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2015年11月25日

本日11/25(水)20:00~プライムニュース出演のお知らせ

 いつもご支援賜り厚く御礼申し上げます。
 さて、政府は本日にもTPP(環太平洋経済連携協定)対策大綱を決定。
 自民党が提言した農業対策には輸出促進や農地集約など体質強化策のほか、農家への支援策として無関税輸入米と同量の国産米を政府備蓄米として買い取ることや、畜産農家の赤字補填制度法制化などが盛り込まれます。
 一方で、農家の保護により競争力が失われ、消費者に負担を強いるとの指摘もあります。
 本日は、ほかのゲストと共に、今後の展望と課題を考えます!

日時: 11月25日(水) 20:00~21:55
番組: プライムニュース(生放送)
放送局: BSフジ
テーマ: 『政府のTPP対策決定 どうなる?日本の農業 攻めの対策と農家保護』

ゲスト(予定):
山田 俊男 氏 (自由民主党農林部会長代理 参議院議員)
山下 一仁 氏 (キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
篠原 孝 (元農水副大臣 民主党衆議院議員) ほか


リンク:BSフジ LIVE プライムニュース

2015年11月24日

偽りのTPP臨時国会要求 -戦う姿勢を示さない民主党の支持率は上がるはずがない- 15.11.24

<いつもの内紛は見苦しいかぎり>
 今民主党のお得意の内紛がマスコミにまた取り上げられている。前原・細野両氏が野党統合を目指して江田憲司と会っていたことが大々的に報じられ、岡田代表がそれを拒否したからだ。江田のパフォーマンス好きと焦りの産物だと言われているが、民主党の2人もいつものとおり脇が甘すぎる。一方の岡田代表も、細野政調会長は5人の幹部ではないが幹部の1人だから自重しろ、執行部は私だ、などといきり立つのは大人の対応とはいえまい。
 この点について、私は既に2012年の大敗北のあと無責任な解散をした野田首相を除名し、党名を変更して再出発しなければ民主党の再生はないと言い切っている。[ 民主党の解党的出直し -民主党の再生は、野田前首相の議員辞職と党名変更から始まる- 13.02.05ブログ等一連の8連続ブログ ] この考え方は今も変わらない。そしてやっと民主党の議員自身も解党的出直ししかないと気付いたのであり、流れとしては好ましいことだ。
 しかし、このタイトルのことについては、ブログにしかと書き留めておかなければならない。

<異例の予算委の閉会中審査>
 臨時国会を開かないことについてのおかしさについてはいろいろと指摘されている。しかし、与党自民党はしらばっくれて開かないでいる。我々民主党をはじめとする野党はTPPがアトランタ会合でまとまったのに全く情報公開していないので、国会論戦で明らかにすべきである、との理由を挙げていた。これには論拠があるので、さすがに政府・与党も衆参1日ずつ予算委員会の閉会中審査という珍しい形でその要求に応えることになった。
 国会のルールは、部屋の割り振り、理事や委員の数、政党助成金等、何事も議員数に応じてきちんと決められる。国会の質問時間は、一定のルールの下、与党の筆頭理事と野党の筆頭理事とで決められ、通常は野党に相当の時間が割かれる。なぜならば与党は事前の審査で十分承知しているからである。ところがテレビ中継の時だけは与党もテレビを通じて国民にアピールしたいので、野党はそれほどの時間をとれないのが普通だ。それでも今回は7時間のうち民主党には2時間59分が与えられていた。質問者が岡田、玉木、山野、柚木、前原。他に例によって4人の閣僚(高木・復興、島尻・沖縄、森山・農水、馳・文科)にスキャンダルがあり、それを攻撃するということもあった。

<TPPの農業問題には10分だけ>
 ところが、TPPに割り振られた時間(玉木)は僅か30分である。しかも、玉木は日米並行協議では自動車で攻めきっていないということにかなり時間を費やし、農業問題にはものの10分余しか触れなかった。予算委員会を不安な面持ちで固唾をのんで見守っていた多くの農民は肩透かしにあった。
 そして私自身も多くの有権者・農民から「何をやっているんだ」と電話やメールで相当きついお小言を頂戴してしまった。野党第一党の民主党が自民党の一連の嘘ばかりのTPP対応をきっぱりと糾弾してくれる、と期待した農民の落胆は大きかったのだ。

