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2017年02月28日

リベラルなワシントン州がトランプ大統領の入国禁止令を止める-ジム・マクダーモット議員にみるアメリカの良心- 17.02.28

 トランプ大統領が出現して1ヶ月余が経った。私はあまりにも酷い日本のマスメディアのトランプ批判・攻撃に対して、就任直前に3回連続でトランプの通商政策について、言っていることは間違っていない、と書いた。しかし、トランプ大統領のやっていることについて全て大賛成ということではない。私が疑問に思う1つに皆から批判されているイスラム7カ国からの入国禁止がある。アメリカはこんな荒っぽいことを大統領令でできる国なのだ。

<アメリカ大統領も憲法違反はできず>
 ところが1月30日にワシントン州のファーガソン司法長官が違憲であり、一時差止めるべしと初めて提訴した。それが2月3日、シアトルの連邦地裁で認められ、一時差止めにより入国が許されていた。翌日、司法省が直ちに連邦高裁(サンフランシスコ)に上訴したが、11日三人の判事全員一致で一時差止めを支持する決定がなされた。まさにスピード審査であり、アメリカは三権分立が完全に機能している国だと感心した。
 それに怒ったトランプ大統領は、移民に関する第2の大統領令を出すと言っていたが、先延ばしされている。最高裁への上訴も控えざるをえなくなっている。司法が行政(トランプ政権)の暴走にストップをかけた。私は1976~78年にかけてワシントン大学に留学した。今回の大統領選でも西海岸はクリントンが制しており、ワシントン州は元々民主党の金城湯池だった。その州の良心が今回のトランプ政権へのお灸を導き出したのだ。

<ルーズベルトの大統領令で12万人の日系人が強制収容所入り>
 人種差別と大統領令の関係になると、すぐ頭に浮かぶのは1942年2月19日のルーズベルト大統領による9066号である。約12万人の日本人が10ヶ所の施設に強制収収容された。アメリカ史上歴史に残る汚点である。しかし、アメリカはここでも民主主義の国である。46年後の1988年レーガン政権下で、「市民の自由法(強制収用補償法)」が成立し、政府が重大な誤りを謝罪した。
反省し償ったのは国だけではない。私は個人としてもこの行為を恥じ、政治家としてずっと償い続けた人を知っている。ワシントン州シアトルに選挙区がある民主党のジム・マクダーモット下院議員である。

<元々リベラルなワシントン州の更にリベラルな議員>
 私がマ議員に初めて会ったのは、明確に覚えているところで2012年春(民主党政権時代)のことだった(後述するように多分、日米議員交流プログラムの東京会合でずっと前に言葉を交わしていたかもしれない)。TPPの意見交換のため、桜井充、吉良州司両議員とともに米・加の2カ国に出張し、帰りに私一人で地元シアトルの事務所に立ち寄った。
 TPPにも反対しており、意見が合った。大きな事務所の中でTPPを巡り1時間以上話し込んだ。その後再び立ち寄る機会があり、その時は例の“STOP TPP”ネクタイを届けた。その場ですぐ身に着けかけたが「いや待てよ、これはオバマ大統領にあげたほうがいいな」とウインクして軽口を叩くザックバランな人でもあった。

<日系人強制収容所の罪を償い続けた政治生活>
 経歴によると、中西部の医学部出身の精神科医で、ベトナム戦争に従軍していた。その後ワシントン大学の医学部に勤務したのが縁でシアトルの街中の選挙区から下院議員としてずっと当選し続けていた。
 直接政治家としてキャリアやきっかけを聞いてみると、おやと思うところが多かった。医学部の卒業の日に、同期で一緒に学んだ親しい日系人から第二次世界大戦中の強制収容所のことを聞かされ、アメリカはそんなことをしていたのかとびっくり仰天したという。彼はそれを恥じ、政治目標の1つに重大な誤りへの償いをあげ、実行していた。ワシントン州の日系人のいろいろな会合に常に参加していた。2012年の春も、シアトルの桜の満開に合わせて開催されていた日系人の小さな会合に顔を出し、私はそこでも顔を合わせることになった。シアトル総領事の話によると、退役軍人の会でも全体の会合よりも、ヨーロッパ戦線で勇名をはせた日系人の442部隊等の小さな会合を優先してくれていた。つまり日系アメリカ人の意見を政治の場に反映することに意を注ぎ続けてきたのである。

<日系人への償いで日米議員交流プログラムを主導>
 シアトルで初めて会った時の別れ際に厳しい言葉が出てきた。「You(お前、あんた?)は英語がそこそこできるではないか。それなのになぜ日米議員交流プログラムに参加しないのか。民主党が政権をとっているのに、継続性もなくあまり政策通とは思えない議員ばかりが来ている。ちゃんと出席し続けなければダメではないか」と言われた。このプログラムは、日本側は大野功統・元衆議院議員と松田岩夫・元参議院議員が主導し、アメリカ側はマ下院議員が主導する議員外交の場になっていた。マ議員は、日本側二人の中心議員が引退してしまい、そこにアメリカの議員も最近は日本よりも中国に興味が移りつつある状況を憂い、私に警告を発したのだ。マ議員の終始一貫した姿勢に胸を打たれ、絶対にこのプログラムに参加しなければなるまいと心に決めていた。

