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【加計シリーズ6】 読売新聞の限度を越えた偏向報道 -新聞(マスメディア)の本務は権力の監視・抑制ではないか- 17.07.03

 私はTPPに関する五大紙の盲目的「TPP推進」の論調にずっとクレームをつけ続けてきた。山本七平ではないが、ユダヤ教では「全会一致の決議は無効」というのに、日本の全国紙の経済部は、グローバリズム、経済成長、競争原理、規制緩和・・・といった20世紀の古い価値観に完全に汚染されてしまったようだ。アメリカがTPPから離脱してもまだ揃ってTPPに固執していることが異様に映る。

<新聞も加担して戦争に突き進んだ日本>
 戦前の新聞は地方紙を含め、戦争に加担する記事のオンパレードになってしまったが、幸いにして今回は大半の地方紙がTPPに反対した。地方の疲弊がよくわかるからである。
 原発については、朝日、毎日が反対の立場であり、読売、サンケイ、日経が推進、そして東京新聞は絶対反対である。私は新聞によって主張・論調が異なって当然だと思っている。アメリカが離脱してもまだTPPに固執していることに情けなくなる。

<健全性を喪失した読売新聞>
 さて、今回の加計問題である。
 規制改革という大義名分を振りかざす安倍首相を擁護する新聞があってもよいし、それがいつものとおり読売新聞でも、相変わらずだなと思うだけで違和感はない。普通マスコミの役割は時の政権のチェックになるのだが、新聞・テレビ(マスコミ)=政府批判 というのは、あまりにもワンパターンすぎる。多様な考えがあってもよい。
 しかし、加計問題なかんずく前川前次官の読売の扱いは、首相の政治権力の行使が腹心の友にエコひいきが過ぎたのと同様に、酷すぎた。順を追って検証してみる。

<(1)出会い系バー通い(5/22)記事は、ゲス報道>
 前川前文科省事務次官(以下前川前次官)が、出会い系バー通いをしているという記事が、5月22日の読売に突然掲載された。大半の国民は何のことかよく意味がわからなかっただろうが、読売は3日後(25日)の朝日新聞や同日発売の週刊文春で、加計学園を巡り官邸がかなり圧力をかけて行政が歪められた、という前川前次官の記事を掲載するのを察知した上での、いわば事前の先制攻撃だった。書き方も露骨だった。「売春や援助交際の交渉の場になっている」と、あたかも罪を犯したがごとき記述である。
 26日の会見で菅官房長官は「教育行政の最高責任者が、そうした店に出入りして、小遣いを渡すようなことは到底考えられない」と批判した。読売の記事にそのまま呼応したのである。これでは、前川前次官の証言潰しのために官邸が事前に読売にリークしたと疑われても仕方あるまい。
 読売は明らかにマスメディアの良心、すなわち政権とは一定の距離を置いて監視・批判していくという基本姿勢を捨ててしまったのだ。

<憲法改正で安倍首相と歩調を合わせても何もおかしくない>
 私は、憲法改正について安倍首相と単独インタビューをし、それを国民に知らせた記事(5月3日)は批判に当たらないと思う。安倍首相が国会答弁に事欠いて「読売新聞に書いてある、ぜひ熟読していただきたい」と余計なことを言ったために批判されたが、悪いのは読売ではなく安倍首相である。新聞は社会の窓であり、国民の関心を政治家に伝えることも必要なら、逆に政治の中味をわかりやすく国民に示すのも大事な使命だからだ。読売新聞はずっと憲法改正を主張してきており、それを展開しているだけだ。

<前川攻撃は自由新報ならぬ「安倍新報」のそしりを免れず>
 しかし、ただ辞めたばかりの前次官のプライベートなことを、さも重大事件のように扱うのは度が過ぎている。恥ずかしくなったのだろう。6月3日、原口隆則社会部長名で言い訳記事が掲載された。言い訳しなければならない無様な記事だったからである。「次官在職中の私情にかかわる不適切な行動についての報道は公共の関心事であり、公益目的にかなうもの」と弁明している。いいでしょう。それなら、公共の関心事である加計問題を独自の取材(前川前次官の記事をこう称している)で掲載すべきだが、私が各紙の記事をずっと集めてみたかぎり、他紙と比べて圧倒的に分量が少ない。他紙がおしなべて1面で大きく扱っているのに、2面以下にちょっと書くだけという日も多い。読売の言葉を借りれば、まさに公共目的にかなった報道を怠っているのである。読売新聞は安倍政権の御用新聞化してしまったといえる。

