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千曲川源流登山 -川上村の美しいレタス畑と好対照の放置された山林- 17.07.19

<「仕事のし方改革」が必要>
 私は、相当政治活動に専心してきたと思っている。数年前の週末になるが、記者から資料を頼まれ、それを用意したところ取りに来ないので、土曜日に部屋のドアの取っ手に資料をかけて渡せるようにしておいた。記者が玄関の防災センターで「篠原孝事務所へ」と言ったところ、「ああ、あのいつも1番遅くまで仕事をしている方の部屋ですか」と言われたという。妻には効率の悪い仕事をしているだけだ、と馬鹿にされている。「働き方改革」ならぬ「仕事のし方改革」が必要だと思っている。

<体力づくりは山歩きに行き着く>
 国会議員には永田町の仕事の他に地元との往復もある。この繰り返しでは体もまいってしまうので、健康を考えてスポーツをすることも考えた。地元のソフトボールチームにも入っているし、最近は野球チーム「民進カチマス」にも入った(この様子は前原誠司のツイッターを参照されたい)。テニスもそこそこやっていたし、秘書の1人がテニスができるというのでやり始めたが、2人とも下手くそだし時間がとれずに練習もできないのでやめた。
 そこで、近所の山巡りに参加することにした。元々知らなかった山々を知ることができ、結構楽しんでいる。その延長線上で今回は、高校の同級会(19会)の主催する千曲川源流登山に参加することにした。

<整然と耕された見事なレタス畑>
 朝5時半起床で車をとばして登山口に向かった。その両側に見えてきたのが、整然と植えられたレタス畑だった。荒れ果てた草だらけの畑が1枚もなく、真剣に生産に取り組む姿勢に心が晴々した。マルチ栽培だったが、なんと道路脇の花もマルチで覆われていた。一行の一人が、あの花も栽培しているのではないかと勘違いするほどきれいだった。
 今や日本全国で休耕地が多く、その面積は埼玉県に匹敵するといわれている状況の中で、川上村は畑をフル活用していた。平地でレタスが獲れ終わった頃にちょうど出荷できるようになる。真夏で食欲がなく、サラダが食べたいという時に丁度合っていたのである。温室による促成栽培の反対の抑制栽培である。エネルギーも何もいらない、ただ、海抜1000m前後の高地で冷涼な気候のなせる業である。

<気掛かりは連作障害>
 同じ物を作り続けると連作障害が起こる。この問題を解決するには、クロルピクリンによる土壌消毒が必要だが、やはり一面レタスではいずれ疲弊していくであろう。また、このような野菜を作り続けるには、有機質の肥料が必要である。つまり畜産の堆肥が必要なのだが、牛が草を食んでいる場面は見かけなかった。
 山に入ると、まだ芽吹きの季節が続いており、本当にすがすがしい限りだった。鳥が沢山鳴いていた。バードウォッチングだけでなく、鳥の鳴き声を聞いて当てたりするバードリスニングもあっていいと思う。森の鳥ではウグイスぐらいしかわからないが、ともかく、かなりの種類の鳥が鳴いていた。

<山のテッペンまで植えられたカラマツ>
 登山道はほぼ千曲川の流れに沿っていた。源流を辿っていくとその途中、きちんと整備された山林もあれば、全く線香林になっているカラマツ林もあった。どこもよくこんな急斜面に植林したなと驚かされる。我々の祖父母の世代が戦争中に荒れ果てた山に、戦後になってせっせと植えたのである。苗は軽いから山のテッペンまで運んで植えられるが、育った木をどうやって切り出して運ぶのかは考えていなかったのだろう。今、伐採期になったが、運び出すのにコストがかかりすぎ、採算がとれなくなり放置されたままである。

<久方振りに見た適地の白樺>
 登るにつれて白樺が見え、ある程度の高さになるとダケカンバになった。白樺は長野県の県木であるが、非常に繊細で長野の北部では海抜800~1100mぐらいでしか生育できない。小学生が国会見学に来て、県木の庭園を通るが、「長野県の木だけが温室ならぬ冷室が必要だ。冷室がみんなの寄附でできれば生育できる」「6年くらい経つとみんな枯れてしまう。だから他の都道府県の木は2本ずつしか植えられていないのに、いつも跡継ぎが必要なので白樺だけが3本も4本も植えられている」と冗談を交えて説明している。

<ゴミがゼロの山道は日本人のモラルの高さの象徴>
 登山には相当時間がかかった。私は常日頃支持者訪問で足を鍛えているから大丈夫だと言っていたが、やはり山道の坂道は石ころが多くて歩きにくく、疲れは倍加する。それでも登りはそこそこに簡単であった。盛りを過ぎたシャクナゲがあちこちに自生していた。
 ほとんどゴミがゼロなことにつくづく感心した。プラスティック、ティッシュ、空き缶のようなものは何1つ落ちていない。山を愛する人々のモラルは完璧で、自分のゴミは勿論のこと、その辺りに置かれていたゴミまで持って帰るのであろう。日本人の環境美化のモラルは世界に誇ることのできるレベルに達している。

<カラマツ林がいつか流木のもとになる懸念>
 九州で集中豪雨があったが流木が問題となった。カラマツ林は枝刈りもされず間伐もされていない。細い、いわゆる線香林が密集しており、カラマツの下には陽が入らず、何ひとつ他の植物が生えていない。コメツガ、トウヒ、ダケカンバ等他の原生林のところには柏木や雑草が生えているのと好対照である。今よくいわれる局地的豪雨(ゲリラ豪雨)などに見舞われたら一発でカラマツの山は崩れ、大量の流木を生み出す惧れがある。おまけに殖えすぎた鹿の食害もあり、森林は相当脆弱になっている(この対策については別途提案する)。

<千曲川源流で思い切り飲んだ水の美味しさ>
 そのうちに千曲川の源流に到着した。その頃はそれほど疲れていなかった。時刻は11時45分、登山口を出てから5時間近く経っていた。本当にチョロチョロと水が湧き出ていた。その水をしこたま飲んだ。これ以上飲めないぐらい飲んだ。これがずっと慣れ親しんだ千曲川の源流であると思うと感慨もひとしおである。
 山歩きのベテランの久米、土屋の両リーダーから、ここで引き返すか、急坂を登って甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)を目指すか尋ねられた。まだ余力があったので、即座に上を目指すと返答した。甲州(山梨)、武州(埼玉)、信州(長野)の頭文字(?)をとったという3県の県境にそびえる山(海抜2,475m)である。
 途中ちょっと雨がパラついたが、暑すぎもせずちょうどよい天候だった。皆行儀がよかったのだろう。山頂は晴れていた。ただ、残念ながら雲がかかっており、民進党の将来の見通しと同様に視界不良で富士山を眺めることはできなかった。雲がなければ、百名山のうち43座も見ることができるという。その頂上では、旅館で用意しておいてくれた美味しいおにぎり2つを頬張り、お湯を沸かし、持っていった味噌汁を飲んだ。格別に美味しかった。

<心も体もリフレッシュ>
 登りよりも下りが大変なのはわかっていたが、今回はそれを思い知らされた。朝6時50分に毛木平を出て、帰ったのが17時30分で約11時間もかかった。足がパンパンになりながら戻った。ところが、わきを流れる水はそれほど増えていなかった。これが下流の中野や飯山になると相当な分量になり、日本一の大河となる。
 たまには下界(政界)のことも忘れて大自然に接しないと心も体も衰えていく。都議選の総括といった雑事(?)が進行中だが、私は故郷の信州で一息つかせていただいた。