<日本側からも参加を要請される>
 そして2012年5月、早速日本側の仲介者に参加を申し入れ、アメリカに行くことになった。すると日米経済交流財団の畠山譲理事長(元通産省審議官)の訪問を受けた。URの最中に四極通商等でよく一緒に仕事をした旧知の方だった。私が日米議員交流プログラムに参加することを喜んでくれる一方で、「民主党もこのプログラムを大事にしてほしい、篠原さんのような方にぜひ継続して参加していただきたい」とマ議員と同じことを要請された。
 私は東京で開かれる日本の会合は半分ぐらい参加していた。しかし、励ます会もしないためお金のない私には、アメリカへ行く費用を出せる余裕がないため、日米韓交流で一度韓国に行ったことがあるだけだった。だがこの時に日米議員プログラムの渡航費用等は全て日米経済交流財団から出ていたことを知った。それならばもっと早くから参加したのにとほぞを噛んだ。

<マクダーモット議員との約束を果たせず>
 ところが私は、その直後2012年夏の民主党を分裂させる元凶となった「社会保障と税の一体改革特別委員会」の委員にさせられた。ほとんど毎日開かれるため、1週間も続けて休むのはまずいということになり、私は行けなくなってしまった。どうも私がTPPがらみでいろいろなアメリカ議員に会い、TPP反対だ、反対だと言われるのを恐れた幹部が、わざと私を行かせないようにと社保特委の委員にしたようだった。このためマ議員にも、畠山理事長にも義理をかくことになってしまった。
 私はその後、二人の要請を受けて、このプログラムをきちんと立て直し、日米議員外交を充実したものにすべく、下準備をし始めた。例えば、参加者を適当な内輪だけで回していくのはよくないと思い、英語ができる将来立派な政治家になるだろうと思う2期生に声をかけていた。ところが、いろいろな不手際があり、その2期生がずっと続けて行き、私が3年連続行けない羽目になった。

<ワシントン州のリベラルが大統領の暴走を止める>
 そして2016年春、やっと日米議員交流プログラムでの訪米が実現した。しかし、3年の月日は長く、残念ながらマ議員は14期28年(1989~2017)で引退を表明しており、ワシントンDCで会うことはなかった。私に日米議員交流の必要性を訴えたマ議員の現職中に約束を果たせなかったのは痛恨の極みだった。私はすまないという気持ちから、今年(2017年)も誰も行きたがらない日米韓交流プログラムで2月21~23日までソウルに行って来たところである。
 2016年の大統領選をマ議員は苦々しく見守っていただろう。彼の主張はほとんどサンダース議員に近かったと思われるが、クリントンが民主党の大統領候補となり、挙句の果てにトランプが大統領に選ばれてしまった。私と同様にTPPを絶対阻止せんとしていたのだからTPPの崩壊は喜んだが、移民に関わる措置は許せないものだっただろう。これでは、70年前の日系人の二の舞になると気を揉んでいたに違いない。
 ただ、ここでも神風が吹いた。マ議員のような人がいるワシントン州のリベラルな空気が、トランプの暴走を止めたのである。今はマ議員も安堵しているに違いない。

2017年02月24日

原発廃止で世代責任を果たす -民進党の起死回生の政策に原発廃止を掲げるべし- 17.02.24

 私は、2012年に『TPPはいらない』と『原発廃止で世代責任を果たす』の2つの本を上梓し、出版記念パーティーを開いた。いわゆる資金管理パーティーではなく、多くの議員に読んでいただくのが主目的だった。私は文書交通通信費・政党助成金・議員報酬中心に政治活動をやれるところまでやれればいいと思っており、その後一度も開いていない。

<エントロビー学会の脱原発傾向>
 原発については、私は1979年にスリーマイル島の事故が起こり、これはおかしいと思い始めて以来ずっと追いかけてきている。その後すぐ室田武(当時は一橋大学助教授)の『エネルギーとエントロピーの経済学』を読んだ。その前書きにおいて、「明日にでも福島県で、あるいは茨城・静岡、福井・島根・愛媛で発生しうる」と書かれていることに興味を持ち、その後の原発がらみの本は相当目を通してきている。つまり「原発ウオッチャー」になった。
 従って、1986年チェルノブイリに原発事故がまた起きたときには「ああ、また起きてしまったか」とこの後の汚染の度合いやヨーロッパ諸国の対応等をじっくり見ていた。この間、藤田祐幸、槌田敦・劭兄弟、井野博満といった皆さんの集うエントロピー学会に入り、勉強会に出たりして原発問題を追ってきた。だから私は、福島事故後に気付いた脱原発論者と違い、はるか昔からの筋金入りである。

