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【選挙制度シリーズ2】参議院比例区にみる自律的在職年数制限 -奨励(女性議員を増やす)と制限の組み合わせを工夫する- 16.02.09(2.17修正)

<欧米では、首長は2期8年の制限>
 欧米先進国では、大統領、知事、首長等には2期8年の制限がある。アメリカの大統領が典型であり、プーチンですら一応ルールに則り、一旦引いてまた復活している。権力は腐敗(暴走)するからで、自ずと歯止めをかけなければならない。人事から何まで1人の思いのままになり、周りに茶坊主しかいなくなってしまうからである。
 日本にはこうした期数制度はないが、私は、人口5万ぐらいの市(町村)のトップが4期も5期もやるのは民主主義に反するし、不謹慎だと思っている。上田埼玉県知事のように多選知事を問題にして出馬し、且つ多選禁止を自分で決めたのに、そのルールを破って4期目を平然と勤めている者もいる。極端に人口の少ない小さな村で、それほど多くの人材に恵まれていないことから、長期にわたって同一人物が村長を勤めた場合などは仕方ないかもしれないが、通常の場合は、長くてもせいぜい3期に留め、4期もするのは不謹慎である。これを貫徹したのは最近では片山善博前鳥取県知事と嘉田由紀子前滋賀県知事である。

<当選9回(永年勤続25年)以上にひしめく有力議員>
 前号の永年勤続25年の任期終了で引退、を民主党の議員にあてはめてみると、なかなか本人たちが納得しないだろうし、党自体が弱体化してしまうことが分かってくる。当選12回の菅直人元首相、横路孝弘元議長、10回の川端達夫副議長はいいとして、当選9回の赤松広隆元副議長、岡田克也代表、大畠章宏副代表、高木義明国対委員長の4人の重鎮が表彰を受けたばかりであり、今党を担っているところである。更に次の25年表彰に控えている当選8回組が枝野幸男、玄葉光一郎、前原誠司と、これから代表(ないし総理)を狙う政治家である。これが与党自民党だと30名に及ぶ多くの有力政治家がひしめいている。
 日本と似て政治家を長くやる者が多いのはフランス、イギリス等EU諸国、短い代表が韓国で、3期、4期と続ける者はほとんどいない。ちなみに、アメリカの大統領の中央政界での前歴は意外に短く、平均18年にすぎない。つまり、そう長くやらなくとも政治はできるということでもある(本件に関しては2011.8.23「自民党時代の総理の条件」、「米・仏にみる国のトップの資格と選び方」参照)。
 長年やると中曽根康弘のような大政治家を生むが、一方で甘利明のような堕落した政治家もできてしまう。どこかに歯止めが必要である。
 このメルマガ・ブログの推稿を重ねている中、2月6日、畏友大畠章弘前素交会会長から今期限りで政界引退のメールをいただいた。本文にもあるとおり、当選9回、経済産業大臣、国土交通大臣、民主党幹事長を務めた方であり、年齢は68歳、まだまだやれる年齢である。

<合理的な「2期12年で交代」する参議院比例区のルール>
 よくしたもので、国会議員の在職数制限が慣習上自ずと決まっているケースがみられる。参議院の比例区の議員である。今は少なくなったが中央官庁出身の業界丸抱え(?)の議員は、大体ほとんど例外なく2期12年で次の者に交代していた。局長ないし次官経験者であり、年齢もかなり高齢になっていることもあるが、人材はいくらでもいるのであり、本人の資質というより、その組織出身のしかるべき者なら誰でもよかったからである。
 このことは、労組出身の議員についてもあてはまる。内藤正光元参議院議員はNTT・情報労連の代表で、当時は異例の若さだったが、2期12年で交代した。また、長野県連に所属している津田弥太郎、柳沢光美両参議院議員は、体力気力とも十分なのに残念ながらこのルールに則り今期限りで引退する。これはまさに自然発生的に生まれた合理的ルールである。
 ほとんど業界代表ばかりで成り立つ自民党の参議院比例区でも、70歳以上を公認しないのも、このルールの延長線上にある。ただ、山東昭子(7回)のような大衆票(?)だけで当選するいわゆるタレント議員は例外となっているが、これまた合理的な例外である。彼女が独自に集票し、自民党全体の票の上増しに貢献するからである。