<予算委を有効に使った与党自民党と何一つ得点できなかった野党民主党>
 与党自民党の稲田朋美政調会長が一番手で、当然のことではあるが、TPP合意をただすということで、大半をTPPに費やした。おわかりのとおり、与党の典型的ヨイショ質問で、TPPを如何にうまくまとめたか、そしてどのような対策が予定されているかと筋書き通り相当念入りにやっていた。公明党の質問者の石田祝稔政調会長は、農林水産委員会の重鎮であり、同じようにTPP、なかんずく農業農政中心である。テレビを意識して、TPP合意の説明に有効に使いきった。
 民主党は約3時間のうち、少なくとも2時間はTPPで且つ農民の不安に応えて政府を追及することに費やすべきなのに、全くトンチンカンな時間配分であり、人的配置なのだ。新聞は毎日が「野党が攻めきれずと酷評、相当な時間を費やした岡田、前原の質問を報じている新聞はほとんどなかった。民主党はそれだけタイミングのずれた空虚な質問をしていたのだ。民主党が得意だと思われている閣僚スキャンダル追及も、産経が「返り血怖い民主弱腰」と指摘したとおり、ほぼ不発に終わった。
 戦う姿勢が見受けられず、2か月ぶりの予算委員会でも何も得られなかった。

<新メリーゴーランド人事で党内に閉塞感が漂う>
 同僚の一人が、「篠原さん、ひどいですね。今回の質問者を見ても『新メリーゴーランド人事』ですね。3年3ヶ月で同じ人達がずっと政権を運営し、そして潰してしまった。あの時の人達がまた復活して、支持率が全然上がらないようなことをして、また下げている。この党の建て直しは大変ですね」と嘆いてきた。言いたくはないが、いつも同じような顔ぶれの質問者で、相変わらず全員野球ができていない。民主党には有能な人がたくさんいるのに、同じ人達に集中する悪しき慣行がまた頭をもたげてしまっている。テレビの視聴者がそれに辟易し、清新さの欠ける民主党に愛想を尽かしてしまい、支持率がさっぱり上がらないのだ。
 その前に通常国会を見計らって、志位共産党委員長が先手を取って安倍政権打倒のため選挙協力すると宣言したので、ますます民主党の影が薄くなってしまった。これとて野党結集を呼びかけたのが岡田民主党代表なら、全く違った展開になっていただろう。
 こうした閉塞感の打開のために前原・細野も動いたのであり、趣旨は間違っていないのは前述のとおりである。ただ、水面下でやるべきものをテレビのフラッシュを浴びるなど、やり方があまりに稚拙だっただけだ。

<自民党の鮮やかな逆襲:小泉進次郎農林部会長>
 一方、百戦錬磨の与党自民党はしたたかである。農民票が16年参院選の勝敗の鍵を握ることを先刻承知済みであり、なんと農村部会長に政界で最も人気の高い小泉進次郎をあててきた。2012年末の総選挙の「ブレない、TPP断固反対、嘘つかない」以来ずっと嘘をつき続け、国益を損ねる妥協をした自民党の悪評を何とか覆すために、小泉進次郎を全国各地に派遣して人気挽回をしようというのだ。
 これも、民主党こそ農政(ないしTPP)について不満を持つ各都道府県の農協中央会巡りをすべきだったのだ。07年小沢代表が農業者戸別所得補償に飛びついて、それを武器に参院選の1人区を23勝6敗と大勝利に導いたのと大違いである。今や農民はTPP合意に猛反発しており、07年以上の絶好の機会が訪れているというのに、TPPは賛成だなどと言い出す幹部もいる。今や、人気者小泉進次郎には誰が出向いてもかなうまい。またもや遅すぎたのである。

<16年参院選に向けた民主党再生に全力>
 やることが変わらない。その変わらないことの一つが今回外に出た内紛である。同じようなことを繰り返していては民主党の再生は遠いような気がしてならない。ここらで褌を締めなおして国民のためにも野党第一党として野党勢力を結集して安倍政権に対峙していく方策を速やかに考え、速やかに実行して、参議院選挙を勝ち抜いていかなければならないと考えている。
 (なお、私は党内の役職には一切ついていないが、野党統合についても農政・TPPをテコにした参院選対策にもそれなりに動いていることだけを記しておく)

2015年11月 4日

「縮小社会研究会」の主張がいつ日本で受け入れられるか -日本は分際をわきまえた生き方が必要- 15.11.04

<流れが止まった京大キャンパス>
 この秋、久方ぶりに母校京大のキャンパスを訪れた。私の学生時代は、中国の漢字(簡略体)の立て看板があちこちにあり、建物にもペンキでスローガンが掲げられていた。私はというと先輩からただで譲り受けた愛車(といっても古自転車)に乗り、大学のちょっと北にある上終町の3畳の下宿を往復していた。
 40数年前と比べ、自転車は皆新品ばかりで、前輪を固定する自転車置き場に整然と並んでいた。図書館の前には昔と同じように学生が群がっていたが、月日の流れを感じてじ~んと来るものがあった。