<2005年の「日本原発事故」予測>
 2005年11月外務委員会の海外視察で同僚の吉良州司議員等と一緒にキルギス・ウクライナを回った折も、キエフのホテルを6時に出発し、往復3時間かけてチェルノブイリの30km圏の鉄条網の入り口に行き、写真を撮って帰ってきている。中にも入れないので何もできなかったが、原発事故の恐ろしさを伝える現場を一目見ておきたかったからである。
 7年後の2012年4月、農林水産副大臣としてチェルノブイリを再訪し、今度は中に入り石棺に近付くことができた。その見聞は上記『原発廃止・・・』にまとめてある。
 2005年の11月のブログ「霧の中のチェルノブイリ」の中に『日本でも必ず原発事故が起こるに違いない』と予告した。なんのことはない、100基を超えるアメリカで事故が起き、80基を超えるソ連で事故が起きたなら、3番目に多い50基を超える日本で起こるのは時間の問題だということを言ったまでだ。悲しいことにそれが2011年3月11日に現実化してしまったのである。

<急遽始まった民進党の脱原発方針の前倒し議論>
 今回、マスコミが3月12日の党大会に向けて民進党の脱原発方針を見直し、従来の2030年代原発ゼロを30年に前倒しする基本法を幹部でまとめていると報じた。我が党によくあることだが、それを受けて2月9日に脱原発について全体討論が始まった。私はインフルエンザにかかっており参加できなかったが、2月16日の2回目の会合には参加し、会議の中盤で私は以下のような意見を述べた。
 原発についてコストがかかる。それから省エネの目標は予想以上に達成できた。だから原発廃止を前倒しできるのではないかというのは、一応幹部の意見のようだが、それについてはそんなことで重要な方針を変えるのはよくないという意見も出された。高レベル放射性廃棄物の処理や中間貯蔵施設はどうするのか、再処理、日米原子力協定、その他諸々のことについてきちんと議論をするということも大賛成である。そうだとするならば、私はそもそも原発が日本にあってしかるべきかどうかという、そもそも論についても議論していただきたい。 

<アメリカのロッキー山脈の西側に原発が2基しかない理由>
 ところで、アメリカに100基ある原発で、ロッキー山脈の西側に何基あるかご存知の方はおられるか。日本の面積10倍以上あると思われるあの広い西部にたった2基しかない。なぜなら地震が頻発する環太平洋火山帯に原発があってはならないという考えがあるからだ。そうしたことからすると、火山が多く地震だらけのこの狭い日本に原発が50基あり、これまで事故が起きなかったことがむしろ不思議なことだ。だから日本に原発があってはならないというのは、地震学者でなくともちょっと地球の構造のわかる学者からすると常識なのだ。

<日本、特に長野・新潟県境は大地震の巣窟>
 今、日本は地震の活動期になっている。2004年中越地震、2007年中越沖地震、2011年長野県北部地震、2014年神城断層地震、と私の地元の近くの長野・新潟県境地方で3年毎に震度6強の地震が起きている。プレートテクトニクス理論どおり、4つのプレートがひしめき合って大地震が起きている。柏崎苅羽原発はその上にある非常に危険な原発であり、福島と同じような事故が起きたら北信地域はほとんど住めなくなることは自明の理である。ずっと揺れ続ける日本列島には、岩大陸のヨーロッパと異なり何万年も安定する使用済み核燃料の処理施設などもありえない。つまり、原発はもとから日本に無理な発電施設だったのだ。
 それから最近の話でいえば、北朝鮮のミサイルの話は、東京・大阪・名古屋などに核爆弾で狙われたらどうするのかとしきりにいわれるが、もし本当に日本の壊滅を狙うならそんなことをするよりも、柏崎刈羽なり浜岡なりの原発施設にミサイルを撃ち込めば日本は終わる。そうした危険性から日本を守るためにも原発はあってはならないものだと思っている。
 ただ、現実にある多くの原発を今後どうしていくかという問題が残っているだけで、一刻も早く日本は原発から脱すべきだ。

<後世代に原発汚染のツケを回してはならず>
 2012年末の社会保障と税の一体改革の議論で、野田総理は『消費税増税が必要だ。後世代に負のツケを残すべきではない』と格好良く力説した。私は、同時並行のTPP会合にいつも発言していたので、会合にはずっと参加していたが、遠慮して発言を控えていた。ただこのとき一度だけ手を挙げて『それだけ借金による後世代への責任を言うなら、汚染を後世代に残す原発こそやめなければならない』『大飯原発への再稼動をさせるのと消費増税は後世代への責任として同じに扱うべきだ』と見解を質した。しかし野田総理は、記者団には全部の質問や指摘に応えたと言いつつ、私の指摘にだけは答えなかった。某同僚議員が「篠原さんの指摘に答えておらず、ずるい」と私に代わって怒っていた。福島の人たちは後世代の人たちに汚染された土地を残してしまったことを悔いておられるはずである。我々政治家は後世代への責任を考えなければならない。
 私はこの他に、『原発・・・』の本と小泉純一郎元首相とのちょっとしたエピソードも付け加えた。

