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ふるさと納税を進めるなら「ふるさと投票」こそ理に適う-学生に地元の不在者投票を認めるべき- 17.04.21

<地元で投票できない学生の出現>
 日本の行政ルールはきちんとしている。その元はやはり「住所」であり、どこの学校に行くか、どこで税金を納めるか、どこで投票するのか等は皆住民基本台帳に登録された住所地を基本としている。
 ところが昨年の参議院選挙の折、故郷を離れて大学等に行った学生の一部が、住民票を残したままの地元で、「居住の実態がない」という理由により、選挙人名簿に登録されず、選挙権が行使できなかった。選挙権年齢が18歳に引き下げられた最初の国政選挙であり、注目を浴びたことから、明るみに出たものと思われる。

<住民票を地元に残す多くの学生>
 身近な問題なので、私は4月12日(水)の倫選特委で質問に立ち、これを取り上げた。
 1954年の最高裁判決で、学生の住所は下宿先とされた。その後総務省は1971年通達でこのことを裏打ちしている。同時にサラリーマンの単身赴任者の場合は逆に家族の居住地とすることも通達された。学生と社会人を別扱いしたのである。
 そして前述のとおり、日本は何事も原則として住所中心で動いている。だから2016年春に高校を卒業して巣立った学生はすぐに下宿先に移転届を出して3か月過ぎていれば、下宿先で選挙権を行使できることになる。ところが「明るい選挙推進会議」のインターネット調査によると、63.3%の学生が住民票を親元に残したままとしていた。この場合、地元で選挙権を行使でき、郵便で投票用紙を取り寄せ、近くの投票場で期日前投票ができることになっている。
 不在者投票には手間はかかる。有権者は地元に申請書を送り投票用紙を要求するのに82円の郵送料だけですむが、地元の市区町村は投票用紙を簡易書留郵便(392円)で送ることから経費が嵩む。但し、国から1人当たり753円の補助が出ている。また、下宿先の市区町村にも別途の手当がなされている。私も、正直少しでも投票率を高めようという総務省の手厚い配慮に感心した。

<居住実態調査の過疎市町村と大都市の格差>
 ところが、特に北海道の一部の町村が律儀にも地元で居住実態を調査し、学生は下宿先に移動してしまい実際には居住していない、という理由で選挙人登録せず、数100人が折角の投票権を行使できなかった。同じ北海道でも札幌市のような大都市はとてもチェックできないので、地元での選挙を認めている。毎日新聞の県庁所在地への事後調査によると、大半の市が札幌市と同じような対応をしている。つまり、きちんとチェックされた市町村を地元とする学生が割をくったことになる。扱いに差が生じてしまったのである。
 大都市の代表、横浜市は2万部のリーフレットを作成し、市内の27大学の学生に、選挙での投票を呼び掛けた。総務省の定めるルール通り、まず住民票を横浜市内に移すように促すとともに、移していない者には地元での不在者投票を呼びかけた。しかし、こうした努力もあまり効かなかったようで、高校在学中に投票できるものが多い18歳の投票率が51.17%地元を離れた者が多い19歳が39.66%とかなり差がついた。

<単身赴任者は投票も納税も家族の居住地>
 総務省は住所について、1971年には単身赴任者は家族の居住地としたが、1982年には必ずしも家族の居住地にしなければならないということではない、と県から問い合わせに答え混乱させる。つまり転勤族はどちらでもよいとされたのである。
 私は、今地元長野では駅前のワンルーム・マンションに住んでいる。12階建てで住民の大半は転勤族。しかし、住民票は家族のいる首都圏であり、総選挙になっても居住地・長野に投票権がない。大半が、長野営業所長なり支店長なりと1番の高給取りなのに、住民票が家族の元にあることから、地方税も一銭も長野県や長野市に納めていないのだ。これでは地元財政が圧迫されるのは当然である。
 ただ、こちらは長野市が調査をして、居住実態が長野にあれば課税できることになっているが、地方中核都市は面倒くさいのだろう。ほとんどそこまでしていない。これが北海道の過疎町村なら放っておかないだろうが、残念ながらそういう町村には高給単身赴任者はいない。ふるさと納税もあるが、その前に本社のある都心部なり首都圏から地方に単身赴任しているエリート会社員に、その地方の勤務地に住民登録を義務付け、その地方で地方税を払わせるのが先である。少なくとも中央官庁から地方自治体や地方支局部局に出向している公務員は、地方の勤務地の住民票を移している。

