しない。私はこれからも“NO!TPP”バッジと“STOP!!TPP”ネクタイを身につけてTPP阻止に向けて戦い続けることを宣言しなければならない。

<合意に突き進み、国益を追求しなかった甘利担当相>
 実は、私は今回はアトランタに行くつもりだったが、JAみなみ信州の一泊しての講演会の予定がずっと先に決っていたため(優しい組合長は数日前に会館に来られた折りにキャンセルしてもかまわないと言ってくれたが)断念し、日本でハラハラしながら交渉経緯を見守っていた。
 甘利担当相は、まじめに国益確保のための交渉をやっていない。他の国が最後の最後までしつこい(?)交渉(last minute efforts)を続ける中、3日に早々と大筋合意できる見通し、と記者会見し、以降日本へ交渉団はほとんど動かなかったという。それもそのはずである。前回のマウイ島会合が最後だと公言し、日本は切り札を全て切ってしまったのである。いや日米2国間協議にいたっては、ひょっとすると14年4月のオバマ訪日の折りに大半が結着していたのかもしれない。日本は国益確保などそっちのけで、ひたすら合意成立のみを追い求め、ひたすら妥協を重ねただけなのだ。
 それを甘利担当相はアトランタでは「行司役に徹した」などと報道されている。噴飯物である。
 こういうタラレバは言ってもせんなきことかもしれないが、民主党が政権与党で、私が担当大臣なら、最後まで手の内は見せず、最後の最後まで譲らずこんなドジは絶対になかったのにとほぞを噛んだ。

<したたかなアメリカ>
 19回を数えた閣僚会合もアメリカで開催されたのは最後の2回だけ。最後はまとめとしてアトランタに呼び込み、フロマンが2国間交渉を次々にこなし、交渉内容は他の国にも知らせない。だから、どこでどのような妥協が行われているかわからず、ほとんどアメリカベースで交渉が行われたのだ。
 かつて世界中が参加する交渉は、アメリカとEUの2大国が手を握れば決着がついた。典型がウルグアイラウンドである。ところが、次のドーハ―ラウンドは様相が一変した。ニューデリーで妥結寸前まで行ったのに、中国・インド・ブラジル等 BRICS諸国が反対し、決裂してしまった。それ以来、ドーハ―ラウンドは漂流中であり、その後は2国間あるいは3国間の自由貿易協定(FTA)ないし経済連携協定(EPA)がとって代わっている。
 ところが、アメリカは日米経済連携協定を嫌がった。そうした中でアメリカが目をつけたのが、TPPの前身のP4協定である。地域協定の衣をはおって日本をおびき出し、アメリカが牛耳って意のままになる地域協定を造ることであった。

<罠にはまった菅・野田内閣と嘘ばかりの安倍内閣>
 この罠に格好いいことをしたくてしょうがなかった菅・野田政権がまんまとはまりかけた。私は菅内閣の農水副大臣として菅首相に相当強い意見をし、官邸に「食と農林水産業再生本部」を立ち上げ、災い転じて福となすべく農政の梃入れをせんとしたが、11年3月11日の東日本大震災で頓挫してしまった。その後は、「TPPを慎重に考える会」を組織し、与党内で大反対を続け、交渉には参加させなかった。しかし、12年末総選挙を「TPP断固反対」のポスターを全国各地に貼りだした自民党が、政権の座に着くや豹変し、13年4月には交渉に参加、今日に至っている。繰り返したくないが、今日まで自公政権は、後述する国会議決違反をはじめ嘘を突き通している。泣かされるのは、地方の人々そして農民である。

<重要5品目以外はもっと妥協という現実>
 安倍首相は関税ゼロの例外を認めさせたから、国会決議は守ったと言い訳している。安保法制により日本の抑止力が高まり、自衛隊の海外活動も安全になった、というのと同じ強弁でしかない。どの農民が信じるだろうか。一つならまだしも、これだけ続いたらとても信じてもらえまい。
 数日後に、重要5品目以外の農産物の関税も次々と撤廃されることが明らかになった。私の地元にかかわるものからいうと、ブドウの7.8~17%を即時に撤廃、りんご17%を11年目に撤廃することになっている。こんなところでも知らぬ間に大きな妥協が行われているのである。
 正直なところ、私にはどれだけの影響があるのかわからない。しかし、結局日本国政府は農業を守ってくれないと農民が落胆し、不信が増大していることは間違いない。これではとても地方創生どころではない。