<世界の先進国は皆脱原発>
 私の脱原発の考えはスリーマイル島、チェルノブイリ、福島の事故で日本の脱原発への考えは確信に近づいた。
 ドイツは日本に事故が起こったので観念して、32年という寿命で現存の原発の寿命の終わる2022年に完全に撤廃することとしている。同じ地震国のイタリアは国民投票で原発ゼロを決めた。小さな国台湾も原発事故が起こったら逃げ場もないということで2025年に「原発ゼロ」にする。日本がのうのうと安い電源が必要だといって原発を続けんとする動きがあるのは、私には不思議でならない。
 大反対したTPPが片付いたので、これからは日本から原発をなくすことを目指す活動に力を入れて行こうと思っている。一方で世界に原発汚染を広めることも慎まなければならないし、その観点から原子力協定は許し難く、今年予定されている日印原子力協定はその中でも絶対許してはならないものである。原爆を持つ国にプルトニウム原発をいくらでも造れる手段を与えては、世界に対して申し訳が立たない。

<脱原発は政権交代にもつながる>
 今脱原発は、4野党との共闘も念頭に置いて議論されている。それも必要である。政権を奪取して、脱原発の首相がトランプのようにビシバシと政策変更していくことも一つの手段である。しかし、そんなことよりも日本国民の安全のため、そして将来世代に責任を果たすため原発はやめないとならない。これが小泉純一郎元首相が気付いたところでもある。
 我が党内議論は確かに荒っぽい。2年前の原子力協定については、逆の方(つまり賛成する方向)で、本当にずるい政策決定がなされ、全野党の中で唯一民主党だけが賛成するという見苦しい結果となった。しかし今度は逆に、より強目の脱原発の方に舵を切ろうとしている。私は当然賛成である。前回の参議院でも「今回のTPPには反対」などと中途半端なことを言わず、早くから正々堂々大反対していたら、32の1人区で半分以上勝てたかもしれないのだ。
 今度は、民進党が大胆に与党の違いを見せつけて戦っていかなければならない。そうでなければ、政権は近付いてこないし、日本は危うくなるばかりである。

2017年02月19日

故岡野俊一郎氏の嬉しい誤算 -日本人に本当にサッカーは根付くのか- 17.02.19

<誰とも話せる私の特殊な役割>
 今から約30年前、私は岡野さんと徹夜で話し込んだことがある。いや、一緒に徹夜で話をさせられた。臨教審(1985~87年 中曽根内閣)の合宿の時である。埼玉県の嵐山町の国立女性教育会館で真剣に議論が行われた。私は農水省から派遣された、いわば助っ人の事務局員、岡野さんはスポーツ界を代表する有識者として、スポーツと教育の関係を中心に見識を期待された委員だった。合宿は事務方も大変で、1日の審議のまとめ、中間報告を急がねばならなかった。もちろん中心はプロの文部省(当時)の出向者であり、助っ人の私の役割は意外なところにあった。夜一杯飲みながらの懇親会にお喋りで誰とも話せる(?)私の特技を使って、談論風発の岡野さんのお相手を務める羽目になった。そして、他の人たちがどんどん消えていく中、私と岡野さんだけが残り本当に徹夜のサッカー論議となった。

<私の意地悪質問にことごとく答えてくれた岡野委員>
 日本の企業が運動部出身を好む疑問等、教育と実社会の関係などの話は勿論、本番の審議会でも披露されていたが、座談のうまさと明確な分析はまさに一品であった。ただ、私にとって印象深かったのは、初めて聞くサッカーの薀蓄話であり、今も耳にこびりついている。といっても私が、日本でサッカーの人気がいま一つ盛り上がらない理由はなにか、ミュンヘン五輪で銅メダルをとっていたのに、その後ダメなのはどうしてか、日本にすっかり馴染んだ野球と違い、どうも日本の文化に合わないのではないか、といった結構きつい質問をしたこと対して、真剣に応えてくれたのである。

その岡野語録の一端を紹介したい
<メキシコオリンピック銅メダルは天才杉山、釜本の成せる技>
(1)世界の大半の国では、サッカーが1番人気のあるスポーツだ。ボール一つででき、金がかからないからだ。サッカー以外が人気のスポーツの国は、1.アメリカ、2.日本、3.キューバが野球、4.インド、5.パキスタン、6.バングラデシュがホッケー、7.カナダがアイスホッケー、8.フランスの自転車・・・岡野さんは丁寧に解説してくれたが、残念ながらすべては覚えていない。たぶんクリケットのイギリスやオーストラリア等であるが、11カ国だけは確かである。

(2)メキシコオリンピック(1968年)の銅メダルはまさに奇跡だったが、二人のエース杉山 隆一と釜本邦茂は本当に天才だった。あれだけの選手はそうざらには出ないだろう。奥寺康彦がドイツのプロのリーグにいるがとても及ばない。日本のレベルでよく銅メダルが取れたと思うが、個人プレーが幅を利かすサッカーで、偶然二人の天才がいたからだ。今後もあれだけの選手はなかなかでないだろう。

