« 2016年01月 | メイン | 2016年03月 »

2016年02月08日

【選挙制度シリーズ1】 被選挙年齢は引き下げでなく引き上げが必要  -世襲制限するなら在職年数制限が先- 16.02.08

<あまり根拠のない選挙権の18歳へ引き下げ>
 憲法改正論議の過程で、両院の3分の2の発議の後に必要とされる国民投票で18歳投票が定めれられたが、私はなぜ憲法改正だけなのかよく理解できなかった。どうやら世界が18歳だというのが一番の理由だったようだ。私が憲法審査会で本件に深く係わる前に決められていた。
 日本は20歳を成人とし、すべての法体系がこれに従い選挙もずっと20歳からだった。ところが、いつの間にか一般の選挙も18歳からとすることが当然視されるようになった。国会議員も大衆もマスメディアも根拠のない流れに何の疑問も挟まないことが多い。大した議論もなく、全会一致で18歳選挙権に改正され、その最初の国政選挙が7月の参議院選挙ということになった。

<日本は20歳でも子供>
 しかし、私は今でもあまりすっきりとしない。一番の理由は、近年子供が幼稚化しており、20歳でも選挙権など与えなくてもよいと思うからだ。つまり50年前の18歳の方が今の20歳よりしっかりしており、大人の自覚があったが、今は20代半ばでも親の脛かじりが多く、自立していないからだ。40年以上前の記憶になるが、アメリカに留学させてもらった折、高校生(18歳)以下と大学生では世間の扱いが違い、大人の自覚も大きく異なることに驚きを覚えた。例えば、18歳以降は大学の資金も後で働いて親に返すということになっていた。つまりアメリカ社会には「18歳大人」が完全に根付いていたのだ。

<日本に根付いた社会通念を壊す>
 次に、私は日本の社会通念を壊し、混乱をもたらすのではないかと危惧したからだ。案の定、飲酒やたばこの20歳未満の解禁も18歳にすべきではないかといったとんでもない議論が始まり、少年法の適用範囲の変更にまで広がるという混迷に陥っている。全てを18歳にすると高校3年生が10月に同級会をすると、半分が酒を飲め、たばこも吸えるのに、半分はできないことになる。
 私がこの高3の混乱を指摘したら、就学年齢を1年早めて17歳で高卒にしたらいいという本末転倒したアイデア(?)が返ってきた。これでは小学校の低学年の先生の負担が増すばかりである。
 18歳以上に大人としての自覚をもってもらうために、投票権を与えるというなら賛成である。鶏が先か卵が先かの議論であるが、先に与えて大人になってもらうのも必要だからだ。しかし、酒・タバコにまで広げるのはとても賛成できない。

<被選挙権の引き下げこそ大反対>
 そこにまた降って湧いたのが、被選挙権年齢の引き下げである。今は参議院議員と知事が30歳、他は25歳と決められている。私は、こちらは選挙権の引き下げ以上に絶対反対である。
 1番の理由は、一般企業と違い、有権者の負託を受けて政治を司る者にはそれなりの人生経験が必要と思うからだ。若くて何も経験しないうちにポッと議員になっても、まともなことはできないのではないか。小学校の児童会長は5年生か6年生、中学・高校の生徒会長も2年生か3年生と決まっており、1年生からは選ばれないのと同じで、やはり経験が必要である。

<社会経験があまりにも欠ける若手の議員>
 本人が悪いわけではないが、ろくな社会経験も積まずに政治家になった議員にはその後の政治活動に?が付くケースが多くみられる。20代か30代前半で政界入りする者の共通の欠点であり、こうした社会常識は政界に入ってから身につけることはできない。だから、突然思い付きの政策を言い出し、政界を混乱させ信用を失うことになる。
 例えば物事を決める時に必要とされる根回しである。組織の一員としてあちこちの関係者に納得してもらって、物事を進めたこともない。だから一人よがりになり、根回しが欠落してしまう。これではいくら政治家としてのノウハウを急ごしらえで学んだとしても、国民の納得する政治はできない。野田政権末期がこういう人たちだけで民主党政権の中枢を占めたことが短命に終わった大きな要因である。ところが、不幸なことに本人たちがこの欠陥に気付いていない。
 2014年7月の滋賀県知事選で、私は三日月大造候補を応援し、時々応援弁士を仰せつかった。その折に、本件について具体的に述べているので、興味のある方は参照されたい。(滋賀県知事選シリーズ② 三日月個人演説の篠原スピーチ –本音ユーモア紹介- 14.07.11)

