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【TPP交渉の行方シリーズ46】日本の伝統・文化、村祭りを守れない安倍政権はニセ保守―『浦安の舞』の復活にTPPの決裂・漂流を祈願―15.10.02

 安保法制が参院の特別委で締めくくり総括質疑もなくきちんとした採決の記録もなく通され、成立してしまった。およそ民主主義国でこのような不思議な結末を迎えている議会はあるまい。その点日本はまだまだ後進国なのである。

<TPPは日本社会を滅ぼす>
 私が「アメリカの隷属の道具となる安保法制とTPPは同根15.08.06」で、安保とTPPは同根だと述べたが、その片割れのTPPも9月30日、10月1日と2日間アトランタで閣僚会合が開催されている。日米両国がまとまっていないのに「大枠合意」ないし「大筋合意」でインチキ合意に持ち込もうとしている。安保法制ではさすがアメリカも日本を攻撃してくることはあるまいが、TPPは明らかに日本を標的にして日本の富をむしりとり、日本社会を壊そうとしている点では危険度ははるかに大きい。

<日本の軟弱化をはかったアメリカ>
 アメリカの日本の安定した地域社会に恐れをなし、本格的に叩き潰そうとしたのは第2次世界大戦中に決意したことである。天皇陛下にバンザイを叫んで突撃してくる日本兵に度肝を抜かれ、こうした兵士を生み出す日本社会をなんとか軟弱化しようとし、その研究の一環で『菊と刀』(ルース・ベネディクト)が出来上がっている。
 終戦後は、強い軍隊を送り出した地域に「民主化」と称して強力な人材を送り込み、高校の民主化を断行した。なぜならば、日本の軍隊は、出身地ごとに編成されており、仙台、熊本、金沢が強かったことから、これらの強力な軍人を育成した地域の民主化に力点が置かれた。

<無縁社会化する都市部>
 そして、農村の民主化のために、GHQは農業改良普及事業のうちの生活改善事業を担当する課長に、アメリカ留学し英語がペラペラの山本松代を送り込んだ。農村女性を引っ張る事業だが、真の狙いは、農村の地域社会の軟弱化にあった。アメリカ政府はそのためにアメリカ大使館のすぐ近くの一等地に「生活改善技術研修館」という建物まで与えている。(「TPPで考える、アメリカの戦後の日本の食生活大改造の恐ろしさ」 11.10.31)
 戦後70年、青少年の世論調査をすると、日本の若者がお国のために命を捧げるなどとはほとんど思わなくなり、アメリカ政府の狙い通り、日本改造はまんまと成功している。多分予想以上の速さで、ガタガタにしたとほくそえんでいるに違いない。隣近所の紐帯も薄まり、家族のためにはともかく地域のためとった公徳心も薄くなっていく。都市部では死後数カ月の白骨死体や多くの目につかない未就学児といった例にみられるように、欧米社会以上のバラバラの殺伐とした「無縁社会」が広がりつつある。

<消える村祭り>
 それではアメリカが最も恐れた農村地域社会はどうか。農業を大切にせず、ひたすら金儲けだけを重視する国造りをしたため、これこそアメリカの予想をはるかに超える速さと深さで崩壊が進んでいる。中山間地域の疲弊が進み、小学校が廃校になり、日本創成会議ではないが、地方のほとんどの市町村が消滅市町村と称される有様である。
 絆が失われつつある現象は、村祭りの衰退に如実に現れている。人口が減っている中、何よりも若者が減っており、祭りの担い手がいなくなってしまっているのだ。村に残っているのは高齢者ばかりであり、これでは、笛や太鼓を叩き獅子舞をする若者不足で祭りの存続が危うくなっているのは当然である。農業の崩壊が若者を村から追いやっているのである。お宮の境内に所狭しと並んだ出店はもうなく、フーテンの寅さんの名調子を聞ける場面もなくなっているのだ。