<京都ならではの縮小社会研究会>
 しかし、私は感慨に浸っているわけにはいかなかった。丸一日かけて作成したレジメ(「環的中日本主義の勧め」)をもとに、「縮小社会研究会」で1時間講演をしなければならなかったからだ。
 「縮小社会」などと言えば、それこそしみったれており通常は相手にされない。特に威勢のいいことばかりを並べ立てなければならない政治家にはとても受け入れられまい。そういう点、首都東京の喧騒から離れた京大だからこそ、まじめになって「縮小」について語り合えるのだろう。この研究会は全国的には知られていないが、2008年に松久寛京大名誉教授(振動土学)を代表に京大の博士(教授)の皆さんが中心となって結成したグループであり、それ以来地道に研究会を重ねてきている。先輩格のグループに「エントロピー学会」がある。名称は異なるが、目指すべき理想社会は全く同じである。

<農的小日本主義と縮小社会の類似性>
 世間はまだ経済成長の夢を捨てきれずにいるが、資源は枯渇に近づきつつある上に環境上の制約もあり、成長路線を突っ走ることはできなくなっている。市場拡大も発展途上国に少し残されているが、それぞれに国が自ら必要なものを作り出している。日本がいつまでも加工貿易立国を続けられるはずがなく、低成長は当然のこととして、縮小も視野に入れて将来設計をしていかなければならない、というものである。詳しくは「縮小社会への道」( B&Tブックス 松久 寛編者)をお読みいただきたいが、こうした考えで本をまとめたのは私の方がずっと先であり、1985年「農的小日本主義の勧め」を上梓している。そして今回、同好の士ということで、私にお呼びがかかった次第である。

<世界の先達の警鐘>
 こうした考えは、世界ではケネス・ホールディングの来たるべき宇宙船地球号、という考え方(1966)に始まり、「成長の限界」(ローマクラブ)(1972)、「Small is beautiful」(人間復興の経済)(フリードリッヒ・シューマッハー)(1973)、「沈黙の春」(ルイチェル・カーソン)(1974)、「ソフト・エネルギー・パス」(エイモリー・ロビンズ)(1979)、「エントロピーの法則」(ジェレミー・リフキン)(1980)、「西暦2000年の地球」(アメリカ国務省)(1980)と続いた。私も何となく世界がこのまま進んでいいのだろうかと漠然と考え始めていた。そして、これらの書物により、まんざら間違っていなかったと一安心した。

<気づいた日本の見識ある人々>
 日本でいうと、「自動車の社会的費用」(宇沢弘文)(1974)、「エネルギーとエントロピーの経済学」「水土の経済学」(室田武)(1979・1982)、「人間復興の経済学」(小島慶三)、「石油文明の次は何か」(槌田敦)(1981)、「生命系のエコノミー」(玉野井芳郎)(1982)、「破滅にいたる工的くらし」(1983)、「未来へつなぐ農的くらし」「共生」(槌田劭)(1981-83)が同じ考えにより書かれている。今でこそ多少現実味をもって受け入れられるが、高度経済成長のまっただ中の1980年代では、とてもまともに相手にされなかった。
 近年では、さすが感性の豊かな日本の若手も同様の主張をし始めた。「定常型社会」(広井良典)(2001)、「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫)(2014)、「里山資本主義」(藻谷浩介)(2015)といった人たちである。
 1時間の講演の内容をここに再現するには紙数が足らない。そこで私のレジメのエキスをなぞる形で紹介するので、我々の考え方を読み取っていただきたい。

<食の世界の縮小社会化>
 世界各地で農場と食卓の距離を短くする方向に動き始めている。TPPの下、日本の農産物を輸出すればよい、などとトンチンカンなことが言われているが、縮小社会では食料の貿易量は減らさなければならない。

  1. スローフード(イタリア)は、1986年北部の小さな町ブラに始まる。ファストフードに対抗したもので、世界中に広まっていった。
  2. 身土不二は、そもそも仏教で別の使われ方をしていたが、日本で大正時代から「地元の旬の食品や伝統食が身体に良い」という意味で使われ始めた。この考えが韓国に広がり、有機農業の標語として開花する。
  3. 英語を話せるインテリフランス農民ジョゼ・ボベは、マクドナルドを「多国籍企業による文化破壊の象徴」に見立てて、中部の小村ミヨーに建設中だった店舗を破壊した。以後、反グローバリズムの旗手と評されることになる。
  4. 1994年、イギリスの消費者運動家の旗手ティム・ラング教授がフードマイルを短くすることを提唱し出した。私が農林水産研究所所長時代に「フードマイレージ」(重量×距離:tkm)として発展させた。
  5. 地産地消、旬産旬消(Produce Locally、Consume Locally:Produce Seasonally、Consume Seasonally)は、私が地のもの旬のものを食べるとよいということを四字熟語にしただけのことである。今は世界に広まっている。
 この延長線上でWood Mileage, Goods Mileage(韻を踏んでいる)を使い、環境の世紀には貿易量もなるべく少なくしたほうが良いという論拠にしている。これは自由貿易こそ世界の基本ルールと考える人には、狂った考えとしか映らないであろう。