<2人区のgolden seat>
 地方の人口減により、2016年の参院選から我が長野県と宮城県・新潟県の3県が2人区から1人区になる。従って新人の杉尾秀哉(民主党)と2期目を目指す若林健太(自民党)の一騎打ちの熾烈な選挙となる。
 こういっては何だが、参議院の2人区以上の地方区は、ほとんど選挙らしい選挙はやってこなかったといってもよい。自民・民主の2大政党になりかかったここ20年余は、特に2人区ではgolden seat(黄金の椅子)と呼ばれて羨ましがられてきた。なぜなら共産党は当選できないし、公明党は自民党を応援するだけなので、結果はどこでも自民・民主が座席を分け合ってきたからである。
 3人区以上は大都市の浮動票に振り回されるので、それなりに疲れる選挙戦を強いられる。共産・公明も当選の芽があり、近年の関西地区では維新が幅をきかすからだ。だから、2013年の5人区東京地方区の大河原雅子、鈴木寛の共倒れのようなことも起こる。

<見事な大久保勉議員の引き際>
 私の記憶では、2人区時代の群馬で自民党が2議席独占したのを最後に、それ以降はずっと自・民で議席を分け合ってきた。2010年に小沢代表が強引に民主党で2人を擁立したが、どこも2議席は獲れなかった。ただ、いずれか一方が当選できるという余裕があったし、比例区の票に連動して民主票を多少掘り起こしただろう。ところが、野党に転落した2013年には民主党の衰退も極まり、宮城(岡崎トミ子)、京都(北神圭朗)、兵庫(辻泰弘)ではそれぞれ、みんな・共産党・維新に敗れている。
 そういう意味では、2人区以上の複数区は誰であろうと当選できる点で、比例区の組織代表と何ら変わるところがない。それならば、同じルール、つまり2期12年で交代すべきともいえる。その点で、今回福岡地方区の大久保勉参議院議員が54歳という若さにもかかわらず、2期12年で引退表明したのは、上記のことを意識したものであり、敬意を表さずにはいられない。

<年代別格差是正は必要か>
 新陣代謝というと、定年制が出てくる。一つの考え方かもしれないが、被選挙権も引き下げて若者を含め、幅広い各年齢層の代表が必要だという観点からすると、高齢化が進んだ今、70代や80代の気持ちを直接代弁する者がいてしかるべきである。だから、各国でも議員の定年制のある国はほとんどない。
 今、衆議院では1936年生まれの亀井静香80歳が最高齢で、1986年生まれの最年少鈴木貴子30歳との差は丁度50年ある。そこで年代別の議員数と人口構成で比較して表にまとめてみた。(別紙 年齢階層別議員数)

働き盛りの50代が151人と1番多く、次に40代121人、60代110人となっており、いずれも人口構成よりも多く、極めてまっとうといえる。それに対し、20代は0人、30代53人だが、70歳を以上は26人と数が少ない。人口構成と比較してみると、70歳以上は79人少なく、20代の59人よりずっと乖離が大きく、70代こそ優先して議員になってもらわないとならないことになる。それを70歳以上は公認しないなどということがまかり通っている。被選挙権の年齢の引き下げをいうならば、70歳以上を排除する風潮こそ改めなければならない。

<女性議員のクォーター制導入>
 一方で、男女共同参画の立場から女性議員の数を増やすために、クォーター制度導入が叫ばれている。卑近な例では韓国の比例区は、奇数の順位は女性と法律で決められている。放っておいたら男性ばかりになってしまうからである。私は大賛成であるが、日本で今すぐ法定化は難しい。
 長くなるのでやめるが、これは衆議院では各党が比例の1位を女性として優遇することですぐ一応の解決はできると思っている。また、参議院では、上述の黄金の椅子の2人区以上で女性候補を擁立し、更に比例区の当選確実なグループ代表の3分の1を女性にすれば、いとも簡単に増やすことができる。この点については、私は3年前に詳細な提言をまとめているが、別の機会に紹介する。
 都道府県議については、2012年の民主党大敗北の後、民主党改革創成会議(船橋洋一座長)にまとめていただいた民主党立て直しのための報告で、県庁所在地の選挙区で女性候補を擁立すべしと提言をいただいている。こうしたことを地道に実行していく以外にない。

<果てしなく続く代表の格差是正>
 ここまでくると、人口比の格差、すなわち一票の重みの格差にだけ拘泥して「違憲状態」「違憲」とあげつらうのはおかしいと分かってもらえるのではないか。考え方によっては、男女別格差の方がはるかに大きいのに、二の次にしている。北欧ではむしろこれらの格差是正こそ重視され、女性議員が急増した。
 まじめに代表格差を考えたら際限がなくなる。例えば人口緻密地帯ですぐに議員と会える人と、ひと山越えていかないと議員に会えない人とでは政策実現の機会格差が大きいのではないか。また、高齢化が進んだ今、75歳以上の後期高齢者のクォーター制が必要ということになってしまう。
 代表格差の是正を含め、選挙制度の改革はどこに落としどころを探していくか、一工夫も二工夫も必要である。
3回目は、今、緊急の課題の一票の重み格差是正のための衆議院の定数削減について私の考えを報告する。