<TPPは地方消滅への途>
 そして、これが地方の商店街のシャッター通り化に拍車をかけている。かつては大豊作で収入が増えた農民が、こぞって町へ買い物に出かけ、商店街も潤っていたのだ。今はそんなことははるか昔の出来事になってしまった。
 地方創生は安倍政権発足2年目にして突如前面に躍り出てきたが、掛け声ばかりで何一つ実を結んでいない。私は地方の活性化は農林水産業の振興以外にありえないと思っているが、安倍首相はそんな気配は全く感じられない。トンチンカンな農協改革に血道を上げ、おまけにTPPを推進し、農産物の関税を下げようとしているのだ。矛盾も甚だしいと言わなければならない。村の消滅の前に村祭りが存続しなくなる。皮肉なことに、安倍内閣の政策は、地方消滅に役立つものばかりである。
 ここに私が日本の保守はTPPに大反対しなければならず、TPPを推進する安倍晋三首相はニセ保守でしかないと断言する理由が存在する。

<町の祭りも急激に消滅しつつある>
 村祭りばかりではなく、実は小さな町の祭りでも商店街の消滅・シャッター通り化によりもっと速いスピードで進行している。これまたTPPの前身である日米構造協議以来の大規店舗規制法の廃止に端を発している。かつては、地元の老舗の大旦那が町も祭りも取り仕切っていたが、こうした構図も崩壊しつつある。
 今の大きな店は全国チェーンがとって代わってしまい、マクドナルドではないが、店長だろうが「労働者」にせよと訴訟をおこされるほどこき使われている。こうした地元に根を持たない店は、地域貢献といった精神はなく、町の祭りに寄付することなど考えていない。
こうして観光化した大きな祭りのみが辛うじて残っているが、担い手不足は深刻である。

<喜ぶべき「浦安の舞」復活>
 こうした折、私は中野市安源寺の小内八幡神社のお祭りに招待され、9年振りに復活した「浦安の舞」を、ちょっと感傷をこめて見ることができた。
 浦安の舞いは、1940年(昭和15年)11月10日に開かれた「皇紀2600年奉祝会」に合せて全国の神社で奉祝臨時祭を行うに当たり、多忠朝が作曲作舞した神楽舞である。昭和天皇御製の「天地の神ぞ祈る朝なぎの海のごとく波立たぬ世を」が神楽の歌詞となっている。日本全国で講習会が開かれ全国一斉に奉納されたが、現在舞われている神社は数少なくなっている。

<篠原孝は「浦安の舞」の申し子?>
 実は、私の母は18才の時に、上記全国一斉奉祝会の際、生家のある中野市竹原の神社で浦安の舞を舞っている。その時の薄化粧した母の巫女の写真が残っていた。父母とも4年前に91才と88才で相次いで他界したが、この巫女の写真が夫婦の冗談交じりの言い争いに使われたことがある。
 戦前のことである。父母とも一度のデートもなく、親同士が決めて結婚している。母は結婚式の時は、角隠しに遮られてよく見えない父を、角隠しをとってまじまじと見たとたん「なんでこんなやせっぽっちの男に嫁いだのか」とがっかりしたという。(ちなみに私のDNAは父そのもので、今も178cm 62kgでやせっぽっちのままである)これを聞いた父は怒って反論した。「何言ってんだ、俺こそがっかりしたんだ。かえらしい(可愛らしい)巫女の写真をみせられたんで、えらい美人だと思ってたらそうでもなかった」。
 私の父母は、「浦安の舞」が結んだ夫婦だったのだ。(「ダイヤモンド婚の父母が仲良く天寿を全う」11.10.4)

<日本の平穏無事を願う>
 9月25日私の母校中野平中学の12才の中学1年生2人が、格式高い拝殿で可憐に舞ってみせた。前夜の村祭りでは舞台で村人の前で舞ったという。私は、75年前の母の姿を思い浮かべながら見せてもらった。舞姫の齢が18才から12才に下がっている。昔は、18才の娘の多くは農家で嫁ぐ日を待っていたが、今は高校生で行く高校も違う。15歳は高校受験で忙しくて練習も積めない。となると中学1年の12才が適当かもしれない。
 「うらやす」は心中の平穏を表し、日本国の別称でもあるという。私はTPPの決裂・漂流による日本の弥栄(いやさか)を祈念しつつ、舞姫達の幸せを願ったのはいうまでもない。

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写真:北信ローカル提供

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