<(2)「加計」の本質 規制巡る攻防(5/31)で見苦しいヨイショ>
 5月31日に「規制改革のために獣医学部の新設が必要」と、経産省出身の評論家岸博幸のかなり長めの文章を載せている。そればかりではなく、経歴に元経産官僚を入れ、役人OBであることを明示し、「前川発言に著しく違和感」とまで言わせている。前川前次官が本質を語っておらず「役人道」を外れているというのだ。「政治道」を大きく外れているのが官邸なのに、笑止千万である。加計問題は規制維持に固執する文科省と安倍官邸の攻防で、安倍官邸が正しい、というありきたりの論調である。あまりに露骨な支援記事に著しい違和感を覚えるのは私ばかりではあるまい。

<(3)規制改革の意義を丁寧に語れ(6/18)、と社説で安倍言い訳を繰り返す>
加計学園問題についても一貫して安倍首相、官邸を擁護し続ける読売は、ある意味立派というしかない。安倍首相がひたすら規制改革を叫ぶ(叫ばざるをえない?)ことを全面的に支持しているのだ。
 文系の学部新設は、金も設備も少なくて済む。臨床実習などなく、大講堂の講義で足りるからだ。それに対し獣医学部は6年間じっくりと獣医師を育成しないとならず、国費も相当投入される。だから需給を考えて規制してきただけのことだ。
 また、日本の畜産の衰退は、十分な獣医師がいなかったからとでも言うのだろうか。辻褄の合わないことを言うのはやめてほしい。
 国家戦略に結びつくライフサイエンスの研究という理屈はすっかり影をひそめ、今や獣医師が足りないからとばかり言い訳しだした。途中、各県でいかに獣医師が足りないかも読売だけが報じている。6/18の社説でも加戸守行前愛媛県知事の言を引用し、獣医師不足だとしているが、事実と全く異なる。前号(6/21)のブログで、山本地方創生相のいう挙証責任を農水省に代わりに示したと思う。

<(4)その他 あの手この手で加計学園、安倍首相のお先棒担ぎ>
 6/14 30面 加計問題、学部新設決定「正当」特区諮問会議民間議員5人が反論。
 「国家戦略特区の決定に不審の目が向けられる中、総理から獣医学部の新設を特に推進してほしいという要請は一切なかった」と、当たり前の弁明記者会見をしている。最初から結論ありきの会議は何のためかわからない。集団的自衛権の懇談会は認める派の委員ばかりにしていたが、私の予算委での指摘に対し、安倍首相は「空虚な議論を避けるため」と平然と答えている。同じように言いなりの都合のいい議員だけが選ばれているのである。客観的立場に立つべき諮問会議が安倍首相の意向ばかりを気にして決める「全自動忖度機」に成り下がっているために、わざわざ1時間半も言い訳しなければならなかったのだ。当然、読売は飛びつき、最も大きく報道した。

<6/16 2面 「特区制度の意義変わらず」は、内閣府を援護も逆効果>
 諮問会議の民間議員の言葉として、「これは総理の指示だ」と厳しい折衝を行なっていたとしても何ら不思議はない」と総理の意向すら擁護している。きちんとした政策論を通せずに、総理の指示を振りかざすのが折衝なのか。それを最初から加計学園ありきと、総理の意向だけで物事を進めるのは、虎の威を借りる狐でしかない。内閣府は和泉洋人首相補佐官といい藤原豊審議官といい、無能なヒラメ官僚ばかりが泳ぐ無用の長物と化している。
 一方読売新聞も上層部は、ひたすら安倍政権を守り続け、頻繁に会食し懐に入っているつもりで、マスコミの良心を失っている。日本一の販売部数を誇る読売新聞社に入社した、これから記者魂を発揮していこうとしている志の高い、若い記者が可哀想でならない。