<日本人の性格に緊張感溢れるサッカーは不向き>
(3)日本人は個人ではいま一つだが、結束力が強く団結すると力を発揮するといわれる。サッカーは典型的な団体競技だが、どうも日本人の協調性が勝利に直結しない。それは全体の流れを見る眼が養われていないからではないか。つまり、ゲーム全体を俯瞰的に見ることができる者が少ないからだ。釜本はシュート力だけでなく、ゲーム運びもできた。つまり、農耕定着民族で、1ヶ所でドンと腰を据えて仕事をすることが得意だが、狩猟民族のように眼をあちこちに向けて物事を考えることは苦手なため、サッカーのようにグランド一面を見渡して動き回ることがあまりよくできない。
(4)日本人はサッカーの観客にあまりむいていない。相撲があるが、制限時間いっぱいまでは升席でお喋りして酒を飲んでいられる。緊張して見るのはほんの一瞬である。野球も外野席では芝生に寝転がってビールを飲みながら見ていて、クリーンアップトリオが打席に入る時とか、満塁などの好機しか気を張って見ていない。それに対しサッカーはずっと見ていないと、一瞬のうちにゴールが決まる。日本人にはずっと緊張してゲームを見る忍耐力がない。だから、サッカーをずっと見続けるという観客が増えない。そのため、サッカーがプロのリーグを造っても観客数は伸びず、やっていけないのではないか。

<数字好きの日本人にも向かないサッカー>
(5)日本では運動神経のいいのは大半がまず野球に行ってしまう。例えば、足の速い柴田勲などはサッカー選手としても一流になれると思うが、野球ばかりになびいてしまいサッカーの裾野が広がらない。これがサッカーがいま一つ盛り上がってない理由の一つだ。
(6)プロ野球が日本にすっかり定着しているが、同じ団体競技でも記録が個人記録として選り取り見取り。首位打者、本塁打王、打点王、盗塁王、最多勝利投手、奪三振数、防御率・・・と、数字に強い日本人にはピッタリだが、サッカーには得点王とアシスト数と数少ない。これも数字好きで個人対個人の名勝負が好きな日本人には魅力にいま一つ欠ける。
(7)今テレビが普及したことで、世界中の人が世界の一流チームの超一流選手のプレーを見ることができる。一部の熱狂的サッカーファンは眼がそっちのほうにいってしまい、レベルの低い日本のサッカーに興味を示さない。日本のサッカーファンはいきなり世界に関心がいってしまった。

 この後数年は岡野さんに年賀状をお出ししたが、その後の接点は皆無だった。

<嬉しい誤算でJリーグ誕生>
 この岡野「日本サッカー悲観分析」の数年後、1991年に日本サッカーリーグが誕生、93年Jリーグとなり、いつの間にかすっかり日本に定着した。プロ野球にも本拠地があり、昨年の広島のような熱狂的な地元ファンに支えられている。しかし、サッカーには、もっと身近なホームがあり、結びつきが強くなっている。この点は、郷土愛の強い日本にまさに向いている。私がパリ勤務をしていた1991年7月から94年8月までの3年の間の出来事であった。それだけが日本に変わったという印象を持った。この間に大きく変わったのがもう一つ、首下げペットボトルだった。
 私は嵐山の夜の悲観分析にもかかわらず、これだけ隆盛を誇るようになったJリーグについて、再び話を伺う機会を持てたらと思ったが、ついに実現しなかった。

<今やプロ野球と肩を並べるJリーグ>
 日本人とサッカーについて、岡野さんの論の延長線上で見れば、日本人の気質が変わったのかと問い直したいところだ。中田英寿や本田圭佑といったスター選手も出現したが、釜本のようにオリンピックで得点王になるような傑出した選手ではない。世界の迫力あるゲームは昔以上にテレビでいつでも見られる。個人記録は相変わらず少なく数字好きの日本人向きではない。それにもかかわらずうって変わって大人気である。
 ただ、Jリーグは巨人のような特殊な全国ブランドチームがなく、全国に広く分散し、地元密着型のチームであることが一つの力となっているのであろう。プロ野球チームなどとても持てない長野県でも、松本市に山雅FCがあり、長野市にもAC長野パルセイロがある。慌てた野球界にも独立リーグなるものができ、私の地元中の地元中野市を練習地にする信濃グランセローズもできた。サッカーでは一部リーグ、二部リーグときちんと分けられ、入れ替え戦も行われる。野球には世界一を決める大会としてWBCがあるが、盛り上がりはサッカーワールドカップの比ではない。よくないことだがFIFA(国際サッカー連盟)の不祥事が生じるぐらいの巨額の金が動く。オリンピック以上のスポーツ・イベントとなっている。日本のサッカー人気も世界に引っ張られている感もなくはない。イチローをはじめとして、アメリカ大リーグで活躍する日本人も多いが、サッカーの世界(ヨーロッパプロリーグ)への日本人進出はその比ではない。