<地元に時々帰るだけの国会議員は両方とも地元>
 ここで国会議員の扱いにも触れないとならない。ほぼ全員が選挙区に住民票を置いている。しかし、東京の永田町にいることのほうがずっと多く、地元は金帰月来で週末だけである。近頃のように通年国会になうと尚更である。閣僚はもちろん首相となると地元入りなどはほとんどできない。ところが、1977年の住民基本台帳事務処理要領にある「住所の認定に当たっては客観的居住の事実を基礎とし、これに当該居住者の主観的居住意思(つまり選挙民に住む)を総合して決定する」に則ったのだろう。どこの選管からも客観的な居住がないなとどクレームをつけられていない。

<地元(故郷)に住みたいという学生の意思は尊重すべし>
 私は、農林水産省に30年いる間、外国2回(5年)に加え国内では独身寮2カ所公務員宿舎等5カ所と転々とし7カ所で投票した。しかし、誰に投票したかからっきし覚えていない。思いは我がふるさと長野県、特に長野1区にあり、小坂善太郎・倉石忠雄から始まり、中沢茂一、清水勇、若林正俊、田中秀征・・・のほうが関心が高かった。
 今、下宿生の一部が故郷との絆を断ち切られたくないという主観的居住意思から、住民票を下宿先に移さず故郷(地元)に置くとしたら、国政政治家や単身赴任者と同じく、そこで選挙権を行使させてもよいのではないか。さもなければ学生だけを差別していることになり、均衡を失する。
 もっと屁理屈をいえば、新幹線で1時間半の実家に週末ごと帰郷している学生がいたとしたら、単身赴任者が週末ごとに家族の居住地に帰るのと何ら変わらない。それを学生とサラリーマンで区別する理由が見当たらない。
 またけなげにも、大学は東京だが必ず地元に戻るという強い意志の下に、生まれ育った地元に住民票を置いたままにすることは許されてしかるべきである。そういう人材を地方は必要としているのであり、選挙も一時的な居住地より、今後ずっと住み続ける地元でしたいと思うのは自然なことである。私がその典型である(ただ、国政政治家になるなどとは思っていなかったが、質問時には、それが昂じて政治家になってしまったと、いつもの冗談を付け加えた)。

<成人式を地元(故郷)で出たいという切なる願い>
 もう一つ地元に住民票を残すある健気な理由が、20歳の成人式は同じ小・中学校に通い、思い出もいっぱい共有する竹馬の友と一緒に出たいという願いがあるようだ。長野では地区ごとの記念写真を撮る。東京の知り合いになったばかりの学友と成人式に出てもあまり楽しくないのはわかろうというものだ。
 長野1区内の成人式と住民票への関係を調べてみたら、大体が、中学校の卒業名簿をもとに、案内状を送り、住民票の有無に関係なく全員を有資格者としている。地元になんとかしてつなぎとめ、帰ってきてほしいという願いが伝わってくる優しい対応である。1月に大雪で覆われる北信州は8月15日のお盆、中野市はちょっと変わって5月4日に行っている。これは、故郷を離れた者も帰省し、帰省していることを念頭においているからである。
 ところが、人口が多い横浜市は冷酷である。横浜市内で宇暗レ育っても、今市外に住んでいる者は出席できない。理由は新成人が3万6000人を超え、会場の収容力の問題から無理だとホームページで堂々と述べている。ここに冷たい横浜市と暖かい長野県との差がくっきりと垣間見られた。

<ふるさと投票を認めるべき>
 住民票(住所地)と選挙権、成人式、納税義務の関係は、きちんと整理が必要である。と同時に、投票率を上げ、地方に肩入れする(定住・財政)ことを考えたら、自ずと結論が出よう。ふるさと投票を認め、地方で納税させることである。もう一つ、これを推し進めるとしたら、国民が自分の生まれ育った過疎地の市町村を応援すべく、本当にふるさと納税をしたいというなら、例えば地方税の半分を認め、投票権(少なくとも国政の投票権)は認めていくのが、国土の均衡ある発展にも地方の活性化にも役立つのではないか。

17.04.12倫選特別委員会資料