<地産地消は縮小社会の理想を具現化>
  1. 農政:地域自給率が向上し、不耕作地(耕作放棄地)の有効活用ができる。
  2. 消費者:顔が見える範囲で安心、トレーサビリティ(追跡可能性)の確保される。
  3. 生産者:食べる人の顔が見えることは何よりの励み、高齢者の生きがいとなる。もちろん小遣い稼ぎにもなる。
  4. 環境:フードマイレージはゼロに近い。
  5. 地域経済:地域通貨(エコマネー)などいらない。
  6. 地域社会:食が結ぶ連帯感が醸成される。食と農の世界で縮小社会にピタリのもとなる。

<江戸時代は宇宙船地球号の考え方を実現していた>
 縮小社会の根幹は既に江戸時代にみられた。日本江戸末期から明治にかけて日本に来た外国人(ペリー、ハリス、イザベラ・バート、モース、オルコック等)の多くが日本紀行文なり日記に、江戸期の日本の素晴らしさを記している。それを渡辺京二が『逝きし世の面影』という名著で紹介しているが、現在と比較列記してみるといかに日本が変わってしまったかが見えてくる。

  1. 皆が幸せそうで笑顔であったが、皆しかめ面になってしまった。
  2. 子どもを大切にしていたが、育児放棄や児童虐待の報道が絶えなくなる。
  3. あまり働かなかったが、形式上はワーカーホリックに陥ってしまった。
  4. お祭り好きは同じだが、大きな祭りだけが残り、町や村の祭りは消えつつある。
  5. 街や村も今もきれいだが、一昔前はもっときれいだったと思う。特に中山間地は、今は空き家と耕作放棄地だらけになってしまった。
  6. 金持ちの生活も簡素だったが、今はどの家庭も部屋にモノがあふれている。
  7. 余裕があり文化は贅沢だったが、今は経済優先、余裕がなくなりケチり始めている。
  8. 何事も器用だったが、だんだん失われつつある。
  9. 犯罪がなく安全な生活も、国際化の下過激化の傾向がある。
  10. 人口は安定(中期以降3000万人)していたが、明治以降急激に増え、今は減少期に入っている。
 それから150年余、日本はうまく西洋方式を取り入れて今日に至っている。しかし、当時開国を迫り自分達の方式を押し付けんとした外交官たちの大半は、本音はこのおとぎのような国、日本に変わってほしくないと願っていたのであろう。
 それを今、日本はTPPで日本の仕組みをかなぐり捨てて、日本的なるものを全て失おうとしているのだ。愚かとしか言いようがない。

<日本は分際をわきまえて生きるのが賢明>
 成長主義という宗教に陥った人たちには、縮小とか小日本とかはとても受け入れられないのはよくわかる。しかし、軍事大国主義も経済大国主義も小国日本には分不相応であり、必ず破綻する。それを安倍政権は安保法制とやらで、また軍的拡大路線を取り戻そうとしている。公約の2%物価上昇も実績できないのに、アベノミクスはとうとうGDP600兆円というでたらめな目標を掲げ出した。福島第一後もまだ苦の夢を追っているのだ。
 一方で、東芝やVWにみられるとおり、利益主義も破綻し出した。もう成長や拡大の果ての破滅を救う道は、縮小しか残されていないかもしれない。縮小研究会は大胆にも持続社会(ゼロ成長)をも一斉に飛び越して、マイナス成長(縮小社会)を目指している。誰もがこのままでは危ういと薄々気付きながら、まともに考えるのを避けてきたのである。
 余計な物は造るなと財界人に言っても拒否するだろう。余計な物を買ったり使ったりするなと言っても、消費者はキョトンとするばかりである。
 そこで私は「環的中日本主義」なる造語で中庸を得た生き方を説明しようと思って、このタイトルの講演をした。どこまでわかっていただいたかわからないが、同じ価値観を持つ人が徐々に増えていることは実感できた。


[講演レジメ(PDF)]
[講演資料(PDF)]