<何でも多様化し、プロスポーツも多様化>
 一方、飲み物や食べ物の好みも多様化し、何でも手に入るようになった。歌などは変わりすぎて私には今流行している歌など何一つ歌えないし、紅白歌合戦で名前がわかる出場者は減るばかりである。美空ひばりのように誰でも口ずさむことのできる国民歌謡は昭和で消えたといえよう。スポーツも同じ傾向があり、それこそ多数のプロスポーツが行われるようになり、観られるようになった。サッカー界でも、なでしこジャパンの世界一という意外なおまけまでつき、澤穂希は一躍世界に名が知られた。しかし、これまた高度経済成長期のON(王、長島)のような誰もが知っている国民的スポーツ選手も出にくくなっている。
 私は岡野さんにたっぷりとサッカーの魅力とダメな所について薀蓄を個人伝授していただいた。多分、草葉の陰でJリーグの大人気を大喜びされているに違いない。今後、多様化するプロスポーツの中で、サッカーがどのように定着していくか、岡野さんの予測を聞いてみたかった。

<たぐいまれな人材岡野さんの幸運>
 釜本が世界に名を轟かせていたころ「サラリーマンで8時間働いてから練習している」と世界の記者に答え、信じてもらえなかったという。プロはいなかったのだ。岡野さんはスポーツ界では珍しい東大出、語学も達者でドイツのクラマー・コーチとのつなぎ役も務めた。もし大企業のサラリーマンだったら、若くしていろいろな役職などに就く余裕はなかっただろう。ところが、和菓子屋「岡埜栄泉総本家」の御曹司で自由時間がとれるという恵まれた環境だった。だからサッカー界に限らず、JOC、IOCそして臨教審委員と、まさに日本スポーツ界の顔となった。日本の○○界に岡野さんと同じく世界に通用する人材はそれほど多くはいまい。そして、このままの日本の体質が続くかぎり、なかなか代わりの国際的教養人は育たないだろう。
 日本は今、2020年東京オリンピックで小池東京都知事と都議会とスポーツ政界の2人のドン(?)との確執が新聞紙上を賑わせている。岡野さんがもうひと回り若かったらIOC委員としてオリンピックに深くかかわり、見事な調整役を演じてくれたかもしれない。その意味では日本は大切な人を失ったことになる。

 ざっくばらんに接してくれた岡野さんの訃報に際し、ご冥福を祈って、思い出のサッカー談義を書かせていただいた。

2017年02月16日

須高・岳北・中高 国政報告会 開催のお知らせ

立春の候 ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
日頃よりしのはら孝の政治活動に格別のご理解とご協力を賜り、心より御礼申し上げます。
 皆様に国政へ送り出していただき、その間、「農業者戸別所得補償制度・青年就農給付金制度の創設」、「TPP条約への反対」等、都市ばかりが有利になり、ともすれば地方をないがしろにする政策の是正に全力で取り組んで参りました。
衆議院議員としてこれまで13年余、さまざまな活動の機会を与えて頂いておりますことを改めて感謝致します。
 つきましては、下記の通り『国政報告会』を開催いたします。ご多用のこととは存じますが、ご支援いただいている皆様にご参加いただきたくご案内申し上げます。

◆須高 国政報告会
◇日時 2月18日(土)17:00~
◇会場 シルキーホール(須坂市須坂1295-1 電話026-215-2225)
◇ゲスト 杉尾秀哉 参議院議員
◇お申込 2月15日(水)まで


◆岳北 国政報告会
◇日時 2月25日(土)14:30~
◇会場 文化交流館なちゅら(飯山市飯山1370-1 電話0269-67-0311)
◇ゲスト 横路孝弘 元衆議院議長・衆議院議員
◇お申込 2月22日(水)まで


◆中高 国政報告会
◇日時 2月25日(土)17:00~
◇会場 中野中央公民館(中野市三好町1-4-27 電話0269-22-2691)
◇ゲスト 横路孝弘 元衆議院議長・衆議院議員
◇お申込 2月22日(水)まで


【お申込について】
ご参加をご希望される方は、電話またはFAXにて「しのはら孝事務所」までお知らせください。
大変恐縮ですが準備の都合上それぞれの期日までにご連絡いただきたく存じます。

1.お名前
2.ご住所
3.お電話番号
4.ご参加を希望される会の名称・日時

【連絡先】 しのはら孝事務所(電話026-229-5777 FAX026-229-5727


※日程・ゲスト等は急遽変更となる場合がございますのでご了承ください。

2017年02月06日

【年金シリーズ2】「朝貢投資」に年金(GPIF)を使わせてはならず -日米同盟第一主義はアメリカ・ファーストよりタチが悪い- 17.02.06

<GPIFのハイリスク運用が問題>
 年金でもう一つ忘れてならないのが、金融政策と絡む年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の問題である。年金給付に回されなかった厚生年金、国民年金の余剰金は約135兆円にも達しており、この運用をいかにするかも、将来の年金支給に大きくかかわってくる。将来現役世代が減り、年金受給者が増えることから、少しでもうまく運用して、将来の年金給付の増大に備えようというものである。国民の将来の年金給付の約1割を担うといわれている。
 堅実を旨として国債等の手堅いものしか対象としなかったが、2014年に資産の構成割合を日本株式25%、外国株式25%(それぞれ12%だった)に増やし、国内債権を60%から35%に減らし、外国債券を15%認める。この変更は運用益が多くなる可能性もあるが、一方で損をする確率も高まり、短期的には揺れが大きくなる。最近でも16年夏のイギリスのEU離脱により株価が下落した時は、大きくマイナスとなっている。
 例えば、15年の運用実績はマイナス3.8%、5.3兆円(実際に売買して損失を出した額ではなく評価額)の損失だった。ところが政府は過去15年間では45.4兆円プラスで長期的には年金財政が安定すると説明している。