2015年10月02日

【TPP交渉の行方シリーズ46】日本の伝統・文化、村祭りを守れない安倍政権はニセ保守―『浦安の舞』の復活にTPPの決裂・漂流を祈願―15.10.02

 安保法制が参院の特別委で締めくくり総括質疑もなくきちんとした採決の記録もなく通され、成立してしまった。およそ民主主義国でこのような不思議な結末を迎えている議会はあるまい。その点日本はまだまだ後進国なのである。

<TPPは日本社会を滅ぼす>
 私が「アメリカの隷属の道具となる安保法制とTPPは同根15.08.06」で、安保とTPPは同根だと述べたが、その片割れのTPPも9月30日、10月1日と2日間アトランタで閣僚会合が開催されている。日米両国がまとまっていないのに「大枠合意」ないし「大筋合意」でインチキ合意に持ち込もうとしている。安保法制ではさすがアメリカも日本を攻撃してくることはあるまいが、TPPは明らかに日本を標的にして日本の富をむしりとり、日本社会を壊そうとしている点では危険度ははるかに大きい。

<日本の軟弱化をはかったアメリカ>
 アメリカの日本の安定した地域社会に恐れをなし、本格的に叩き潰そうとしたのは第2次世界大戦中に決意したことである。天皇陛下にバンザイを叫んで突撃してくる日本兵に度肝を抜かれ、こうした兵士を生み出す日本社会をなんとか軟弱化しようとし、その研究の一環で『菊と刀』(ルース・ベネディクト)が出来上がっている。
 終戦後は、強い軍隊を送り出した地域に「民主化」と称して強力な人材を送り込み、高校の民主化を断行した。なぜならば、日本の軍隊は、出身地ごとに編成されており、仙台、熊本、金沢が強かったことから、これらの強力な軍人を育成した地域の民主化に力点が置かれた。

<無縁社会化する都市部>
 そして、農村の民主化のために、GHQは農業改良普及事業のうちの生活改善事業を担当する課長に、アメリカ留学し英語がペラペラの山本松代を送り込んだ。農村女性を引っ張る事業だが、真の狙いは、農村の地域社会の軟弱化にあった。アメリカ政府はそのためにアメリカ大使館のすぐ近くの一等地に「生活改善技術研修館」という建物まで与えている。(「TPPで考える、アメリカの戦後の日本の食生活大改造の恐ろしさ」 11.10.31)
 戦後70年、青少年の世論調査をすると、日本の若者がお国のために命を捧げるなどとはほとんど思わなくなり、アメリカ政府の狙い通り、日本改造はまんまと成功している。多分予想以上の速さで、ガタガタにしたとほくそえんでいるに違いない。隣近所の紐帯も薄まり、家族のためにはともかく地域のためとった公徳心も薄くなっていく。都市部では死後数カ月の白骨死体や多くの目につかない未就学児といった例にみられるように、欧米社会以上のバラバラの殺伐とした「無縁社会」が広がりつつある。

<消える村祭り>
 それではアメリカが最も恐れた農村地域社会はどうか。農業を大切にせず、ひたすら金儲けだけを重視する国造りをしたため、これこそアメリカの予想をはるかに超える速さと深さで崩壊が進んでいる。中山間地域の疲弊が進み、小学校が廃校になり、日本創成会議ではないが、地方のほとんどの市町村が消滅市町村と称される有様である。
 絆が失われつつある現象は、村祭りの衰退に如実に現れている。人口が減っている中、何よりも若者が減っており、祭りの担い手がいなくなってしまっているのだ。村に残っているのは高齢者ばかりであり、これでは、笛や太鼓を叩き獅子舞をする若者不足で祭りの存続が危うくなっているのは当然である。農業の崩壊が若者を村から追いやっているのである。お宮の境内に所狭しと並んだ出店はもうなく、フーテンの寅さんの名調子を聞ける場面もなくなっているのだ。