<なるべくバラエティーに富んだ人たちが国会議員として集う必要>
 政治家には国民の色々な要望を汲み取れるよう、なるべく色々な経験を積んだ人々になってもらい、その上できちんと議論をして政策を決めてもらわないとならない。ビジネスを経験した人、福祉、教育、農業・・・色々な人々が集うべきなのだ。2010年秋の代表選時、菅直人首相(代表)はこのことを意識してか、突如民主党議員のバラエティーに富んだ50に及ぶ職歴を述べたことがある。そして、閣僚に与謝野馨を取り込んだまではよかったが、内閣の舵取りをする官邸(官房長官・副官房長官)が大きな組織を運営したことのない同類項ばかりで、長続きしなかった。政治歴の長い中曽根康弘が警察組織のトップを務めて後藤田正晴に託したのと大違いである。内務省の役人もちょっとかじっただけという、自らの欠陥を補ってもらおうとしたのである。功を奏して5年の長期政権となった。
 そのため、私はむしろ被選挙権年齢は40歳とかに上げるべきだと思っている。平均寿命が延びたのであり、それから30年議員を続けたとしても70歳である。今の70歳は一昔前と比べて体力年齢で15歳ほど若いといわれており、ピンピンしている。

<国会議員も在職年数制限をすべし>
 百歩譲って、被選挙権年齢を下げるとしたら、それとセットで在職年数制限を導入すべきだと思う。アメリカにはかつて州によって国会の在職年数制限があったが、各州平等ということもあり、今はなくなっている。
 我が国の場合、衆議院議員は25年の永年勤続表彰があり、かつては肖像画が委員会室に飾られた。今は表彰だけになったが、25年で議員を退いてもらう丁度いい時期かもしれない。参議院議員だと4期24年というのが区切りである。
つまり、政治にも新陣代謝が必要なのだ。

<世襲禁止にも合理的理由があるが、画一的適用は無理>
 2012年総選挙時に、独善的民主党執行部は「同一選挙区で直ちに立候補」は許さずという世襲禁止を実行した。政治家の生死にかかわるこのような大事なことを、例によって思いつきで勝手に押し付けた。該当者は羽田雄一郎参議院議員(当時国土交通大臣)1人。参議院の幹事長もやり閣僚も勤めている参議院3期目の重鎮である。形式的には父孜元首相の世襲だが、閣僚までやっている参議院議員の単なる鞍替えにすぎない。それを認めなかったのである。
 もし世襲というなら、1999年の参議院補欠選挙こそ、元首相の御曹子の世襲そのものである。ところが形式的には父は衆議院、子は参議院なので、このルールには抵触しない。

<1人が何十年も議員を努めるのも大きな弊害あり>
 民主党がここまで「脱世襲」にこだわるなら、率先して30年なりの在職制限制こそ導入すべきだと思う。なぜならば、親子2代で50年勤める弊害もよくわかるが、1人で45年勤めることも他の人たちの政治参入を妨げるという意味では同罪だからだ。
 若すぎる政治家の弊害を、28歳で当選した国民的人気がある政治家を例にとろう。あと30年務めても58歳である。多分何もなければ当選し続けるに違いない。そうなると、他党で出馬して比例復活する場合があるかもしれないが、多分小選挙区では新しい議員は生まれないことになる。これでは政治が停滞して歪む。
 これに4世議員の父、祖父、曽祖父と遡ると100年を超えてその議員の周りの人たちの声ばかりが政治に反映され、それ以外の声は通りにくくなっているのである。世襲も問題であるが、1人の議員が長々と続けるのも同じ理由で問題がある。

 1  |  2  | All pages