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【TPP交渉の行方シリーズ55】TPP特別委員会報告その3 反TPPの象徴 鎌谷一也氏 ‐二大政党制には与野党から農協系比例候補出馬が必然‐16.04.26

 政府・自民党はやたらTPPの審議を急いだ。理由の一つにTPPを参議院選の焦点にしないために、その前の国会で決着を着けようという悪い意図があった。しかし、今その悪巧みは消え失せようとしている。
 私はこの間に秘かに反TPP候補を野党から建て戦おうと画策していた。まずはふさわしい候補者だが、全国の反TPPの農民等に納得していただける適任者はそんなにはいない。

<各県別名刺の束から選定>
 幸い、私は1980年代の中ごろから、途中パリ勤務の3年間を除き、全国各地に講演に訪れていて農業関係者と多くの知人が数多くいた。そうした中から次の条件にあてはまる者を必死で選んだ。私の癖で名刺交換した人たちの名刺を、県別に揃えてとってあった。三日月大造氏の滋賀県知事選時にその名刺のコピーを持って馳せ参じたところ、奥村展三前衆議院議員から「これは私が県議に当選した頃に付き合った重鎮県議で大半が亡くなっている」と笑われた。1980年中盤ぐらいからとってあったからだ。

  ① 60才前後(民進党は若ければいという感じで選んでいるが、政界には私はその世界できちんと経験を積んだ者が必要だと思っている)。
  ② 一番影響を受ける畜産関係者
  ③ 農協組織の経験者(民進党は特に一匹狼なり、非組織人が多く、どうも組織的対応のできない者が多い。自民党の山田俊男参議院議員(元全中専務)と次期選挙立候補予定の藤木真也氏(元農協青年部トップ)への対抗という意味もある)

<即断即決の玄葉選対委員長>
 そしてくどきにかかったのが、鎌谷一也鳥取畜産農協組合長(63才)である。鳥取2区の湯原俊二元民主党衆議院議員と埋橋茂人長野県議等にも手伝っていただきながら接触し、話を進めてきた。玄葉光一郎選対委員長にも面接してもらい、公認の内諾も早々と取り付けていた。玄葉選対委員長が話の分かる民主党執行部なのが幸いした。

<立候補への理解を求めて国会中継で一押し>
 もっと早く結論を出したかったが、予想した通り最後は周りの人たちの理解、了解がなかなか得られなかった。私が目をつける人は、地元にもなくてはならない人なのだ。そこで丁度よくTPP特別委のTV中継入りの審議が重なったので、その場で反TPPの象徴的候補だという念押しをして、関係者の皆様に了解をいただく一助にすることを考え付いた。予定の4月8日(金)には、地元の専務も話を聞きたいと上京した日だったが、19年振りTV中継中の退席となり、更に15日(金)は熊本大地震で延期、実現したのは18日(月)になった。
 私は、TPPに関して安倍農政がいかに農民には不信の目で見られているかを、日本農業新聞の直近のモニター調査を使って問い質した。TPP不安9割、影響過小評価8割、経営悪影響6割、安倍農政不満9割と相当評判が悪い。そして、夏の参院選には、75.3%が「与野党の勢力が拮抗」することを望んでいた。
 私は、この人たちの希望を叶える比例区の候補者を立てないとならず、今回の国会中継を見て周りの人たちがしょうがない、そのとおりだと思っていただけることを願ってここでやらせていただいている、と結んだ。

<やっと漕ぎ着けた出馬記者会見に>
 そして、20日めでたく衆議院第2議員会館で出馬記者会見という運びになった。途中は省くがかなりの時間とエネルギーを要した。これが例の「さくらの木」構想の根回し(これについては別途記述する)、TPP審議等と重なっていたため、この数カ月本当にてんてこまいだった。一方で、せっかく決まった長野4区の公認候補者が、共産党等の協力が支持者の理解を得られない、というとって付けた理由で突然公認辞退することになった。困ったことだが、この一件を比べても候補者選定は本当に大変なことを身に染みて感じた次第である。

<まさに現場を知る反TPP候補>
 さて、ここで私の熱望した鎌谷一也氏を簡単に紹介したいと思う。
 小柄でガッチリした体格、いかにも山陰の農村育ちという雰囲気が漂う風貌。1953年生まれで農業を手伝いながら、野山を駆け回って成長。地元の小・中・高校を出て、京都大学理学部地球物理学科卒。それが故郷に戻り、信連勤務20年後、鳥取畜産農協に転じ、2004年組合長として辣腕を発揮、売り上げ額を12億円から23億円に倍増させた。まさに土着の農業者、農協人である。一般の総合農協ではなく、専門農協のトップとして、畜産関係者の間ではかなり前から知られた存在である。