<「グリーンピア」と「かんぽの宿」の無駄遣い>
 旧年金福祉事業団(年金資金運用基金)が「高齢となり老齢年金を受給するまでの長期にわたり保険料を支払い続ける被保険者等の福祉の向上を図ることを目的」という美名の下、1980~88年にかけて、全国13ヶ所1953億円を投じて巨大な保養施設(グリーンピア)が造られた。定期預金の金利が7~8%の頃であり、今よりも年金受給者が少なく、保険料を支払う者がずっと多かった古き良き時代である。しかし、所詮素人の経営にすぎず、厚生省の天下り先という重要な役割(?)を果たしただけで行き詰まり、2005年には売却総額48億円で地方自治体等に引き取られていった。壮大な無駄遣いである。
 2009年には日本郵政が、旧郵政公社から受け継いだ土地・建物に総額2400億円の費用がかかった「かんぽの宿」を109億円で一括してオリックス不動産へ売却しようとした。今は亡き鳩山邦夫総務大臣の「公正な入札とはいえない」の一声により中断されることになったが、その後も赤字経営が続き、一部の施設は安値で売られている。日本は同じ過ちを犯しているのである。

<GPIFの株式投資はもっと危険>
 私は岩手県の田老と隣りの津南にだけ行ったことがある。前者はそれこそ三陸海岸の岸壁にそそり立った大きな建物である。1994年に開かれた農政の講演会に講師として招かれたが、お客の数はまばらだった。「狂ったカジノリゾートは百害あって一利なし -外国人観光客を呼ぶなら農村リゾートに投資すべし- 16.12.13」と同じく、「大型アホバカ」リゾート施設はつぶれると嫌味も忘れなかった。
 ところが、2011年の東日本大震災の時は、その強固な岩盤に救われびくともせず、避難所として役立ったという。国民の血税(保険料)を喰い物にしたせめてもの罪滅ぼしであろう。こんなところで役立つとは誰も予想しなかったに違いない。
 グリーンピアは運用基金の乱用である。しかし、運用益だけしか注ぎ込まなかったため本体(保険料)の目減りはなかった。それに対して、GPIFの株式運用等に伴うマイナスは、本体そのもののマイナスにつながる分タチが悪い。来日したマチス国防長官は名うての読書家で、歴史に学んでいるといわれるが、日本政府はた「失敗の本質」を忘れ、また三度目の大きな間違いをしでかすおそれがある。

<GPIFが日本の企業を支配>
 GPIFは、透明性を高めるためと、保有株の個別銘柄等を公表した。そこから見えてくる金融上の問題としてGPIFが日本企業の大株主(1位)となり、2位の日銀とともに日本の巨大な機関投資家として、民間企業の経営に政府が介入していることが挙げられる。個別企業で見ると何と33社の筆頭株主となっており、政府(GPIF)が株を通じて企業を簡単に動かせることになる。また、株価は市場で決められなければならないのに、あまりに巨大なGPIFが公正な株価を歪めるおそれがある。

<安倍「株高内閣」の悪巧みが隠れてみえる>
 厚労省によると、14年度には年金は約51兆円支払われたが、保険料で62%、税金で23%賄い、積立金
の取り崩しは9%にすぎず、年金受給には運用による短期的なマイナスは何の影響もないとしている。ただ、このままマイナスが続くようだと、将来世代の年金給付に不足が生ずるおそれがある。
 世界各国とも低金利が続いている。政府がそうした中で少しでも運用益を増やそうとして、利率の低い国債から運用益の高い株式を増やそうというのは理解できないわけではない。しかし、株高に支えられるアベノミクスの加勢をするために、巨額なGPIFに目をつけて、株の世界に引き込んでいたとしたら許せないことである。将来の年金給付を犠牲にして、今の株高のために年金が使われてはたまらない。
 2004年の年金法の改正時に、積み立てた保険料(つまり年金基金)の運用益の乱用が問題となり、年金給付以外に使えなくなり、2006年にGPIFに衣替えした経緯がある。運用委員会がにらみを効かせ、資産構成割合(ポートフォリオ)もチェックする今の仕組みとなっている。約135兆円もの巨額の金は、悪いことを考える者が虎視眈々と狙うのは昔も今も同じである。我々はGPIFを監視し続けなくてはなるまい。