<TPPは地方消滅への途>
 そして、これが地方の商店街のシャッター通り化に拍車をかけている。かつては大豊作で収入が増えた農民が、こぞって町へ買い物に出かけ、商店街も潤っていたのだ。今はそんなことははるか昔の出来事になってしまった。
 地方創生は安倍政権発足2年目にして突如前面に躍り出てきたが、掛け声ばかりで何一つ実を結んでいない。私は地方の活性化は農林水産業の振興以外にありえないと思っているが、安倍首相はそんな気配は全く感じられない。トンチンカンな農協改革に血道を上げ、おまけにTPPを推進し、農産物の関税を下げようとしているのだ。矛盾も甚だしいと言わなければならない。村の消滅の前に村祭りが存続しなくなる。皮肉なことに、安倍内閣の政策は、地方消滅に役立つものばかりである。
 ここに私が日本の保守はTPPに大反対しなければならず、TPPを推進する安倍晋三首相はニセ保守でしかないと断言する理由が存在する。

<町の祭りも急激に消滅しつつある>
 村祭りばかりではなく、実は小さな町の祭りでも商店街の消滅・シャッター通り化によりもっと速いスピードで進行している。これまたTPPの前身である日米構造協議以来の大規店舗規制法の廃止に端を発している。かつては、地元の老舗の大旦那が町も祭りも取り仕切っていたが、こうした構図も崩壊しつつある。
 今の大きな店は全国チェーンがとって代わってしまい、マクドナルドではないが、店長だろうが「労働者」にせよと訴訟をおこされるほどこき使われている。こうした地元に根を持たない店は、地域貢献といった精神はなく、町の祭りに寄付することなど考えていない。
こうして観光化した大きな祭りのみが辛うじて残っているが、担い手不足は深刻である。

<喜ぶべき「浦安の舞」復活>
 こうした折、私は中野市安源寺の小内八幡神社のお祭りに招待され、9年振りに復活した「浦安の舞」を、ちょっと感傷をこめて見ることができた。
 浦安の舞いは、1940年(昭和15年)11月10日に開かれた「皇紀2600年奉祝会」に合せて全国の神社で奉祝臨時祭を行うに当たり、多忠朝が作曲作舞した神楽舞である。昭和天皇御製の「天地の神ぞ祈る朝なぎの海のごとく波立たぬ世を」が神楽の歌詞となっている。日本全国で講習会が開かれ全国一斉に奉納されたが、現在舞われている神社は数少なくなっている。

<篠原孝は「浦安の舞」の申し子?>
 実は、私の母は18才の時に、上記全国一斉奉祝会の際、生家のある中野市竹原の神社で浦安の舞を舞っている。その時の薄化粧した母の巫女の写真が残っていた。父母とも4年前に91才と88才で相次いで他界したが、この巫女の写真が夫婦の冗談交じりの言い争いに使われたことがある。
 戦前のことである。父母とも一度のデートもなく、親同士が決めて結婚している。母は結婚式の時は、角隠しに遮られてよく見えない父を、角隠しをとってまじまじと見たとたん「なんでこんなやせっぽっちの男に嫁いだのか」とがっかりしたという。(ちなみに私のDNAは父そのもので、今も178cm 62kgでやせっぽっちのままである)これを聞いた父は怒って反論した。「何言ってんだ、俺こそがっかりしたんだ。かえらしい(可愛らしい)巫女の写真をみせられたんで、えらい美人だと思ってたらそうでもなかった」。
 私の父母は、「浦安の舞」が結んだ夫婦だったのだ。(「ダイヤモンド婚の父母が仲良く天寿を全う」11.10.4)

<日本の平穏無事を願う>
 9月25日私の母校中野平中学の12才の中学1年生2人が、格式高い拝殿で可憐に舞ってみせた。前夜の村祭りでは舞台で村人の前で舞ったという。私は、75年前の母の姿を思い浮かべながら見せてもらった。舞姫の齢が18才から12才に下がっている。昔は、18才の娘の多くは農家で嫁ぐ日を待っていたが、今は高校生で行く高校も違う。15歳は高校受験で忙しくて練習も積めない。となると中学1年の12才が適当かもしれない。
 「うらやす」は心中の平穏を表し、日本国の別称でもあるという。私はTPPの決裂・漂流による日本の弥栄(いやさか)を祈念しつつ、舞姫達の幸せを願ったのはいうまでもない。

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写真:北信ローカル提供

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