<同じ基本的価値を有する者>
 分類をすればば当然リベラル系である。学生運動にも身を置いたこともあり、勤務後も労働組合の役員も務めている。農協惻隠の労働組合「農団労」に所属、その点では私の政界入りのキッカケを作った、堀込征雄元衆議院議員や郡司彰参院会長(元農水大臣)と同じ系譜に属する。

 私のブログの読者は既にお気づきかと思うが、私と基本的価値観なり考え方をかなり共有する人物である。私はこうした時は、必ずしも私の趣味(?)に合った人だけを選んだりはしないが、今回は数ある名刺と、私の記憶に残る関係者から入念に選んだところ、こういう方に落ち着いただけである。

<京大理学部卒の変わった農協人>
 私が簡単な履歴を作っていたが、20日の記者会見には本人の肉声で綴ったわかりやすい履歴書を使った、現下の農政についての考え方も手持ち資料として私の手許に届いていた。並みの国会議員よりも農政の知識はずっと深く、それこそすぐに役立つ議員になれる人である。何よりも、鳥取の農業の現場でくるくる変わる農政、冷たい農政に翻弄され、日本の歪みをじっと見続けてきた人である。本人の履歴書に、星と語れる農民になると理学部に進んだとあるが、農政を腹の底から頼れる農民になったのである。
 ガッチリした体にピタリのアメフト部に入り、京大アメフト部全盛期のちょっと前に大活躍し、1年生で初のレギュラーに選ばれた。ところが、百姓の小倅がスポーツなどうつつを抜かしてはならないと退部、その後どう生きるか悩んで・・・とは本人の弁である。つまり、少しユニークな所のある人物である。どうでもいいことだが、この点も私と共通する。

<空論農政を粉砕するために>
 農政について、規制改革会議や産業競争力会議がそれこそ空理空論の思い付きを出し、それを政府が受け入れるというトンデモナイ農政がまかり通っている。1980年代前半には、経団連や経済同友会がやたら農政提言なるものを出し、農政を混乱させた。その当時は、それでも外部からの指摘だった。私は大臣官房企画室でそれに必死で反論を書いて抵抗し、3年もいさせられる羽目になった。それが、今口先だけの学者・評論家・経済人が政府内部に居据わって、中から変な声を発している。これに対し、生の現場の声をぶつけて農政をまっとうな姿に戻してもらわなければならない。

<反TPPの象徴的候補>
 今秋にはまたTPP特委が再開されるという。4月20日参議院のTPP特委設置は見送られたが、参院選後は設置されるだろう。207年には1人区23勝6敗で大量に我がサイドに農村の事情のわかる議員が結集した。ところが2013年には、1人も当選せず(平野達男は離党して当選)、参議院の民進党の農林議員が手薄になってしまった。これをまた元の姿に戻さなければならない。その一人が私が手塩にかけ擁立せんとする傑物 鎌谷一也氏である。

<9年越しの野党農協人候補>
 9年前の2007年の参院選で、民主党は29の1人区で、非自民23(うち民主18)対自民6と圧勝した。これにより、参議院は野党が多数となり、安倍政権は腹痛を理由に秋の臨時国会で突然辞任した。農業者戸別所得補償を掲げ、小沢一郎代表が田んぼや畑を背景に、農民に話しかける、いわゆる川上戦略を徹底した上での勝利だった。これが2009年総選挙の政権交代の引き金となった。
 しかし、比例区に農業側の代表を擁立できなかったことで小沢代表に一喝されることになった。私も薄々は気になってはいたし、すぐに慌てて人選に入ったが、例の名刺の束の中から電話しまくると「篠原さん、私が初めて会ったのは篠原さんがまだ30代の頃、私は組合長で55才。私も篠原さんも同じように齢をとって、今はもう後期高齢者」といった具合でうまくいかなかった。農業者であればと思ったが、今度は小沢代表が農協人でないとダメだとテコでも動かなかった。そして間に合わず、9年後の今やっと実現した。

<小沢代表の正論に応えた結果>
 小沢代表からは、農水省OBが2人当選していたではないか、自民からも民主からも農政のできる比例区議員がいていい、農協界は4~5人分の票がある、と正論で叱責された。事実山田俊男氏はテレビの人気者舛添要一に次ぐ44万で2位当選。民主党候補の最低得票ラインが6万8千票だから、確かに数人分の得票だった。
 自民党公認の藤木真也氏に加え、民進党公認の鎌谷一也氏も2人揃って当選してもらい、日本の農政を正しい方向に導いてほしいというのが私の願いである。