<トランプの公共投資1兆ドル(120兆円)の公約>
 先週(1/31~2/2)「公的年金、米インフラ投資、政府、雇用創出へ包括策、首脳会談で提案へ、通商などで閣僚協議」等と、とんでもない記事が出てきた。日本の将来に使われるのならまだしも、何とアメリカにおべっかを使うという政治目的のために使われんとしていることが明らかになった。
 これには少々背景を説明する必要がある。トランプ大統領出現により、アメリカ経済は大混乱すると思いきや、1月25日に株価がダウ平均で史上初めて2万ドルを超えた。これは、10年で6兆ドル(約700兆円)の大幅な減税(例:法人税35%→15%)と1兆ドルの学校、道路、橋、港湾等への公共投資というトランプの公約への期待の表れでもある。
 ところが、問題はその財源である。減税しては財政収入は増えない。いくらメキシコ等に海外移転したアメリカ企業や、トヨタのように迂回輸出をする外国企業の輸入品には国境税を掛けるといっても額は知れている。メキシコのペニャニエト大統領がメキシコ国境の壁の建設経費を負担しないといっており、国境税を実現したとしてもまずはそちらに充当しなければなるまい。ほっておくと、トランプが尊敬するレーガン時代の「双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)」が再来しかねない。

<プーチン経済協力とトランプ公共投資>
 そこで日本政府が目をつけたのが、GPIFである。運用方針では全体の5%(約7兆円)が経済協力等につかってよいということになっており、現在500億円しか投資されていない。となると最大7兆円近く(135兆円の5%)がトランプの公約の手助けに使ってもよいことになる。北方領土に絡めて3000億円の経済協力費がシベリア開発等に向けられることになったが、さすが「日米同盟第一主義」の安倍政権の悪知恵とアメリカへのへつらい振りは桁が違う。
 トランプは今のところ、自動車産業等製造業の復活による雇用創出に真剣に取り組んでいる。だから、訪米の3日夜安倍首相はトヨタの豊田社長と会っている。雇用を拡大する現場工場化、つまりアメリカへの投資の拡大をさらに進めることを要請したのであろう。それに加え公共投資の拡大により建設関係までも大幅に雇用創出できることになる。

<繰り返される訪米土産>
 かつて日米外交、特に日米通商外交では、日本の首相が訪米する度に「お土産」が用意された。昨年11月17日の安倍首相からトランプ大統領予定者のゴルフクラブを言っているのではない。アメリカの貿易赤字を少しでも減らす関税引き下げである。かつては額では少なくて全く足しにはならないのに、決まって農林水産物の関税が下げられ、農村から菜の花が消え、大豆畑も急激に減り、そのたびに地方が疲弊していった。ところが、今や対米貿易黒字は7兆円を超える。日本の農業総生産額は5兆円そこそこである。農産物の関税を下げたところで雀の涙でしかない。
 そこで登場したのが「日米成長雇用イニシアチブ」とやらのゴマすり提案である。アメリカのインフラ投資に約17兆円、世界に日米連携して約22兆円の投資により、アメリカで70万人の雇用を創出するという遠大な計画である。自動車産業が製造業出荷額の約2割52兆円を占め、550万人を雇用する。重要とはいえここまでしてなぜ輸出しやすい環境を維持しなければならないのか疑問に思う。
 スイスの800万人と違い、日本は1億2700万人の人口を擁している。それこそトランプに倣って「日本第一」「日本国民第一」でいけばよいのではないか。つまり、国内投資なかんずく地方への思い切った投資である。輸出になど頼らなくてもよい途がいくらでもある(この点はいつか別途触れる)。

<朝貢外交の成れの果て、「朝貢投資」>
  2月2日夕方、民進党に早速、厚労省とGPIFを呼びこの点を質した。しかし「政府からの指示により運用を変えることはない」「運用はカナダの同じような組織 カナダ・オンタリオ州公務員年金基金(OMERS)に任せており、我々は判断しない。OMERSの投資判断に従っているので、アメリカの公共投資が対象になるかもしれない。」と責任逃れな答えしか返ってこない。3日の予算委でも安倍首相は答弁をはぐらかしてしらばっくれていた。
 大日本国の巨大な年金基金(GPIF)が、中ぐらいの国カナダの、しかも一つの州の公務員だけの年金基金(OMERS)に運用の舵取りを任せている。私は3日(金)17時、地元の豆まきの行事に出ずに民進党国対室の会合に顔を出し、OMERSの規模を質したが、これすら返答はなかった。多分、桁が相当違う少額であろう。それに比べGPIFはあまりに巨額である。日本国民の納めたお金は日本人が豊になるために使われるべきである。「日米同盟第一」で「アメリカ第一」に使われるのは、どう考えても釈然としない。
 かくして、朝貢外交がとうとう「朝貢投資」にまで行き着いてしまった。いくら安全保障で負い目があるといっても、これでは日本はとても独立国とはいえまい。

<アメリカへの「バラマキ朝貢投資」は許すまじ>
 トランプのTPP離脱でアメリカにこれ以上従属することはなくなったとホッとしたのも束の間、日本は自主的に(?)とんでもないことをしようとしている。つまりアメリカへのバラマキ投資である。2月10日の首脳会談をしかと見極めないとならない。